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第四章 爺が来たりて、事態急変

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 ソモロンの祖父・パランジグが、ソモロンに招き入れられて奥の部屋に来た。
 シルファーマに淹れてもらった茶を飲んで、ほう、と一息。
「う~む。あの契約を成功させたとは、我が孫ながら見事。境界の壁を越えた術を行使できる魔術師なんぞ、世界中に何人おることやら。このわしとて、諦めた術だというのに」
「まーね」
 パランジグと向かい合って席についているソモロンは、鼻高々だ。
 その隣に座っているシルファーマは、パランジグをじっと見ている。
『この人が、ソモロンの魔術の師匠ってわけか』
 年寄りらしく髪も髭も真っ白ではあるが、立派な体格で動作もきびきびしている。身に着けている革の鎧とマントはしっかり使い込まれており、腰には短めとはいえ剣が差されている。重武装の戦士スタイルでこそないものの、魔術師としてはかなり活動的な、力強い印象だ。
 身のこなしを見ても判る。流石にミミナほどの体力はないだろうが、武術の心得はしっかりありそうだ。それでいて、魔術師として広く世に知られているという。その、魔術を主体とした総合的な強さ、日々の冒険の中で示しているであろう実績は、相当なものなのだろう。
『ここで道具屋生活に甘んじてるソモロンよりは、わたしの理想に近そうね。この人』
 とシルファーマは思った。
「それにしてもソモロンよ。こんな可愛い悪魔っ子と同居というのは、何とも羨まし……あ、魔王女様だったか。すまんすまん」
 やっぱりあんまり変わらないのかも、とシルファーマは思った。
 考えてみれば、ソモロンが両親を飛び越えて祖父と同じ魔術の道に入ったのは、その祖父の影響があったからだろうし。魔術の知識のみならず、ソモロンの人格形成にも、このパランジグが大きく関わっていると考えるべきか。
「で、じーちゃん。いきなり帰ってきたのは何で?」
「ああ、安心しろ。最初に言っておくが長居はせん。お前と、シルファーマちゃんのいちゃこらを邪魔はせんよ。知っての通りわしはわしで、目指すべき理想郷があるからな」
「うん、安心した。じーちゃんの理想郷、美幼女妖精の森や暗黒淫魔界が一日も早く見つかるよう、祈ってるよ」
「おう。お前はお前のハーレム建設をしっかりな。わしも、このシルファーマちゃんのことで、孫に一歩先んじられたとあって、より一層奮起せねばならんと思っておるところだ」
 こん、と握った拳を打ち合わせる祖父と孫。その胸に滾るのは、それぞれが思い描く夢。  
 といえば聞こえはいいが、よーするにエロい妄想だ。そういえばパランジグの専門分野は異世界の研究とか言ってたが、その目標が美幼女妖精の森? 暗黒淫魔界? 特に後者、「魔界」の上に三文字くっつけて凄い意味にしてるのはどういうつもりなのか? 
『ったく。この祖父にして、この孫ありね』
 しかし、そんな二人の研究の成果として、シルファーマは地上に来られたわけであり。
 呆れつつ、複雑な気分のシルファーマであった。
 
 パランジグが帰ってきたのは、一つには魔女っ子戦士の噂を聞いたからと、もう一つ。旅の商人を通じて、珍しい魔術書が手に入ったので、ここの地下書庫の資料とつき合わせて解読するためだという。
 異世界研究の第一人者であるパランジグには、時々、異世界関連の書物や研究材料を売り込みに来る者がいる。だが、その全てがパランジグにとって有益なわけではない。パランジグを騙してニセモノを高く買い取らせようとする者、悪意はないが品物についての知識が乏しく勘違いしている者、なども珍しくないのだ。
 しかし、故意であってもなくても、まがい物を買わされてしまうパランジグではない。本物でなければしっかりそうと見抜き、断っている。
「つまり、今回のこれは紛れもなく本物ということだ。わしの保証付きでな」
 と、パランジグがマントの裏のポケットから取り出したのは、一冊の分厚い本。
 ソモロンは、ずしりと重いその本を手に取って、パラパラと目を通してみた。
「これは……かなり古いね」
「うむ。使われている文字といい、記述内容といい、古すぎる。まず間違いなく、写本であろうな。原書が書かれた当時のものであるなら、強力な魔術で保護でもせん限り、文字なんぞ読めないほどボロボロになっておるはずだ」
