このアマはプリーステス

川口大介

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第四章 黒幕が、とうとう、牙を剥く。

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「魔術師ジュンの力量は見切った。なかなかのものだが、我が剣を手にできるほどかと言えば、それには遠い。そのジュンと比較して、お前の方が遥かに強いのなら、最初からお前が来るはず。つまり、大差は無い。ならば、そのお前が加わったとて何も変わらぬ」
 淡々と語るガルナスの言葉に、ジュンは反論できなかった。
 大差ないも何も、(実際に魔術を駆使して真剣勝負をしたことはないが)エイユンがジュンの二倍や三倍強かったところで、ガルナスには太刀打ちできまい。
 ジェスビィとの戦いから考えて、気光の技を当てれば、ジュンの魔術よりはダメージを与えられそうだ。魔術の源である魔力のケタが違う以上、古代魔王を相手に魔術ではまともに勝負できないのだから、そこはいくらかマシだろう。
 だが、それとてあの剣や鎧を突破できるものかどうか。
「ジュン」
 エイユンはガルナスから目を放さず、斜め後ろに立っているジュンに語りかけた。
「君に何か、勝てる策はあるか?」 
「あればとっくにやってる」
「そうか。私にはあるぞ」
「えっ?」
「だから、賭けてくれ。私を信じて」
 エイユンの背中。決して広くはないその背中に、固い決意と重い覚悟、そして強い自信が溢れているのを、ジュンは感じ取った。
 力が強くても、気光の技が使えても、それが古代魔王にどの程度通用するか、ジュンにはわからない。だが、この尼さんなら何とかしてくれる。というか、何かしでかしてくれる。そんな気がした。
「……わかった。どうせ、一度は死を覚悟した身だ。何だって賭けるよ」
「ありがたい。とりあえず、何もせずそこに立っていてくれればいい」
 そう答えるエイユンの表情は、背中を向けているのでわからない。ジュンの視線を背中に受けながら、エイユンは少し横に動いてジュンの目の前に立った。
 距離はほんの一歩、二人が縦に整列している状態だ。ガルナスが剣を振り下ろせば、二人まとめて両断できる配置。
 もちろんそれは、高い視点から二人を見下ろしているガルナスが一番理解している。
「誘っているのか?」
「ああ。私たちをまとめて、一刀の下に斬り裂いてみるがいい。できるものならな」
「……何を考えているかは知らぬが、」
 ガルナスは、剣を真っ直ぐに立てて大上段の構えをとり、両手でしっかりと柄を握った。
 両手握りなので、「剣を手放さない度」は最高だ。ジュンやエイユンの攻撃を防御や回避する必要はない、剣をしっかり握ることだけに集中していればいい、と確信した構え。
「仮にお前が、次の我の一撃を回避できても。あるいは防御できても。我は構わず、二度三度と攻撃を繰り返すまでだぞ」
「そうはならない。次の貴方の一撃で終わりだ。私たちは勝つ」
「頼もしいことを言ってくれる。その言葉が、ただの思い上がりでないことを期待しようぞ。我とて、お前たちの勝利を全く望まぬわけではないからな。我が魂を捧げるにふさわしい、強き者を求めて幾星霜……永きに渡る我が願い、今この場で叶えてみせよ!」
 風が唸りを上げて、巨大な刃が振り下ろされた。その風圧だけでも、並の人間なら地面に叩き伏せられるだろう。
 だがそこはエイユン、圧し掛かってくる風の重さをものともせず、ジュンの手を引いて一歩だけ横に動く。そして落ちてきた刃を見据えて跳躍し、ぎりぎりでかわして擦れ違って、刃の真上、刃峰を踏み付ける位置を取った。
