154 / 230
第七章・地の神器ガンバンテイン
別れの時まであと少し
しおりを挟むルルーナの屋敷にお邪魔した一行は、荷物を置いてから夕食の時間まで街の中を自由に見て回ることになった。突然大勢で押しかけたにもかかわらず、屋敷の使用人たちは嫌な顔ひとつせず、にこやかに応対してくれたものである。
ジュードは人でごった返す王都グルゼフの西側区画で、塀に凭れかかりながら空を見上げていた。夕暮れに近い時刻のため、その空はほんのりと橙色に染まりつつある。今日はルルーナの屋敷で一泊して、支障がなければ明日に謁見となるはずだ。
「(……すごい人だな)」
各国の王都にはそれぞれ人口が集中するものではあるが、この地の国の王都グルゼフは他の国よりもその数や規模が異なる。グルゼフはガルディオンの何倍の人口になるか――考えるのも億劫なくらいだ。
これまで風の国ミストラルの田舎で暮らしていたジュードにとって、それだけ人口が集中していると人酔いも出てくる。休みなく辺りを行き交う人々の姿に軽い眩暈を覚えていた。
現在ジュードがいる場所は、カミラの目的地でもあった地の国の神殿である。厳密に言えば神殿の外だが。
カミラが姫巫女だとわかれば、恐らくヴェリア大陸に渡る許可は下りるだろう。
そうなると『ヴェリア大陸に帰る』という彼女の目的は達成される。それはカミラとの別れを意味していた。
「(グルゼフは港街じゃないし、船はどこから乗るんだろう。ただでさえ、この地の国は他国の常識が通じないような場所だから心配だな、無事に大陸まで帰れるかな……)」
カミラの話では、ヴェリア大陸に住まう者たちは大陸の外の人間を憎んでいるとのこと。勇者の子孫であるヴェリアの第一王子は、憎しみのままに外の世界へ牙を剥く可能性まであるというのだ。彼女はそれが誤解であることを大陸の民に伝えなければならない。
しかし、そこまでの旅路を考えるとどうにも不安が付きまとう。せめて、ここが風の国や水の国であったならそこまで心配にもならないのだが。姫巫女である彼女に万が一のことがあれば、ヴェリアの民は尚のこと外の世界への憎しみを募らせてしまうかもしれない。
「ジュード、お待たせ」
「あ、おかえり。許可は……もらえたみたいだね?」
そこへ、カミラが戻ってきた。嬉しそうなその顔を見る限り、どうやら無事に許可はもらえたようだ。心配は尽きないが、故郷に戻れるというその嬉しそうな顔を見るとジュードの表情も自然と和らいだ。初めて会ったばかりの頃は随分と緊張していたし、水の国から戻った頃は魔族の出現に対して気を張り過ぎていた彼女だが、故郷に戻れる目途が立ってようやく安心したのだろう。
「うん、もらえた。よかった、これでやっと帰れるわ。色々とありがとう、ジュード」
「いや、オレは何もしてないよ」
塀に預けていた身を正すと、ジュードはカミラと並んで屋敷の方へと足を向けた。商店街の方は人の往来が激しいが、上流階級の住居となっている都の北側の方は比較的静かな方だ。代わりに煌びやかな装飾だの門だの、いかにもお金があります、と言わんばかりの建物が多いために居心地は悪いのだが。
「ねえ、ジュード。わたしね、初めてあなたに会った時、とても驚いたのよ」
「え、どうして?」
右を見ても左を見ても金持ちの披露会でも見ているような気分になりながら歩く中、不意にカミラが静かに口を開いた。ジュードが驚いたように隣を歩く彼女を見遣ると、当のカミラは悪戯でも成功した子供のように「てへ」と笑う。
「わたしがヴェリアの第二王子さまと婚約してたっていうのは、話したよね。その第二王子さまも“ジュード”っていう名前だったのよ。珍しい名前ではないから同じ名前の人がいるのも当たり前なんだけど、驚いたものだわ」
「そ、そうだったんだ……」
思い返してみれば、確か名乗った時にそんな反応をされたような――気はする。あれはそういう意味だったのかと、今になってその謎が解けた。彼女にしてみれば同名の別人という、酷な現実だったのかもしれないが。
「……王子様、無事だったらよかったんだけど」
「……ううん。ヘルメスさまも他の人たちも、あの人が魔族に喰われるのを見たって言ってたから……仕方ないの、もう生きてはいないわ。それに、わたしは今はヘルメスさまと婚約してるから、そろそろ前に進まなきゃいけないの」
「あ、そうか。カミラさんは姫巫女だから……」
かつて、世界を救った勇者は姫巫女と結ばれ、ヴェリア王国を築いた。それ以来、姫巫女はヴェリア王家に嫁ぐ決まりになっているはずだ。残った勇者の子孫はヘルメス王子とエクレール王女の二人だけ、必然的に王子の方に嫁ぐことになる。
「ヘルメス王子って、どんな人?」
「とてもお優しくてお綺麗で、お強い方よ。怒ると怖いけど、わたしにはいつもお優しいの」
「そうか、ならよかった」
いつか彼女の心の傷が癒えて、また誰かを心から愛せるようになったら――そう思ってはいたが、どうやら何も心配することはないらしい。彼女にも故郷にちゃんといるのだ、ありのままを見て愛してくれるだろう人が。それを思うと肩の荷が下りたようにホッとした。
「ねえ、ジュード。この国を出るまで……みんなと一緒にいてもいいかな」
「いいと思うけど、帰るのはいいの?」
「うん、この国はちょっと怖いから、どうせなら水の国から船に乗ろうと思って……」
「そうだね、オレもさっきそれを心配してたんだ。水の国の最南端にある漁港には顔見知りがいるから、そこに寄っていけないかシルヴァさんに話してみるよ」
ジュードのその言葉に、カミラは花が綻ぶように笑った。
こんなことではいけないと彼女自身思ってはいるものの、人の心はコントロールができないものである。故郷には婚約者がいるというのに、カミラの心はどうしても――ジュードとの別れを惜しんでいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる