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第九章・不可侵の領域
それは遠い昔話
しおりを挟む精霊の里に一泊することになったその夜、ジュードはいつものように夢の中で訓練を行っていた。夢の中では聖剣が使えないこともあり、当然ながらジェントも四神柱の力を使ってこない。互いの力と力の勝負だ。
訓練用の剣の刃同士が何度も衝突し、花々が咲き誇る四季の庭には相応しくない物騒な音が幾度となく響き渡る。
初めて手合わせをした頃はジェントの動きについていくことさえできなかったのに、今は打ち込まれる攻撃のほぼ全てに対応できるようになった。予想外のところから叩き込まれるものに反応するのは難しいのだが、成長した方だとジュード自身そう思っている。
『どうしたジュード、今日は随分と嬉しそうだな』
『……え? いや、ここのところ精神空間でウィルたちに取られる方が多かったので。こうやってジェントさんと手合わせするの久しぶりな気がするなぁ、って』
『なんだそれは』
ウィルたちもジェントと手合わせし続ければ確かな力をつけられると思ったのか、精霊の森に至るまでの道中、何度も精神空間をイスキアに作ってもらった。シルヴァやウィル、リンファなどの前衛組は率先してジェントとの手合わせに臨んだものだ。
マナやルルーナに至っても、何とかしてヘレティックであるその身にダメージを負わせたいらしく意気込んでいる。そんな仲間たちのやる気を削ぐようなことはジュードにはできないし、ジェント相手に多勢に無勢の状況で挑みかかるのはどうにも気が引けてしまった。
互いに振るった刃が両者の間で派手に衝突すると、得物を間に挟んで睨み合う。
『ウィルたちはどうですか?』
『よくやっているよ、呑み込みが早いというか適応力が高いというか……もう少し時間はかかるだろうが、充分なほど力をつけてるさ。シルヴァ殿は正規の騎士だし、彼女はもう充分だと思うんだが』
鍔迫り合いの状態から先に動いたのはジュードの方だった。力任せに剣を振り抜けば、切っ先がジェントの頬を軽く掠める。だが、直撃はしない。寸前のところでジェントがわずかに身を引いたせいだ。逆手に持つ短剣で追撃に出るものの、素早くその手を掴まれると同時に鼻先に剣を突きつけられれば――勝負は決したも同然だった。
数拍後、どちらの顔にも薄く笑みが滲む。ジュードの方は苦笑いだったが。
『仲間を気にするのもいいが、うかうかしてると追い抜かれるぞ』
『肝に銘じておきます……』
まだまだ、聖剣なくしてジェントと対等には渡れそうになかった。あまりにも経験が違い過ぎる。
* * *
『そういえば、シルヴァさんも言ってたけど……ジェントさんは魔法能力者の味方だったんですね』
手合わせが終わってもまだ現実世界の肉体が目を覚まさないため、そのまま雑談に移ることにした。魂の状態と言えど激しい運動をした後は何とも心地好い疲労感があるもので、四季の庭に咲き誇る花々がいつもよりも美しく見える。
精霊の里やその奥地には、ジェントも思い入れがあるだろう。聖域と呼ばれる場所は、かつての仲間が余生を過ごした場所だというのだから。
隣に腰を落ち着かせたジェントは、何を思うのか珍しくジュードの方を見ないまま、まっすぐを見つめる。そして、次に投げた問いかけはジュードの想像の遥か上をいくものだった。
『ヘレティックは、どう生まれると思う?』
『……え? ……どう、生まれるんですか?』
その問いかけに、ジュードの口からは間の抜けた声が洩れた。ヘレティックのことは聞いたが、その生まれについては聞いた覚えがない。ジュードはその答えを持ち合わせていなかった。恐らく、ジェントもそれを知っていて投げた言葉だろう。
『ヘレティックは、当時の魔法を使えない人間と魔法能力者の間にのみ低い確率で生まれるものなんだよ』
『じゃあ、ジェントさんの親は……』
そこまで言われれば、いくら頭のデキが悪いジュードにもジェントが何を言いたいのかはわかる。ヘレティックは片方の親が、迫害を受ける魔法能力者――ということは、ジェントの親のどちらかが魔法能力者だったはずだ。
『母がそうだった。母は力を隠して人間として暮らしていたが、村を襲撃してきた魔物たちから村の仲間を守るために力を使って、……父の手によって殺された』
『父って……旦那さんのこと、ですか?』
『ああ、仲のいい両親だったんだが……自分の妻が魔法能力者だと知った途端、村の者たちと共に手の平を返してな。俺は当時まだ六歳ほどで、母が首を落とされるのを……ただ見ているしかできなかった』
聞いただけで怖気が湧くような話だ。何も悪いことはしていないのに魔法を使えるというだけで愛する者から裏切られ、殺されるというのだから。六歳という幼い身でそんな光景を目の当たりした当時のジェントの心境を思うと、胸が潰れてしまいそうだった。
『……ジェントさんが、聖剣に懸けた願いは……?』
『魔法能力者たちが……誰もが差別されることなく、普通に生きられる世界がほしい。……それだけだ。こんなことを言うべきではないのだろうが、あの頃は魔族なんてどうでもよかった』
伝説として後世に語り継がれる勇者は、きっと「世界の平和」を願って戦ったのだろうとジュードはずっとそう思ってきた。恐らく、今も多くの者がそう信じて疑わないはずだ。
しかし、蓋を開けてみればそんなただの綺麗な話ではなく。当時のジェントにとっての一番の敵は「差別にまみれた人間」だったに違いない。
ジュードが黙り込んでいると、当のジェントは意識を切り替えるようにゆるりと頭を振った。
『すまない、おかしな話をした。もう随分前に済んだことだ、気にしないでくれ』
『気にしますよ、聞けてよかったです。ジェントさんって全然隙がないから、初めて人間らしい一面を知れたなと思って。もちろん差別的な意味じゃなく』
『に、人間らしい……?』
『鬼のように強いのに、オレが弱ってる時は受け止めてくれたり背中押してくれたり、全然穴がないじゃないですか』
これまで、ジェントには色々と助けられることばかりだった。ヘルメスやエクレールにも言ったことだが、彼がいなければ途中で何もかも嫌になっていた可能性もある。ウィルが命を懸けて戦った時や、地の国での謁見の時などは特に。
いつだって完璧で、この人は本当に自分たちと同じ人間なのか、自分で都合のいい幻でも見ているんじゃないのかと思うことさえあった。
そのジェントが過去に聖剣を手にした理由は――恐らくは、母の無念を晴らすため。魔法能力者たちにかつての母を重ね、彼らに安息の地を提供すべくこの里に人間が入ってこれないようにしたのだろう。そこにあるのは、ただただ魔法能力者を守りたいという庇護欲と、母の無念を晴らしたいというひどく人間らしい想いだけ。
『聞けて、よかったです。また気が向いたらジェントさんが生きていた頃のこと、色々と教えてください』
『きみは物好きだな……まあ、気が向いたら』
ジュードとジェントの間には四千年という途方もない間がある。どれだけ昔の話を聞いたところで、当時に近づけるわけがないのだけど。
それでも、知りたいという気持ちが消えることはなかった。
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