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メルディ国編
リジーさんの怒涛(?)の日々だヨ⑥
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討伐カードの妙な性能にドッと疲れたが、まだ本題は終わっていない。
あたしは気を取り直して、どう言おうか少しだけ考えてみる。
いやだって……ちょっとでも何かしら間違えると、神がその何かしらに対して普通じゃない事を遣らかしそうな気がするから……この討伐カードの様に……。
えーと……ジーチャには『盗賊を捕まえた』事は隊長達から伝わっているが、『誰が捕まえたか』までは伝わっていない。多分これって、結構な重要案件だよね? ちょっとした切り札のひとつにはなると思う。
そんな訳で、あたしが盗賊を捕まえたという事はまるまるっと伏せ、盗賊が溜め込んでいた盗品がある事。その盗品の買い戻し交渉に応じるつもりがある事。その交渉を行う時間。そして、中立な立場として、冒険者ギルドの誰かが立ちあって欲しいとジーチャに伝える。
話を聞き終えたジーチャは腕を組んでジッとテーブルを見ながら考え込み、暫くしてあたしを見てきた。
「……ギルド側に何の得もない事なのに、何故そんな事を引き受けなければならない?」
あ、いきなり言葉が崩れた。そして、あたしの言葉の裏にある事実に、もしかして気付いていないの?
あたしを見るその目には『不愉快』が思いっ切り浮かんでいるから、事実とかよりもあたしという存在にでも気を取られた? あたしに対して表情を隠す事も、取り繕う事も止めたのだろうが、それじゃマイナスにしかならないだろうに……。
ジーチャにとってあたしは『不審人物』。ギルド登録もしていない、この世界では本来なら底辺に存在している(見た目)年寄り。それなのに、兵――特に隊長クラスの人物やギルド本部に優遇されている。だが、その理由がはっきりしない。あたしが何をしているのか、ジーチャには全く分からないし、見えない。それが気に入らなくてこうなった?
それじゃあ、あたしに対して不信感を持つなと言う方が難しいのかな?
しかも、その気に入らない存在が、盗品の買い戻し交渉に応じるから、中立な立場として誰か立ち会えと言う。
何故、この不審人物が買い戻し交渉に応じる? 何を企んでいる? そして、何故自分までこの目の前に居るババァを優遇しなければならない? という結論に至った、と。
だからこそ、この言葉なのだろうけど……あっちゃ~と思う気持ちは止められない。
でも……まあ、ね、うん。色々分からない事ばかりの中じゃあ、目の前の事に意識が向くのは仕方ないか。
そう考えると、ジーチャがそう思い至り、言うのも納得するしかない。
大きな一組織を預かっている身である以上、ジーチャの様にある程度の損得勘定で動くのは簡単に予想が付く。と言うか、それは当然だと思う。
それに、隣の村のギルド長が盛大なポカを遣らかしているのだ。噂なんてあっという間に民間に広がるだろうから、所属している冒険者を守る為にも、依頼激減を防ぐ意味でも、不審人物を疑って掛かり、今ある情報をもとに話の吟味をしなければならない。――例えその目がかなり曇っていようとも。
あたしだって突然こんな事を言われたら、分からないなりにも考え、何の得にもならないのに何故でそんな事を遣らなきゃいけないって言うと思う。
しかも、将来的に冒険者登録をする前提があるとはいえギルドに登録していない以上、今のあたしはメルディ国側の人間。ある意味、国と国の問題でもある。そうやすやすと提案を受け入れる訳にはいかない。
モンド隊長やサージット隊長も、それは予想が付いていたのだろう。だからこそ、盗賊に関しては概要だけをサラッと説明したのだと思われる。
……隊長達、一体、いくつなんだろう? 見た目が20代くらいと若いから『出来る人』だと思ったけど……この世界、見た目と年齢は比例しないんだった。隊長を務めている以上、結構な年だとは思う。この年寄りの考えを読める程度には人生経験が豊富なんだろう……多分。
色々いろいろ気にはなるが、看破するつもりないから細かい事は気にしないに限る。――滅茶苦茶! 気にはなるけどね!! 好奇心がうずくけどね!!!
