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第十章・蒼竜ヴァリトラ
ヴィネアの誤算
しおりを挟む魔族は、極めて異質な力を持つ種族とされている。
独自の言語を使うことで自由に魔術を操り、他種にはない圧倒的な戦闘力を誇る。また、驚くほどに長命であり、長いものでは数万年生きる個体もある。
高い戦闘力、手足のように自在に操れる魔術、そして長命。
四千年ほど前に予想外のアクシデントに見舞われ、魔族は世の支配者の座から退くことになったが、長命である彼らは更なる力を身につけて舞い戻った。二度と、人間という種族に後れを取らぬように。
それなのに――
「(ど……どういう、こと……!? 人間ごときが、このような……!?)」
矢継ぎ早に叩き込まれる剣撃に、ヴィネアは守りに徹するしかなかった。全神経を集中させ、一挙一動を見逃さないようにすればジュードの動きを追うことはできた。一気に距離を詰め、躊躇もなく叩き下ろされる聖剣は大きく後退すれば避けられる。追撃に出る逆手の短剣も。間合いだって随分と見切れるようになった。
だが――それだけだ。
反撃の隙なんて、まったくと言っていいほどに見つからない。自分は圧倒的な力を持つ魔族なのに、脆弱な人間という生き物に追い詰められているだなんて認めたくない、認められるわけがない。ヴィネアの頭は半ばパニックを起こしていた。
「こいつッ!!」
「ぐうぅっ! こ、こんな……このヴィネアちゃんが……! ふざけるのはここまでよ!」
「ふざけてんのは、あんたの方でしょうが!!」
真横から叩き払うように振られた聖剣の刃が、ヴィネアの腹部を掠める。肉が裂ける焼けるような痛みに、その顔が歪んだ。あと一歩でも回避が遅れれば、胴体から真っ二つにされていたかもしれない――その光景が一瞬だけ脳裏を過ぎり、ヴィネアはまた忌々しそうに舌を打つ。床を蹴り、更に大きく距離を空けて術の詠唱に移ったのも束の間、今度は後方で先に詠唱をしていたマナの魔法が前後左右から叩き込まれた。
火属性の上級魔法『フラムクルックス』という単体攻撃に適した攻撃魔法だ。対象を前後左右から襲うことで逃げ場をなくし、凝縮した炎の塊を四方向からぶち当てる――何とも荒々しい魔法である。
半分パニックを起こしていたヴィネアは、四方向から迫る炎の塊を回避できなかった。ここは風の国、風の属性を強く秘めるヴィネアの能力は全体的に高まっているが、マナの高い魔力とレーヴァテインから放たれた魔法は彼女の高まっている能力の更に上をいく。全身を焼く紅蓮の炎に、ヴィネアは喉の奥から声にならない悲鳴をひり出した。
「こ、このッ……よくも!!」
何とか腕を払って火を消してしまうと、ヴィネアは風の力を操り一旦上空へと逃亡する。素早くジュードたちに目を向けて全員のおおよその位置を確認する最中、最後方にいるマナとエクレールの様子が気になった。
もどかしそうに複雑な表情を浮かべるエクレールと、杖を構えてこちらを睨み据えるマナ――両者の身を、ほんのりと赤く光るオーラが包み込んでいるのだ。本人たちは気づいていないようだが。
「(まさか、あれが……共鳴……? アルシエル様……贄だけではありませんわ、警戒する必要があるのは他にも……)」
絶対に認めたくないことだが、ジュードたちはもう初めて水の国で戦った時のようなただの子供ではなくなっている。これまで感じたことのない、背筋が凍りそうな感覚がヴィネアを襲う。恐怖を通り越して、死の予感をひしひしと感じていた。
「ううぅッ!?」
次の瞬間、斜め下から勢いよく何かが飛翔してくる。それはリンファの意思によって自由自在に動き回る、水の神器アゾットの二つの光だった。刃物のような鋭さを持つ光は弾丸の如く飛翔し、ヴィネアの左肩と右の脇腹を深く抉る。宙に浮遊していた彼女の身は集中を欠いたことでバランスを崩し、そのまま真っ逆さまに落ちるしかなかった。
