事務長の業務日誌

川口大介

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第一章 事務長、初仕事で豪傑と美女の激闘を見る

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「クエリゾン王国は、とっくに滅んだの。かれこれ百年ほど前にね」
 リネットが、クラウディオの方を見た。
「そのことだけなら、俺も知ってる。世界史に多少の知識がある奴なら、誰でも知ってるだろうな」
「……ふうん。そうなの。アタシが目覚める前に、そんなことが。まあ、それぐらいの時間は経ってるかも、とは思ってたわ。ということは、やっぱり母さんももういないのね」
「目覚める前、って?」
 ミレイアの問いに、さして落胆した様子も見せず、リネットは答えた。
「体は完成して、後はエネルギーを溜めるだけとなった頃から、母さんの声が聞こえなくなったの。そしてエネルギーが溜まりきり、もう充分に戦える状態になっても、母さんの出撃命令がない。だから、もしかしたら、もう母さんは死んだのかもってね」
 リネットは自分の掌を見て、それから細い指を折りたたんで、拳を作った。
「で、こうして目覚めてみれば、復讐の標的もとっくの昔にお亡くなりあそばしてたと。残念だわ。ま、それならそれで、次の行動に移るまでよ」
「次って、何をする気なの?」
「アンタは大人しくしてて。用があるのは……」
 軽い、地を蹴る音がして、リネットの身体が突然消失した。ミレイアの視界から消える。
 ほぼ同時に、金属と金属が激しくぶつかる甲高い音がした。
 今、どこかへ消えたリネットが、高く宙返りをして、ミレイアたちから距離をとって、ふわりと着地する。クラウディオは、槍を振り上げきったところ。
 地面に降り立ったリネットは、爪先で地面を二、三度叩いた。ここは岩場なので、ゴツゴツと音がして、岩が削れて穴が掘られる。どうやらブーツに金属が仕込まれているようだ。
 クラウディオは槍を下ろして構え直し、油断なくリネットを睨みつけた。
「事務長、どうやらこいつは敵だ」
 クラウディオの声が重い。
「今、何があったの?」
「ギリギリで打ち上げることができたが。あいつは、あの爪先をピッケルみたいに使って、俺の頭蓋を割りに来たんだ」
「っ!」
 ミレイアはリネットに向かって叫んだ。
「ちょっと、どういうことよ! もしかしてクラウディオが、クエリゾンの王子様に似てるとでも言うつもり? それで八つ当たりしようっての?」
「まさか。アタシそもそも、王子様の顔なんて知らないし」
「だったらどうしてクラウディオを狙うのよ!」
「母さんから下された第二の命令。それは、全てのオトコどもへの復讐よ。母さんは王子様だけでなく、オトコという生き物に絶望したの。オンナを誑かしては捨てる、オトコにね。だから、この世の全てのオトコどもに地獄を見せる為に、このアタシを造ったのよ、っと!」
 またリネットの身体が消え、クラウディオの槍が振られ、甲高い音がして、火花が散り、リネットはふわりと宙を舞って着地した。
「ふんふん。見かけほどのデクの坊じゃなさそうね」
「お前は見かけによらず、大した強さだな。身のこなしの速さもさることながら、蹴りも決して軽くない」
「当然」
「事務長。こいつは確かに強いが、俺が勝てないほどではない。あんたは巻き込まれないよう、下がっててくれ」
 槍を構え、リネットから視線を外さないまま、クラウディオはミレイアに指示した。ミレイアは頷いて、大人しく後退する。
 リネットは、そんなミレイアをちらりと見てから、クラウディオに向き直る。
「心配しなくても、お嬢ちゃんには手を出さないわよ。アタシの敵はあくまでオトコだけ。もちろん、アンタの手助けとかをして、アタシの障害になるというなら別だけどね」
「無用な考えだ。事務長の援護などなくとも、お前は今すぐ、俺に倒されるからな!」
 クラウディオは、男たちの武器を破壊した時のように、目にも止まらぬ速さで槍を突きまくった。十、二十、三十と、息もつかせぬ連続攻撃だ。それもでたらめに力任せにではなく、上段中段下段に右に左にと、狙いを散らし、巧みにフェイントも織り交ぜての絶え間ない連撃である。正式な武術を真面目に修行し、実戦経験を積み、そして体格や筋力、反射神経や動体視力などといった才能にも恵まれた、クラウディオにしかできない、嵐のような攻撃だ。
 それを、リネットは回避している。流石に、踏み込んで反撃するのは無論、その場に留まることもできず、じりじりと後退してはいる。が、しかしクラウディオの攻撃を全く掠らせもしていない。右に左に、跳躍したり伏せたり。しなやかな四肢をクラウディオの槍に劣らぬ速さで操り、ギリギリで回避している。やがて、
「ああもうっ!」
 大きく後ろに跳んで、リネットはクラウディオの攻撃圏外に出た。その顔には少しだけ焦りがあり、息も乱れている。汗も滲んでいる。クラウディオの攻撃が当たれば、おそらく血も出るだろう。流石は歴史の裏側に名を刻んだ、超高性能人造人間である。人間離れした強さを持ちつつ、血肉のある生身の美女にしか見えない。
 クラウディオも、少しだけ息を切らせているので、追撃はせずその場で構えを整えた。
 ミレイアが固唾をのんで見守る中、クラウディオとリネットは少し距離を開けて向かい合ったまま、動かない。
 しばらくして、リネットが言った。
「思った以上にヤルわね。軽く蹴倒すつもりだったんだけど、そうもいかないか。仕方ない、必殺技を使わせてもらうとするわ」
「ほほう。そんなものがあるのか。それは好都合だ」
「あら、どうして?」
「こんな状況で、わざわざ宣言して使うのだから、さぞ自信のある技に違いない。そんな技を完全に破られれば、敗北を悟り、さっさと降参してくれるだろうと思ってな」
 まるで挑発するかのように、笑いながらクラウディオは言っている。
 いや、意図的に挑発したのだろう、とミレイアは思った。クラウディオとはまだ知り合って間もないが、こんな風に驕慢に笑う男ではない。
「ふうん」
 クラウディオの挑発は、効果があったようだ。クラウディオの笑みに釣られるように、リネットの顔には怒りが浮かんでいる。
「じゃあ、約束してあげるわ。もし、アタシの必殺技が破られたら、仰る通り降参してあげる。二度とアンタたちには刃向わない」
「ついでに、全ての男に復讐する云々もやめてもらえると有難いんだが」
「はいはい、了解、いーわよ、承知、そうするわ。で、破られなかった場合の、アンタのペナルティなんだけど」
 スッ、と音がしそうな滑らかさで顔の怒気を消して、冷たい冷たい微笑みと入れ替えて、踊るような仕草でクラウディオを指さして、リネットは言い放った。
「何もしなくていいわ。というより、アンタは何も考えなくていい。どうせ、何もできない、何も考えられない状態になるから」
「文字通りの、必殺。殺すということか」
「そんなつまらないことはしないわよ。アタシの使命はオトコどもに地獄を見せることだけど、それをアタシがこの目で、ちゃんと確認したいの。わかる? オトコどもが、苦しみ悲しむ姿をね。生命活動を停止させちゃったら、それができないでしょう?」
 リネットの説明に、ミレイアは思い当った。泣き叫んで逃げて行ったヨルゴスだ。
 もしや、あれが。
「さっきの男にはね。目覚めの体操代わりに、必殺技の実験台になってもらったの。結果は上々、アタシの体調と機能に問題なしと判明したわ。筋肉のお兄さん、アンタもああなるのよ」
「俺の名はクラウディオ。覚えておけ。察するにお前の必殺技は、エルージアから授けられた魔術の武器でも使うのだろう。それで相手の精神に干渉する、というところか」
「ご明察。姉さんが、クエリゾンの王族親衛隊を壊滅させたのもこの技だと聞いてるわ。アタシのは更に改良、強化されたものよ。ところで、さっきアタシ、言ったわよね。エネルギーを溜めるのがどうこうって。そのエネルギーってのが何かというと、」
 リネットは両手の五指を上に向け、両手の甲をクラウディオに、そしてその後ろのミレイアにも見せた。 
 この状態で目立つのは、リネットの両手の薬指にそれぞれはめられた、黒い宝石の指輪だ。
「これにね。世界中のオンナたちの、失恋怨念パワーを吸い集めてたのよ。それが満タンになったの。だから目覚めた」
 えへん、とリネットは豊か過ぎる胸を張った。 
 クラウディオとミレイアは、目が点になっている。
「し、失恋怨念? なんだそりゃ? 事務長、わかるか?」
「特定の想念を広域から吸い集めて力にするのは、魔術の中に確かにあるわ。失恋怨念パワーってのは流石に初耳だけど。それが、あの事件の時に活用された武器ってこと?」
 ミレイアの問いかけに、リネットは重そうでありながらも弾力に富み重力に逆らっている胸を、たぷんと揺らして答える。
「そうよ。まあ、ただの格闘だけでも勝てたらしいけど。これを使えば、より相手を苦しめることができるからね。……こんな風に!」
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