このアマはプリーステス

川口大介

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第二章 宗教団体が、いろいろと、企んでる。

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「なかなか見事な術だったぞジュン。その子の技は君にとっては未知のものだから、対応できなかったのは仕方ない。次から充分に警戒すれば、君なら勝てるだろう」
 僧衣よりも夜空よりも黒い、長い髪を揺らして、尼僧エイユンがやってきた。
 エイユンは、ソウキの向こう側に立つジュンに向かって微笑みかけている。だが微笑みながらも、離れた位置でこそこそしているカズートスへの警戒も怠り無いようだ。
 何はともあれ当面の危機は去った、と安心したジュンが、エイユンに尋ねる。
「随分といいタイミングで出てきたけど、もしかして」
「もちろん、最初から隠れて見ていた。昼間、ルークスの家で今後の計画を相談した時から、君の様子がおかしいと思っていたからな。それにしても君は、つくづくウソや隠し事のできない性格だな。顔にずっと書いてあったぞ、「何か企んでいます」と」
「えっ」
 思わず顔に手をやってしまうジュンを、エイユンは嬉しそうに見つめる。
「ふふっ。根が正直なのは良いことだぞ。とにかくそういうことで、おそらく君はこういった取引をするだろうと思ってな。そして、君がこうして敵の目を引き付けてくれるなら、ルークスの方はもう心配無用と思って、君を尾行した」
「な、なんか手玉だな俺。で、こいつは何がどうなったんだ?」
 ソウキは今や両膝をついて、自分の体を抱きしめるようにして、苦しそうに蹲っている。
「君が指摘しただろう、私が時間をかけて長々と触っている美少年がいたと。その子だ」
「え?」
 そう言われて、思い出してみれば確かにそうだ。
「あの時、この子の体に触れてすぐに判った。無駄のない鍛えられ方をした、かなりの武術家であることがな。それも、私の故国の武術に非常に近いものを修行した身体だ。だがルークスに訊ねたところ、そのような道場はこの街にはなく、そんな武術の使い手がいるという噂もないらしい。なのに、この街の者だと言って私の治療を受けに来た」
 ジュンが理解して、ソウキを見下ろす。
「治療をしている怪しい尼僧に探りを入れに来た、教団の人間。しかもおそらくは例の、骨ずらしの犯人だ、と思ったわけだな。自分で自分を患者にしてやって来たと」
「そうだ。あのカズートスという者の言からしても、教団にとって重要人物であり、かつ武術の技量も高く買われているようだからな。間違いあるまい」
「で、この蹲ってるのは何でなんだ」
「この子が教団所属の武術の達人なら、今夜、君に対する刺客として来るだろうと思ってな。それを見越して、私は治療と称して長々と触りながら、仕掛けておいたんだ」
「? 仕掛け? って、もしかしてまさか!」
 そのまさかだ、とエイユンが頷く。
「骨ずらしと、あと経穴を突いて気脈を乱しておいた。骨だけでは気付かれて、自力で治療されてしまう恐れがあるからな」
「よ、よく解らないけど、要するに昼間に触って、今ぐらいの時間に体調不良を起こすよう、こいつの体に細工したってわけか? 毒も道具も魔術も使わず、手先の技術だけで?」
 ジュンの、いや世間一般の常識では、ちょっと考えられない話だ。
「これも肩揉みと同じく、寺で学んだものでな」
「一体どんな暗殺者養成所なんだアンタの寺はっっ?」
「……なるほど」
 小さな声がした。蹲っているソウキからだ。
 ソウキを挟んで立っていたジュンとエイユンが、警戒してそれぞれ後方に退く。
 ソウキは、ゆらりと立ち上がった。まだ少し呼吸が荒い。
「恐ろしいほど確かな読みだ……僕の体のこと……技のこと……何から何まで……」
「ほう。蹲りながら自分で点穴して、回復したのか。ああジュン、点穴というのは」
「説明はいい、何となく解るから。それよりもこいつ、どうするんだ? 教団のメンバー、信者の一人ってことは、そう簡単には降伏しないだろ。しかもどうやら、金儲け目当てだけではない、ちゃんとした信仰心があるみたいだし」
「もちろん、信心とはそういうもの」
 と、エイユンの声とソウキの声が重なった。
 そのことには二人とも驚かず、ソウキは振り向いてエイユンと視線を合わせる。
「あなたは、ナリナリーの信徒ではないと見た。だがその出で立ち、僧侶でないとも思えない。僕らを妨害するあなたは、何処の神を信仰している?」
「いや。確かに私は僧侶だが、神を信仰してはいない。とはいえ、神を信仰する者の気持ちを否定するつもりもないがな」
「? 神を信仰していない僧侶?」
「私は、悩み苦しむ人々を救いたいだけだ。神の奇跡ではなく、人である我が身のみをもって。それが我が信ずる教えであり、僧職にある者の務めだと思っている」
