事務長の業務日誌

川口大介

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第一章 事務長、初仕事で豪傑と美女の激闘を見る

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 翌朝。ミレイアは、女王への謁見の時を迎えた。この国の民にとっては、これだけでも大変な名誉である。
 王城の奥深く、広く荘厳な謁見の間。鏡のように磨かれた大理石の床に、寝転がったら気持ちよさそうな、でも汚すのが怖い、とかミレイアは思ってしまう豪華な真紅の絨毯が、正面最奥の玉座まで敷かれている。
 左右には文武の百官がズラリと整列し、直立不動の姿勢だ。誰をとっても、平の文官であるミレイアなんかより、遥かに高位の人たちである。
 だが、今ここでは、主役はミレイアである。女王陛下のみならず、左右の重圧からも恐れ入って平伏したくなる気持ちを押さえ込んで、ミレイアは歩を進めた。
 数日前から上司にさんざん練習させられた作法通りに、視線は少し落としたまま。玉座から四歩の距離を取って膝をつき、深く頭を下げる。
 少し間を空けて、女王陛下の声がかかった。
「文官ミレイア。顔を上げなさい」
 言われて、その通りにする。初めて、ミレイアは間近で女王の姿を見た。
 今のミレイアと同じ、十七歳の時に王位を継いで十年。様々な改革を成し遂げて国力を向上させた若き名君。旧来のやり方を次々と否定し排除する為、時には反発を招くこともあるらしいが、国民からの支持は絶大で、高位の騎士や貴族たちも概ね好意的である。
 それは彼女が正当な王家の血筋だからとか、為政者として優秀だからとか、だけではない。人々からの支持を得る大きな一因となっているのが、彼女自身、そのものである。
 ミレイアの、ちょうど十歳年上である、セルシアーヌ女王。その地位にふさわしい、豪奢なガウンに身を包み、煌びやかな黄金のティアラを頭上に戴いている。そしてそのティアラ以上に美しい、柔らかく波打つ碧色の髪と、王族用のガウンが霞むほどに威厳ある、凛々しい美貌。神聖さを感じさせる真っ白い肌、見据えた相手の心を射抜くような鋭い目、彫刻のように整った鼻筋、かと思えば小さく可愛らしい、可憐な唇。
 世の男性には十人十色、様々な好みのタイプというものがあろう。が、セルシアーヌ女王陛下のことを、美しくないと思う男は、国中を探しても見つかるまい。いやいや、世界中を探したって見つかりっこない。
 ミレイアは、心の底からそう思った。そのミレイアに、セルシアーヌが声をかける。
「貴女の提案、見させて貰いました。単純で、誰でも思いつきそうでありながら、しかし実際に思いついた者はいない。正に、私はそういったものを求めていたのです。突飛で奇抜というわけではない、地に足の着いた考えでありながら他に類を見ない、卓越した考え。見事でした」
「は。恐れ入ります」
 外見の印象に違わず、美しく響き渡るセルシアーヌの声に、ミレイアは膝をついた姿勢のままで深く一礼した。そして一拍おいて顔を上げ、元の姿勢に戻る。この動作も、上司から「こういう時はこうしろ」「こういう時はこうだ」とみっちり練習させられたものだ。
 やはり何事も、事前の予習・練習が大切だなと、ミレイアは実感しつつセルシアーヌの話を聞いた。
「我が国は今、貴女を含めた多くの臣民の献身的な努力のおかげで、目覚しい成長を遂げています。それは喜ばしいことですが、人口の増加と都市の発展が早すぎ、国家運営が追いついていないのも事実です」
「はい」
 もちろん、そういった事情はミレイアもよく知っている。
 リンガーメル王国の騎士団は、大きく二つに分かれている。国境とその付近の警備や、他国からの侵略、諜報対策などを担当している外務団と、国内の治安維持を任務とする内務団だ。
