蒼竜世界の勇者 -魔物と心を通わす青年の世界救済の旅-(リメイク版)

mao

文字の大きさ
125 / 230
第六章・風の神器ゲイボルグ

その名は変態伯爵

しおりを挟む

 部屋の奥から次々に駆け出してきた男たちを前に、ジュードとリンファは困ったように彼らを見回す。この屋敷をアジトにしている盗賊か何かかと思ったのだが、社会のはみ出し者というような印象は受けない。

 それに、つい今し方の「人さらい」という言葉を思えば、何かしらの勘違いをされているのではという可能性が二人の頭に浮かんだ。


「ま、待って兄さん! その人たち、この前の人たちとは違うわ!」
「馬鹿野郎、手下が毎回同じとは限らないだろ! こいつ、魔物を連れてやがる! 間違いねえ、グルゼフからお前をさらいに来たんだ!」
「え、えっ、ちょっ……!」


 暗くてよく見えないが、部屋の最奥には一人の少女がいるようだった。恐らく、先ほど耳にしたすすり泣くような声はこの少女のものだろう。彼女に「兄さん」と呼ばれたジュードとそう変わらない年頃の青年は、木の棒を構えたままそう返答するなり、じりじりと距離を詰めてくる。

 だが、そのやり取りで理解できた。彼らは何か勘違いをしているのだ。ジュードを庇ったちびも矢を銜えたまま困惑している。困ったようにジュードを見上げて、へにょりと尾を垂らした。

 リンファは一歩前に足を踏み出すと、取り敢えず誤解を解くために声を上げた。


「お待ちください、私たちは火の国から来た旅の者で、これから王都グルゼフに向かうところです。あなた方が仰っている者たちとは違います」
「火の国からだって? 鎖国が解除されたなんて話は聞いてないぞ、いい加減なこと言うな!」
「と、取り付く島もないにね……」


 ライオットはジュードの肩の上に乗ったまま、困り果てたように男たちを見遣る。彼らから感じられた警戒は、ジュードたちを人さらいだと思い込んでいるためだろう。
 どう説明すれば納得してもらえるだろうか。日頃から働きの悪い思考を極力フル回転させてジュードが打開策を考える最中、不意に背中から声がかかった。


「随分と騒がしいな。ジュード君、リンファちゃん、無事か?」
「あ、シルヴァさん。あの、実は……」


 それは、シルヴァだった。ジュードとリンファの帰りが遅いのを心配して見に来たのだろう。彼女の後ろにはウィルの姿も見える。ジュードとリンファは男たちが襲ってこないのを確認しつつ、彼女に事情を話すことにした。こういう状況は、やはり大人に任せるのが一番だ。


 * * *


「――本当にすまなかった!!」


 その後、シルヴァが身につける軽鎧に火の国エンプレスの紋様が刻まれているのを見た男たちは慌てて警戒を解き、更に関所でもらった通行証への確認の印を見せたことで何とか誤解を解くことができた。

 先ほど言い合っていた部屋は宿で言うところのロビーになっているらしく、燭台に火が灯されたことで不気味さも緩和され、マナたちも合流してようやくひと安心といったところだ。深々と頭を下げる彼らを前にジュードもリンファも小さく頭を横に振る。


「いや、そんな……オレたちも勝手に入っちゃったし、怪我とかも何もないしさ」
「はい。事情が事情だと思いますから、どうかお気になさらず」


 あわや、というところではあったが、ちびのお陰でジュードにも怪我はない。きっと彼らには暴力に訴えてでもそうしなければならなかった理由があるのだろう。それでも申し訳なさそうな顔をする彼らに、ジュードは頃合いを見計らって声をかけた。


「それで、何があったの? 何か力になれることがあるかもしれないから、もしよかったら話してみてくれないかな」
「うむ、ジュード君の言う通りだ。これも何かの縁だろう、差し支えなければ我々にも事情を教えてもらいたい」


 ジュードとシルヴァのその言葉に、男たちは困惑したように仲間内で目配せしていたものの、ややあってから先ほど「兄さん」と呼ばれた男が話し始めた。


 彼はトリスタンという名で、この旅館の責任者らしい。他の男たちは彼の同僚で、全員この旅館で働く者たちなのだそうだ。

 トリスタンたちは若い身ながら、親から託されたこの温泉旅館を切り盛りしてきたのだが――そんなある日、彼らの前にルーヴェンス伯爵という貴族が現れた。彼はトリスタンの妹のメネットを大層気に入り、自分の妾にすると言い出したのである。また、伯爵はこの旅館にも目を付けたようで、妹を差し出せ、嫌なら旅館を明け渡せとあまりにも自分勝手な要求を突きつけてきたのだ。

 トリスタンたちにしてみれば、そのどちらも冗談ではない要求だった。
 彼らの話をそこまで聞いて、ルルーナは木製の椅子に腰かけたまま「はあ」と疲れたようにため息をひとつ。


「ルーヴェンス伯爵ねぇ……厄介なやつに目を付けられたものね」
「ルルーナ、その伯爵のこと知ってるの?」
「知ってるも何も、グランヴェルではわりと有名よ。変態伯爵ってね。あの伯爵はとにかく綺麗なものや美しいものに目がないの。人だろうと宝石だろうと、自分が美しいと思ったものはどんな手を使ってでも手に入れる強欲な男よ」


 ルルーナが語る話を聞いて、ジュードたちは思わず表情を顰めた。特にマナやカミラ、若い女性陣は殊更嫌悪感を覚えたようだ。嫌そうな表情を浮かべながら、ぐっと唇を噛み締める。カミラはいち早くジュードに向き直ると、懇願するような様子で口を開いた。


「ねえ、ジュード。わたしたちで何とかしてあげられないかな?」
「そうよ、そんな変態に妹さんや旅館が奪われるなんてあんまりだわ」
「その伯爵をボコボコにすれば諦めてくれるかな」
「待て待て待て、そんな簡単な話じゃないんだよ。相手は伯爵だろ、平民が手出したら罪に問われて使者だの何だのの話じゃなくなっちまう」


 何やら物騒な話を始めるジュードたちに待ったをかけたのはウィルだ、その隣ではシルヴァやリンファが困ったような顔をしている。そんな仲間内を呆れたように横目で見遣りながら、ルルーナはまたひとつため息を洩らすとその視線をトリスタンへと向けた。


「それで、伯爵は近いうちに来るの?」
「以前手下が来たのが十日前だから、今日か明日くらいには……」


 それで、武装して待ち構えていたのだろう。ルルーナはそこで納得したように頷くと、座っていた席から立ち上がった。


「今夜、ここに一泊お願いできるかしら。これでも長旅でクタクタなのよ」
「え、あ、ああ……」
「心配しなくてもいいわ、私が話をつけてあげる。ジュードたちに任せてたら問題が余計に大きくなりそうだし」


 トリスタンたちはルルーナのその言葉に目を白黒させていたが、ルルーナの方にそれ以上何かを言うつもりはなかった。いちいち説明が面倒くさいのだ。今はとにかく、温かい湯に浸かってゆっくり休みたい。それだけだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...