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第四章・精霊
夢の中での特訓?
しおりを挟むジュードたちはそれぞれ武器を手に身構えたが、やることは何もなかった。
猛然と襲いかかってきた男たちは先頭で剣を引き抜いたシルヴァによって、ほぼ一撃で吹き飛ばされてしまったからだ。
目にも留まらぬほどの、まさに音速の剣。風を切る音と共に突き出された剣は肩や胴体、足を的確に打ち、男たちは何もできぬまま吹き飛ばされた。後ろで詠唱をしていた魔法使いたちは予想だにしない状況に回避もできず、飛んできた男たちに圧し潰される形で倒れ込む。
「おや? 私が女だからと手加減などしてくれなくていいのだぞ、本気でかかってくるといい。お前たちは男だから、女の私よりも強いのだろう?」
「ぐ……ッ、こ、このアマ……っ!」
「ははっ、まだまだ元気なようだ。どれ、もう少しご教授願うとするか」
その光景に、ジュードたちは思わずぽかんと口を半開きにさせて呆然としていた。それくらいしかできることがなかった。メンフィスに次ぐ実力者だと聞いてはいたが、男たちと彼女とではあまりにも力量差がありすぎる。
ほとんど目で捉えることさえできない剣撃は、まさに形を持たない風の如く。彼女が“烈風の騎士”という二つ名を持っているのにも頷けた。
「シルヴァさんって……」
「確かに、怒らせない方がよさそうね……」
最後方でその様子を見守っていたマナとルルーナは、やや青ざめながらぽつりと呟く。面倒な戦いになるだろうと思っていたのに、彼女がいればまったく問題なさそうだ。つい先ほどまで怒声を張り上げていた男たちの威勢はすっかり鳴りを潜め、繰り返し叩き込まれる彼女の剣撃から頭だけは守ろうと頭部を抱えて丸くなっている。
ジュードにウィル、リンファに至っても同じこと。相棒を守ろうとジュードの正面にいたはずのちびは、今となってはそのジュードの後ろに隠れて「きゅーん」とか細く鳴く始末。
シルヴァは別に今の時点でも本気で怒っているわけではないのだろうが、少しお怒りを買っただけでこれなら、本気になったらどれほどのものか――考えるのも恐ろしかった。
「……!?」
そんな中、すっかり警戒を緩めていた彼らだったが、ふとジュードは右側から微かに放たれる敵意を拾った。目で確認するよりも先に、ほとんど無意識に身体が動く。抜き身のまま持っていた剣を払うように振れば、真横から振るわれた剣による一撃を難なく防ぐことができた。刃物と刃物が衝突する音に、その場にいた者たち全員の視線がそちらに集まる。
「チッ、がら空きに見えていい反応するじゃねーか!」
それは――油断した隙を突いて襲撃してきたリュートだった。彼はシルヴァにいじめられる者たちの中にはいなかったらしく、気配を殺して真横からジュードに襲いかかったのだが、あっさりと防がれたことが不満だったようだ。吐き捨てるようにそう呟く。
一方で、ジュードは奇妙な感覚に陥っていた。これまでだったら、間違いなく今の一撃を喰らっていたことだろう。だが、まるでわかっているかのように身体が勝手に動いたのだ。今までとは違う何かを感じていた。もっと素早くて、防御だって間に合わないような何かと戦った覚えがある、身体がそれを覚えている。
「(……そうだ、さっき見たあの夢。あの人はもっと速くて、とんでもなくて……いや、それよりもこの男……やっぱりあの時カミラさんと一緒にいたやつだ)」
夢に出てきたあの白一色の宮殿で問答無用に襲いかかってきた――紅色の髪の人間。夢に出てきたあの人は、まったくこんなものではなかった。あれはただの夢だったはずなのに、すっかりあの一戦が身体に染みついているようだった。
しかし、今はそれよりも目の前の状況。剣を間に挟んで睨む相手は、印象こそ変わっているが間違いなくあの時カミラと一緒にいた男だ。ジュードは目を細めると、軽く上体を低くして利き腕に力を込める。半ば体当たりに近い形で腕を振り抜いてやれば、リュートの身はあっさりと力負けをして薙ぎ払われた。
「へッ、少しはやるようじゃねーか!」
「まだ他にもいたのか!」
「あれは湾曲刀……お気を付けください、あれは人を斬るのに適した形状の武器だと聞いています」
リンファはリュートが握る武器を見遣ると、軽く眉根を寄せて表情を顰める。緩やかなカーブを描く湾曲刀は月明りを受けて怪しく光を抱いていた。ウィルとリンファは警戒するように身構えたが、ジュードは静かに剣を下ろしてその出方を窺う。
リュートにしてみればそれがひどく屈辱的だったらしく、その顔に憤りを乗せるとペッと足元にひとつ唾を吐いてから再び突進してきた。
「余裕かましやがって! クソがぁッ!」
「(……遅い)」
傍目にはかなりの勢いと速度に見えても、ただでさえ優れたジュードの目にはあまりにも遅すぎた。夢で戦ったあの人は、もっともっと速く、隙なんてなかった。それなのに、今目の前にいるこの男は――隙だらけだ。
下ろしたままだった剣を勢いよく斜め下から振り上げると、その刃はリュートの腹部から肩までを裂き、確かな裂傷を負わせた。その一撃をまともに受けたリュートも、一瞬何が起きたのかわからなかった。気が付いた時には再び斬り飛ばされ、胸部からはボタボタと血が流れ出る。斬られたのだと理解したのは、脳が激痛を訴えてきた頃だった。
「バ、バカな……この、俺様が……!? なん、で……」
「……あ! やば、そのまま斬っちゃった……!」
ジュードはジュードで、そこで状況を理解すると自分の手にある剣とリュートの胸部に刻まれた傷を見遣る。一撃で命を奪うほどのものではないが、それなりに深く入ったようだ。コートの下に着る白のシャツは夜の闇でもわかるほどに真っ赤だった。魔物の命を奪うことにも胸を痛めるジュードが、人の身に深手を負わせて平気な顔ができるはずもない。
そんな彼を見て、リュートは余計に怒りを煽られたらしく、廃屋の壁を伝って辛うじて立ち上がる。こめかみにはうっすらと青筋さえ浮き上がらせて。だが、再び湾曲刀を構えようとした、まさにその時――
「ぐッ!?」
リュートの後方、廃屋の壁の一部がベリッと剥がれ、見事に彼の頭頂部に直撃したのだ。思いのほか勢いよくぶち当たってしまったらしく、リュートはそのまま力なく膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れてしまった。
そして、剥がれ落ちた壁の奥から顔を覗かせたのは――
「……ジュード?」
「――カミラさん!」
壁を壊して脱出しようとしていた、カミラだった。外の騒ぎに反応して、彼女の後ろや隣からは誘拐されてきただろう女性たちがそっと顔を覗かせた。
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