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side ルルー
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「私は、精霊を傷付ける者は、絶対に、許さない」
強い意志を宿す言葉と共に、全く笑っていない瞳が男を射抜き、マナの力が発動する。
多くの精霊達が協力して行う『魔力はく奪』をたったひとりでなしてしまうマナの強さに、ルルーは思わず恐怖を覚える。
だがそれと同時に、精霊に対する変わらぬ愛情も感じられて嬉しく、心が弾む。
相反する感情に翻弄され、ルルーはそっと目を伏せた。
それにしても――と、ルルーはクーを盗み見る。
今は普段の小人姿の為、人間達は気付いていないが、同じ精霊だからこそ分かる。クーの力の質が変わったと。これこそが、マナの言う『らんくあっぷ』という奴なのだろう。
だが、そのランクアップに伴い、クーにはある種の枷が掛けられてしまった。
本来、精霊の寿命は長い。いや、半永久的といっても過言ではないだろう。
ある一定以上の魔力を使い、己を維持できなくなる。己が司るものが穢される、もしくは破壊され力の供給源がなくなるという事が無い限り、精霊が消滅する事はない。
力の強い精霊は司る対象も多い為、司るものの一部がなくなろうとも、直ぐにその反動が来る事はない。ちょっと傷を負い、痛い思いをするかもしれないが、時間が経てば回復する。その回復する時間をのんびり待つくらい、精霊にとってはどうって事ない、無限の中の一瞬にしか過ぎないのだ。
だが……。その枠に当て嵌まらない存在がある。それが『精霊王』だ。
ルルーが知る限り、今の無の精霊王は23代目である。先代の精霊王が力を使いきり、消滅すると同時に誕生した。
精霊王ともなれば、司る対象は広く大きい。これは『無』であろうと他の種族の精霊であろうと変わらないだろう。
だからこそ、精霊王には寿命が存在する。大き過ぎる力――いや、その種族が司る全てを精霊王だけで支え、補助する事が可能なゆえに、その存在には限界がきやすい。器が持たないのだ。
そして、精霊王は普通の精霊とは真逆の存在。普通の精霊が司る対象から力を供給され、己の力とするのに対し、精霊王は己の力を司る対象に供給する。その存在自体が、自然を、世界を支えている。
その種の精霊王が誕生するという事は、力の安定供給に繋がる。精霊王の力がその種を支え、回復の為に掛かる時間を少し早めるのだ。
その為、精霊王にとって『力を使いきる』という現象は当たり前の事となる。
力を与えるばかりでは、直ぐに力は枯渇するのは当然だと思われるがそうではない。精霊王の力の供給源は、精霊王自身が世界を、司る対象を思う気持ち。それが魔力に変換され、精霊王を支える。
それこそが、世界が精霊王に与えた救済措置のひとつ。
だが、世界を思う気持ちは不安定だ。
あの転移魔法の『門』設置にまつわる事件が発生した時。その時の無の精霊王は、怒りと、後悔と、嘆きで心が折れてしまい、人間達が元凶に罰を与え、その後の対応を決める前に消滅し、新たな精霊王が誕生した。
しかし……。
どういう理が働いたのか知らないが、新しく誕生した無の精霊王は、歴代の精霊王の知識のみならず、先代の精霊王が経験した心の痛みすら持って生まれてきた。生まれてきてしまった。
その為、世界を思う気持ちが希薄だったらしく、事件の結末を見届けると同時に消滅。また新たな精霊王が誕生した。
それが『精霊王』の宿命なのだとルルー達は思った。それが、自分達では分からない精霊王の『理』だと、ただ見ていた。
今まではたったひとりしか精霊王がいなかった為、それが理だと知っていても、言い方は悪いが、あまり気にはしていなかった。無の精霊はその精霊王しかいなかった事から他の精霊と関わる事が殆どなかったというのも、気にしなかった理由のひとつかもしれない。
精霊にとって、自分の『種』以外の力は分からないもの。闇の精霊であるルルーにとって『光』が未知の物であるのと同じく、いくら目に見えようとも、他の種の力を理解する事はできない。
ましてや『無』が司るのは『始まりと終わり』。闇の力にも『消滅させる』というものはあるが、それとは似て非なるもの。近くて遠いからこそ、分かるようで分からない。
