魔力の根源

氷沼さんご

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雪降る地で

過去、回顧、後悔

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 静まり返ったその夜。お母様と一緒のベッドに入り、私達は沢山お話しをした。私のどちらの記憶にもないくらい、こんなに安心できる時間は久しぶりだった。
 この世界のことについて、疑問は山積みになっている。いままで聞けなかったことを私は思い切って聞くことにした。なんにせよ、まず最初に知るべきは自分のことで、それはつまりお母様が何者かという点に尽きる。
 「さあ、どこから始めるべきでしょうか。そうですね……」
 絵本代わりにお母様が語ってくれたのは、こんな話だ。
 
 
 「少し昔のお話です。あるところに、一人の娘がおりました。
 その地域では位の高かった家の四人目の子供で、魔術の成績が良かっただけのことを鼻にかけた、世間知らずで傲慢な娘です。気性が荒く、一つ間違えていれば投獄されてもおかしくない、そんな事件を起こしかけたこともある悪童でもありました。
 
 娘は優雅に……正しく表現をするならば、怠惰に時間を浪費する暮らしを送っていた中、当主であり祖母から結婚相手のことを伝えられました。相手はこれまで会ったこともない人物でしたが、既に入婿として家に迎えることが両家の間で決められていたのです。
 普段から反目しあっていた、厳格な祖母が決めた相手ですから、娘は両者の釣り合いについて最初から疑ってかかっていました。件の人物は家柄も悪くはなく、若くして複数分野で功績を評価された、将来有望な学者でした。しかし、医者嫌いで奇行が多い変人という風評を耳にしたこともあり、愚かにもその価値を測り損ねた娘は、所詮大した人物ではないと判断してしまいます。どうにか婚姻を破棄できないものかと画策していましたが、動きを察知した祖母に一喝され、不首尾に終わりました。
 
 娘の不機嫌な様子は、式を執り行い、これまで住んでいた屋敷から少し離れた場所で夫と共に暮らし始めてもまったく変わりませんでした。
 しかし不思議なことに、向こうは娘に一目惚れだったそうです。傍になかなか寄らせず、魔術の腕が自分より劣っていることを見下した態度を取り、口を開けば我儘ばかりの娘に対して、彼は辛抱強く付き合い続けました。それどころか、どんな時でも娘を一番に考え、娘を悪く言う人々から娘を擁護し続けたのです。
 大した理由で嫌っていたわけでもなかった娘は、そうなると弱いものでした。
 数年もして、自分がどれほど品性に欠ける人間であったかを自覚した娘は、すっかり心を入れ替えていました。多少は物事を考えるようになり、思索的な彼と少しでも同等に会話をするため、今まで怠ってきた分を取り戻すように一生懸命に勉強を始めました。
 ボードゲームも彼の影響で…………」
 
 (こちらの顔の方が赤くなってしまうような惚気話が続いたので、しばらく割愛させてもらう)
 
 「こほん……ともかく。暖炉の前で過ごすような、暖かくて幸福な生活はそう長く続きはしなかったのです。
 事の発端は、本家において、それまで盤石であった名家としての礎が傾いてきたことでした。その時には高齢であった祖母は既に息を引き取っていて、代わりに娘の母親が当主の座に就いていました。母親の手腕がそこまで悪かったとは思えません。巡り合わせが悪い部分もあったのでしょう。ですが、一族の中で、当主の資質を疑問視する声が上がっていることも無視はできませんでした。
 娘がしばらくぶりに本家の屋敷の様子を伺ってみると、そこには泥濘のように重く暗い雰囲気が満ちていました。調度品や庭園の手入れの様子を見れば、零落している様は明らかです。聞くところによれば、屋敷から権力者達の足が遠のいて行った代わりに、死肉を漁る獣のような怪しい人々が度々訪れているようでした。
 彼らに唆され、かつての栄華を取り戻そうと焦ったのであろう母親のやり方は残念なことに、腐敗していて粗暴な方向へ変質していきます。後ろ暗い仕事に手を出すことで、新たな礎を築こうと目論んだのです。
 
