事務長の業務日誌

川口大介

文字の大きさ
6 / 39
第一章 事務長、初仕事で豪傑と美女の激闘を見る

しおりを挟む
 事務所の中。今はまだ二人しかいないが、とりあえず体裁を整える為と、後の人員拡張を見越して、事務机と椅子が4セット、四方から向かい合う形で置かれている。
 その中の一番奥、上座の事務長席に、ミレイアが着席していて。
 ミレイアから見て右手の席に、あの日と同じ出で立ちの戦士が着席していた。
 剣は机の脇に立てかけ、槍は足元に置き、防具は身につけている。彼に合わせてということか、椅子も机も最初から特別に大きなものが用意されていた。ミレイアもそのことは知っていたが、まさか、あの時のあの戦士が来るとは。
「あの……さっきは、ごめんなさい」
 まだちょっと赤い顔で、眼鏡の位置を直しながらミレイアが頭を下げる。
「いや、誰か来ることを考えてなかった俺も、配慮が足りなかった。悪かったな」
 自己紹介はもう済ませた戦士、クラウディオも苦笑しながら頭を下げた。
 彼はいわゆる冒険者なのだが、現実はなかなか物語のようにはいかない。盗賊退治だの遺跡の財宝だので大儲け、なんてことはなかなかできない。商隊の護衛や、紛争の傭兵などをして食いつないでいるのが、大多数の冒険者の実情なのである。
 クラウディオの場合、旅をしている中でたまたま縁があり、リンガーメル騎士団の、地方分隊による魔物退治や犯罪組織のアジト急襲などの時に何度も雇われ、常連になっていたのだ。それで騎士団の中に名が広まり、クラウディオ自身も騎士たちとの交流で騎士のこと、騎士団のことをいろいろと学んでいった。
 それで今回、「外部の者だが、騎士・騎士団のことをそれなりに知っている」「騎士たちと既に顔見知りであり、信頼があり、そして実力もある」といった点を買われて、ミレイア提案による新設遊撃小隊の、立ち上げメンバーとして選ばれ、雇われたのである。
『……うう』
 彼、クラウディオが悪い人ではない、むしろかなりいい人らしい、のはもう知っている。外見に見合う実力、文字通り力があるのも知っている。
 だがこれで、また一つミレイアの夢が潰えた。公私両面の夢、の「私」の方はもう跡形もない。未熟な美少年騎士と二人で~のイメージの中にあった「彼」の姿は、はっきり言ってクラウディオとは思いっきり正反対の美少年だったのだ。それが。それが。
 ミレイアが肩を落としていると、クラウディオが怪訝な顔をして聞いてきた。
「なんだ、どうしたんだ。朝から元気ないな」
「……まあ、その、えっと……あの、どうしてこんな朝っぱらから水浴びなんて?」
「朝だからだ。俺の一日は、この筋肉に気合を入れることから始まるんでな」
 むんっ、と腕を曲げてリキを込めてみせるクラウディオ。
「軽く体を動かしてひと汗かいて、その汗を流して。全てはそれからだ」
「は、はあ」
 健康的に、朝のトレーニングを欠かさない、というところか。戦いが仕事で体が資本、の戦士としては、当然のことかもしれない。戦地にいれば、毎日の生活がそのまま実戦兼訓練になるだろうが、街中ではそうもいかないであろうから。
「ところでクラウディオさん」
「クラウディオ、でいい。あんたはここの責任者で、俺より地位が上なんだろ、事務長?」
「あ、はい。それはそうですけど」
「そういう敬語も堅苦しいから、なしにしてもらえるとありがたい。お互いにな」
「それじゃ……クラウディオ」
「おう。ところで朝飯がまだなんだが」
「わたしもよ。そんなに長くかからないから、これからのことについて説明させて」
 朝から、しかも新天地の新任務の初っ端から凄いのを見せられて絶叫させられて、公私の夢を砕かれて、ミレイアは早々に疲れてしまっている。
 が、クラウディオの言う通り、二人っきりとはいえこの部署ではミレイアが一番エライ、責任者、事務長なのだ。へこたれてはいられない。
「あなたも聞いていると思うけど、この遊撃小隊は、まだ正式に内務団や外務団と並ぶものではないの。残念ながら今は、それらの下請けをやらせてもらうしかないような立場よ」
「らしいな」
「で、その任務については城から連絡があると……」
「はーい!」
 いきなり、やたらと響く女の声がして、ミレイアから見てまっすぐ正面にある、事務所のドアが開いた。
 そして入ってきたのは、一人の女性。ミレイアのものとは比較にならない分厚い眼鏡をかけ、頭には三角巾、口元は逆三角形のマスクで隠し、作業用エプロンを身につけている。そんな出で立ちなので顔は殆ど見えないが、声と体型からして若い女性なのは判る。
 というか、三角巾から豪快に溢れて出ている、豊かに波打つ碧色の美しい髪……そういえば今の声、この背格好……ミレイアには覚えがある。数日前、ミレイアに事務長職を任命した女性に、ものすごーくよく似ている。
 あんぐりと口を開けて固まっているミレイアをよそに、クラウディオは気軽に声をかけた。
「お前は?」
「はい! 私は、ここ担当の掃除のお姉さんとしてお城で雇われました、セルシオーネと言います! 以後、よろしくお願いしますっ!」
 ぺこりとお辞儀をする掃除のお姉さん、セルシオーネを見て、その声を改めてよくよく聞いて、ミレイアは彼女の正体を確信した。大声を上げてツッコミたいところだったが、でもそれは不敬であろうか? あるいは何か深いお考えがあってのことかも? と判断。
 その結果、心の中の叫びと歯軋りだけでそれらを処理することにした。
『そ、それで捻ってるつもりなんですか、名前! というか何でそんなことをっ?』
「セルシオーネ。どこかで聞いたような名前だな」
『わかってないのクラウディオっ?』
「まあ、よくある名前ですからね」
『この城下町では、五歳ぐらいになれば知らない子は一人もいない名前ですっっ! ちょっとだけ発音違いますけど!』
 ツッコミを噛み殺すのは、しんどい。そのことをミレイアは初めて知った。
「あと私はですね、掃除をするだけではなく城からのメッセンジャーも仕事でして」
 セルシオーネは、エプロンのポケットから折りたたんだ書類を取り出して、
「つまり、女王様からの使いです。この命令書をお渡しするようにと」
 ミレイアに手渡して、
「確かに、お渡ししましたよ? では、私は早速、掃除を始めますね! お二人はどうぞ、私にお構いなく、作戦会議とか始めちゃって下さい!」 
 事務所の奥から掃除用具を持ってきて、井戸からは水を汲んで、鼻歌交じりで掃除を始めた。
 そんな彼女を、しばらくぽかんと見ていた二人であったが、やがてクラウディオからミレイアに話しかけた。
「とりあえず、仕事ってことだよな?」
「そう、ね」
 気を取り直して、ミレイアは書類を広げて目を通した。ちょこまかと楽しそうに動き回っている掃除のお姉さんが気になるが、今はとりあえず仕事だ。初任務だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...