だからこそ、そこで理解しようとするのを止める。時間の無駄だからではなく、精霊にとっては理解できないのが当然だからだ。そう決まっている。
そんな理由から、『精霊王』に対して特段の興味はなかった。自分が長の位に就いた所で、その上に行く方法が不明である以上、何か気に掛ける必要もないと思っていた。
何より、無の精霊王自体が他の精霊と関わろうとしないのだ。これで気にしろと、興味を持てと言う方が無理な相談だ。
無理な話だった筈なのだが……。
クーとは、長い付き合いだ。
同じ精霊の森で生まれた、ルルーより少し先輩。種族は違うが、あの森に住まう精霊同士は助け合う関係上、仲が良い。しかも、空の精霊はかなり面倒見が良いから特に、だ。
そして、人間の穢れの影響を受けにくい空の精霊――人間の生活圏から最も遠い為だと思われる――は、いつしか人間の監視等も行う様になった。それを最も積極的に行い、多くの精霊が妙な事に巻き込まれる前に救い出していたのがクーだ。だからこそ、クーに感謝もしているし、尊敬もしている。そこに種族の壁はない。
そのクーが、精霊王になった。
喜ばしいと思うと同時に悲しくなった。
ずっと一緒に精霊の森で助け合って暮らしていくと思っていたクーに――『寿命』が出来てしまったのだ。
直ぐに力が尽きる事はないだろう。だが確実に、クーの消滅する時が来る。
クーが世界を思う気持ちは強い。否、正確には……精霊を思う力は強い。
救済措置により、空の精霊王が司る『空』から力は供給される。だがそれと同じくらい、供給する力も増える。
これが精霊王となった存在の宿命。
精霊という種族を思う気持ちの強いクーはその事実を受け入れると同時に焦ったに違いない。『いつまでも皆を守る事は出来ない』と。
焦れば……力は乱れる。制御を失えば、消滅の時を早めてしまう。
最初から精霊王である無とは違う。普通の精霊から上位になった精霊だからこそ、焦りはひとしおだ。
もしかしたら、だからこそなのかもしれない。この、もうひとつの救済措置は。
もうひとつの救済措置。それは、有限を生きる精霊王のみに許された求婚。即ち、『生涯のパートナー』を得る事。
精霊王と同じくらい世界を思い、精霊を思い、そして精霊王が愛し、精霊王を愛せる存在。
お互いを思い合う事で全てが安定し、普通の精霊王よりも長寿となる――という伝説がある。
どうしても『伝説』にしかならないのは、今まで無の精霊王以外の精霊王が居なかった為。そして、歴代の無の精霊王はパートナーを持たなかった為だ。
……クーが、ルルーやドリー、他の精霊達の様に、マナを仲間として『好き』というのとは少し違う感情を抱えている事にルルーは気が付いていた。そう気が付いたのは、いつだっただろう。
否、『いつ』とか思う方が間違いか。
クーの中でマナへの気持ちが少しずつ少しずつ変化し、ずっと一緒に居たいと思える『特別』に。それは余りにも自然な流れ過ぎて、本当に『いつの間にか』としか言えなかった。
だが。長とはいえ、普通の精霊だ。パートナーを得る事は不可能。
それがこの世界の『理』であり、精霊はその『理』から外れる事はない。
それでも、思う事は自由だ。
クーは特別なマナを一番近くで支え続けよう。その時が止まるまで。そう、決めている様だった。
そこへ来て、精霊王への昇格。
押さえていた思いはあっさり決壊し、空気を全く読まない求婚となった。
ドサクサに紛れて、無の精霊王もマナに求婚していたが……どうもマナには全く届いていないようだ。
それならば……。
ルルーはクーを見る。
魔力はく奪を終えたマナを労うクー。その顔は、今まで見た事がないくらいデレデレ状態。告白をすっ飛ばして求婚した事で、何かのタガが外れたのだろうか?
精霊と人間。種族は違うが同じ女である。クーやドリーとはしないような話も、マナとルルーはしてきた。
だからこそ、マナが自分だけを見てくれる存在や告白に憧れている事を、イケメン恋人とちょっとしたイチャイチャしちゃうな~んて事を夢見ちゃっていると、知っている。
なんだかんだ言っても、マナも十六歳の女の子。乙女な部分があってもおかしくはない。
感謝し、尊敬しているクー。精霊を大切にしてくれるマナ。
この二人と一緒に、精霊の森で――時々二人を揶揄いつつ、暮らしていけたら幸せだろう。それが例え、有限だとしても。
いや違う。有限だからこそ、その幸せが欲しい。
だったらどうする?
