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第七章・地の神器ガンバンテイン
死霊使いメルディーヌ
しおりを挟む「死霊文字の恐ろしさは、あなたたちもその目で見たでしょう? もしかしたらジュードちゃんたちは死霊文字をどこかで知って、それを武具に応用してるんじゃないかって思ってたのよ」
死霊文字の効果は、王都ガルディオンのメンフィス邸で目の当たりにした。その記憶は未だ鮮明に残っている。こちらの動きを封じ、凶悪な魔族を生み出し、それらが更に魔族の群れを呼ぶ。あのようなものが世界中にあふれでもしたら、人間たちなど瞬く間に葬られてしまう。
「雪山でジュードちゃんを拾った時に、失礼だけどあなたの武器を確認させてもらったわ。特に問題なかったからシヴァがちょっと悪戯したわけだけど」
イスキアの話を聞いて、そこでジュードはいつも使っている愛用の短剣を鞘から引き抜いた。その短剣には、今も変わらずほんのりと輝く鉱石が填まったままだ。イスキアが言う「悪戯」とは、十中八九この鉱石のことだろう。
「ああ、大精霊が魔力を込めたものならとんでもない魔法が発動するのも頷けるなぁ……」
「あの死霊文字って、結局何なんですか? 魔族が使う文字とは聞きましたけど……」
「そうねぇ……みんなが使ってる神聖文字と同じく、強い力を秘めた文字であることは確かだけど……」
どうりで、恐ろしくなるほどの魔法が発動するわけだ。ジュードは何度か納得したように頷きながら、引き抜いたばかりの短剣を再び鞘に戻した。
次に疑問を投げたのは、魔族という存在に並々ならぬ敵意を持つカミラだ。すると、イスキアとシヴァは軽く眉根を寄せて暫し黙り込む。何、と言われて一言で説明するのは彼ら大精霊でも難しいのだろう。
「大昔の世界では、みんなが当たり前のように使ってる“魔法”は異質な力だったんだによ。使える者はごく一部の者だけで、魔法を使えない者の方が圧倒的に多かったんだに」
「えっ、そうなの? ……そういえばあたし、魔法は精霊の力を一時的に借り受けて使うものとしか知らないわ」
「ずっと昔、精霊と人間さんたちは仲が良くなかったんだナマァ。みなさんが魔法の力を使えるようになったのは、精霊が人間さんと友達になったからなんだナマァ」
それは、何かと博識なウィルやルルーナとて知らない話だった。今の世に伝わっているのは、つい今し方マナが言ったように「魔法は精霊の力を一時的に借りて使うもの」ということだけ。どちらも余計な言葉を挟むことなく、精霊たちの話に耳を傾けていた。
「当時世界を支配していた魔族は魔術という力を使っていてね……そこで人間たちは、その魔術を自分たちも使えるようになるために、魔族が扱う死霊文字に目を付けたのよ」
「けど、死霊文字は膨大な力を引き出すために生き物の血肉を贄として捧げる必要があるんだに。血肉を捧げて文字を刻めば完成なんだによ」
「……そうだ、ヒーリッヒさんが確かそんなことを言ってた気がする。原理は俺たちが造ってるやつとそっくりで、違うのはその……使うものが鉱石ってことくらいだよな」
ウィルは実際に死霊文字を使って武器を造ったヒーリッヒと対峙した身だ。あの時、ヒーリッヒは確かにそんなことを口にしていた。ジュードたちが造る魔法武具と死霊文字を刻んだ武器の違いは、前者が魔力を込めた鉱石が必要なことで、後者がその代わりに生き物の血肉を必要とすることだけ。刻む文字こそ違えど、造り方はそっくりなのだ。
「四千年前、人間たちは死霊文字を刻んだ装飾品を数多く生み出した。それは魔導具と名付けられ、誰でも魔族のように魔術を扱える道具として一時は人々の希望となったが……どうなったかは大体想像できるだろう」
「ま、まさか、世界中にあんな恐ろしい魔族がいっぱい……!?」
「そう。大変だったわよ、あの当時は。だから、人間たちが安全な魔法の力を使えるようになるために、勇者はアタシたち精霊と友になることを望んだの。まあ……他にも理由はあるけどね」
たったひとつの死霊文字相手にもあれほどの苦戦を強いられたのに、大昔にはあんなものが数多く存在していたのだと思うとゾッとしてしまう。それこそ、絶望の世の中だったことだろう。
ジュードは何事か考え込むように暫し黙り込んだ末に、ずっと気になっていた疑問をぶつけてみることにした。
「あの……ヒーリッヒさんに死霊文字を教えた魔族が誰なのか、イスキアさんたちにもわかりませんか?」
これまで、数え切れないほどの学者たちが研究してきたのだ。グラナータ博士が遺した警告に記されていた、決して知ろうとしてはいけない文字を。その文字を、学者でも何でもないヒーリッヒがどこで知ったというのか。
その問いかけにはシルヴァのみならず、その場に居合わせた誰もが真剣な面持ちで精霊たちを見つめた。
イスキアとシヴァは一度互いに顔を見合わせると、やや困ったような表情を浮かべながらも、はぐらかすことはしなかった。
「……恐らく、かつて伝説の勇者を最も苦しめた男だろう。それが死人を意のままに操る死霊使い、名をメルディーヌという。あれの力と恐ろしさは魔王サタンに匹敵するほどだ」
「ネクロマンサー……」
シヴァの言葉に、ジュードは呟く程度に復唱すると固く拳を握り締めた。
かつて伝説の勇者を最も苦しめた、魔王に匹敵するほどの力の持ち主。そのメルディーヌがヒーリッヒに死霊文字を教えた張本人ということは――そんな恐ろしい魔族が、この世界に既に存在しているということに他ならない。
その事実は彼らに確かな緊張を与えた。
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