まあこの件は、いずれ機会があったら聞いてみるとして……(結局、諦めはしない)
取り敢えず、ジーチャにはギルド側が立ち会う事で得する事があると伝えなければいけない。
ジーチャは盗賊の事を詳しく知らないのだから、ここでこの切り札(?)を使わずにいつ使う!
多分だが、盗賊を捕まえるのも罪人を捕まえるのも、かなりの手柄になるのだと思う。じゃなければ、あのクズ元副隊長が盗賊を退治――実際には闇討ちみたいなものだけど――をして出世するなんて有り得ない。
現時点で、カジス村の元ギルド長を逮捕し王都に移送中という手柄はメルディ国の兵士側にある。そして、ギルド長が逮捕されるという汚名は冒険者ギルド側に。
これを何とかして、メルディ国側と対等の立場にならなければいけないというのに、追い打ちの様に隠れていた盗賊を黒幕付きで捕まえたとの情報が入った。黒幕が副隊長であった事はメルディ側にとってマイナスではあるが、自分達で捕まえた分、取り返せる。ギルド側に付け入る隙はない。
これでは、冒険者ギルド側に汚名返上の機会がなさ過ぎる。
ネスが盗賊を見付けて捕まえたのなら冒険者ギルド側としては巻き返しが可能だったかもしれない。だが、そんな話は一切入ってこないし、それが事実ではない以上、ネスもギルド側に誤った報告はしない。
カジスとルチタンで起こった事件(?)において、ギルド側は打つ手なし。マイナスだけが降り積もる。
だがここで、盗賊を捕まえたのがあたしだと知ったら?
いずれあたしは冒険者ギルドに登録する意志を示している。そう。メルディ国ではなく冒険者ギルドに、だ。そうなると、将来的には一応、ギルド側の功績とする事が出来る。
何よりあたしは、カジスの元ギルド長捕縛の立役者でもある。メルディ国側が実質的に動いたとはいえ、全く関わっていなかった――犯罪者を放置していた――という事実よりは少しだけ上方修正出来るだろう。
何かしらギルド側が遣らかしてあたしの心証がマイナスになり「やっぱやーめた!」とか言われない限り、ギルド側に得はある。まあ、汚名返上の機会が後ろにずれる分、それまでに行わなければならない根回しは大変だろうが、あたしという存在を逃がすよりはマシだろう。
メルディ国のギルド本部は、あの特典(?)から考えると、そう判断したのではないかと思われる。が、まあ推測の域は出ない。でも、外れてはいない気がするんだよね。
そしてジーチャだ。
アホな行動をしてはいても、1つの町のギルドを預かっている身として、あの絶望レベル高年オヤジとは違い、話ができる事も損得を考えられる事もきちんと示した。まあ、視野が狭いのも露見したけど……。
また若干、隊長達に踊らされている部分もあるが、その辺は……預かるモノの差かもしれない。冒険者は基本的にある程度、自分の身は自分で守れる。だが、隊長達の守る対象は国民。自力で守れるものは少ない。このちょっとした差が『どうすればいいか』を考えた時の差になったのではないだろうか?
そんな風に、小難しい事をあれこれ考えても仕方ない。さっさと利点を上げて、交渉を終わらせよう。何と言うか……ネスとルベルの機嫌(?)が少しずつ悪くなっている気がするんだよね……時間が時間だから、お腹が空いたと思われる。
まだるっこしい事は止めて、ズバッといきましょズバッと。
なにせ『あたし』という存在そのものがあたし自身の最大の切り札。あたし次第でジーチャに対する本部の評価が変わる。それに気付けない人じゃない――と思う。多分、きっと。
あたしはゆっくりと口角を上げ、ジーチャを真っ直ぐに見た。
「あたしが盗賊を捕まえ、全ての盗品を回収したと言っても、そう言える?」
「なっ!?」
言葉の意味を瞬時に察したのだろう。ジーチャは目を見開いた後、ネスを睨み付けた。
「ネスフィル! Aプラスランク冒険者ともあろう者が、素人に全て任せたのかっ!?」
ネスはピクリとも動かずジーチャをただ見ていた。妙に表情が固いから、そう言われる事は最初から察していたのだろう。
「どういうつもりだっ!!」
一言も発しようとしないネスを責めるジーチャ。うん。それ筋違いだから!