答えは簡単。クーの味方をして、マナと生涯のパートナーになってもらう。
無の精霊王もマナを特別に思っているようだが、クーと天秤に掛けたら、間違いなくクーの方に傾く。という訳で、諦めてくれ。
……後でクーには、きちんとマナに告白する所から遣り直すように言わなくちゃにゃ~。
全力でクーの応援(?)をすると決めるのだった。
強い意志を宿す言葉と共に、全く笑っていない瞳が男を射抜き、マナの力が発動する。
多くの精霊達が協力して行う『魔力はく奪』をたったひとりでなしてしまうマナの強さに、ルルーは思わず恐怖を覚える。
だがそれと同時に、精霊に対する変わらぬ愛情も感じられて嬉しく、心が弾む。
相反する感情に翻弄され、ルルーはそっと目を伏せた。
それにしても――と、ルルーはクーを盗み見る。
今は普段の小人姿の為、人間達は気付いていないが、同じ精霊だからこそ分かる。クーの力の質が変わったと。これこそが、マナの言う『らんくあっぷ』という奴なのだろう。
だが、そのランクアップに伴い、クーにはある種の枷が掛けられてしまった。
本来、精霊の寿命は長い。いや、半永久的といっても過言ではないだろう。
ある一定以上の魔力を使い、己を維持できなくなる。己が司るものが穢される、もしくは破壊され力の供給源がなくなるという事が無い限り、精霊が消滅する事はない。
力の強い精霊は司る対象も多い為、司るものの一部がなくなろうとも、直ぐにその反動が来る事はない。ちょっと傷を負い、痛い思いをするかもしれないが、時間が経てば回復する。その回復する時間をのんびり待つくらい、精霊にとってはどうって事ない、無限の中の一瞬にしか過ぎないのだ。
だが……。その枠に当て嵌まらない存在がある。それが『精霊王』だ。
ルルーが知る限り、今の無の精霊王は23代目である。先代の精霊王が力を使いきり、消滅すると同時に誕生した。
精霊王ともなれば、司る対象は広く大きい。これは『無』であろうと他の種族の精霊であろうと変わらないだろう。
だからこそ、精霊王には寿命が存在する。大き過ぎる力――いや、その種族が司る全てを精霊王だけで支え、補助する事が可能なゆえに、その存在には限界がきやすい。器が持たないのだ。
そして、精霊王は普通の精霊とは真逆の存在。普通の精霊が司る対象から力を供給され、己の力とするのに対し、精霊王は己の力を司る対象に供給する。その存在自体が、自然を、世界を支えている。
その種の精霊王が誕生するという事は、力の安定供給に繋がる。精霊王の力がその種を支え、回復の為に掛かる時間を少し早めるのだ。
その為、精霊王にとって『力を使いきる』という現象は当たり前の事となる。
力を与えるばかりでは、直ぐに力は枯渇するのは当然だと思われるがそうではない。精霊王の力の供給源は、精霊王自身が世界を、司る対象を思う気持ち。それが魔力に変換され、精霊王を支える。
それこそが、世界が精霊王に与えた救済措置のひとつ。
だが、世界を思う気持ちは不安定だ。
あの転移魔法の『門』設置にまつわる事件が発生した時。その時の無の精霊王は、怒りと、後悔と、嘆きで心が折れてしまい、人間達が元凶に罰を与え、その後の対応を決める前に消滅し、新たな精霊王が誕生した。
しかし……。
どういう理が働いたのか知らないが、新しく誕生した無の精霊王は、歴代の精霊王の知識のみならず、先代の精霊王が経験した心の痛みすら持って生まれてきた。生まれてきてしまった。
その為、世界を思う気持ちが希薄だったらしく、事件の結末を見届けると同時に消滅。また新たな精霊王が誕生した。
それが『精霊王』の宿命なのだとルルー達は思った。それが、自分達では分からない精霊王の『理』だと、ただ見ていた。
今まではたったひとりしか精霊王がいなかった為、それが理だと知っていても、言い方は悪いが、あまり気にはしていなかった。無の精霊はその精霊王しかいなかった事から他の精霊と関わる事が殆どなかったというのも、気にしなかった理由のひとつかもしれない。
精霊にとって、自分の『種』以外の力は分からないもの。闇の精霊であるルルーにとって『光』が未知の物であるのと同じく、いくら目に見えようとも、他の種の力を理解する事はできない。
ましてや『無』が司るのは『始まりと終わり』。闇の力にも『消滅させる』というものはあるが、それとは似て非なるもの。近くて遠いからこそ、分かるようで分からない。
だからこそ、そこで理解しようとするのを止める。時間の無駄だからではなく、精霊にとっては理解できないのが当然だからだ。そう決まっている。
そんな理由から、『精霊王』に対して特段の興味はなかった。自分が長の位に就いた所で、その上に行く方法が不明である以上、何か気に掛ける必要もないと思っていた。
