蒼竜世界の勇者 -魔物と心を通わす青年の世界救済の旅-(リメイク版)

mao

文字の大きさ
178 / 230
第八章・水の神器アゾット

本当の家族

しおりを挟む

「精霊にも、兄弟とかあるんだね……」


 戦闘が落ち着いたのを確認して、カミラは住民たちの傍を離れて船着き場へと戻った。そこで簡単に経緯を聞いてから、まじまじとフォルネウスを見上げる。

 顔立ちはもちろんのこと、スラリと伸びた長身もシヴァにそっくりだ。当のフォルネウス本人は未だ納得とは程遠いような表情をしているものの、再び武器を手にしないところを見ると、多少は落ち着いたらしい。


「……けど、兄弟なら尚更だよ。ちゃんとシヴァさんと話をしなきゃ」


 このままでは世界が大変なことになる、という以前に、シヴァは純粋に弟を心配して旅をしていたのだろう。もしジュードがシヴァと同じ立場だったとしても、同じことをする。


「兄上にはもう伝えてある。……だが、賛同はして頂けなかった」
「それは当然だに、シヴァがもしお前に賛同してたら大変なことになってたに」
「私はまだ納得したわけではないぞ、今の時代の人間たちは好かん。あの大戦が終わった後の人間は互いに助け合いながら生きてきたが、世が平和になるとすぐに人間同士で憎み、自分たちで争う理由を捻り出しては互いに傷つけ合う。……そんな自分勝手な人間たちにこの世界が汚染されていくのは冗談ではない」


 もしもシヴァが弟と共に人間に愛想を尽かしていたら、この世界はもっと早くに水の神柱しんちゅうが失われ、生き物が絶滅する危機に直面していたことだろう。だが、上手くいけばその問題も、現在この国を困らせる異常気象も解決できそうだ。

 しかし、ジュードにはフォルネウスの言葉がわかるような気がした。
 魔族という“共通の敵”が現れたことによって、水の国の兵士たちも火の国に対しての怨恨を乗り越え、もしくは今だけは目をつぶったものの――もし共通の敵が現れなければ、最悪の場合は戦争にだって発展していたかもしれない。

 世界規模で大変な時は協力できるのに、国だけの問題となると途端に判断の目が厳しくなる。やはり、自分に火の粉がかからなければ結局は他人事なのだろうと、言葉には出さずとも虚しい気持ちになった。


「(……オレも同じか、魔族が現れたって聞いた時も他人事だったもんな。フォルネウスさんに認めてもらうにはどうすればいいんだろう)」


 考え込むジュードを見遣りながら、ジェントは小さく頭を横に振った。フォルネウスの言葉は当然ジェントにもよくわかる。


『人間は平和が続くと暇を持て余してしまうのかもしれないな。それでいて、惨事に見舞われている時は平和を欲しがるのだから、困ったものだ』
「そう、ですね……そういう時はどうしたらいいのかな……」
『さあ、俺にもわからない。フォルネウスが言う問題を解決するには、確かに個人の認識ひとつでどうにかなるものじゃない。……一番に正すべき国は聞く耳を持たないしな』


 一番に正すべき国――ハッキリと言葉にされずともわかる、地の国だ。あの国は完全な格差社会で、助け合いや協力なんてもってのほかだ。アレナの街の惨状だって伝えるだけは伝えたが、果たして支援はしてもらえるのか。

 悶々とするジュードの思考を止めたのは、真横から飛んできた風弾だった。ものの見事にフォルネウスの真横から直撃したそれは、彼の身を軽々と吹き飛ばしてしまった。


「――ッ! この、イスキア!」
「ジュードちゃんを傷つけたらボッコボコにしてやるつもりだったけど、それ一発で勘弁してあげるわ。あんたが家出したせいでコッチはあのクッソ暑い南にまで行かなきゃいけなかったんだからね!」
「け、喧嘩はやめるに!」


 風弾が飛んできた方には当然のようにイスキアがいる。海上の空には黒い影はひとつもなく、グレムリンたちの脅威は既に去った後のようだ。それを見て安堵したのも束の間、今度は目の前で大精霊二人が子供のような取っ組み合いを始めてしまったものだから、ジュードもカミラも唖然とするしかなかった。


「……お兄様! ジュードお兄様!」
「……え?」


 そんな時、不意に耳慣れない声が聞こえてきた。
 反射的にそちらを振り返ってみれば、船着き場に入ってきた船の上から一人の少女が慌てたように飛び降りてくる。金――というよりは、山吹色の艶やかな髪の少女だった。カミラは彼女の姿を視界に捉えるや否や、傍らのジュードの手を取って急かすように引っ張る。


「エクレール様! ジュード、あの人がエクレール王女だよ! 何か思い出さない?」
「そ、そう言われても……」


 パッと見た限りでは、特に思い出すようなことは何もない。単純な感想を言うなら「可愛い」ということだけ。肩につかない程度の長さで切りそろえられた髪は綺麗だし、顔立ちはまだ幼さが残るものの、間違いなく美少女と言える。もう少し成長すれば驚くほどの美人になりそうな。

 ライオットはちびの頭の上に乗ったまま、心配そうにジュードの様子を眺める。「ほら、ほら」とジュードの手を引くカミラを見て、おずおずと声をかけた。


「カ、カミラ、マスターが困ってるに。あまり急かさない方がいいによ……」
「ライオットは黙ってて、本当の家族を見ればきっと何か思い出すはずなんだから……!」


 カミラは何としても昔のことを思い出してほしいようだが、ジュードは普通の記憶喪失とは違う。これまでのことを“忘れている”のではなくて記憶がジュードの中に“存在しない”のだ。だからこそ、こうしてエクレールと――実の妹と面と向かってみても、思い出せることは何もなかった。

 次々に入港する船から、色素の薄い金色の髪を持つ青年も降りてくる。冷風に揺らされる金糸は白一色の雪国では特に際立って美しい。エクレールが「お兄様」と振り返るところを見ると、彼がヘルメス王子だ。

 ヘルメスはエクレールの隣に並び立つとカミラとの再会を喜ぶよりも先に、ジュードと真正面から向き合う。それを見て、カミラは思わず視界がぼやけた。あふれてくる涙を止められずに片手で口元を押さえる。


「ヘルメス様、ジュードが……ジュードが、生きてたんです……!」
「ああ……船の上で聞いた。昔の面影が……確かに、残っている。この十年、今日ほど嬉しい日は……ッ」


 カミラをはじめ、エクレールもヘルメスも感極まったように顔を伏せて涙してしまった。まったく覚えていないジュードにしてみれば、完全に置いてけぼりだ。だが、小さい頃の自分は家族に愛されていたのだということだけは、ヘルメスとエクレールの反応でよくわかる。

 ひと際大きな船の傍で、大臣が忌々しそうな顔をしていたことには誰も気づかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...