あたしはわざとらしく溜め息を落とし、固い表情のネスの頭をぐしゃっと撫でる。ネスが驚いた様にあたしの方を見たから、軽く笑った後でジーチャに視線を戻した。
「ネスを責めるのは筋違いでしょう」
「何っ!?」
おいおいおい。そこであんたがあたしを睨み付けてどうする。
もしかして、自分の考えや言葉が全て正しいとか思い上がってんの?
あーもー! 話が出来るかもと思ったあたしがバカだった! これ絶対、ネスに嫌な思いさせちゃったよ。完全にあたしの判断ミスだ。
本当に、頭の固いジジイは面倒くさい。自分の思い通りにいかないと、感情的になって誰かを怒鳴り付け、威圧するとか最低。
こういう奴を相手にする時は、同じ様に感情的になるのは悪手。冷静に、淡々と、事実だけを述べるに限るんだけど……。
「あんたには連絡入ってない訳? あたしが魔法特化の存在だって」
「はぁ!? それが何だというんだっ!!」
――こいつ、やっぱりアホ??
魔法に関する簡単な講義をモンド隊長とネスにはした。それがたとえマルの持つ知識であろうと、あたしの口から語られた以上、隊長とネスはそれがあたしの知識であり実力であると判断する。
その後、モンド隊長は王都に居る上司や冒険者ギルドと連絡を取っている。あたしの事を分かる範囲で説明したのは間違いない。冒険者ギルド側としては、あたしの機嫌を損ねるのはマイナスだから、モンド隊長からされた説明を通過する町の支部長クラスには話す……いや、話したのは今のジーチャの返事から分かる。
それを聞いていて、尚且つ、あたしが主導して話しているというのに、こいつもそれ等の事実を関連付けられないの?
なんか、お前等、頭を使えよ!? とか思ってしまうあたしは悪くない、筈。
まともに付き合っているのもバカバカしいから、結論を言って、とっとと話を纏めてしまおう。
「盗賊を捕まえた罠――というか魔法を施していたのはあたし。盗賊をルチタンまで運ぶ為の乗り物等を用意したのもあたし。盗賊のアジトを見付けたのも、盗品を見付けたのも、あたし。だから盗品は全てあたしが回収した。この状態でネスがどこかで手を出すのは他人の手柄を横取りする行為。つまり、冒険者的にはマナー違反じゃないの?」
「ぐ……」
「あたしが一人で動こうとするのをネスが心配して着いては来たけど、あたしが全て先んじて動くからネスが出来る事はなかった。そんな状態のネスに、あんたは何を求めるって言うの。正当な手柄を立てた者からそれを奪えと? その行為の方が、Aプラスランクの名誉を傷付けるでしょうが」
「……」
俯き、拳を握るジーチャ。その手が震えている事から、相当悔しいのだろう。――アホか。
――ああ、そうだ。これ以上こいつが余計な事を言えない様に、追い打ちを掛けておこう。
「そう言えば、盗品の中に、冒険者の物と思われる装備とかカードなんかがあったんだよね」
「――!?」
ジーチャが勢いよく顔を上げ、まん丸の目であたしを凝視し――「しまった」といった感じに顔を歪めた。
ああ、今度は気が付いたんだ。
あたしの存在もそうだが――回収した盗品の中にある冒険者由来の物。これこそ、冒険者ギルドにとって最大の得となる。冒険者も被害に遭っていた。その証明となるのだから。
そんな事に思い至らない程、今のジーチャは冷静じゃなかった。いや、もしかしたら最初から冷静じゃなかったのかもしれない。カジス支部の支部長が捕縛され護送されている事。存在が全く報告されていなかった盗賊が存在し、多くの被害が遭った事。1日2日程度で追い詰められた精神が正常になる訳ないか。
あたしはトキの中にある『盗品』の分類から『冒険者ギルド証明書』を一枚取り出し、テーブルの上に置いた。
「――これ、間違いないよね?」
「……」