何より、無の精霊王自体が他の精霊と関わろうとしないのだ。これで気にしろと、興味を持てと言う方が無理な相談だ。
無理な話だった筈なのだが……。
クーとは、長い付き合いだ。
同じ精霊の森で生まれた、ルルーより少し先輩。種族は違うが、あの森に住まう精霊同士は助け合う関係上、仲が良い。しかも、空の精霊はかなり面倒見が良いから特に、だ。
そして、人間の穢れの影響を受けにくい空の精霊――人間の生活圏から最も遠い為だと思われる――は、いつしか人間の監視等も行う様になった。それを最も積極的に行い、多くの精霊が妙な事に巻き込まれる前に救い出していたのがクーだ。だからこそ、クーに感謝もしているし、尊敬もしている。そこに種族の壁はない。
そのクーが、精霊王になった。
喜ばしいと思うと同時に悲しくなった。
ずっと一緒に精霊の森で助け合って暮らしていくと思っていたクーに――『寿命』が出来てしまったのだ。
直ぐに力が尽きる事はないだろう。だが確実に、クーの消滅する時が来る。
クーが世界を思う気持ちは強い。否、正確には……精霊を思う力は強い。
救済措置により、空の精霊王が司る『空』から力は供給される。だがそれと同じくらい、供給する力も増える。
これが精霊王となった存在の宿命。
精霊という種族を思う気持ちの強いクーはその事実を受け入れると同時に焦ったに違いない。『いつまでも皆を守る事は出来ない』と。
焦れば……力は乱れる。制御を失えば、消滅の時を早めてしまう。
最初から精霊王である無とは違う。普通の精霊から上位になった精霊だからこそ、焦りはひとしおだ。
もしかしたら、だからこそなのかもしれない。この、もうひとつの救済措置は。
もうひとつの救済措置。それは、有限を生きる精霊王のみに許された求婚。即ち、『生涯のパートナー』を得る事。
精霊王と同じくらい世界を思い、精霊を思い、そして精霊王が愛し、精霊王を愛せる存在。
お互いを思い合う事で全てが安定し、普通の精霊王よりも長寿となる――という伝説がある。
どうしても『伝説』にしかならないのは、今まで無の精霊王以外の精霊王が居なかった為。そして、歴代の無の精霊王はパートナーを持たなかった為だ。
……クーが、ルルーやドリー、他の精霊達の様に、マナを仲間として『好き』というのとは少し違う感情を抱えている事にルルーは気が付いていた。そう気が付いたのは、いつだっただろう。
否、『いつ』とか思う方が間違いか。
クーの中でマナへの気持ちが少しずつ少しずつ変化し、ずっと一緒に居たいと思える『特別』に。それは余りにも自然な流れ過ぎて、本当に『いつの間にか』としか言えなかった。
だが。長とはいえ、普通の精霊だ。パートナーを得る事は不可能。
それがこの世界の『理』であり、精霊はその『理』から外れる事はない。
それでも、思う事は自由だ。
クーは特別なマナを一番近くで支え続けよう。その時が止まるまで。そう、決めている様だった。
そこへ来て、精霊王への昇格。
押さえていた思いはあっさり決壊し、空気を全く読まない求婚となった。
ドサクサに紛れて、無の精霊王もマナに求婚していたが……どうもマナには全く届いていないようだ。
それならば……。
ルルーはクーを見る。
魔力はく奪を終えたマナを労うクー。その顔は、今まで見た事がないくらいデレデレ状態。告白をすっ飛ばして求婚した事で、何かのタガが外れたのだろうか?
精霊と人間。種族は違うが同じ女である。クーやドリーとはしないような話も、マナとルルーはしてきた。
だからこそ、マナが自分だけを見てくれる存在や告白に憧れている事を、イケメン恋人とちょっとしたイチャイチャしちゃうな~んて事を夢見ちゃっていると、知っている。
なんだかんだ言っても、マナも十六歳の女の子。乙女な部分があってもおかしくはない。
感謝し、尊敬しているクー。精霊を大切にしてくれるマナ。
この二人と一緒に、精霊の森で――時々二人を揶揄いつつ、暮らしていけたら幸せだろう。それが例え、有限だとしても。
いや違う。有限だからこそ、その幸せが欲しい。
だったらどうする?
答えは簡単。クーの味方をして、マナと生涯のパートナーになってもらう。
無の精霊王もマナを特別に思っているようだが、クーと天秤に掛けたら、間違いなくクーの方に傾く。という訳で、諦めてくれ。
……後でクーには、きちんとマナに告白する所から遣り直すように言わなくちゃにゃ~。
全力でクーの応援(?)をすると決めるのだった。
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