蒼竜世界の勇者 -魔物と心を通わす青年の世界救済の旅-(リメイク版)

mao

文字の大きさ
210 / 230
第九章・不可侵の領域

四千年越しの感謝

しおりを挟む

 水の王都シトゥルスの街や王城には、随分と久方振りになる楽しげな声が響いていた。
 辺りには未だ争った痕跡が生々しく残り、大量の雪が積もっているものの、今日この時ばかりは誰も気にしない。多くの街人たちが肩を組み、身を寄せ合い、嬉しそうな声を上げながら騒ぎ立てている。大急ぎで用意されたいくつかの屋台からは芳ばしい香りが漂い、都を包んでいた。

 水の王リーブルは王城のテラスに佇み、そんな楽しげな城下の様子を優しい眼差しを以て見つめていた。暫しそうしていたものの、やがてゆったりとした所作で自分の後ろに控えるヘルメスとエクレールに向き直る。その顔に隠し切れない笑みを滲ませて。


「ヘルメス王子、エクレール王女。本当にありがとう。我が国の民を救ってくれたこと、心から感謝する」


 聖剣と聖杖を重ね合わせて放たれたあの光は、メルディーヌの死の雨を受けた被害者たちを結果的に救うことができた。アンデット化を解除し、人としての理性を取り戻したのである。それと同時にフォルネウスが張った氷は綺麗に解けてくれた。
 ただ、火傷のようになった傷や溶けた皮膚はさすがに一気に回復させることはできず、綺麗に完治させるには医者の適切な治療を受ける必要があるようだ。それでも、被害者の関係者たちはその奇跡としか言いようのない現象に涙を流して喜んでくれた。

 リーブルの言葉を受けたヘルメスとエクレールは、一度ちらと互いを見遣った後に軽く眉尻を下げて笑う。思うことはどちらも同じだ。


「全てジュードたちのお陰です、そのお言葉は彼らにおかけください」
「はい、みなさまは精霊の里の奥地でも民を救う方法を必死に探されたと窺っています。わたくしはほとんどお力になれず、恥ずかしいですわ」


 ヘルメス、エクレール両者から返る言葉に、リーブルは依然として相貌を笑みに弛めたまま、言葉もなくゆるりと頭を横に振った。リーブルにとっては、民を救うために尽力してくれた全てが感謝すべき対象なのだ。


「ジュードくんは……」
「消耗が激しかったようで、今は客間をお借りして休んでいます。精霊たちの話では、精霊との一体化は大幅に精神を消費するらしく、いつも半日から一日ほど休息が必要なのだとか……」
「そうか……では、ジュードくんが目を覚ましたら礼を伝えに伺うとしよう。彼らには本当に助けられてばかりだよ」


 初めて水の国に魔族が現れた時も、先日の大雪の時も、そして今回も。リーブルとジュードたちには何かと不思議な縁がある。困った時には、いつもやってきて助けてくれるのだ、まるでおとぎ話の勇者か何かのように。そんな彼らに感謝の念が湧かないはずがなかった。

 城下から聞こえてくる民の嬉しそうな声に、リーブルは眦を和らげる。様々な国難に見舞われてきたが、ようやく深い深い暗闇から抜けられたようだった。


 * * *


 泥沼に落ちたのではと思うほど、指先ひとつ動かしたくない倦怠感の中でジュードは静かに目を開けた。焦点の定まらない視界にはぼんやりと部屋らしき景色が映り込む。「わう」と近くから聞こえてくるのは、十中八九ちびだろう。何度か瞬きを繰り返して焦点を合わせると、そこはどうやら客間のようだった。

 いつも以上に回転の鈍い思考のまま眠る前の記憶を手探りで思い返していくが、ややあってから状況を理解するなり慌てて飛び起きた。それと同時に激しい眩暈を覚えて、すぐに突っ伏してしまったが。


「ガウウゥッ!」
「ご、ごめん、ちび……でも、どうだった? あれから、どうなったんだ?」


 まだ起きるな、寝てないと駄目――唸り声と共にそんな声が頭の中に響き渡る。けれど、ジュードはジュードであれからどうなったのか、住民たちを救えたのかが気になってどうしようもなかった。結局あの後、どうなったのか確認する暇もなく、吸い込まれるようにして意識を飛ばしてしまったのだから。


『医者の治療は必要とのことだが、無事に人間に戻れたよ。大丈夫だ、心配ない』
「あ、ジェントさん、……そっか、よかった……ウィルたちは?」
『城下の方に様子を見に行ってるよ、精霊たちも一緒に。ヘルメス王子やエクレール王女も元気だ、何も問題ない』


 その疑問に答えてくれたのは、窓辺で外の景色を眺めていただろうジェントだった。心なしか、その秀麗な顔にもホッとしたような安堵の色が滲んでいる。ジュードが気にするだろうことを先に伝えられて、ジュードの顔にも自然と安堵が滲んだ。そんな彼の様子を眺めてジェントはふと気が抜けたように相貌を弛めると、改めて口を開いた。


『……ありがとう、ジュード』
「え? 何がですか?」


 吐息と共に吐き出されるようにして告げられた感謝の言葉は、しみじみと感じ入るようなものだった。ジェントに礼を言われるようなことは、特に何もしていない。逆に解読作業だの何だの、全てを押しつけてしまったこちらが礼を言う側なのに。


『四千年前、当時は死の雨の被害者を救う方法を見つけられなかった。もしグラナータが今回の方法に行き着いていたとしても、きみのような力を持つ者がいなかったからな、結局俺たちでは誰も救えなかっただろう。……今回、きみたちが被害者を救ってくれたお陰で、永年の憂いが晴れた気がするよ』
「……ジェントさん」


 大昔にも、あの恐ろしい死の雨が降ったことは既に聞いた。その被害者を救う方法を見つけられなかったとも。四千年前、英雄たちは確かに魔王サタンを倒すことには成功した。けれど、被害者たちを救えなかったことは彼らの心にずっと残り続けたことだろう。魔大戦が終わった後もグラナータ博士が死の雨の研究を続けていたのは、きっとそのため。そして、それがこうして功を奏してくれた。

 悪いのはメルディーヌであって彼らではないのだから、そこまで責任を感じることはないのに――そうは思うものの、言ったところで「そうだな」とはならないだろうから、とやかくは言わなかった。

 ジュードはジッとジェントを眺めた後、その肩越しに見える窓に目線を合わせる。どれくらい眠っていたのか、窓越しに見える空はすっかり橙色に染まりつつある。


「……グラナータ博士も、今頃喜んでくれてますかね」
『ああ、きっとみんな喜んで……きみたちに感謝してるよ』


 城下街の方からは、楽しそうな音楽や笑い声が聞こえてくる。ジュードもジェントも、それにちびも。暫し何を言うでもなく、ただ黙って外の景色を眺めていた。心から安心したように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...