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第七章・地の神器ガンバンテイン
言い訳できない
しおりを挟む「邪魔をするな!」
シルヴァが突き出した剣は竜巻のような渦を纏い、退路を塞ぐ兵士たちの群れを一撃で吹き飛ばしてしまった。それはまるで大きな獣の体当たりを真正面から受けたような衝撃をもたらす。
そのあまりの破壊力と衝撃に、彼女の後に続くウィルやマナは冷や汗を垂らしながら苦笑いをひとつ。逃げ道がないと困るのは事実だが、こうも問答無用だと逆に申し訳なくもなってくる。しかし、あまり呑気なことも言っていられない。
とにかく、この地の国グランヴェルと協力関係を築くのは難しいだろう。他にあと二国あるとは言え、出だしから躓いてしまったのは非常に痛い。
それにジュードのことも。幼い頃から共に育ってきたウィルとマナだって衝撃だった。ネレイナの話が真実なら、ジュードは死んだと言われているヴェリアの第二王子で、伝説の勇者の子孫の一人ということになる。衝撃と同時に、ジュードはいきなりそんなことを知らされて大丈夫だろうかと、それが心配だった。
「待て! 待てええぇ!」
「しつっけえな、あいつら!」
幸いにも、この城の謁見の間は一階にある。出入り口までは一直線だ。だが、右や左、果てには階段の上や踊り場からも次々に援軍が現れて全力でこちらを捕らえようと飛び出してくるものだから、最後尾を駆けていたサラマンダーは忌々しそうに舌を打ち鳴らす。
そうして刀を鞘に収めると両手に紅蓮の炎を纏わせ、王城のあちらこちらに向けて炎弾を放った。それらは瞬く間に城の絨毯や柱、装飾などに燃え移り、火の手を上げ始める。それを見て、兵士たちの口からは悲痛な叫びが洩れた。
「ああ、来た来た! こっちよ、早く!」
「イスキア殿、シヴァ殿! 馬車を……有り難い!」
王城を転がるようにして飛び出すと、その先にはイスキアとシヴァの姿が見えた。彼らの傍には厩舎から引っ張り出してきただろう馬車の姿もある。イスキアは馬車の扉を開けると、文字通り早く早くと急かすように手招きを繰り返す。馬車の中では、ちびが「わうわう」とこちらに向けて吠えていた。
「シヴァさんとイスキアさん、どこ行ってたんですか!?」
「堅苦しいの嫌いだから外にいたの♡」
「ひっど……」
シルヴァは走りながら剣を鞘に収めると、素早く御者台に乗り込み手綱を取った。ウィルとマナは開かれた馬車の中に飛び乗りつつもっともな疑問をぶつけたが、返るのはそんな能天気な返答だけ。一気にどっと疲れが出たような錯覚に陥りながら、後から続く面々を手招いた。
ルルーナとカミラはほとんど飛び込むような形で馬車に突っ込んだが、その身はちびがふわふわの毛でしっかりと受け止めてくれた。お陰で身を打ち付けるような痛みも何もない。
サラマンダーは馬車が見えてくるとその身を光の粒子に変え、ジュードが首から提げる小瓶の中に戻っていく。馬車はもうほとんど満員に近い状態だ、リンファは御者台のシルヴァの横に飛び乗り、ジュードは持ち前の運動神経を活かして車輪や扉の側面を使い、馬車の屋根の上に乗り上げた。
「待てえぇ! 逃がすなああぁ!」
「んもう、すごい執念ねぇ。みんな、危ないからしっかり掴まってるのよ」
シヴァは馬車の扉を閉めてから同じように屋根に飛び乗り、ジュードが落ちてしまわないようにその身を支えながら相棒を見下ろす。すると、次の瞬間――馬車は馬もろともぶわりと宙に高く浮かび上がったのである。「ヒヒーン!?」という馬の困惑したような声が王都グルゼフに響き渡った。
見る見るうちに空に舞い上がっていく馬車を見て、兵士たちは誰もが絶望したような面持ちでこちらを見上げるしかできずにいる。恐らく、ジュードたちを取り逃がしたとなれば厳しい叱責が待っているのだろう。しかし、だからと言って捕まるわけにもいかない。
「つ……疲れた……」
「ロクでもないこと考えてたわねぇ、外で張ってて正解だったわ」
「イスキアさん、話聞いてたんですか?」
「やだ、風の大精霊の耳を甘く見ないでね。ある程度離れてても風が色々な音を運んできてくれるの、しっかりバッチリ聞いてたわよ♡」
そのまま空から王都を離れて西へと向かいながら進む馬車の横を、イスキアがふわふわと浮かぶ。風の大精霊ということもあって、空を飛んで移動するなど朝飯前なのだろう。御者台に座るシルヴァとリンファは興味津々とばかりに辺りを見回している。
『誰かと思えば、お前イスキアか。変わったな』
「へ……」
そんな時、ジュードの傍にふわりと改めてジェントが姿を現した。ジュードは彼には聞きたいことが山のようにある、この口振りからして精霊たちのことも知っているのだとはすぐにわかった。
だが、当のイスキアとシヴァは不意に現れたその姿に思わず目を丸くさせて固まってしまった。普段は表情がほとんど面に出ない、あのシヴァまで。
「ジェ、ジェン……ッ!? え、えっ!? ……はあああああぁ!? あなたこんなところで何してるのよ!?」
「ふ、二人とも、ジェントさんのこと知ってるんですか?」
その、まさに絵に描いたような見事な動揺っぷりにジュードはやや気圧されながらもイスキアとシヴァの二人を何度か交互に見遣る。イスキアが上げた悲鳴に近い声に反応して、リンファも御者台から立ち上がって屋根の上に顔を覗かせた。
絶句しているイスキアを後目に、彼よりも早く我に返ったシヴァはひとつ咳払いをすると、リンファを屋根の引き上げてやりながら呟いた。
「知ってるも何も……伝説の勇者、……本人だ」
その言葉に、今度はジュードとリンファが揃って絶句する番だった。思わず互いに顔を見合わせてしまいながら、ややしばらくの後に弾かれたようにジェントを見遣る。当の勇者本人は、非常に嫌そうな顔をしていた。
「(……嘘だろ……)」
鬼のように強いお師匠様で、とびきりの美形で、落ち込んだ時はいつも気持ちを引っ張り起こしてくれて。それだけでも充分過ぎるくらいに惹かれつつあったのに、その上で実は小さい頃からずっと憧れてきた伝説の勇者本人だという。
自分なんかがおこがましいと、そう思う気持ちはあるのだが。
「(――ああ……もう無理。……オレ、この人が好きだ)」
もう無理だった、完全に負けだ。これだけ条件が揃ってしまえばもう言い訳なんて必要ないだろう、できるわけがない。潔く認めるしかなかった。
言葉にはならなかったが。
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