プリンセス☆ボーイ

川口大介

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序章

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 少女の可憐さに心奪われた瞬間、少年の人生は大きく変わった。
 二つ年下のその少女が、ごく普通の街娘であったなら、そうはならなかっただろう。だが、その少女は王族の娘。一国の姫君であった。
 エクスラム魔術学院始まって以来の神童と持てはやされていても、少年は所詮、平民の身だ。将来どんなに出世したところで、王族と結ばれることなどない。決して、絶対に、ない。
 だが少年は、そんなことで己の想いを枯れさせはしなかった。成就することの許されない恋ならば、実力で成就させるまで。若干十四歳の彼はそう考え、そこから飛び級を重ねて一年程で卒業資格を得るや、あちこちから来ていた進路スカウトを全て振り切って旅に出た。
 それから三年の月日が流れた。長い苦労を重ねた彼の想いは今、成就しようとしている。

 ここ、ティオンは全国各地へ繋がる大街道に近く、交易商人や賞金稼ぎ、伝説に憧れる若き冒険者たちなどが多数訪れる街だ。とはいえ、そうして賑わっているのはあくまで街の中心部のみ。少し外れれば畑の合間を荷車がころころ行き交う、のどかな風景が広がっている。
 そんなティオンの街外れにぽつんと、白い石造りで丸っこい赤い屋根の、小さな研究所が建っている。ある時は発明家、ある時は翻訳家、ある時は冒険者という、多芸多才にして無節操な魔術師の住処である。
 その中の、資料や薬品や各種器具などなどが雑然と並ぶ怪しい実験室にて。
 研究所の主が感慨に耽っていた。
「な、長かった。辛く苦しいイバラの四年間だった。だが、その全てが今、報われる……」
 クリート=イブロッサは、溢れ出てくる熱い涙を、白衣の袖でぐいっと拭った。だが拭っても拭っても、これまでの長い苦労の思い出が流させる涙は止まらない。
 長い髪を無造作に束ね、ひょろりとした長身を震わせて泣いているクリート。一見頼りなさげだが、見る者が見れば細く固く引き締まった体であることが判るだろう。資料や道具や材料を集める為、そして研究資金稼ぎの為に、世界中を駈け回って鍛えられた体である。
 この三年間、クリートは山を越え海も越え、冒険者として魔物や盗賊などと数多く戦った。だが彼にとっては、そうやって自分が鍛えられたことなど副産物でしかない。血と汗で稼いだ金も、収集した貴重な物品も、手段に過ぎない。苦しかった日々の真の成果は、これから得られるのだ。
 それを思うと、ますます涙が溢れてくる。クリートは、ぐしゅぐしゅと洟をすすりながら、白衣の袖で涙を拭い続ける。と、その頭に白い猫が跳び乗った。
「どうせまた失敗するにゃ。今夜は慰めパーティーにゃ。何が食べたいにゃ?」
 ぴく、とクリートの動きが止まった。一拍置いて、素早く手を頭上に伸ばす。
 が、猫は慣れているのか軽くジャンプしてかわすと、本棚の上に乗った。そして、猫にしては異様に長い尾を器用に操り、小バカにしたような仕草で頭を掻く。
 クリートはそんな猫を睨みつけて、
「ポチ。お前、今、何とほざいた?」
「どうせ失敗にゃ、と言ったにゃ」
 ポチと呼ばれた白い猫は、呆れたような諦めたような顔をしている。
「大体、アンタは志が低いにゃ。実力でお姫様を城から掻っ攫って、明日をも知れぬ逃避行、波乱万丈の大駆け落ち! とかならカッコいいけどにゃ。でもアンタの場合は、」
「ふん、バカめ。プティア姫は心優しいお方なんだぞ。仮に俺と相思相愛になったとしても、父王や側近に心配はかけられません、ってなわけで駆け落ちなど絶対にしない。そういう姫だからこそ、俺は好きになったんだ」
「だからって、アンタの発想は前向きとは言い難いにゃ。ハッキリ言って暗いにゃ」
「何とでも言うがいい。所詮お前には、男の純情もロマンも解らんのだ」
 と言って、クリートは正面に向き直った。
