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第四章 爺が来たりて、事態急変

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 壁も床も、物々しく彫られて飾られた、古い遺跡の奥深く。本来なら人も獣もおらず静かなこの場所に、激しい戦いの音と声が響いていた。
「くらええぇぇっ!」
 巨漢戦士の剛腕によって振り下ろされた大剣が、その戦士を更に上回る岩の巨人、ゴーレムの太い腕に叩きつけられる。この大剣の刃は分厚いため、刃物としての鋭さはあまりない。だがその分、頑丈さと重さがあるので、この戦士のように大きく振り上げ、振り下ろすだけで、大木を一撃で叩き折ることも可能だ。大剣、すなわち剣と名乗ってはいるが、実質は机の角レベルの鋭さの、巨大な鈍器なのである。
 だがそんな一撃を受けても、ゴーレムの腕は揺るがない。岩を魔力で固めた体は、普通の岩を越えた硬度があるのだ。
「ぐっ!」
 重い大剣を全力で叩きつけ、その一撃を硬さで弾かれたことで、戦士の腕に痺れが走る。顔を歪めながら後退して、ゴーレムの反撃の拳をどうにかかわした。
 戦士の後ろから、仲間の魔術師が攻撃の術を撃ち、あるいはゴーレムの動力となっている術を解除しようとも試みるが、どれも効果がない。
 このゴーレムの強さで、充分に察せられる。こいつを製造した術者は、かなりの使い手だ。といってもここは遺跡、ゴーレムの製造者も大昔の人間、とっくに故人である。このゴーレムは主人の死後も、主人の宝物庫に何者も近寄らせないという任務を、忠実に果たしているのだ。
 それほどのゴーレムを製造できる、高位の術者。その宝物庫にはおそらく、かなりの宝物があるだろう。何としても手に入れたい。手に入れねばならない。
 しかし、やはり、大儲けの前には難関が立ち塞がるのが世の常。このゴーレムという難関は、どうやら戦士と魔術師の二人では突破できそうにない。
 となれば仕方ない。できれば使わずに済ませたかった、高額な切り札を使うしかない。ここを突破して宝物庫を漁ればおそらく、赤字にはなるまい。多分。
 戦士は決断し、振り返った。そして後方の、少し離れた場所で観戦している少年に叫んだ。
「ソモロン! 契約通りの料金を払うから、呼んでくれ!」
「はい、毎度あり~」
 場違いなほど呑気な口調の返事をして、革鎧姿のソモロンが遺跡の入口へと駆けて行った。
 しばらくして、戦士と魔術師が疲れ果ててゴーレムに叩き殺されそうになったところで、
「お待ちどおさまっ! 魔女っ子戦士ルシファー、ただいま参上!」
 黒装束の肉感的な美少女が、遺跡の入口から駆けて来た。駆けて来た勢いそのままにまっすぐ突進し、拳の一撃で簡単にゴーレムを殴り倒す。
 遅れて、ゆっくりと歩いてきたソモロンが現場に到着した時には、ゴーレムはシルファーマによってボコボコにされ機能停止、ピクリとも動かなくなっていた。シルファーマが、最初の一撃を叩き込んでからここまで、十数える間もなかったであろう。
 戦士と魔術師の、「うう、自信なくすなぁ」「噂には聞いていたが……これほどとは」などといった落胆と感嘆の混じった声を背にして、シルファーマはさっさと引き上げていく。
 遺跡から出ていくシルファーマを見送って、ソモロンは二人に言った。
「落ち込むことはないよ。知ってるだろ? あの子はマジカルワールドの魔女っ子戦士。異世界もののハラハラドキドキストーリーによく出てくる、謎めいた美少女。僕らみたいな一般人とは、文字通り住む世界が違うんだから」
「異世界ものの……か。そうだな。比べるのが間違いか」
「そうそう。さ、宝物宝物。早く奥へ行こう」
 ソモロンに促されて、戦士と魔術師も歩き出した。

 眩しい朝日に照らされる、ヨサイシの街。の中の、ごく平凡な道具屋、ソモロンの店。
 その奥の部屋で、ソモロンは楽しそうに、金貨を勘定して家計簿をつけていた。
「いや~、儲かった儲かった。有名になって依頼が増え、依頼が増えたから有名になって。大評判の大人気で商売繁盛、めでたしめでたし。……ん? どうかした?」
 テーブルに向かい合わせで着席している、メイド服姿の小さなシルファーマは、ソモロンとは対照的に浮かない様子だ。眉間に皺をよせ、少し不満顔。
「う~。何かこう、違う気がする。有名になることがわたしの目的だってのはその通りで、そこは間違ってないんだけど。でも、何かが」
「ふーん。複雑な乙女心だね。つまり、僕には手出しできない領域だ」
「そんな、あっさりバッサリしないでよ。とりあえず乙女心は関係ないから」
「へえ。じゃ、何?」
 ソモロンは、一段落した金勘定の手を止めて、シルファーマを見た。話を聞くポーズだ。
