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第五章・火の神器レーヴァテイン
迫る死霊文字の脅威
しおりを挟む「俺様が全部ぶっ飛ばしてやるからよ」と言ったサラマンダーの言葉に、嘘偽りなど何もなかった。
あれから二日、騎士たちは苦戦を強いられることもなく王都ガルディオンのすぐ近くまで帰還していた。道中何度も魔物の群れと遭遇したが、それらは全て先頭で暴れるサラマンダーによって斬り捨てられ、ジュードやメンフィスたちの出番などほとんどなかったのである。あまりにも力が違い過ぎる、圧倒的とも言える差があった。
鋭利な刀を巧みに操る剣術は型に囚われない荒々しいものながら隙がなく、詠唱もなく自由自在に炎を繰り出し叩きつける戦法は人には真似ができないものだった。それこそ、ジュードたちが造る魔法武器でもない限りは。
騎士たちはすっかりサラマンダーのことを気に入り、空き時間で彼に戦い方を教えてもらう者まで現れ始めた。メンフィスもカミラも、行く時とは違う和気藹々とした様子にすっかり和んでいる。
「マスター、大丈夫に? 昨日からちょっと変だによ」
一方で、ジュードはわずかに焦りを感じていた。
それと言うのも、この二日、例のあの夢を見れていないのだ。夢の中で彼と――ジェントと手合わせをすることで確かな力と手応えを感じているジュードにしてみれば、続けて見れないということに漠然とした焦りを感じていた。ただでさえ、今は少しでも強くなりたいのに。
肩に乗るライオットは、そんなジュードを心配そうに見つめる。相変わらず瞳孔が開ききったようなふざけた顔だが。
「ああ……大丈夫。ちょっと寝覚めがよくないだけだから。……それより、サラマンダーって強いんだな」
「大精霊たちよりは劣るけど、あいつは戦闘に特化したタイプだに。魔族が襲ってきてもあいつがいれば随分楽になると思うによ!」
「大精霊ってあれ以上なんだ……」
サラマンダーの強さは、ジュードの目から見てもかなりのものだ。メンフィスと同等、下手をするとそれ以上かもしれないほど。イスキアやシヴァはもちろんのこと、火の神殿で会ったフラムベルクや、あのおっとりとしたフレイヤもあれ以上の強さを持っているのだと思えば、頼もしいのと同時に恐ろしくもある。
「おい、ハンペン」
「ハ……っ、ハンペンはやめろに!」
「ああ、今はモチ男なんだったか。ちょっといいか」
そこへ、騎士団と話していた当のサラマンダーが歩み寄ってきた。その顔に複雑な色が滲んでいるところを見ると、単純に雑談をしにきたというわけではなさそうだ。
そんな様子にはライオットも気付いているらしく、やや不貞腐れながらもそちらに向き直る。彼らを何度か交互に眺めたジュードは邪魔になりそうな気配を感じてライオットを預けようとしたのだが、それは先にサラマンダーに制された。
「……なあ、マスターよ。フラムベルクからお前らが造ってるモンについては聞いてるが、それは……今ここにあんのか?」
「造ってるもの? ……これのことかな。って言っても、これはミストラルで買ったものなんだけど……」
ジュードが腰裏の鞘から短剣を引き抜くと、サラマンダーは待ちきれないとばかりに彼の手からそれをむしり取るようにして奪ってしまった。いったいどうしたのかと思うものの、何やら真剣な様子で武器に目を凝らす様を見れば声をかけるのも憚られた。
「……これじゃねえな。これは聞いてた通りの普通の神聖文字だ」
「どうしたんだに?」
「お前、俺様と同じ上級精霊のくせに何も感じねえのかよ。この腹ン中を掻き回されるようなおぞましい感覚……間違いねえ、死霊文字だ」
「死霊……文字?」
吐き捨てるように呟くサラマンダーの言葉は、ジュードにとっては聞き覚えのないものだったが、ライオットは大袈裟なくらいに身を跳ねさせた。
* * *
「……あ、みんな。どうしたの?」
ジュードとカミラがメンフィスと共に神殿に向かって約五日ほど。そろそろ帰ってくる頃だろうと、マナは朝から料理に勤しんでいた。しかし、正門の方から話し声が聞こえてきたのに気付くとそちらに足を向けたのだが、そこにはウィルやルルーナ、リンファが集まっていた。その中には久方振りに作業場を訪れた鍛冶屋たちの姿も見える。
未だに見つからないウィルの本とノートのことでも話しているのだろうかと一度は思ったのだが、険悪そうな雰囲気は見受けられない。そのことにマナはホッとひとつ安堵を洩らすと、輪の方へと駆け寄った。すると、ルルーナがいち早く振り返り、いつものように挑発的に笑う。
「アンタたちもうかうかしてられないわねって話をしてたのよ」
「うかうか?」
「ヒーリッヒ様がより強力な武器をお造りになられたそうです、ぜひウィル様やマナ様に見て頂きたいとお持ちになられて……」
「ええっ、そうなの? すごいすごい! 見せて見せて!」
彼らの魔法武具を造る技術を取り入れる鍛冶屋が他にできるということは、ライバルになるということでもあるのだが、今はそんなことを言っていられないのが現状だ。少しでも強い武器がほしいのが本音である。
ヒーリッヒはこの王都で一番大きな鍛冶屋の下働きで、その店主は自分のところの者が良い武器を造ったということが嬉しいようだった。厳つい顔を笑みに破顔させてがはははと高笑いを上げている。
当のヒーリッヒは両腕で抱える荷をそっとウィルとマナに向けて差し出すと、やや俯きながら上目に彼らを見上げる。その顔には、ほの暗い不気味な笑みが滲んでいた。
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