雷獣ブロンテたちの方を見れば、シルヴァとウィルによって仕留められた後――味方の援護には期待できない。
――簡単だと思った。養父であるグラムさえ人質に取ってしまえば、ジュードには何もできないだろうと。
そのヴィネアの計算と計画を狂わせたのは、間違いなくこの風の国の王子ヴィーゼと、その騎士団。群れなければ何もできないと思っていた人間の、群れるからこそできた反抗だ。甘く見ていた、甘く見過ぎていた。人間たちの「団結」という、魔族にとっては虫唾が走るようなそれを。
『ジュード、今だ!』
ジェントの声に反応して、ジュードは素早く短剣を腰裏の鞘に戻すと両手で聖剣を握り締める。正直、風の神柱の力が強すぎて、重力さえ感じないような今の状態を彼自身持て余している。しかし、そこはやはり呑み込みの早さ、少しずつ慣れ始めていた。軽く床を蹴り、落ちてくるヴィネア目掛けて一息に飛び出す。
叩き込むべきは、渾身の力を込めた一撃。
「いっけええぇ! 閃光の衝撃!!」
躊躇いなく振られた聖剣の刃は、見事にヴィネアの胸部に入った。骨を砕く感触が直に伝わり、意識するよりも先にジュードの顔が歪む。辺りを一瞬だけ眩い閃光が照らし、ヴィネアの身は思い切り吹き飛ばされた。
脳が揺れ、血が食道をせり上がる。受け身を取るだけの余裕も気力もなく、小さなその身は古びた遺跡の壁に叩きつけられ、壁伝いにずるりと床に落ちた。
最後の一撃が直撃したことで、マナやルルーナをはじめ、彼らは勝利を確信して沸いた。かつては歯が立たなかったヴィネアを相手に、余裕を持って勝てたということはジュードたちにとって大きな一歩で、希望となった。
マナとルルーナは普段の調子もどこへやら、エクレールまで巻き込んで大喜びだし、シルヴァとリンファは互いの怪我の有無を確認中、ジュードとウィルはグラムやヴィーゼに向き直ってその無事を喜んでいた。ライオットとノームもちびの傍でぴょんぴょん跳びはねている。
「(この、わたくしが……人間、ごときに……ッ)」
しかしながら、そこはやはり魔族。
ヴィネアは勝利に沸く彼らをうつ伏せの状態で見据えていたが、薄らと口元に不気味な笑みを刻む。今なら、注意はこちらから外れている。のっそりと利き手を突き出して、ほとんど詠唱もなく魔術を放った。
狙いは――魔族にとってやはり一番の脅威となるジュード。
サタンのための贄だとか、世界の根幹に繋がる力だとか言っている場合ではない。世界征服など、サタンとアルシエルがいれば問題なくできる。だから、その障害となるジュードを、聖剣の所有者を消すことが最優先だと判断したのだ。
『……!? ジュード、まだだ!』
「え――」
「もう遅いわ! 油断したことを後悔するのね!!」
いち早く魔力の胎動に気付いたジェントは慌ててジュードに声をかけたが、ヴィネアの言葉通り遅かった。猛然と迫るいくつもの風の刃はもう目の前、今からでは回避も防御も間に合いそうにない。ジュードは咄嗟に身構えたが、風の刃が直撃する直前――視界が何かに覆われた。
続いて「ギャインッ」と聞こえた声に、ジュードの背筋に冷たいものが走る。
ヴィネアが放った魔術は、ジュードには当たらなかった。その間に割り込んだ者がいたから。
「あ……」
視界を覆ったのは、見慣れたふわふわの黒毛。ジュードの危機を察知して割って入ったのは、いつもその傍をついて回っていた――相棒のちびだった。
風の刃からジュードを守ったちびの身は無惨に斬り刻まれ、宙を舞った。
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