 道を誤った母親の復興計画の一つに、求心力を持った後継者の指名がありました。必要とされる姿は、伝統から生み出される空虚な威厳を携えた飾りの権力者ではありません。周囲に畏怖を与え、それに伴う統率力を備えた絶対者です。
 最も悪い事に、その白羽の矢が立ったのが娘でした。性格に問題を抱えていたものの、親戚一同と比べて頭一つ抜けた魔術の実力を持っていた娘は、礼儀と形式、そして信義を重んじる祖母にとっては目の上の瘤でしたが、実践的な価値を求める母親には魅力的な宝石に映っていたのです。
 ただし、そこに付いてくるは不要でした。
 祖母の決めた婚姻に不満を持っていたことを知っていた母親は、野望を隠したまま別な者との婚姻を行うように提案をしてくるようになりましたが、すっかり不朽の愛を誓うようになっていた娘はすげなく拒否しました。そのときの娘にどのような利益があろうとも、受け入れるという選択はありえません。ですが、その後も母親はそれでも手を変え品を変え、様々な話を持ってきては断られるということを繰り返します」
 
 (お母様はここで僅かに身じろいだようだった)
 
 「そんなことが続いたある日のことです。
 娘が珍しく帰りの遅い夫を心配しながら待っているところへ、母親の遣いが訪れ、有無を言わさず一枚の書簡だけを残して去っていきました。あまりにおかしいその様子を訝しみながらも、娘は届けられた書簡を読み進め、そして己の目を疑いました。
 
 彼が禁じられていた研究を行ったという告発が為され、彼の生家が身柄を抑えて拘禁した、というのです。夫のことを良く知っている娘からすれば根も葉もない話で、これが母親の術策であることは明らかでした。
 
 手にした書簡を燃やし尽くし、灰すらも残さない勢いで娘は激昂しました。無くしたはずの気性を再び得て、彼を取り戻すためのあらゆる手段を講じるつもりでしたが、娘を待っていたのは孤独で厳しい戦いでした。母親の根回しと、過去の自身の性格が災いしたこともあって、周囲の人々は殆どが娘に力を貸そうとしなかったのです。
 自身の行ってきたことを呪いながらも、数少ない味方の力を借りて現当主との会談にこぎつけますが、話は平行線のまま時間だけが過ぎて行きます。
 互いに主張を譲らずに膠着した状態が続き、しびれを切らした娘は最後の手段であった実力行使を本格的に計画し始めていました。例え賛同者が一人もおらずとも、命が保つ限り遂行する心積もりです。
 そんなことを知ってか知らずか、今度は彼が無理矢理書かされたのであろう手紙が手元へ送られてきました。娘を説得するための上面だけの言葉が並べ立てられているだけでしたが、その中から僅かな違和感を嗅ぎ取りました。文面に不自然に使われている文法や単語が紛れているのです。
 娘は二人の間で流行っていた言葉遊びのような遊戯の一つに、暗号があったことを思い出しました。私信の中に単語を隠して送り合い、解読が出来るかどうかをお互いに競っていたのです。手紙の中で使われていたのは、まさしく用いられていた暗号そのものでした。
 かつて解法を彼から教えてもらったときと同じように、ある法則に従って単語から各音節を抜き出して繋げてみると、意味のある文章が浮かび上がってきました。
 『ヨウイ アル カマウナ キケン』
 二人しか知らないはずの解法でしたから、これが彼の伝えようとした本来のメッセージであったことは確かです。しかし、娘はこの言葉を信じ切ることができないでいました。
 本当にそんな用意はあるのでしょうか?今にも生命の危機に瀕している夫が、娘に諦めを付けさせるためだけに、このようなメッセージを送ってきたのだとしたら?そう考えると、どうしても決心がつけられません。
 
 葛藤の中、疲労もあって娘は酷く体調を崩してしまいます。軽い病だと考えていましたが、医者による診断は如何なる病名でもありませんでした。自分の身体に新たな生命が宿っていることを告げられたのです。そう、後にレースと名付けられる子です。
 こうなっては、自分の子までをも道連れにするような選択を取るわけにはいきません。もはや娘にとって、子供だけが最後の希望でした。娘に残された道は彼の無事を信じ、二人の結晶を守るために目的を移行することのみです。
 決断の後、あらゆる材料を手にして、母親との最終交渉の場に立ちました。
 
 結果として。
 誰の満足も達成されないままに、莫大な代償を支払った娘は、新たに雇用した二人の使用人と共に遠い地に立たされていました。身分を捨て、名前を捨て、……家族を見捨て。
 母親は娘を僻地へと追いやる際に、少量の支援を継続することを約束していました。それを母親の最後の慈悲と受け取り、ある種当然のことのように思っていましたが、残念ながらその選択は間違いでした。既に娘は何物でもないというのに。十分に賢くなったわけではなかった故、まだ気づいていなかったのです。本当は娘の子を狙うために付けられた首輪であったことを理解して後悔をするのは、それから更に更に先のお話…………」
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