 どちらも、国が富み、人口が増え、他国との関係が複雑になってくれば、仕事が増える。だが騎士というのは世襲制なので、そうそう人数が増えるものではない。次男三男を働かせるにも、基本的に家名とその権力などは長男しか引き継げないので、限度がある。
 その為、国土と国民全てに騎士団の目が行き届かなくなり、この首都・ガルバンはともかく、ここから離れた都市では、治安が乱れつつあるのである。
 騎士団は、人手不足の対策として外部の人間を雇ったりもしている(傭兵など)が、これにも制度上の限界がかなりあって、雇った者たちにさせられる仕事は幅が狭い。その者が個人としてどれほど有能であっても、重要な仕事はなかなか割り振れないのである。
 そこで、ミレイアは提案した。いっそのこと、外部の人間から優秀な人材を選んで取り立て、新たに正式な騎士としてはどうか。もちろん、先祖代々の騎士たちからの反発は予想されるので、最初はあくまで、長期の雇い入れのような形で。内務団にも外務団にも属さない、それらからは軽んじられる立場の、小規模な遊撃団を立ち上げるのである。
 そして実績を積み、騎士たちにも認められていけば、それに合わせて遊撃団の規模や権限を少しずつ上げていき、やがては内務・外務と並ぶ第三の団として正式な地位を確立させる。
 これと平行して、内務・外務も徐々に制度を変えていき、次男三男が長男に近い仕事をできるようにしていけば、「外部の者ではない純血の騎士団」の規模拡大もできる。そうすれば外部の者の集まりである遊撃団だけが膨張し、幅を利かせて内紛、などということも防げる。
「具体的な、細かな計画についてはまだまだ検討が必要です。が、方針としては既に完成されていると私は思いました。そして協議の結果、正式に貴女の案が採用されたのです」
「はい。光栄の極みにございます」
 ミレイアは、また深々と頭を下げた。ここまでの話は、事前にミレイアに通達済みなのだが、やはり女王陛下から直々に、間近で、聞かされると感激の度合いが違う。
「ミレイア。少し調べさせて貰いましたが、貴女はこの提案に限らず、文官として非常に優秀だそうですね。特にその知識の豊富さは、並々ならぬものがあると」
「は、それはその、幼い頃から本が好きで、いろいろと読み漁っていたものですから」
「また、様々な雑務を進んで引き受け、城の内外を忙しく走り回ってもいるとか」
「それは当然のことです。文官登用試験に合格したとはいえ、わたしのような若輩者は、ただ座って書類と向かい合っていればいいわけではない、と思っておりますので」
 それもそれで本心だが、一番の目的は美形の騎士を物色……ではなく、出世の為のコネ作りでもあった。それがこんな風に褒められたとは、一石二鳥が三鳥になった気分だ。
 ともあれ。遊撃団の案だけではなく、ミレイア自身の、普段の仕事ぶりや能力も高く評価されているらしい。ということは。
 ミレイアが夢想していた、最高のパターンが実現する可能性、大だ。
 期待でドキドキしているミレイアの、その内心を読み取っているのかいないのか。セルシアーヌは、玉座からミレイアを見下ろして告げた。
「ミレイア。貴女に新たな身分を授けます。リンガーメル王国騎士団の新設部隊、遊撃小隊の責任者。文官の貴女ですから、仕事は戦うことではなく事務。事務長ということになりますね」
『っっっっっっっっ!』
 これは、解釈の仕様によっては、内務・外務それぞれ一人ずつしかいない、騎士団長に非常に近い地位である。実質的にはともかく名目上は、大国リンガーメルにあって、王族・貴族を除けば屈指の身分と言っていい。
 出世することを生涯の目標と定めていたミレイアにとって、これほどの喜びはない。大声を上げて踊り上がりたくなるのを堪えるのに、ミレイアは今までの人生で最大の筋力を要した。
 そして、上ずりそうになる声を必死に整えて、答える。
「あ、ありがたきシアわセ! ツツしんで、お受ケし、精一杯、つとメさせて、頂きまスる!」
 整えきれなかったようである。
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