寒多郎 戦獄始末

聖千選

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第三話「ふたりの道場破り」

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 夜風が吹き荒ぶ人気のない稽古場を前に寒多郞は固唾を飲む。手にした予告状の文字は歪んでいる。目の前の正門の杭はガンガンと外からの力で今にも叩き折られそうだ。ここの道場主である加納双龍は数少ない四の渡しの通い客であったが、道場破りの姿に恐れ慄きこの場から逃げ出している。

 「あれはヒトじゃない!化け物に取り憑かれてる!」そう言い残して・・・。

 貴重な常連客を失い頭を抱える嘉兵衛の命を受けて寒多郞はここにいる。過ごしやすい気温ではあるが、蔓延る緊張感がとてもそれを許さない。

 そしてついに杭は叩き壊された。こじ開けられた正門からは常人の三倍はあろうかという程の腕がにょきりと伸びた。

 寒多郞は双龍の話の通りだったことに驚きを隠せない。だが、巨腕の右を持つ主は意外にも寒多郞と同じほどの身の丈で剣士としてはたくましさのない痩せこけた男だった。着流しを通して肌艶も大きさに至るまで何もかも左右の腕が阿部小部だった。そして異様な男も道場内の静まりに目を丸くする。

 「加納双龍がいない・・・キミは誰?双龍に雇われた用心棒かい?」

 「いいえ、わたくしは一介の祈祷師でございます・・・」

 男にはそれから何も語らなくなった。しかし特に肥大した左腕の震えが止まらない。その腕を必死に右手で押さえる。まるで他人の手を取るように。震えが少し収まると改めて右手に木刀を携えて構えた。フーフーという荒い息づかいが場内に響き渡る。

 「オレは武藤佐吉。わけあって道場に踏み入らせていただく。悪く思わないで下さい。どおやらオレの腕はキミを忌み嫌うものとみなしたようだ・・・」

 阿部小部腕の男はギシギシと草鞋を鳴らしてそのまま道場に踏み入れた。寒多郞は牽制するかの如く鞘から刀を引き抜いて男の前に突く立てる。その刃が月光に晒されて赤サビが目立った。その刀を見て男は苦笑する。

 「わたくしはこの剣で人を殺めたことはございません。しかし、この刀は悪霊払いのため魑魅魍魎を打ち据えることのできる剣でございます。然るにこの剣でそなたの真偽を試させていただく。」

 「オレのこの腕が悪霊だと言いたいのですか?」

 「この妖刀を振り下ろせばわかること!」

 寒多郞は語気を強めて珍しく攻めた。狙いは憑き物のような右腕一点。瞬時に間合いに飛び込んだが、敵は腕を庇うようにして背中を向けて寒多郞の刀を受けた。

 「錆びた刀など・・・笑止!」

 佐吉の言葉に苛立ちを覚えた寒多郞はそのまま男の背中を蹴り飛ばす。稽古場の奥にある床の間に吹き飛ばされた男は床の間に飾れていた鉄剣をつかみ構えた。間合いは仕切り直しとなった。

 「御用あらためだ!」

 突然、道場の正門から二人の決闘を破って幾人もの役人が入ってきた。その中には岩本源之進の姿もあった。

 次第に騒がしくなる場内を嫌って男は顔を左腕で隠しもう一方の巨腕を使って地面を叩き場外の塀に飛び移った。その悪魔の影に役人が慄くなか寒多郞と源之進が道場内の見聞を行なっている。

 「まさかお前がここに来ていたとはな」

 「ここの道場主がお得意様なもので・・・それにしても道場破りにお役人が介入とはやぶさかで無いな」

 「依頼があってな・・・」

 源之進は床の間の剣を見つめる。

 「この道場を狙う理由はこれか?」

 「奪われた鉄剣がなにか?」寒多郞は尋ねた。

 「剣ではない。ヤツは人を探している。要は復讐だ」

 「剣が奪われたって!」役人たちの人混みから抜け出しふたりの会話に入ってきたのは加納双龍だった。西洋式の鉄剣は西洋剣術を主体とする加納正剣流の根幹をなすものだ。伝来した宣教師より送られたその鉄剣の中には手紙が込められているという。巨腕の男ははじめからそれが狙いだったのだと寒多郞と源之進は即座に悟った。

 すぐさま道場を飛び出し、敵の目的地とされる場所に向かう中で源之進は寒多郞へふたりの男の名を告げた。

 有島印西と武藤佐吉というふたりの剣豪の話だ。関ヶ原にも武功を評されたというほどのふたり組。とはいえ百姓あがりの佐吉はの剣術は強くなく旧友である有島印西の体躯と剛腕による剣技が噂になっていた。

 「持つべき友がよかったな。まぁ、その男もその後の夏の陣で討ち死したという話だ」

 「しかし今回の道場破りを起こしたのは佐吉だったが・・・」

 「あの腕を見ただろう?あれがヤツの腕前だとおもうか?」

 「まさか・・・」寒多郞は予期した応えを待った。

 「あの腕は鍛えたものでなく、失われた印西のものだ・・・」


 同じ頃、町から外れた雑木林の影に隠れて佐吉は震えている膨張した左腕を右腕で撫でるように擦り呼吸を整え直した。はじめは青ずんでいた縫合跡はやがて、元の肌色を取り戻そうとしていく。