 力強く語るエイユンの姿は、黒い衣と長い髪に月光を浴びて、神々しいまでの美しさと威厳を見せている。だがその、神々しい本人は、神を信仰していないという。
「何を言っているのか、解らないけど……」 
 ソウキとてここで長々と宗教談義をするつもりはない。エイユンに仕掛けられた技はどうにか解けたが、体力はしっかり消耗させられている。エイユンが達人であることは疑いなく、背後にはジュンもいる。そして自分だけではなく、カズートスも守らねばならない。  
「尼僧エイユン。あなたが信じようと信じまいと、神もいるし魔王もいる。それが現実だ」
 と語るソウキの後ろで、ジュンが「うんうん」と頷いている。
「そして今、古代魔王ジェスビィに対抗する為、古代神アルヴェダーユの使徒たる僕らがこうして活動している。これも現実だ」
 と語るソウキの後ろで、ジュンが「いやぁそれは……」と頭を掻いている。
「僕らには、地上界の命運がかかっている。邪魔をするなら、誰であろうと叩き伏せる!」
 ソウキがエイユンに向かって跳んだ。走ったのではなく、地を蹴って地と平行に跳んだ。
 つまりたったの一歩である。だがその一歩で、ソウキはエイユンに肉薄した。エイユンに杖を振るわせず、自分に有利な間合いを一瞬で作り出し、拳脚を嵐のように繰り出す。
 エイユンは自分の右手と左手の二点で杖全体の長さを三等分するように持って、杖の両端と中央をフルに活用し、回して振るってソウキの攻撃を防ぐ。打ち払い、流して、捌いて、一撃も入れさせない。
 まるで数十人構成の弓隊による一斉射撃のような連攻、しかも手足の届く距離から来るそれを、エイユンは冷静に防ぎきっている。埒が明かないと見たソウキは一端下がった。
「流石だね。でも、これはどうだっ!」
 ソウキは右拳を大きく振り被った。そして、またひとっ跳びでエイユンの懐に入る。
 エイユンは先ほどと同じように杖で防ごうとする。が、振り被りの構えから打ち下ろされてくるソウキの拳が眩い光を帯びたのを見て、直ちに杖を引いて後ろへ跳んだ。
 ソウキの輝く拳はエイユンがいた空間を通り過ぎ、石畳を叩いた。重く大きな激突音が響き、砕けた石が大量に舞い上がり、四方八方に飛び散る。
 ジュンは見た。ソウキが立つその地点を中心に、石畳が抉られているのを。ソウキ自身が、体を丸めればすっぽり埋まれるほどの穴だ。
 信じ難いが、今の一撃でソウキの拳がやったのだ。何なのかは解らないが、おそらくあの、拳に纏わせた光の威力だろう。
 破壊の規模だけで見るなら、ジュンの魔術ならこの程度、軽く上回れる。だがそれは、精神を統一して呪文を唱えた場合の話だ。あれほど素早く動きながら、あの一瞬で、ここまでの破壊力を生み出すのは……絶対にできないとは言わないが、厳しい。
 そんな一撃をかわしたエイユンはというと、
「気を練る速さ、拳へと集める操り方、気そのもの強さ、拳の握り方に振り方、踏み込みの鋭さ、どれをとっても見事だ」
 ソウキを褒めると、杖の構えを変えた。今度は三等分ではなく、槍のように一端を長くして持っている。その先端に、まるで松明のように光が灯った。
 先ほどソウキが拳に宿らせたものと同じ光た。しかしそれよりもずっと小さい。
「ジュン、これは【気】といってな。君たち魔術師にとっての魔力、あるいはこの大陸の僧侶たちの法力、のようなものと考えてくれていい。それを高めて、こうして練り上げたものを、特に【気光】と呼ぶ」
 エイユンはソウキと対峙したまま、決して隙を見せぬまま、ジュンに説明した。
「気光は魔力や法力と同じく、攻撃や防御などに使える。但しこれは、いくら高めても神だの魔王だのとは無関係のもの。それらの力は借りられない。だから、この子の今の技も、誰にも頼らずに成し遂げた、混じりっけなしの本人の実力。修行の成果だ」
「いや、魔術や法術だってそいつの実力ではあると思うけど……って、何で今わざわざそんな話をするんだ?」
「つまりだ。この子が今の強さに至るまでには、」
 エイユンが喋っている最中に、ソウキが突進してきた。輝く拳を、今度は真っ直ぐに突き出してくる。
 杖がこの光に当たれば、例え横からの払い受けであったとしても、杖を折られかねない。それほどの威力を秘めた強大な気の力を、エイユンは読み取った。
 だがそれは一撃目を地面に叩き付ける前、拳を見ただけで解っていたこと。だからエイユンは、ソウキの拳を杖で払うつもりは元よりなかった。
 エイユンは向かってくるソウキに対して一歩も動かず、杖の先端を地面に叩き付けた。小さな光を灯した杖の先端、その光が地面に押し潰される。するとその中に圧縮されていた膨大な力が弾け、爆発的に吹き上がった!
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