置かれたカードをジーチャが恐る恐る手に取り、そこに書かれている名前等を確認する。
表、裏、表……何度かカードを引っ繰り返すと、ジーチャはがっくりと項垂れた。
「……数カ月、前、から、行方、が、分か、なかっ、冒険者、物、です……」
途切れ途切れ絞り出される声に、さっきまでの勢いはない。
……襲われた冒険者パーティーのランクは、あたしが知る限りBランクとCランク。そこまで低いわけじゃない。ただ、これはここ1カ月の話。数カ月前に被害に遭った冒険者だと、どのランクかは分からない。
ジーチャは、名前を見ただけで行方不明になっている冒険者の物だと分かった。もしかしたらランクに関係なく、ルチタンに居る冒険者の事は把握しているのかもしれない。
あたしはもう一枚、ギルドカードを取り出す。裏には討伐記録や依頼達成記録等、様々な記録が任意で表示される様になっている。表には――名前とランク。そして――『死亡』の文字。どういう仕組みか分からないが、これを見るに、このカードを持っていた冒険者は既にこの世に居ない様だ。
あたしは次々にカードを取り出す。どれもこれも、同じ文字が並ぶ。
カードを全てテーブルに置いた後、あたしはソファーから立ち上がり、床の空いているスペースに冒険者の物と思われる武具類を置く。するとネスが黙って立ち上がり、あたしが取り出した武具類を種類別に丁寧に並べていった。ルベルはそんなあたし達を黙ってみている。
黙々とその作業を終わらせ、あたしとネスは再びソファーに座る。
その頃にはジーチャも立ち直ったのか、ゆっくりと、あたし達に頭を下げた。
「ご無礼の数々、お許し下さい。……冒険者の遺品を届けて頂き、ありがとうございます。こんな事しか出来ず申し訳ありませんが、リジー殿の提案、全て協力させて下さい。お願いします」
「うん、よろしく」
あー……意気消沈しちゃって、張り合いがないと言うか何と言うか……。
追い打ち掛けたあたしが言うのもどうかとは思うが、爺さんが落ち込んで欝々としているなんて、鬱陶しい以外のなにものでもないんだけどっ!?
アホな行動全開で何かしら企んでいる方がマシなんですがっ!!?
ん? 企む……?
あたしはテーブルの上を指で軽く叩き、ジーチャの意識をこちらに向ける。
ええい! そのくっらーい顔、やめい! 鬱陶しい!!
あたしは表情筋が引きつらない様に必死で動かし、なるべく不敵に笑って見せる。
「良い事、教えてあげる」
「?」
あたしはジーチャに、罪人共に掛けた魔法の事を教えてあげる。
そう、あの『真実しか語れない』や『黙秘不可』、『余計な事は言えない』。各部屋に掛けた『防音』、『反響』、『魔法使用禁止』、『自傷他傷行為禁止(拷問部屋を除く)』。
話が進むにつれ、ジーチャの目に光が戻ってきた。
「つまりは……盗賊共は罪を認める以外は出来ない、と」
「そう」
「――自分で死ぬ事も、死なせる事も出来ない、と」
「そう言う事」
確認が済むと、ジーチャはニヤッと笑った。
「被害者の為にも――捕まったアレ等から損害賠償をたっぷり取ってやりますよ」
うん。黒いオーラが立ち上っている気がするから、もう大丈夫そうだね。
あたしは立ち上がり、ネスとルベルを促す。
「じゃあ、これ等は置いていくから、頼んだ件とかも含めて後はよろしく」
「お任せ下さい」
ふてぶてしいジジイの復活だー。
これはあたし、良い仕事したって誇るべき? 苦笑するべき?
――まあ、いいや。さっさと戻ってご飯にしよう。
うーん。おかずは何にしよう? 刺身は昨日の夜に食べたからなぁ……もう少し、手の加えた物が良いな。
あ、魔法を使えば時短料理可能? 可能だよね? という事は、煮込み系もいける?
そうなると……昨日と同じ魚はつまらないから、今日は肉でいこうか? 神々がくれた肉も色々あるから、何にしよう?