 「今のはオレが悪かった。オレの覚悟が足りなかったから。」佐吉は右腕に向かって語りかけて宥める。

 印西の腕はゴリゴリと不気味な音をたてる。それはかつての戦の記憶・・・。

 その日、偶然にも夏の陣の戦後の地を見学のために訪れた宣教師団があった。その中でボロニアのガスパーレから施術の手解きを受けたというゲルマンの目の前に無惨に切り落とされた印西の腕の暖かさを確認して佐吉の震えた肩を見た。

 「直ぐに施術をはじめよう。」

 佐吉はポルトガル由来の縫合術で右腕を繋ぎ合わせた。縫いあとからは未だに止血の布当てを交換する必要がある。そのせいか近頃は夜毎、ヒトの血を求めて刀を握ることがあるという。

 「分かっている。でも、これで次の標的はわかった。今度は俺たちがやらなきゃいけない。俺たちをこんなにしたアイツを・・・。」

 鉄剣を引き抜き中にある宣教師の手紙を見聞する。この日に日本を去るという文面だ。覚悟を決めた佐吉の瞳孔はさらに険しくなった。

 一方で、先を急ぐ寒多郞も次に見せる佐吉の覚悟を悟っていた。理由があった。

 「あの時のヤツは剛腕の右腕のみで刀をふるっていた。だが、次は佐吉自身の腕も力を入れてくるだろう。」

 「それで、今度はヤツの憑き物の腕を斬り落とせるのか?」

 そのひと言に寒多郎はしばし黙りこんだ。仮に斬り落としたとしても一蓮托生を決め込んだ佐吉は自らあとを追って自刃するだろう。

 寒多郎はそのまま腕を組んだまま終日悩み抜きそして目を瞑って翌朝になった。そのまま眠っていたのか分からないが、目を見開いたときに決意は決まっていた。

 (応じよう・・・。)

 その日の夜、ひとつの船が堺から離れようとしていた。この国がのちに来たる鎖国政策の気運が高まりのを見越してのことであった。その宣教師団の中に医師であるゲルマンの姿があった。

 ゲルマンは自身の命が狙われていることを承知しており怯えながら搭乗橋を渡ろうとした。

 「ゲルマンだな!」

 闇夜からの声を背中に受けてゲルマンは震えた。恐る恐る振り返るとそこには右腕が膨れ上がった男の姿があった。

 「その震えはオレが殺意があることを知っているからだな」佐吉は抜刀して剣先を向けた。その剛腕はさらに肥大化している。

 「待ッテクレ、ボクハ君ヲ救オウトシタンダ」

 「だが、オレの腕の疼きは治らない。貴様を斬り捨てない限り!」

 次の瞬間、ふたりの間合いに割って入り寒多郞が飛び込んだ。寒多郞もまた自身の妖刀を佐吉の右腕に向けている。「行け!」寒多郞の忠告に安堵してゲルマンは船内に飛び込んだ。佐吉はその様子を見て苦笑する。

 道場の時の同じ間合いを取り、佐吉は寒多郞に向けて剣を構えた。今度は刀を両手持ちにしている。

 (やはり右腕を斬っても自害する気か・・・)寒多郎は小さく唇を噛む。

 寒多郞の戸惑いをみて佐吉から仕掛けた。襲いかかる刃を咄嗟に寒多郞が搭乗橋から飛び降りてかわす。搭乗橋は振り下ろされた刀によって叩き折られる。スパッと斬られるより力によって砕かれた。

 寒多郞がその力に驚くまもなく佐吉もまた寒多郞の避けた先の岸壁に降り立つ。佐吉は自慢の脚力で寒多郞の間合いを詰め剛腕を乱舞する。寒多郞は刀を構える隙を与えず焦りの表情ばかりしかとれない。

 (これでは右腕を狙えない!)

 ついには岸壁の恥に追い詰めたれた。背後には海の荒波を感じる。佐吉もその光景にニヤリとする。

 (背水の陣!)寒多郞はそれに賭けた。

 ひとつ呼吸を整え目の前の敵の飛び込む。寒多郎は錆び付いた剣を佐吉の胸元に打ち込んだ。狙いを変えて佐吉の胸元だけでなく右手、両足、みぞおちと右腕以外なら容赦なく打ち据えた。持っている刀が錆びた剣である以上、佐吉の身体に致命傷を与えることはない。

 形勢は逆転していた。寒多郞の反撃にやがて、佐吉は膝をつき、ついには倒れた。突っ伏した佐吉の前に寒多郞はすらりと立った。

 「印西よ。腕の主は虫の息だぞ!」

 寒多郎は戦死した男に煽った。

 すると、意識なく首がうなだれた佐吉からスッとは左腕が伸びた。それはまさしく自分の腕の主人である佐吉を守っての事だ。

 「どうする、佐吉?親友はお前を生かすために刃を向けたぞ。」

 苦虫を噛む佐吉に反して巨腕は徐々に小さくなっていった。それが印西の出した答えだった。船は出航の警笛が鳴っていた。

 源之進の話によるとその後の佐吉はと腕は水墨画の絵師に弟子入りしたという。印西と相談し平穏の時代というものを模索するということだそうだ。

 「平穏・・・自分にはいつ訪れるのやら・・・」

 寒多郞は錆びた刀を抜いてつぶやいた。この日、四の渡しの乗客はなかった。
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