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第五章・火の神器レーヴァテイン
魔物を狂暴化させるもの
しおりを挟む神器を前に唖然とするジュードたちを見て、フラムベルクとフレイヤは幾分か微笑ましげに笑う。これが神器です、と言われて小綺麗な置物を渡されても信じられない気持ちは彼女たちにもわかる。
しかし、すぐに表情を引き締めると早々に次の話題へと移ることにした。
「それと、魔物の狂暴化についてお話ししましょう」
「魔物の狂暴化ですと? もしや原因を知っておると……」
「はい。どうやら、ライオットからはまだ説明されていないようですね」
「う……一気に全部話したら頭がゴチャゴチャになると思ったんだに。特にマスターは難しい話は得意じゃないみたいだし……」
フラムベルクのその言葉に真っ先に反応したのは当然メンフィスだ。この火の国で暴れている魔物には、もうずっと手を焼いている。その原因がわかれば解決法もわかる――火の国に住まう者にとって、これほど嬉しい情報もない。
続くライオットの呟きを聞けばジュードの表情は自然と歪む。実際に本当のことだから何も言えなかったが。けれど、その雰囲気と様子は“魔物の狂暴化について”という話の緊張を和らげてくれた。騎士たちもカミラも「はは」だの「ふふ」だの声を立てて笑う。
「魔物が狂暴になってしまったそもそもの原因は、みなさまのような“人間”が生み出す負の感情が原因です」
「負の……感情?」
「それは、怒りや悲しみ、憎悪に嫉妬など……そうですね、人間の言葉で言うところのネガティブな感情から発生するものとお考えください」
「……そういえば、水の国で会ったヴィネアっていう魔族がそんなことを言ってた気がするわ」
フラムベルクが語る言葉に、カミラは思案げに一度視線を下げると、水の国でのことを思い返す。あの時、ヴィネアは確かに「人間たちが放出する負の感情が結界を弱めて消した」と言っていたはずだ。人が毎日のように放つ負の感情が魔物を狂暴化させ、更にはヴェリア大陸に張られていた結界さえ打ち消してしまったのだと考えると、胃の辺りが重くなるようだった。だが、フラムベルクは「ですが――」と言葉を続ける。
「誤解はしないでくださいね、感情は人間からは切っても切り離せないもの、人が生活していく上で当然生まれるものでもあります。故に負の感情を抱えることが悪ではないのです。ただ……」
「……ただ?」
続いた言葉を聞けば、今まさにジュードたちが抱えた言いようのない複雑な感情は煙のようにふっと消えていく。しかし、中途で言葉を切ったフラムベルクの様子に、メンフィスはもどかしさを覚えて早々に先を促した。
「魔物の狂暴化の原因が負の感情であることは間違いないのですが、人口で言えば東のグランヴェルの方が圧倒的に多いはずです。人が多ければ、それだけ生み出される負の感情も多く、強いものになります。なぜ、この火の国だけで魔物がこれほど狂暴になっているのかがわからないのです」
「何か他にも原因があるのかもしれませんが……申し訳ありません、今はまだその原因の特定には至っておりません」
つまり――魔物が狂暴になった原因はわかったが、それを解決する方法は今はまだ不透明ということだ。火の国には血気盛んで勝気な者が多く、他の国よりも比較的小競り合いが起きることもある。向上心があるのはいいことだが、それが他者を蹴落とそうという攻撃的な憎悪や憤りになっているのだろうかとメンフィスは思ったが、確かなことは何も言えない。大精霊でさえわからないことなのだから。
「そのため、本来ならば我々大精霊がマスター様に同行すべきなのですが、今はこの場を離れるわけにはいきません。その代わり、部下を一人お付けいたします。もし窮地に陥った時にはこの瓶の蓋をお開けください」
「この中に……その部下がいるんですか? すごく小さいけど……」
フラムベルクはそう告げると、静かにジュードの正面まで歩み寄って小さな小瓶を手渡してきた。大きさにして縦五センチ、横三センチ程度の極々小さなもの。鎖がついているところを見ると、ペンダントとして首から提げられそうだ。ライオットはそれを見上げて何度か頷いてみせた。
「精霊は本来は決まった形を持たない生き物だに、蓋を開ければ勝手に出てきて形を持つによ」
「へぇ……よくわかんないけど、この蓋を開けたら精霊が出てくるんだな」
「ウィルがいる時に説明する方がよさそうだにね……」
相変わらず言葉の半分も伝わっていなさそうな様子のジュードに、ライオットはそれ以上は何も言わずへにょりと項垂れる。けれど、別に理解する必要があることでもない、すぐに気を取り直してジュードの足にしがみつくと、そのまま身体を伝ってよじよじと登り始めた。
ジュードは渡された小瓶を何とはなしに眺めていたが、フラムベルクの隣に並んだフレイヤは優しく微笑むと彼や騎士たちに一言。
「後世に名を残す者の全てが、現時点で既に素晴らしい者であるとは限りません。また、素晴らしい者でなければ神器に選ばれないというわけでもありません。今は不安な時だと思いますが、神器の使い手はきっと現れるでしょう。どうか、希望を捨てずにいてくださいね」
穏やかに語りかけるフレイヤの言葉を噛み締めるように、ジュードもカミラも暫し彼女を見つめてから頷いた。
そうなのだ、歴史に名を残す者が最初から偉大な人間だったとは限らない。現に偉大な人物として後世に幅広く伝わっているのはグラナータ博士の名前だけで、それ以外はほとんど知らないのだから。
神器の使い手として選ばれる者はきっと現れる。
フレイヤのその言葉は、確かに希望を与えてくれた。
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