既に思考を切り替え、夕飯のおかずに意識を飛ばしながらドアを抜ける。
「……ありがとうございました」
ジーチャの静かな声が響き、ドアがゆっくりと閉まった。
あたしは気を取り直して、どう言おうか少しだけ考えてみる。
いやだって……ちょっとでも何かしら間違えると、神がその何かしらに対して普通じゃない事を遣らかしそうな気がするから……この討伐カードの様に……。
えーと……ジーチャには『盗賊を捕まえた』事は隊長達から伝わっているが、『誰が捕まえたか』までは伝わっていない。多分これって、結構な重要案件だよね? ちょっとした切り札のひとつにはなると思う。
そんな訳で、あたしが盗賊を捕まえたという事はまるまるっと伏せ、盗賊が溜め込んでいた盗品がある事。その盗品の買い戻し交渉に応じるつもりがある事。その交渉を行う時間。そして、中立な立場として、冒険者ギルドの誰かが立ちあって欲しいとジーチャに伝える。
話を聞き終えたジーチャは腕を組んでジッとテーブルを見ながら考え込み、暫くしてあたしを見てきた。
「……ギルド側に何の得もない事なのに、何故そんな事を引き受けなければならない?」
あ、いきなり言葉が崩れた。そして、あたしの言葉の裏にある事実に、もしかして気付いていないの?
あたしを見るその目には『不愉快』が思いっ切り浮かんでいるから、事実とかよりもあたしという存在にでも気を取られた? あたしに対して表情を隠す事も、取り繕う事も止めたのだろうが、それじゃマイナスにしかならないだろうに……。
ジーチャにとってあたしは『不審人物』。ギルド登録もしていない、この世界では本来なら底辺に存在している(見た目)年寄り。それなのに、兵――特に隊長クラスの人物やギルド本部に優遇されている。だが、その理由がはっきりしない。あたしが何をしているのか、ジーチャには全く分からないし、見えない。それが気に入らなくてこうなった?
それじゃあ、あたしに対して不信感を持つなと言う方が難しいのかな?
しかも、その気に入らない存在が、盗品の買い戻し交渉に応じるから、中立な立場として誰か立ち会えと言う。
何故、この不審人物が買い戻し交渉に応じる? 何を企んでいる? そして、何故自分までこの目の前に居るババァを優遇しなければならない? という結論に至った、と。
だからこそ、この言葉なのだろうけど……あっちゃ~と思う気持ちは止められない。
でも……まあ、ね、うん。色々分からない事ばかりの中じゃあ、目の前の事に意識が向くのは仕方ないか。
そう考えると、ジーチャがそう思い至り、言うのも納得するしかない。
大きな一組織を預かっている身である以上、ジーチャの様にある程度の損得勘定で動くのは簡単に予想が付く。と言うか、それは当然だと思う。
それに、隣の村のギルド長が盛大なポカを遣らかしているのだ。噂なんてあっという間に民間に広がるだろうから、所属している冒険者を守る為にも、依頼激減を防ぐ意味でも、不審人物を疑って掛かり、今ある情報をもとに話の吟味をしなければならない。――例えその目がかなり曇っていようとも。
あたしだって突然こんな事を言われたら、分からないなりにも考え、何の得にもならないのに何故でそんな事を遣らなきゃいけないって言うと思う。
しかも、将来的に冒険者登録をする前提があるとはいえギルドに登録していない以上、今のあたしはメルディ国側の人間。ある意味、国と国の問題でもある。そうやすやすと提案を受け入れる訳にはいかない。
モンド隊長やサージット隊長も、それは予想が付いていたのだろう。だからこそ、盗賊に関しては概要だけをサラッと説明したのだと思われる。
……隊長達、一体、いくつなんだろう? 見た目が20代くらいと若いから『出来る人』だと思ったけど……この世界、見た目と年齢は比例しないんだった。隊長を務めている以上、結構な年だとは思う。この年寄りの考えを読める程度には人生経験が豊富なんだろう……多分。
色々いろいろ気にはなるが、看破するつもりないから細かい事は気にしないに限る。――滅茶苦茶! 気にはなるけどね!! 好奇心がうずくけどね!!!
