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第六章・風の神器ゲイボルグ
その名は変態伯爵
しおりを挟む部屋の奥から次々に駆け出してきた男たちを前に、ジュードとリンファは困ったように彼らを見回す。この屋敷をアジトにしている盗賊か何かかと思ったのだが、社会のはみ出し者というような印象は受けない。
それに、つい今し方の「人さらい」という言葉を思えば、何かしらの勘違いをされているのではという可能性が二人の頭に浮かんだ。
「ま、待って兄さん! その人たち、この前の人たちとは違うわ!」
「馬鹿野郎、手下が毎回同じとは限らないだろ! こいつ、魔物を連れてやがる! 間違いねえ、グルゼフからお前をさらいに来たんだ!」
「え、えっ、ちょっ……!」
暗くてよく見えないが、部屋の最奥には一人の少女がいるようだった。恐らく、先ほど耳にしたすすり泣くような声はこの少女のものだろう。彼女に「兄さん」と呼ばれたジュードとそう変わらない年頃の青年は、木の棒を構えたままそう返答するなり、じりじりと距離を詰めてくる。
だが、そのやり取りで理解できた。彼らは何か勘違いをしているのだ。ジュードを庇ったちびも矢を銜えたまま困惑している。困ったようにジュードを見上げて、へにょりと尾を垂らした。
リンファは一歩前に足を踏み出すと、取り敢えず誤解を解くために声を上げた。
「お待ちください、私たちは火の国から来た旅の者で、これから王都グルゼフに向かうところです。あなた方が仰っている者たちとは違います」
「火の国からだって? 鎖国が解除されたなんて話は聞いてないぞ、いい加減なこと言うな!」
「と、取り付く島もないにね……」
ライオットはジュードの肩の上に乗ったまま、困り果てたように男たちを見遣る。彼らから感じられた警戒は、ジュードたちを人さらいだと思い込んでいるためだろう。
どう説明すれば納得してもらえるだろうか。日頃から働きの悪い思考を極力フル回転させてジュードが打開策を考える最中、不意に背中から声がかかった。
「随分と騒がしいな。ジュード君、リンファちゃん、無事か?」
「あ、シルヴァさん。あの、実は……」
それは、シルヴァだった。ジュードとリンファの帰りが遅いのを心配して見に来たのだろう。彼女の後ろにはウィルの姿も見える。ジュードとリンファは男たちが襲ってこないのを確認しつつ、彼女に事情を話すことにした。こういう状況は、やはり大人に任せるのが一番だ。
* * *
「――本当にすまなかった!!」
その後、シルヴァが身につける軽鎧に火の国エンプレスの紋様が刻まれているのを見た男たちは慌てて警戒を解き、更に関所でもらった通行証への確認の印を見せたことで何とか誤解を解くことができた。
先ほど言い合っていた部屋は宿で言うところのロビーになっているらしく、燭台に火が灯されたことで不気味さも緩和され、マナたちも合流してようやくひと安心といったところだ。深々と頭を下げる彼らを前にジュードもリンファも小さく頭を横に振る。
「いや、そんな……オレたちも勝手に入っちゃったし、怪我とかも何もないしさ」
「はい。事情が事情だと思いますから、どうかお気になさらず」
あわや、というところではあったが、ちびのお陰でジュードにも怪我はない。きっと彼らには暴力に訴えてでもそうしなければならなかった理由があるのだろう。それでも申し訳なさそうな顔をする彼らに、ジュードは頃合いを見計らって声をかけた。
「それで、何があったの? 何か力になれることがあるかもしれないから、もしよかったら話してみてくれないかな」
「うむ、ジュード君の言う通りだ。これも何かの縁だろう、差し支えなければ我々にも事情を教えてもらいたい」
ジュードとシルヴァのその言葉に、男たちは困惑したように仲間内で目配せしていたものの、ややあってから先ほど「兄さん」と呼ばれた男が話し始めた。
彼はトリスタンという名で、この旅館の責任者らしい。他の男たちは彼の同僚で、全員この旅館で働く者たちなのだそうだ。
トリスタンたちは若い身ながら、親から託されたこの温泉旅館を切り盛りしてきたのだが――そんなある日、彼らの前にルーヴェンス伯爵という貴族が現れた。彼はトリスタンの妹のメネットを大層気に入り、自分の妾にすると言い出したのである。また、伯爵はこの旅館にも目を付けたようで、妹を差し出せ、嫌なら旅館を明け渡せとあまりにも自分勝手な要求を突きつけてきたのだ。
トリスタンたちにしてみれば、そのどちらも冗談ではない要求だった。
彼らの話をそこまで聞いて、ルルーナは木製の椅子に腰かけたまま「はあ」と疲れたようにため息をひとつ。
「ルーヴェンス伯爵ねぇ……厄介なやつに目を付けられたものね」
「ルルーナ、その伯爵のこと知ってるの?」
「知ってるも何も、グランヴェルではわりと有名よ。変態伯爵ってね。あの伯爵はとにかく綺麗なものや美しいものに目がないの。人だろうと宝石だろうと、自分が美しいと思ったものはどんな手を使ってでも手に入れる強欲な男よ」
ルルーナが語る話を聞いて、ジュードたちは思わず表情を顰めた。特にマナやカミラ、若い女性陣は殊更嫌悪感を覚えたようだ。嫌そうな表情を浮かべながら、ぐっと唇を噛み締める。カミラはいち早くジュードに向き直ると、懇願するような様子で口を開いた。
「ねえ、ジュード。わたしたちで何とかしてあげられないかな?」
「そうよ、そんな変態に妹さんや旅館が奪われるなんてあんまりだわ」
「その伯爵をボコボコにすれば諦めてくれるかな」
「待て待て待て、そんな簡単な話じゃないんだよ。相手は伯爵だろ、平民が手出したら罪に問われて使者だの何だのの話じゃなくなっちまう」
何やら物騒な話を始めるジュードたちに待ったをかけたのはウィルだ、その隣ではシルヴァやリンファが困ったような顔をしている。そんな仲間内を呆れたように横目で見遣りながら、ルルーナはまたひとつため息を洩らすとその視線をトリスタンへと向けた。
「それで、伯爵は近いうちに来るの?」
「以前手下が来たのが十日前だから、今日か明日くらいには……」
それで、武装して待ち構えていたのだろう。ルルーナはそこで納得したように頷くと、座っていた席から立ち上がった。
「今夜、ここに一泊お願いできるかしら。これでも長旅でクタクタなのよ」
「え、あ、ああ……」
「心配しなくてもいいわ、私が話をつけてあげる。ジュードたちに任せてたら問題が余計に大きくなりそうだし」
トリスタンたちはルルーナのその言葉に目を白黒させていたが、ルルーナの方にそれ以上何かを言うつもりはなかった。いちいち説明が面倒くさいのだ。今はとにかく、温かい湯に浸かってゆっくり休みたい。それだけだ。
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