事務長の業務日誌

川口大介

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第一章 事務長、初仕事で豪傑と美女の激闘を見る

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「一度失恋した後、新しい恋を見つけてハッピーエンドってパターンならともかく。失恋したまま、その想いを捨てないままだった女性は、ただ消えていきはしない。たぎる愛憎を力の源として、何らかのことを成し遂げているというか、しでかしているものなのよ」
「そ、そうなのか」
「ええ。……それに、」
 ここまで、饒舌に力強く語ってきたミレイアが、急に肩をすくめて苦笑した。
「そうとでも思い込んでないと、ちょっと辛いしね。せっかく励ましてくれたのに悪いけど、わたしはやっぱり、この仕事にはあんまり気乗りがしてないの」
「事務長……」
「でも、仕事は仕事だから。心配しないで。投げやりにはなってないわ。噂話の調査をするだけではなく、何か別のことででも、大きな収穫を得て帰ってやるぞ、と決心してるから」
 それが今のところ、エルージアの研究成果の発掘というわけだ。
 侵入事件とエルージアとの関わりも、エルージアが本当にこの山中で没したのかも、卓越した研究成果を出せたのかも、何もかも確証はない、あやふやなものだ。それはミレイアも解っている。だがそれでもミレイアは、あやふやな「失恋のエルージア伝説」に縋っている。
「なあ。物語の本をたくさん読んだっていう事務長なら、知ってるかもしれんけど」
 槍を担いで歩くクラウディオが言った。
「宝の隠し場所を詳しく正しく記した古い地図なんて、まずない。あれば、それに従っての発掘がとっくに終わってて、地図は用済みで捨てられるからな。だから、冒険者が莫大な財宝を手にする時ってのは、詳しく正しい地図を持ってそこへ行く時ではないんだ」
「というと、あやふやな情報、あるいは全く別の用件で行った先でたまたま、とか?」
「そうだ。俺自身は経験してないが、冒険者間の噂では何度か聞いた。ハデな評判になるようなでっかい宝の発掘は、宝探し以外の、別の目的で行った先で、出くわすんだ。例えばそう、噂話の調査とか。あやふやな伝説とか」
「……うん。ありがとね。ほんとに、何度もありがとう」
「どういたしまして、事務長殿」
 二人は、本来の任務である噂話の真相と、それ以外のものを求め、山の奥へと入っていった。

 意外なほどあっさりと、「噂話以外のもの」は見つかった。とはいえ、エルージアとは関係なさそうだが。
 山脈の中腹、というには麓からそう遠くない場所に、二階建ての建物ぐらいの岩山がある。そしてその前に、木々が途切れて平らな岩の地面の、広場になっている場所がある。これで岩山に穴が空いていて、洞窟になっていれば、いかにも盗賊団がアジトにしていそうな佇まいである。
 だが洞窟はない。岩山とその麓の広場があるだけだ。
 その広場に、いかにも無法者っぽい、皮鎧姿の男たちが二十人ほど集まっていた。
 剣・槍・斧などの、一見、なかなかにゴツい武器を持ってはいるが、コケ脅し用のムダに大きいだけのモノだ、とクラウディオは読み取った。男たちの筋肉の付き方や動作を見ていても、正式な武術の修行を積んだ者とは思えず、また多くの修羅場を潜って我流で強くなったという風でもない。そして、カタギには到底見えない。
 つまり、素人の無力な旅人を襲うのが専門の、ケチな追い剥ぎ・山賊の類。でなければ街中の、いかがわしい酒場や賭場での用心棒など。そんなところだろう。
 だが彼らは、ただざわざわと会話しているだけだ。盗賊団らしく、戦利品を積み上げて宴会中、というわけではない。そもそも前述の通り、アジトになるような場所でもない。
 一体こんなところで、何をしているのか? わからないがとにかく、ここに盗品がなく、現行犯でない今、彼らを犯罪者だと断定することはできない。
 ミレイアも同じことを考えていた。ただ「無法者っぽい」というだけでどうこうはできない。犯罪者だと確定すれば、騎士団の一員としては、見過ごしてはならないのだが。もちろん、逮捕すれば手柄になるのだし。
 茂みの中から様子を窺って、どうしようか? と二人で悩んでいると、男たちが声を上げて一斉に、ミレイアたちが潜んでいるのとは反対側に注目した。
 その目線の先にいたのは、山の奥からやってきた一人の男。重そうに木箱を抱えて、よたよたと歩いてくる。
 男たちが数人立ち上がって駆け寄り、手を貸して、木箱を広場の中央まで運んだ。木箱はそこに置かれて、男たちがその周囲に集まってくる。
 木箱を運んできた男が何やら指示すると、他の男たちは行儀よく一列に並んだ。そして何かの配給を受けるように、木箱から取り出された物を受け取り、代りに金を払っている。
 つまり、何かの取引か? ここに集まっていた連中は、木箱の男が持ってきたものの買い付けに来ていた、と?
 男たちの様子から察するに、おそらくそんなところだろう。こんなところでこんな風に取引をしているとなると、密輸品か何か、違法な取引と思われる。
「あ、思い出したわ」
 ミレイアは、木箱の男を指さした。
「あいつ、大した規模ではなかったけど一応、盗賊団のボスよ。名はヨルゴス。三ヶ月ほど前に賞金目当ての冒険者たちの攻撃を受け、ヨルゴスの団は壊滅したんだけど、彼自身はその時に逃走して、まだ捕まってないとか」
「っておい、事務長」
「何?」
「現役の、街で噂の大怪盗とでもいうならともかく。三ヶ月も前に壊滅させられた、大したことのない規模の盗賊団のボスなんてのを、何で城勤めの文官のあんたが知ってるんだ」
「指名手配の書類で見たのよ。人相書きも付いてたから」
 サラリと答えるミレイアだが、いかに治安の良好なリンガーメル王国とはいえ、それは都市でのこと。野に出れば山賊や追い剥ぎなどはいくらでも湧いて出るし、その全てを騎士団が取り締まるのは不可能だ。だから賞金首として、冒険者たちに狩らせたりしているのである。
 つまりその手の犯罪者というのは、日々どんどん、新顔が増えていく。もちろん、都市の中でだって犯罪がないわけではない。それも指名手配の数に入ってくる。
「騎士の皆様との会話に困らないように、とか。あと、こんな風な不意の遭遇にも備えてね。手配犯の顔と名前と罪状は、最新半年分ぐらい、いつも頭に入れてるのよ。都で情報を入手できる限りのものは全部」
「そ、それ、かなり凄いことだぞ?」
「そう? そんなことより、あっちよ」
 ミレイアは広場をじっと見る。
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