まあこの件は、いずれ機会があったら聞いてみるとして……(結局、諦めはしない)
取り敢えず、ジーチャにはギルド側が立ち会う事で得する事があると伝えなければいけない。
ジーチャは盗賊の事を詳しく知らないのだから、ここでこの切り札(?)を使わずにいつ使う!
多分だが、盗賊を捕まえるのも罪人を捕まえるのも、かなりの手柄になるのだと思う。じゃなければ、あのクズ元副隊長が盗賊を退治――実際には闇討ちみたいなものだけど――をして出世するなんて有り得ない。
現時点で、カジス村の元ギルド長を逮捕し王都に移送中という手柄はメルディ国の兵士側にある。そして、ギルド長が逮捕されるという汚名は冒険者ギルド側に。
これを何とかして、メルディ国側と対等の立場にならなければいけないというのに、追い打ちの様に隠れていた盗賊を黒幕付きで捕まえたとの情報が入った。黒幕が副隊長であった事はメルディ側にとってマイナスではあるが、自分達で捕まえた分、取り返せる。ギルド側に付け入る隙はない。
これでは、冒険者ギルド側に汚名返上の機会がなさ過ぎる。
ネスが盗賊を見付けて捕まえたのなら冒険者ギルド側としては巻き返しが可能だったかもしれない。だが、そんな話は一切入ってこないし、それが事実ではない以上、ネスもギルド側に誤った報告はしない。
カジスとルチタンで起こった事件(?)において、ギルド側は打つ手なし。マイナスだけが降り積もる。
だがここで、盗賊を捕まえたのがあたしだと知ったら?
いずれあたしは冒険者ギルドに登録する意志を示している。そう。メルディ国ではなく冒険者ギルドに、だ。そうなると、将来的には一応、ギルド側の功績とする事が出来る。
何よりあたしは、カジスの元ギルド長捕縛の立役者でもある。メルディ国側が実質的に動いたとはいえ、全く関わっていなかった――犯罪者を放置していた――という事実よりは少しだけ上方修正出来るだろう。
何かしらギルド側が遣らかしてあたしの心証がマイナスになり「やっぱやーめた!」とか言われない限り、ギルド側に得はある。まあ、汚名返上の機会が後ろにずれる分、それまでに行わなければならない根回しは大変だろうが、あたしという存在を逃がすよりはマシだろう。
メルディ国のギルド本部は、あの特典(?)から考えると、そう判断したのではないかと思われる。が、まあ推測の域は出ない。でも、外れてはいない気がするんだよね。
そしてジーチャだ。
アホな行動をしてはいても、1つの町のギルドを預かっている身として、あの絶望レベル高年オヤジとは違い、話ができる事も損得を考えられる事もきちんと示した。まあ、視野が狭いのも露見したけど……。
また若干、隊長達に踊らされている部分もあるが、その辺は……預かるモノの差かもしれない。冒険者は基本的にある程度、自分の身は自分で守れる。だが、隊長達の守る対象は国民。自力で守れるものは少ない。このちょっとした差が『どうすればいいか』を考えた時の差になったのではないだろうか?
そんな風に、小難しい事をあれこれ考えても仕方ない。さっさと利点を上げて、交渉を終わらせよう。何と言うか……ネスとルベルの機嫌(?)が少しずつ悪くなっている気がするんだよね……時間が時間だから、お腹が空いたと思われる。
まだるっこしい事は止めて、ズバッといきましょズバッと。
なにせ『あたし』という存在そのものがあたし自身の最大の切り札。あたし次第でジーチャに対する本部の評価が変わる。それに気付けない人じゃない――と思う。多分、きっと。
あたしはゆっくりと口角を上げ、ジーチャを真っ直ぐに見た。
「あたしが盗賊を捕まえ、全ての盗品を回収したと言っても、そう言える?」
「なっ!?」
言葉の意味を瞬時に察したのだろう。ジーチャは目を見開いた後、ネスを睨み付けた。
「ネスフィル! Aプラスランク冒険者ともあろう者が、素人に全て任せたのかっ!?」
ネスはピクリとも動かずジーチャをただ見ていた。妙に表情が固いから、そう言われる事は最初から察していたのだろう。
「どういうつもりだっ!!」
一言も発しようとしないネスを責めるジーチャ。うん。それ筋違いだから!
