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第四章・精霊
あの時のイタズラ
しおりを挟むグラムの家を後にしたジュードたちは南の森を抜け、アウラの街に到着していた。この街は、ジュードがカミラと行動を共にするようになって初めて訪れた街だ。
現在、ジュードは街の外の林で地面に座り込んでいる。その傍らには再会を果たしたばかりの相棒ちびがいた。いくら懐いているとはいえ、ちびは魔物、ウルフだ。魔物を街の中に連れていくわけにもいかず、ジュードはこうして街の外で仲間の用事が済むのを待っているのだ。
しかし、退屈とは程遠い。小さい頃を共に過ごした心強い相棒が隣にいるのだから。
ちびは、元々野生のウルフである。
麓の村の近くにある森に住んでいたウルフで、当時はちびにも母と兄弟たち家族がいた。偶然麓の村にやってきていた傭兵たちが、ちび一家を見つけて討伐しようとしたのが始まりだった。
ちびたちは人間を襲おうとしていたわけではない。ただ「魔物だから」という理由だけで殺されるところだったのである。母ウルフも兄弟たちも殺され、残ったのは一番小さかったちびだけ。傭兵たちにとっては赤子の手を捻るようなもの。それだけ、ちびの命を奪うことは容易だった。
そこへ、当時まだ小さい子供だったジュードがやって来て彼らに飛びかかったわけだが――人間から見れば、おかしいのはジュードの方だ。魔物は人間を襲う生き物、それを庇うなど正気の沙汰ではない。親のいない自分をちびに重ねたのかどうかは不明だが、それがジュードとちびの出逢いだった。
それから、ちびはジュードの後を付いて回るようになり、兄弟の如く仲良く暮らすようになったのである。
ミストラルの兵士が魔物の一斉討伐を行うから、とジュードがちびを山奥に逃がしてからも、ちびはそれまで過ごした日々を忘れることはなかった。だからこそ、ほとぼりが冷めたのを見計らって山奥から出てきたのだ。またジュードと一緒に遊ぶために。
「ちびも街に入れればいいんだけどなぁ……」
「わう、わうわうっ!」
「ん、そうか」
――だいじょうぶ、さみしくないよ。
ジュードの頭の中には、当たり前のようにちびの声が人語として響く。むしろ、これがあるからこそ魔物との意思疎通ができると言っても過言ではない。ちびの黒い毛を撫でてやると、幸せそうに目を細めて口を開ける。尾は左右にぶんぶん振られていて、こうしているとただの犬にしか見えない。
なぜ自分は魔物や動物の声が聞こえるのか。それを不思議に思わないことはないが、こうしてちびと普通にコミュニケーションを取れるのだから一概に悪いものとも言えないのだ。
もし、ちびという存在がいなければ、何の記憶も持たず心が宙ぶらりんだったジュードはずっと塞ぎ込んでいたかもしれない。それだけ、ジュードにとってちびという存在は特別だった。
「……そうだ、みんなが戻ってくる前に荷物の確認だけでもしておこうかな」
持ち歩くには重いからと、必要な荷物一式はジュードが預かっている。ボニート鉱山で採掘した鉱石類や、タラサの街で購入したパールも全てこの中だ。ジュードは荷を開けると、その中を覗き込んだ。
アクアマリンは原石の状態でもその多くが薄い水色をしているが、サファイアに至っては研磨されていないと石ころにしか見えない。よく見れば深い青色が目につくが、素人目にはそれほど価値のあるものとは思わないだろう。だが、これこそが前線基地の状況をひっくり返す重要な道具になるのだ。
次に、いつも自分の腰に据えつけているカバンのベルトを外すと、その中を漁り始める。少しでも多く持ち帰ろうと、この中にもいくつか入れてきたはずだ。その状態も一応確認しておこうとカバンを開けたところで――ふと、ジュードは不思議なものを見つけた。
「……? あれ……?」
それは、ほのかな青い輝きを纏うサファイアだった。
サファイアは氷の力を秘めた鉱石ではあるが、こんなふうに自ずと光を纏うことは普通ならば有り得ない。それぞれの鉱石に適した魔力を込めることで、こうした状態になるものなのだ。だが、ジュードはこのサファイアに魔力を込めてもらった覚えはない。まだマナに頼んでもいないのだから。
――そのサファイアこそ、ジュードが眠っている間にシヴァが魔力を込めたものなのだが、彼がそれを知っているはずもなかった。
サファイアを手に、思い悩むこと数分。込み上げる好奇心に抗うことはできず、ジュードは台座を取り出すと、研磨されていないそれを半ば強引に台座に填め込む。すると、台座に刻んだ古代文字が準備完了とでも言うかのようにほんの一瞬のみ光を放った。
「ちび、危ないからちょっと離れてるんだぞ」
「わう?」
座り込んでいた地面から立ち上がると、ジュードはちびに一言かけてから林の外へと足を向ける。光を纏っているということは、このサファイアには魔力が込められているということ。いくらジュードでもそれくらいはわかる。その効果のほどをぜひとも見てみたくなった。
辺りに人の気配がないのを確認してから、ジュードは目を伏せて短剣に装着したサファイアへと意識を集中させる。護身用に使っていたものは水晶に氷の魔力を込めただけ、無詠唱により発動する魔法はほんの初級クラスのものだった。しかし、これはサファイアだ。本格的な魔法が発動してもおかしくはない。そうなると、好奇心で胸が満たされる。
「……!?」
だが、ジュードの精神に呼応するようにサファイアがより一層力強く輝いた矢先――目の前の広範囲に渦を巻く猛吹雪が巻き起こった。雪は鋭利な氷の刃と化し、渦の中心を乱れ飛ぶ。誰もいない空間に放ったからよかったようなものの、もし標的がいれば容赦なくこの刃に全身を斬り刻まれていたことだろう。そして、トドメとばかりに渦の真下からは無数の氷柱が突き出てきた。
その見たこともない魔法は平地の草や地面を深く抉り、辺りを問答無用に凍りつかせた。
いったい何を拾ってきてしまったというのか。
一種の恐怖に似た感覚さえ抱きながら、ジュードは目の前の光景をただただ呆然と見つめる。そんな彼の手元では、依然としてサファイアが淡い輝きを纏っていた。
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