蒼竜世界の勇者 -魔物と心を通わす青年の世界救済の旅-(リメイク版)

mao

文字の大きさ
83 / 230
第四章・精霊

カミラの焦り

しおりを挟む

「はい、どうぞ。落ち着きましたか?」
「え、ええ……ありがとう」


 くだんの吟遊詩人の歌と演奏が終わるなり、辺りは静寂に包まれた。その一拍後に辺りには割れんばかりの拍手と歓声が響き、その中でカミラはぼろぼろと涙を流してしまった。それを見た吟遊詩人の青年は近くにいた住民に飲み物を頼み、現在――カミラは彼とふたりで中央広場にあるベンチに座って談笑をしている。

 この王都ガルディオンはとても暖かい。冷えた飲み物が異様に心地好かった。

 彼の演奏も、歌も、カミラの琴線に触れるものだった。長らくヴェリア大陸で死と隣り合わせの日々を送ってきた彼女にとって、音楽というものはあまりにも未知数である。いつ魔族が襲ってくるか知れない極度の緊張状態の中、娯楽にうつつを抜かしている暇など間違ってもなかった。

 音楽とはこれほどまでに美しいのかと、そう思ったら次から次へと涙があふれてきて止まらなかった。


「そうですか、カミラさんは何やら大変なところにいらしたんですね」
「ええ……でも、みんなよくわかってないみたい。人って、実際にその環境に身を置かなければ理解しないものなのね」


 頑張ってみるとジュードには言ったものの、何をどう頑張ればいいのか彼女にはよくわからなくなっていた。これまでは大陸の外の世界に住まう者たちを確認するためという目的があったが、それを確認できた今、カミラの目的は第一にヴェリア大陸に戻ること。

 けれど、吸血鬼アロガンだけでなく、アグレアスとヴィネアという魔族が大陸の外に現れてしまった。もうこの世界のどこにも、魔族に襲われない安全な場所は存在しない。こうしている間にも、光魔法さえほとんど効かない恐ろしい魔族が人々を襲いに来るかもしれないのだ。


「(それなのに、ジュードたちは火の国の魔物のことにかかりっきり……もう前線基地がどうのこうのって言っていられる状況じゃないのに……)」


 亡きヴェリア王の子供たちが魔族に通用するかはわからなくとも、大陸の外の者たちと協力することでまだ立ち向かうことはできるかもしれない。ジュードたちの技術は、きっと魔族との戦いに於いても大きな力になってくれる。そのためなら、カミラはいくらでも協力するつもりだ。

 しかし、この調子だと大陸に戻れるのはいつになることか。実際に魔族と対峙し、その恐ろしさを目の当たりにしても魔族よりも魔物のことにかかりきりのジュードたちに、カミラは正直イライラを募らせていた。


「そういうものですよ。この都は激戦区とは言え多くの騎士が城に常駐していますし、他の街や村に比べれば安全です。そんな環境にいると、他の場所の状況なんてそうそうわかるものじゃありません」
「……そうね」


 ジュードにはある程度話したつもりだ、ヴェリア大陸がどれほどの環境にあるのか。それでも、実際にその状況を目の当たりにしていない彼には到底理解し得ないことなのだろう。それを考えると、カミラの口からはまたひとつため息が洩れた。


「もし時間があるようなら、少し都の中をぶらぶらしませんか? カミラさんみたいな可愛らしい方に暗い顔は似合いませんよ、気分が晴れるような楽しいところをたくさんご案内します」


 吟遊詩人の青年は座っていたベンチから立ち上がると、その顔に穏やかな笑みを浮かべて片手を差し出す。人の好さそうなその笑顔と柔らかな物腰にカミラは自然と表情を和らげて、その手を取った。


 * * *


「いくわよ、ウィル! ヤバそうだったら言ってね!」


 作業場の外に出たジュードたちの目の前には、ウィルと、その彼と数メートル離れて佇むマナがいる。ウィルが身に着けているのは戦士用の胸当てと盾。対するマナは杖を掲げて詠唱。

 ジュードたちが水の国アクアリーに行っている間も前線基地の戦況がよくなることはなく、むしろじわじわと悪化を続けるばかりだったという。発つ前に王城に納めた付け焼刃の防具類が役に立ったかどうかは不明だが、新しく得た技術で加工した防具なら役に立つはずだ。

 ウィルが身に着ける防具には、それぞれ火耐性と共に防御力を高める補助魔法を込めた鉱石が装着されている。火属性を持つ魔物たちの攻撃からしっかりと身を守れれば、前線基地の者たちの生存率は大幅に上がる。

 鉱石の調達に行っている間、ガルディオンの鍛冶屋たちが最高品質の武器を数多く造っておいてくれたお陰で、武器の方はあとは鉱石さえ装着すればすぐにでも王城に納められる。それと一緒に防具も届けられたら――


「いっけえええぇ!」


 マナが振り上げた杖の先端からは赤い閃光が迸り、刹那――ウィルの足元からは炎の渦が巻き起こった。吸血鬼アロガンと対峙した際にも使った火属性攻撃魔法『フラムディニ』だ。

 多少の加減をしているとは言え、ごうごうと立ち昇る炎の渦は瞬く間にウィルを飲み込み、ジュードたちは固く拳を握りしめながら固唾を呑んで見守る。

 もし、守りが不完全だったらウィルは無事では済まないし、実戦投入はまだまだ先送りになるだろう。魔法を放った張本人のマナも、不安そうな表情でその光景を見守っていた。

 しかし、やがて炎の渦がゆっくり消えると、その先には――炎に包まれたことで暑そうにしてはいるものの、特に傷を負った様子もないウィルが立っていた。それを確認するなり、同じくハラハラしながら見守っていた鍛冶屋の男たちからは歓喜の声が上がり、ジュードとマナは大慌てでウィルの傍へと駆け寄る。リンファは安堵に胸を撫で下ろした。


「ウィル、大丈夫か!?」
「ああ、ただ熱いだけ。ここは改善が必要かもしれないけど、火傷の類は一切なし。間違いなく、この前のやつより遥かに頑丈でいいブツだ」
「よ、よかったぁ……いくら性能の確認が必要って言っても、こっちとしては気が気じゃないわ、これもルルーナの補助魔法のお陰ね」


 前回の時は技術的にもまだ不完全な上に、守りの力を高める補助魔法さえなかった。今回鉱石に込めたのは『フォールシルト』という物理防御力と魔法防御力の両方を大幅に上昇させる補助魔法だ。これを火属性を持つルビーと共に装着したお陰で、火属性の攻撃に対し絶大な守りを発揮することとなった。まだ何度か繰り返し確認が必要だが、これなら間違いなく実戦で役立ってくれることだろう。

 そして、当のルルーナはと言うと――


「信じられない……ッ! アンタたちいっつもこんなに危ないことしてたわけ!?」
「い、いや、今までは武器メインだったから防具は……」
「ぶっつけ本番なの!? もっと悪いじゃない、命がいくつあっても足りないわよ!」


 ――顔面蒼白になりながら怒っていた。どうやら、お嬢様として育ってきた彼女には、先の性能確認の光景は刺激が強すぎたらしい。庭の芝生に座り込み、ドッドッと強く脈打つ心臓部分を押さえながら金切り声を上げている。

 ともあれ、武器と防具はこれで何とかなりそうだ。今頃は女王の耳に魔族に関する話も入っているだろう。女王は、アメリアはどう対応するだろうか。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ仲間たちを後目に、喜びと焦燥がない交ぜになった複雑な心境でジュードは王城のある方を見つめた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...