あたしはわざとらしく溜め息を落とし、固い表情のネスの頭をぐしゃっと撫でる。ネスが驚いた様にあたしの方を見たから、軽く笑った後でジーチャに視線を戻した。
「ネスを責めるのは筋違いでしょう」
「何っ!?」
おいおいおい。そこであんたがあたしを睨み付けてどうする。
もしかして、自分の考えや言葉が全て正しいとか思い上がってんの?
あーもー! 話が出来るかもと思ったあたしがバカだった! これ絶対、ネスに嫌な思いさせちゃったよ。完全にあたしの判断ミスだ。
本当に、頭の固いジジイは面倒くさい。自分の思い通りにいかないと、感情的になって誰かを怒鳴り付け、威圧するとか最低。
こういう奴を相手にする時は、同じ様に感情的になるのは悪手。冷静に、淡々と、事実だけを述べるに限るんだけど……。
「あんたには連絡入ってない訳? あたしが魔法特化の存在だって」
「はぁ!? それが何だというんだっ!!」
――こいつ、やっぱりアホ??
魔法に関する簡単な講義をモンド隊長とネスにはした。それがたとえマルの持つ知識であろうと、あたしの口から語られた以上、隊長とネスはそれがあたしの知識であり実力であると判断する。
その後、モンド隊長は王都に居る上司や冒険者ギルドと連絡を取っている。あたしの事を分かる範囲で説明したのは間違いない。冒険者ギルド側としては、あたしの機嫌を損ねるのはマイナスだから、モンド隊長からされた説明を通過する町の支部長クラスには話す……いや、話したのは今のジーチャの返事から分かる。
それを聞いていて、尚且つ、あたしが主導して話しているというのに、こいつもそれ等の事実を関連付けられないの?
なんか、お前等、頭を使えよ!? とか思ってしまうあたしは悪くない、筈。
まともに付き合っているのもバカバカしいから、結論を言って、とっとと話を纏めてしまおう。
「盗賊を捕まえた罠――というか魔法を施していたのはあたし。盗賊をルチタンまで運ぶ為の乗り物等を用意したのもあたし。盗賊のアジトを見付けたのも、盗品を見付けたのも、あたし。だから盗品は全てあたしが回収した。この状態でネスがどこかで手を出すのは他人の手柄を横取りする行為。つまり、冒険者的にはマナー違反じゃないの?」
「ぐ……」
「あたしが一人で動こうとするのをネスが心配して着いては来たけど、あたしが全て先んじて動くからネスが出来る事はなかった。そんな状態のネスに、あんたは何を求めるって言うの。正当な手柄を立てた者からそれを奪えと? その行為の方が、Aプラスランクの名誉を傷付けるでしょうが」
「……」
俯き、拳を握るジーチャ。その手が震えている事から、相当悔しいのだろう。――アホか。
――ああ、そうだ。これ以上こいつが余計な事を言えない様に、追い打ちを掛けておこう。
「そう言えば、盗品の中に、冒険者の物と思われる装備とかカードなんかがあったんだよね」
「――!?」
ジーチャが勢いよく顔を上げ、まん丸の目であたしを凝視し――「しまった」といった感じに顔を歪めた。
ああ、今度は気が付いたんだ。
あたしの存在もそうだが――回収した盗品の中にある冒険者由来の物。これこそ、冒険者ギルドにとって最大の得となる。冒険者も被害に遭っていた。その証明となるのだから。
そんな事に思い至らない程、今のジーチャは冷静じゃなかった。いや、もしかしたら最初から冷静じゃなかったのかもしれない。カジス支部の支部長が捕縛され護送されている事。存在が全く報告されていなかった盗賊が存在し、多くの被害が遭った事。1日2日程度で追い詰められた精神が正常になる訳ないか。
あたしはトキの中にある『盗品』の分類から『冒険者ギルド証明書』を一枚取り出し、テーブルの上に置いた。
「――これ、間違いないよね?」
「……」
置かれたカードをジーチャが恐る恐る手に取り、そこに書かれている名前等を確認する。
表、裏、表……何度かカードを引っ繰り返すと、ジーチャはがっくりと項垂れた。