「だね。こりゃあ確かに、流石のじーちゃんもソラでは訳せないか」
 シルファーマも横から覗き込んでみた。……なるほど、一字も読めない。
「と、そう思われるのが悔しくてな。ここまで帰ってくる道中、できる限りは訳してみた」
 パランジグはまた、マントの裏から何やら取り出した。今度は新しい紙の束で、隅に穴を空けて紐で閉じてある。束といってもせいぜい四、五枚ほどだが、訳文らしいものがびっしりと書き込まれており、最後の一枚には小さな地図も描かれている。
 そこに見覚えのある地名があるのに気づいて、ソモロンはその辺りの本文を読んでみた。
 すると間もなく、ソモロンの顔つきが変わった。ソモロンらしくないほど、真剣な顔に。
「っ! じーちゃん、これは」
「そう。わしが帰って来た一番の目的というか、理由はそれだ。わしは全文の翻訳をするべく地下に籠るが、お前はすぐ、ミミナちゃんを……シルファーマちゃんも連れて、行ってこい。何があるか判らんからな。シルファーマちゃん、ソモロンとミミナちゃんを頼む」
「え? ちょっと、いきなり何なの?」
「じーちゃん。もしかして、その本をじーちゃんに売ったっていうのも、」
「察しがいいな。間に何人も挟んでアシがつかぬようにしていたが、間違いなく、わしにこういう行動をさせるための企みだ。これを知ってしまえば、こう動かざるを得んからな」
「高名な研究者であるじーちゃんなら、重要そうな一部分ぐらいはすぐに訳せる。訳せば、地図の場所がこの近くだと判る。そしてその近くに、じーちゃんの孫がいる。有名な魔女っ子戦士を連れている、つまりおそらくそこそこの魔術師である孫が。で、こうなる、か」
「その孫に、エルフの血が入った幼なじみがいることまで、どうにかして調査済みなのだろう。普通、こんな田舎にはいないはずのエルフの血が、お前の身近に存在するとな。それを知って、こういうことを企み、今正にその企みが成就しつつある」
「あの、ちょっと、二人とも?」
「……つまり、サイコロイドもそいつが」
「そうであろうな。満を持して送り出したサイコロイドを潰した、お前たちへの復讐。あるいはお前たちが後々邪魔になると感じて、今、罠を張って招いているのかもしれん。が、そうだとしても、いやむしろ、そうであるとするなら」
「今正に、サイコロイド以上のブツが発掘されているか、もう実用寸前かもしれないわけか。でも、あくまで寸前止まり。既に使える状態なら、使ってるはずだし。あ、もしかしてその為に、何らかの形で、ねーちゃんが必要なのかも」
「ミミナが何だってのよ?」
「おそらくな。ミミナちゃんが来れば手っ取り早い、そのブツを動かして、お前たちを纏めて始末できる。来ないなら来ないで、面倒でもどこか他所から、別の人材を連れてくるつもりなのだろう。それでその、サイコロイド以上の何かが使用可能になってしまえば、」
「面倒、厄介。いや、そんなものでは済まない事態になるかもしれない。まだ使えていない今の内に、きっちり確認してさっさと潰すべき、と」
「うむ。では頼んだぞ」
 パランジグは席を立ち、本を持って地下室に入ってしまった。
 ソモロンもてきぱき動いて、臨時休業の看板を表に出し、革鎧や保存食などの旅支度を、
「待ちなさいってのっっ!」
 整えかけたところでシルファーマのボディーブローを受け、体をぐむっと折り畳んで地面に倒れて、呼吸困難で呻き声が拉げた。
「何が何だか解らないわよ! わたしを連れていって戦わせたいなら、詳しく説明しなさい!」
「も、もちろん、そうするよ」
 よろよろと、苦しそうにソモロンが立ち上がる。
 無視されて話をとんとんと進められたことが、シルファーマにとっては結構真面目に腹立ったらしい。いつにもまして、今のボディーブローは力がこもっており、流石のソモロンも悦べなかった。Mの範疇を超えた、ドMの領域の一撃であった。
 蒼い顔で、少し痙攣しながら呼吸を整えるソモロンに、シルファーマは言った。
「まず。あの本をおじいさんに流したのが、サイコロイド事件の黒幕ってこと?」
「ああ。例の、魔界と地上界が分かたれたきっかけの、古代戦争。あれについて、じーちゃんは一つ仮説を立ててるんだ。まだ、学会に発表とかはしてないけどね。……魔界人と地上人が戦ったのではなく、手を組んで第三勢力と戦ったのだろう、って説」
「え?」
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