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第五章・火の神器レーヴァテイン
カミラの隠し事
しおりを挟む「グギイイィッ!」
「ハッ、お前らみたいな低級魔族が俺様とやり合おうってのか! イイ度胸じゃねえか!」
最初は完全に怯えているヒーリッヒ目掛けて襲いかかったグレムリンたちは、今度は厄介な相手を先に始末しようというのか一斉にサラマンダーに襲いかかった。誰が厄介なのか、最初に倒すべき相手は誰なのかを瞬時に考えられるところが魔物と違う点だ。
魔物とてある程度は考えて動くが、魔族には知恵というものがある。人間のように考えて行動してくるからこそ、より厄介なのだ。
しかし、どれだけ数で押そうが互いの間に力量差があればほとんど意味をなさない。サラマンダーは右手に炎を纏わせると、群がってきたグレムリンたちを薙ぎ払うかの如く振るう。すると、炎は鞭のようにグレムリンの身を打ち、核もろともあっという間に燃やし尽くしてしまった。
「す、すごい……あれって新しい仲間? 精霊?」
「私が知るわけないでしょ、……けど、多分そうでしょうね」
その圧倒的な強さにマナもルルーナも一瞬状況を忘れて見入ったが、早々に意識を引き戻すと繭の方へと目を向ける。幸いウィルの身をそれ以上強く締め付けることはしていないようだが、次に何が起きるかわかったものではない。少しでも早く彼を救出したいところである。
ジュードは駆け寄ってきたリンファとちびを確認すると、作業場の傍で震えている馴染みの鍛冶屋たちへと一瞥を向ける。親方だけはぐったりとしているが、他の面々に外傷はなさそうだった。
「リンファさん、ちび、親方さんたちをお願い。大丈夫だと思うけど、流れ弾とか飛んでいくかもしれないから」
「はい、お任せください」
「ガウッ!」
リンファが傍についていれば、彼女の気功術で親方の治療もできるだろう。もしグレムリンの凶刃が彼らを狙えば、野生の勘を持つちびが事前に察知して叩き落としてくれるはずだ。
続いて自分の中にいるだろうライオットに意識を合わせると、途端――ジュードの身を中心に眩い光が辺りに広がった。その光を浴びるなり残っていたグレムリンたちは地面に這いつくばり、苦しげに呻き始める。シヴァの時は猛吹雪だったが、今回は白く静謐な光だ。人間や精霊に害はなくとも、魔族にとっては猛毒のようなものなのだろう。
『マスター、サラマンダーと協力してあの繭を何とかするに! あれは生き物の力を吸い取って成長するんだに、放っておくとデーモンか何かが生まれて大暴れするによ!』
「んな……ッ! わ、わかった!」
頭の中に響くライオットの声に、ジュードは歯噛みする。つまり、こうしている間にも繭の中ではウィルの力を吸い取りながらすくすくと魔族が育っているのだろう、冗談ではなかった。
ジュードとサラマンダーはほぼ同時に繭目掛けて飛び出し、一斉に攻撃を叩き込んだ。サラマンダーは繭に突き刺さったままの刀を握り込み、そのまま勢いと体重をかけて傷を抉った。ジュードは片手に持つ剣を繭の表面に叩きつけ、逆手に持つ短剣を深く突き刺す。
「ギュイイイィッ!」
「こいつ……ッ! ウィルを離せ!」
繭から伸びるツタは一度こそ彼らの身を拘束しようとしたが、ジュードの身からあふれる光を嫌がって瞬く間に散っていく。視界の端に映るそれらに、ジュードは自分でも不可解なほどにゾッとするのを感じていた。
けれど、強引に思考と意識を切り替えて未だ短剣に鎮座する鉱石に意識を集中させ、繭の内部でその魔力を――シヴァの力が込められたままの鉱石の魔力を爆発させた。
巨大な爆弾でも爆ぜたかのような衝撃にジュードもサラマンダーも軽く吹き飛びながらも、体勢を崩すことなく早々に立て直す。近くにいたヒーリッヒは耐え切れず、頭を抱えて転がった。
内部で膨大な魔力の爆発を受けた繭は徐々にしおしおと枯れ始め、ウィルの身をずっと締め上げていたツタからも力が抜けた。マナとルルーナは慌ててその傍に駆け寄り、ようやく解放されたウィルの身体を支える。多少なりともぐったりとしてはいるが、特に大事はなさそうだ。
「ジュ、ジュード……っ! みんな……!」
「な、なんだ、これは……!?」
そこへ、追いかけてきたカミラとメンフィスが合流を果たした。門を潜ってきた彼らの後方には騎士団の姿も見える。サラマンダーは「ふう」と一息吐くと、上がった息を整えるカミラに視線を投じた。
「おい、女。お前はさっさとその気味の悪い剣をぶち壊してくれ」
「えっ、えっ……!? わ、わたしが……!?」
「その剣には並の攻撃は効かねぇ、お前だからできることがあんだろ。大人しくしてる今のうちに早く――」
サラマンダーのその言葉に、カミラの顔からはサッと血の気が引いたようだった。多少なりとも距離があるものの、遠目にもハッキリと窺えるほどに。
「なに……あなた、どうして知って……?」
「……? おい、ボーッとしてないで……」
顔面蒼白になりながら数歩後退するカミラを見て、サラマンダーは怪訝そうな面持ちで疑問符を滲ませる。並の攻撃が効かないということは、特殊な力でなければ破壊できないのだろう。魔族に関することなら、恐らくは光の力――けれど、カミラのこの様子はそれだけではない何かがあるように見えた。
しかし、そのわずかな空白の間を利用して、宙に浮遊していた剣は再び黒いオーラを強く放ち始めた。それと共に繭も再び形を取り戻し、中から何かが突き出てくる。鉛色の皮膚と黒く鋭利な爪、恐らくは手だ。次々に繭を突き破り、手や足、角が飛び出してきた。
「チィッ! 遅かったか!」
『グ、グレーターデーモンだに! こいつは乱暴なやつだに、気をつけるに!』
「グレーターデーモン……!?」
程なくして姿を見せたその生き物は、繭の中にどう入っていたのかと思うほどに大きかった。身の丈三メートル前後はあるだろう。役目を終えた繭の中からはドス黒い靄が発生し、その場に居合わせる者たちへと纏わりつき始めた。
「な、なによ、これ……ッ! きゃあっ!」
「か、身体が……重、い……ッ」
黒い靄に纏わりつかれた者たちは、まるで巨大な何かに圧し掛かられているかのように身動きひとつ取れなくなってしまったのである。ジュードはそんな仲間の様子を慌てたように見回した。
「な、なんだ、どうしたんだ!?」
『これは闇の領域っていうやつだに、光の加護がないと動けなくなるんだによ! これを消すには、あのデーモンを倒すしかないに!』
ライオットと交信しているせいか、幸いにもジュードは拘束されることはなかったが、あのサラマンダーでさえ黒い靄に纏わりつかれて屈んでしまっている。
目の前の敵はジュードの倍以上はある相手、下から見上げるのは非常に迫力がある。それでも、やるしかないのだ。今は他に頼れる者が誰もいないのだから。
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