「……数カ月、前、から、行方、が、分か、なかっ、冒険者、物、です……」
途切れ途切れ絞り出される声に、さっきまでの勢いはない。
……襲われた冒険者パーティーのランクは、あたしが知る限りBランクとCランク。そこまで低いわけじゃない。ただ、これはここ1カ月の話。数カ月前に被害に遭った冒険者だと、どのランクかは分からない。
ジーチャは、名前を見ただけで行方不明になっている冒険者の物だと分かった。もしかしたらランクに関係なく、ルチタンに居る冒険者の事は把握しているのかもしれない。
あたしはもう一枚、ギルドカードを取り出す。裏には討伐記録や依頼達成記録等、様々な記録が任意で表示される様になっている。表には――名前とランク。そして――『死亡』の文字。どういう仕組みか分からないが、これを見るに、このカードを持っていた冒険者は既にこの世に居ない様だ。
あたしは次々にカードを取り出す。どれもこれも、同じ文字が並ぶ。
カードを全てテーブルに置いた後、あたしはソファーから立ち上がり、床の空いているスペースに冒険者の物と思われる武具類を置く。するとネスが黙って立ち上がり、あたしが取り出した武具類を種類別に丁寧に並べていった。ルベルはそんなあたし達を黙ってみている。
黙々とその作業を終わらせ、あたしとネスは再びソファーに座る。
その頃にはジーチャも立ち直ったのか、ゆっくりと、あたし達に頭を下げた。
「ご無礼の数々、お許し下さい。……冒険者の遺品を届けて頂き、ありがとうございます。こんな事しか出来ず申し訳ありませんが、リジー殿の提案、全て協力させて下さい。お願いします」
「うん、よろしく」
あー……意気消沈しちゃって、張り合いがないと言うか何と言うか……。
追い打ち掛けたあたしが言うのもどうかとは思うが、爺さんが落ち込んで欝々としているなんて、鬱陶しい以外のなにものでもないんだけどっ!?
アホな行動全開で何かしら企んでいる方がマシなんですがっ!!?
ん? 企む……?
あたしはテーブルの上を指で軽く叩き、ジーチャの意識をこちらに向ける。
ええい! そのくっらーい顔、やめい! 鬱陶しい!!
あたしは表情筋が引きつらない様に必死で動かし、なるべく不敵に笑って見せる。
「良い事、教えてあげる」
「?」
あたしはジーチャに、罪人共に掛けた魔法の事を教えてあげる。
そう、あの『真実しか語れない』や『黙秘不可』、『余計な事は言えない』。各部屋に掛けた『防音』、『反響』、『魔法使用禁止』、『自傷他傷行為禁止(拷問部屋を除く)』。
話が進むにつれ、ジーチャの目に光が戻ってきた。
「つまりは……盗賊共は罪を認める以外は出来ない、と」
「そう」
「――自分で死ぬ事も、死なせる事も出来ない、と」
「そう言う事」
確認が済むと、ジーチャはニヤッと笑った。
「被害者の為にも――捕まったアレ等から損害賠償をたっぷり取ってやりますよ」
うん。黒いオーラが立ち上っている気がするから、もう大丈夫そうだね。
あたしは立ち上がり、ネスとルベルを促す。
「じゃあ、これ等は置いていくから、頼んだ件とかも含めて後はよろしく」
「お任せ下さい」
ふてぶてしいジジイの復活だー。
これはあたし、良い仕事したって誇るべき? 苦笑するべき?
――まあ、いいや。さっさと戻ってご飯にしよう。
うーん。おかずは何にしよう? 刺身は昨日の夜に食べたからなぁ……もう少し、手の加えた物が良いな。
あ、魔法を使えば時短料理可能? 可能だよね? という事は、煮込み系もいける?
そうなると……昨日と同じ魚はつまらないから、今日は肉でいこうか? 神々がくれた肉も色々あるから、何にしよう?
既に思考を切り替え、夕飯のおかずに意識を飛ばしながらドアを抜ける。
「……ありがとうございました」
ジーチャの静かな声が響き、ドアがゆっくりと閉まった。
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