寒多郎 戦獄始末

聖千選

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第四話「遠島の父上」

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 「あの子も父親と同じさ。親のクジ運がない」

 荷下ろし仲間たちは口を揃えていう。一正いっせいという名のそのわらわはその声を背中に受けて今日も紀ノ川の下流の先を見つめている。寒多郞もその罵りを毎日聞いては苦笑いを浮かべる。

 (嫌な職場だ・・・)

 紀ノ川の下流まで御上への献上用の材木を運ぶ都合、役人の見聞が厳しい。割りの合わない仕事にどの渡し舟の船頭も陰口が多くなる。その槍玉はいつの間にか海を眺める少年に向けられた。
 父親である作治は今日も積荷作業に現れない。毎日、瀧安寺の富籤に性を出す日々だ。とはいえ籤の才はないとは同じ荷下ろし仲間の弁。大人しく荷下ろしの仕事をやってればいいのにと誰もが嗤う。

 「だから言ってやったんだよ、お前の本当の父親の話を・・・」

 「本当の父親がいるのか?」

 寒多郞は思わず聞き返したが、それは荷下ろしの仲間達が憂さ晴らしのために揶揄いのためにでたデマカセでだった。一正の本当の父親は花房盛正という戦国時代に名を挙げたという武将だという話。現在は主君である宇喜多秀家とともに島流しされたが、その嫡男は要として知れない。一正のマサの字は盛正のマサの字から取られていることが証拠だという根も葉もない話を一正に吹聴して大人たちは盛り上がった。

 しかし、一正はその嘘話を間に受けて以降、毎日海をみつめては微笑を浮かべる。大人たちはそれを見てさらに馬鹿馬鹿しい笑いがこだまする。

 (嫌な職場だ・・・)寒多郞は繰り返す。

 一正というその少年が見つめる方向は伊豆七島だというので大人たちはさらに嘲笑う。方角も違うし目をこらしても見える距離じゃない。誰もが少年に指を指す中、寒多郞は少年に近づき小声で囁いた。

 「本当の父親、会いに行く気はないか?」

 「本当か!?」

 その時初めて寒多郞は一正の声を聞いた。少年の甲高い声は心地よかった。明日で下流へ積荷を運ぶ仕事のかたがつく。昼行灯が性に合っている自分に取り留めのない愚痴話に飽き飽きしていた。

 決行は今夜の亥の刻。

 その後も一正は海を見ていたが、日暮れになっても家に帰ることはなくじっとして動かない。迎えも誰も来ない。
やってきた寒多郞は頭をひとつかいた。

 「本当にいいのか?今日の海のシケは強いぞ」

 「かまわん!今日も誰も迎えはないんだ」

 寒多郞は海のそばに着けてあった小舟に飛び乗った。櫂を使ってこぐふたり乗りのもので当然ながらこれで伊豆七島に着けるはずもない。
 話では花房盛正という男は八丈島に果てたというの報せがある。着いたところでどうすることもできない話だ。
会いに行けるかどうかのカギは寒多郞の妖刀にかかっていた。

 寒多郞は持ち出した磁石にひもを提げて包囲を南東へ進めた。前方には闇夜のなかが続きつまらなくも不穏な空気ばかりが流れ否が応でも背筋の伸ばさせる。

 少年は無言だった。

 「引き返してもいいんだぞ」

 寒多郞は都度忠告したが、一正は応えずに船首の先に目を凝らしている。足元は震えて舟の縁に手をギッと握りおさえている。

 (腰が抜けたか・・・)

 この冒険も少年が飽きるまでと決めていたが、動かない少年の後ろ姿を見て意外にも根競べとなった。

 寒多郞が慣れない櫂の返しで腕がしびれ始めた頃、一艘の舟が前方より交差してきた。寒多郞の乗り込んだ舟と同じくらいの大きさでこちらと同じ速度で近づいてくる。
その舟にはひとりの鎧をまとった男が膝を地につけて座っている。船頭は見当たらず惰性で進んでいるかのようだ。

 (チッ!)

 寒多郞はムキになってより力強く櫂を漕いだ。奇妙な舟とすぐにでも通りすぎるようにとその舟の船頭の顔を確かめるためである。

 ギィギィギィ・・・と軋む音を強めて対する舟の様子を舐めるように眼を流した。

しかし、その舟には船頭はおろか誰の姿はなかった。遠目に見たときには鎧武者の影が確かに存在していたが、闇夜と共に大海の真ん中で下船していたのだ。

 「父ちゃん・・・?」

 寒多郞が困惑する頭を叩きつけるように一正は声をあげた。呼び掛ける声の先を確認すると寒多郞たちの舟の船首には消えたはずの鎧武者が仁王立ちしている。

 (花房盛正だな!)

 舟に重みを感じない様子を感じとり、寒多郞は眼の前の男がこの世ならざるものと確信した。そしてすぐさま足元に横たわる妖刀を手にした。


 「やっぱり父ちゃんはかっこいい!」

 「一歩たりとも城から逃がすな!女子供とて同じだ」

 「えっ?」

 盛正の霊魂は若々しかった。全盛期に数々の城攻めを敢行したときの勢いがあった。城一帯に火を放ち、制圧のためなら老若男女問わず皆殺しにする作戦も厭わない男の狂気がそこにあった。全ては天下平定のためである。

 今まさに武将の勇姿が一正の眼前で執り行われようとしていた。

 盛正の振り落とした刃が寸前のところまで迫ったとき、寒多郞の妖刀が反対側から突き上げてそれを弾き返した。亡霊と少年の間に滑り込んだ寒多郞は刀とは反対の左肘で一正のみぞおちを突いた。一正は声をあげる間もなくその場に突っ伏した。

 「子供の冒険はこれで終わりだ」

 寒多郞は一正を拾い上げて小舟の後方に寝かしつける。その間、背中を向けた寒多郞の姿を盛正の亡霊は見逃さなかった。

 「紀州に与する寺社侍め、太閤の命により成敗いたす!」

 亡霊の剣は上段より振り下ろされたが、寒多郞はそれを見越して振りむき様に回転を加えて敵の前に刃を叩き込んだ。

 「グァァァァァッ」

 武者の身体は瞬時に燃え上がった。斬られたことによる痛みよりも妖刀の力による浄化の炎による苦しみの叫びが辺りに轟いた。
 花房盛正は数年前に幽閉の末に亡くなった。この魂は以前の戦国の世の姿であった。魂がかつての全盛であったときの姿で人々の前に姿を現すことはよくあることだ。彼もまた乱世の時代こそが華やかであったと懐かしんでのことであろう。

 (女、子どもとて虐殺する姿が全盛とは哀れなヤツだな・・・)

 寒多郞は手を合わせながらも心に呟いた。

 日は明けて少年は目を覚ました。そこにはいつも見つめていた海岸線があった。ひとつ違うのは隣にはひとりの男が一正と同じく大の字に倒れていた。

 「・・・父ちゃん?」

 作治はやがて陽の光の暖かさに目を覚ました。海からあがって、まだ身体の自由がきかない状態から手首を動かしてポンポンと一正の頭を撫でるとまた目を閉じた。一正にはそれで嬉しかった。

 ふたりを見つめる寒多郞の息は絶え絶えとしていた。これで父親は富籤家業から足を洗うかは知れない。しかし、ここでの仕事を終えた以上どうすることもできず下流での仕事を後にする。
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