 そこには、何本もの管で様々な魔術器具と繋がれた、巨大な試験管が立っている。その中は青く透き通った液体で満たされており、胎児のように体を丸めた人影が浮いている。外からでは顔はよく見えないが、クリートよりは遥かに小柄で華奢な体つきをしているのは判る。
 これこそ、クリートの艱難辛苦の結晶にして、ずっと思い描いていたものの姿。プティア=ルオンクス姫の複製、クローン・ホムンクルスだ。
 プティア姫は現在十六歳だが、このクローンは四年前に入手した髪を材料として使っている為、できあがるのは四年前の複製となる。つまり十二歳バージョンなのだが、そんなのは些細なことだ。身分違いも何も関係なく、プティア姫と年中一緒にいられるのだから。
 しかも、完成直後に「え? ここはどこ? 王宮に帰らなきゃ!」とならないよう、本人の記憶などは複製していない。ちゃんと成功していれば、クリートを「ご主人様♡」と呼ぶ、メイドさん状態になるはずだ。無論、クリートへの不動の恋心つきで。
 だがその他は全て、完璧に王国一の高嶺の花、クリートの初恋の人、プティア姫そのもの。プティア姫の顔で、プティア姫の声で、「ご主人様♡」と呼んでもらえるのだ。
 それを思うだけでクリートはもう、もうっ……
「だめにゃ。イッてるにゃ」
 古今東西の魔術書が詰め込まれている本棚の上で、ポチが溜息をつく。
「男なんて、みんなケダモノにゃ」
「ってお前が言うな、猫畜生。それに、何度も言ってるがこの子はクローンだ。そこらの魔術師が使役してる、ゾンビやらスケルトンやらとは訳が違うんだぞ」
 クリートは、得意そうに胸を張ってポチに説明した。
「そもそも体が死肉ではないし、精神も低級霊を取り込んだものなどではない。ちゃんと生きてる細胞で構成された、人間同様のクローン(自分に都合のいい設定つき)だ。遥か歴史の彼方に失われていたその技術を、この俺が蘇らせ……おおぉぉっ!」
 クリートが魂の叫びを上げた。試験管の中の青い液体が、ゆらゆらと揺らめいている。
 慌ててクリートは試験管によじ登って蓋を外し、投げ捨てた。そしてその蓋よりも速く着地して、ごくりと唾を飲み込みながら一歩下がり、試験管を見つめる。
 青い液体の中に浮かぶ人影は、ゆっくりと体を伸ばして、試験管の縁に手をかけた。
 まず右手、次に左手。そしてその手の指に力が込められて、少しずつ体が上がってくる。
 肩のところで切り揃えられた金色の髪から、長い睫から、ぽたぽたと青い液体を滴らせている。不安げに開けられた目の、その瞳はエメラルドのように美しい碧色。プティア姫の瞳だ。
 か弱く小さな肩も、簡単に折れそうな細い腕も、眩しいくらいに白い。まるで誰にも踏み荒らされていない新雪のように真っ白。プティア姫の素肌だ。
『や、やった……俺は、俺は、やった!』
 と、クリートが頭のてっぺんから爪先まで、卒倒しそうなほどの狂喜に満たされた次の瞬間。その顔が一気に固まり、青ざめた。
 上がってきたクローン・ホムンクルスの胸が。十二歳の、少女らしいささやかな膨らみがあるはずの胸が。
「な……な、なにっ、ないっ?」
 クリートが目を見開く。するとそこに、決定的なモノが映った。
 クローン・ホムンクルスは、両腕を突っ張って、上半身を完全に試験管から出した。次は下半身、ということで右足をよっこらしょと上げて、試験管の縁にかけようとした。
 その時、クリートには見えた。右足と左足の間。胸が無い代わりに、こっちに、ある。
 アレが。女性ではなく男性である証明が。
「ぅぎゃああああああああぁぁぁぁっっ!」
 
 愛しのプティア=ルオンクス姫の複製、クローン・ホムンクルス。魔術師クリート=イブロッサは、その製造に己の全てを懸けていた。自分の名とプティア姫の名を合わせて【クリーティア】と名付け、生涯愛し続けるはずであった。
 だが出来上がったのは、プティア姫にそっくり瓜二つな、見目麗しい少年であった……
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