 シルファーマはいろいろと頭の中で纏めてから、言った。
「えっと。まず、わたしって本当に有名になってるの?」
「何を今更。さっきも言ったただろ、大評判の大人気だって。そうでないと、こんなに次から次へと依頼が来るはずがない。まあ、サイコロイドはしばらくご無沙汰で、君としては手応えのない相手が続いて、欲求不満なのかもしれないけど」
「欲求不満も確かにそうだけど、それは置いといて。その、大人気ってのが疑わしいのよ」
「そう言われても、現に【魔女っ子戦士ルシファー】は、この街のアイドルだよ? 冒険者でもそれ以外でも、老若男女に幅広く支持されてる」 
「だったら」
 ずい、とシルファーマは身を乗り出した。
「その、ルシファーに唯一コンタクトを取れるあんたに、どうして街の人たちが殺到しないのよ。ルシファーのことについて、根掘り葉掘り聞きに来ないのよ。このわたし、【看板娘のシルファーマちゃん】のこと、怪しいと思うでしょう? 普通は」
「ああ、そういうことか」
 合点がいったらしく、ソモロンがぽんと手を打つ。
「こういう場合の、マナーというか暗黙の了解を、みんなしっかり心得てるんだよ。正体追及はしない、謎は謎のままであってこそ浪漫があるってね。また、そうして熟成させた後の、突然の大展開を期待する気持ちもある。それこそが僕らの、当初からの目標だろ?」
「なんでそんな、都合よくあんたの思惑通りに、街中のみんなが乗っかってるのよ」
 合点のいかないシルファーマは、眉間の皺を深める。
「いやいや。僕は何も乗せてはいないよ。今言った通り、みんながもともと心得ているんだってば。君の正体はヴェールの向こう側、としてね」
「ヴェール? 何よそれ」
 シルファーマの疑問顔と疑問声に、ソモロンは遠い目をして答えた。
「昔々、僕が生まれるよりも昔。この街に、ライトと呼ばれる吟遊詩人がいた。彼の歌う数々の英雄譚は、光のように人々の心を照らしたという。普通の歌より解り易く親しみ易いそれは、大人から子供まで多くの人々に愛された。そんな彼の素顔は、いつもヴェールの向こうに隠されており、それがまた謎めいた雰囲気を醸し出し、彼の評判を更に高めた」
「ふむ。謎のスーパーヒロイン計画と同じってことね」
「そう。そういう成功例があるんだよ。で、やがて彼は、いずこかへと姿を消した。ヴェールで顔を隠した吟遊詩人、というアイデアは二番煎じ感があるから誰もやってないけど、彼の歌の傾向は受け継がれ、一つのジャンルとして定着した」
 ソモロンはシルファーマに目線を戻して言った。
「彼が遺して世に定着したそのジャンルは、彼の偉業を称えて「ライトのヴェール」略して「ラのヴェ」と呼ばれている。それが冒険者から一般人まで、この街では皆に親しまれてるんだ」
 シルファーマは、ちょっと考えて訊ねた。
「その、「ラのヴェ」に親しんだ人たちなら、何だっけ、「謎」の浪漫? を心得てるってこと? あ、つまり、シャレオさんやミミナも? だから私に対して、ああいう反応なの?」
 ソモロンは笑顔で頷いた。
「うん、そういうこと。ご理解頂けたようだね」
「……いや、理解したわけではないんだけど……」
 最初にソモロン、次にシャレオ、そしてミミナと、地上界に来てからのシルファーマは、次から次へと、いろいろややこしい人々に会ってきたが。
 どうやらそれは個人レベルではなく、街ぐるみというか、ここの土地柄らしい。
『あぁ。どうしてよりにもよって、わたしの契約相手が、こんな大規模非常識な……』
 わしゃわしゃと頭を掻くシルファーマだが、もちろんソモロンは意に介さない。
「そういうわけだから、何も心配いらないよ。当初の計画通りにして君のお望み通りである、謎のスーパーヒロインの武名アップ活動を続けていこう。けど、今日はとりあえず冒険仕事の予定はないから、店だね。さ、開店準備開店準備」
 ソモロンが、数えた金貨を整理し終えたところで。
 表から、男の大声が聞こえて来た。
「うぉ~いソモロン! ラのヴェのヒロインみたいな女の子と同居してると聞いたが! もしや、契約を結んだ魔王女様なのかっ? わしにも見せてくれ~!」
 たった今、ソモロンから長々と説明を受けた、謎の浪漫とやらを根底から粉砕する声。どころか、何もかも全てご存知っぽい声。ここまで知っているのはミミナだけのはずだが、ジジイ口調の男の声であるからミミナではない。
 では誰なのか、とシルファーマがソモロンに聞くより早く、ソモロンが驚いた顔でドタバタと表に向かった。
「え、帰ってきたの、じーちゃんっ?」
「じーちゃん? ああ、そういえば有名な魔術師であるおじいさんがいるって言ってたわね」
 とりあえず顔を見てやろう、と思いシルファーマもソモロンに続いた。
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