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第三章・影の協力者
兄と妹
しおりを挟む「ジュード、みんな! 大丈夫か!?」
必死に岩の向こう側に呼びかけるウィルを見て、リンファも慌てて起き上がるとそちらへ駆け寄る。最奥のフロアには、オリヴィアを除く全員がいた。通路に立っていたオリヴィアはともかく、残りの四人がどうなったのか気がかりだった。
だが、ウィルとリンファの予想に反して反応はすぐに返ってきた。
「ウィル、大丈夫なのか? こっちは問題ない、みんな無事だ。そっちは? リンファさんは?」
特にいつもと変わらないジュードの声が返ると、ウィルは腹の底から安堵を洩らす。リンファの表情にも薄らとではあるが、ホッとしたような色が滲んだ。
「私も問題ありません。みなさまは、お怪我は?」
「ああよかった、みんな大丈夫だよ。オリヴィアさんも」
取り敢えず巨大な岩のせいで分断されてしまってはいるが、仲間全体に被害はないらしい。不幸中の幸いだ。
「待ってろ、すぐ出してやるからな」
「ちょっと待てジュード! お前、どうする気だ?」
「え? マナの火魔法でドッカーンと……」
「おバカ! そんなことしたら余計に崩れてくるだろ!」
兎にも角にも、これ以上最奥フロアの岩壁、天井などに刺激を与えないことが重要だ。崩れてきた岩をマナの魔法で爆破しようものなら更なる崩落が予想できる。それで生き埋めなど冗談ではない。
即座に返る怒声にジュードは目を丸くさせると、数度瞬いてから辺りを見回す。そして彼の視線は放置されたままの作業道具を捉えた。
「えっと……じゃあ、つるはしとスコップで掘ろうか」
「いつまでかかるんだよ、デカさを考えてみろ」
「……ええと」
何事も力業で解決するのがジュードだ。ウィルは軽い頭痛を覚え、片手で額の辺りを押さえて項垂れた。多少の崩落だったのなら、確かに掘るという選択肢もある。だが、今現在ウィルの目の前にある岩の大きさは――道を塞ぐ全てを合わせると、つい今し方まで戦っていたゴーレムの胴体ほどはあるだろう。掘っている間にまた崩れてくる可能性もある。
ウィルは深いため息を吐くと、軽く辺りを見回す。幸いにも完全に密閉された空間というわけでもないらしい。道と呼んでいいのかは不明だが、細い通路が奥に見えた。ジュードがしょうもない次の手を考えつく前にと、ウィルは早々に思考を切り替えて岩壁の向こうにいる仲間たちに言葉を向ける。
「とにかく、お前たちは鉱石を採って早く外に出ろ。俺たちはこっち側から出口を探すから」
「ウィル、大丈夫なの?」
「大丈夫だって、これ以上崩れてきたらお前たちだって危ないんだぞ。ジュードがまたアホなこと考えつく前に早く連れてってくれ」
「アホなことってなんだよ!」
ウィルとてわかっている、ジュードに悪意があるわけではないことを。ただ一生懸命なだけだ。考えなしとも言えてしまうのが悲しいのだが。
マナの言葉にウィルは間髪入れずに答えると、そのすぐ後にルルーナの声が聞こえてくる。
「わかったわ、じゃあ私たちは先に外に出てるわね。馬車で待ってるから」
「ああ、そうしてくれ。できるだけ早く合流できるよう努力はするよ」
岩越しに仲間たちの声を聞きながら、そこでウィルはリンファに向き直る。すると、彼女は小さく頷いて奥に見える細い道へと足を向けた。外に繋がっているかどうかは定かではないが、とにかく他に道らしい道はない。ゴツゴツした堅そうな岩壁だらけだ。
道は細く、人が一人通るのがやっとと言えるほど。多少ふくよかな人間であれば恐らくは通れないだろう。足場もあまりよくはない。そして当然のように明かりは灯っていなかった。しかしそれも最初だけで、程なくして多少開けた空間に出ることができた。下っているのか上がっているのかは不明だが、他に道がない以上はとにかく進むしかない。
そこで、リンファが険しい顔をしていることにウィルは気づいた。
これまで彼女をそれとなく観察してきた彼には、その表情には覚えがある。いつもルルーナを睨みつけていた時の表情だ。聞いていいことかどうかはわからないが、ウィルはそっと彼女に一声かけた。
「……ルルーナと、何かあったのか?」
その言葉に、リンファは軽くだが肩を跳ねさせる。そして歩みを止めて、視線のみでウィルを見遣った。
「……なぜ、ですか?」
「いや、ルルーナを睨んでる時が結構あったな、と思って」
「……見ていらしたのですか」
小さく返る呟きに、思わずウィルは言葉に詰まった。年頃の少女にとって、男に盗み見られるというのは嫌悪感があるかもしれない。どうしよう、とウィルが二の句を継げずにいると、リンファは身体ごと彼に向き直り複雑そうに眉を顰めた。
「ウィル様は、なぜそこまで私に構うのですか」
「え、いや……」
それもそうである、リンファからすれば疑問だろう。ウィルは何かと彼女に構うのだから。理由を告げてもいいものかどうか、失礼にならないか――リンファから視線を外して暫し悩んだが、誤魔化す必要性を感じず、やがて静かに口を開いた。
「……妹がいたんだ、俺が九歳の頃に死んじまったんだけど。生きてればきみくらいの年頃だったなあ、と思ってさ」
「妹さんですか……」
「ああ、……魔物の狂暴化に巻き込まれてね」
ウィルとて、それはあまり語りたい話ではなかった。グラムに拾われ、ジュードやマナと家族のように過ごしてきたことで心の傷は随分と癒えたが、思い出せば自分の無力さを呪いたくなるし、優しかった両親を思い出して泣きたくもなる。可愛い妹に、会いたくなる。
そんな心情を理解してか、リンファは一度だけ申し訳なさそうに目を伏せたが、程なくしてそっと薄く――本当に微々たる変化ではあるものの、薄く笑った。
「奇遇ですね」
「え?」
「私にも兄がいました。とても強く……優しい兄が」
「あ……そ、そう、なのか」
これまでほぼ無表情だったリンファに薄くだが笑みが浮かんだのを見て、ウィルは思わずホッとしたように表情を弛める。感情を忘れたかのように無表情を貫く彼女が笑うということは、それだけ兄との関係はよかったのだろう。
だが、その安堵も束の間のこと。続く言葉に、ウィルは呼吸も忘れたかのように固まった。
「――その兄を、ノーリアン家に殺されたんです」
その告白は、あまりにも衝撃的なものだった。
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