魔力の根源

氷沼さんご

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Prologue

始まりの終わり

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 傷だらけの椅子に腰掛け、埃の被った窓枠に手をついて、老人は変わり果てた街を見下ろしていた。老人にとって第二の故郷とも言えるこの場所は、今やあちこちで火の手が上がる凄惨な戦場であった。優秀な魔術師達が大勢殺され、その何倍もの、力を持たない民草が死んでいく。
 老人はケースに残った最後の葉巻に火をつけ、じっくりと味わいながら紫煙を口に含む。
 かつては自身もまた魔術師だった。北部山脈大攻勢作戦の最中、戦線から離脱して以来、街の管理者として、普通の人々よりは遥かに良い暮らしをさせてもらった。振り返れば、ただの人間にとっては過ぎた権力だ。とうの昔に欲は枯れ、終わりの日を待つだけの緩やかな日々。この争いに抗うだけの魔力も、気力も失われている。溜息と共に大きく煙を吐いた。
 「時代は変わる……か」
 一つの都市で始まったという騒乱の炎は、国全土にまで瞬く間に燃え広がっていた。
 自分がまだ少年だった頃、教会内における思想的対立が極限に達した時の記憶が思い返される。その時と同じ、歴史の変わり目の空気――破壊と死の臭いが漂っていた。
 (この内乱の行き着く先が何処であろうと、もうこの国に儂の居場所は無いだろう)
 敗れた当時の権力者達がどのような結末を迎えたかを考えれば、自分にこの先何が起こるのかも、自ずと分かるというものだ。痛む膝をさすりながら立ち上がり、本棚の前に立つ。
豪華な装丁の中で目立っているのは、紙束と言っても差し支えないような出来の悪い本。全く信じられないことに、このたった一冊の本によって、国中へ災厄が振り撒まかれることになった。
 無意味だと分かっていても、宥めるかの如くそっと背表紙を指で撫でる。そこに余計な装飾は一切なく、表題だけが無表情に刻まれていた。
 『魔力の根源』
 そこには著者の名すら記されていない。誰にも見当が付かなかった。ただ、読んだ者は尽く大きな衝撃と混乱を叩きつけられた。それからすぐ、誰の為に印刷され、何の為に配られていたのか、時代が動き出してから気づかされたのだ。
 死ぬ前に、もしもこの狂気の産物を作り上げた人物に会えるのなら一言尋ねたい。
 「これがお前の望んだ結果なのか?」
 
 次第に怒れる人々の喧騒が近づいてくる。机の上にある灰皿は遠い。床に吸殻を投げ捨てた。
 時代遅れの人間は退場の時だ。ああ、だが死は既に恐るべき敵では無い。安らぎをもたらす友人として、迎える準備はもう出来ている。新たな時代の礎となる運命を、ただ静かに受け入れるだけだ。
 踏み鳴らすような足音と共に、扉が乱暴に叩かれた。
 果たして、この争いは誰に何をもたらす結果になるのだろうか。願わくば、これからを生きる者達にとって、幸福な未来で有らんことを。
 
 新たな時代の行方だけが、老人の最期の気がかりだった。
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