 剣の真上であるここは一瞬後、いや半瞬後に、剣が地面を叩いて全方位へと炸裂する土砂の、唯一の死角だ。また片刃の剣なので、峰側なら足で踏んでもケガはしない。
 だが、それだけだ。流石のガルナスも刹那のこの瞬間に剣の軌道を変えるのは無理だが、地面を叩いた直後、すぐに剣を振り上げることはできる。わざわざ刃を返さずとも、このままの峰側でも、この巨大な剣でガルナスの力で打ち上げれば、防ぐ術などない。武術や魔術で何をしても、即死を免れるのがせいぜいだ。まず重傷は間違いないだろう。
 もちろん、刃峰を踏んで剣の動きを封じるなどというのも不可能。エイユンが二人や三人乗っかっても、ガルナスの力なら乗っていないのと大差ない。
『さあ尼僧よ。我が力と技を、破れるものなら破ってみせよ!』
 ガルナスの剣が地面を叩いた。土砂が飛び散る。
 その中で、エイユンが刃峰を踏んだ。
 ガルナスはその足ごと押し潰さんと、剣を振り上げる。
 エイユンは刃峰を蹴った勢いで横に跳び、剣が振り上げられる軌道から脱した。その素早さにガルナスは感心する。
 エイユンは剣から離れ際、ゴオゥと唸りを上げる速度で、ジュンを振り回した。掴んでいたジュンの手を、上昇していくガルナスの剣の腹(側面)にぶつけて、
「勝負あった!」
 と一喝。エイユンが着地した時にはもう、ガルナスの剣は改めて振り下ろされており、エイユンの頭上に迫っていたが、その一言でピタリと止まった。
 兜に覆われているので表情は見えないが、ガルナスは訝しげな声を出す。
「何だと? 今、何と言った?」
「勝負あった、と言ったのだ。古代魔王ガルナス、貴方の負けだ」
 勝ち誇って胸を張り、毅然とした態度でエイユンは言い放つ。
 そのエイユンにしっかりと手を握られているのがジュンだが、まるで投げ縄のように振り回されたのでふらふらだ。エイユンが手を放したら、そのまま倒れてしまいそう。
 そんなジュンの耳に、エイユンとガルナスの問答が聞こえてくる。
「確か、こちらの勝利条件はこうだったな。「我が剣を手にした者」になること。剣を手にすればいいわけだ。ならば今、ジュンは確かに、お前の剣を手にしたぞ。見ていないとは言わせない。まさか自分の剣と、当てるべき標的から目を逸らしたとは言うまい」
「待て! お前は何を言っている? この通り、我は自分で剣を持ったままだぞ」
「それがどうした。条件の中に、奪い取れとか掠め取れとかいった言葉は入っていない」                    
「し、しかし、普通、「手にする」といえば、」
「黙れ!」
 ぴしり、とエイユンの声がガルナスを打ち据えた。
「そも、騎士にとって最も大切な、最も重んずるべきものとは何か? それは名誉だ。では、その名誉の中で最も尊いのは何か? 試合で優勝することか、侵略戦争で多くの敵将を討ち取ることか」
「それは……むぅ……」
「解らぬなら教えてやろう。騎士にとって最大の名誉は、敵からの攻撃に対し、己が命を捨ててでも主君を護り抜くこと。それを為した時にこそ、騎士にとっては最大最高の名誉を手にした、と言えるのだ」
「な、なるほど。確かにそうだ」
 ガルナスが頷いた。ここぞとばかりにエイユンが畳み掛ける。
「すなわち! 騎士にとって何かを手にするというのは、他者から奪い取るなどという、そんな浅ましいものではない! あくまでも、自らの行いによって示すものなのだ!」
「うむ、その通りだ」
「というわけで! 貴方の剣を手にするというのも然り! 貴方から奪い取る必要はなく、ただジュン自身が「手に」すればいいのだ!」
「待て待て! それは屁理屈というものだぞ!」
「ほほう。先ほど、「お前の屁理屈を真正面から受けきり、全て飲み込んだ上で勝利してみせよう」と言ったのではなかったか?」
「っ! い、いや、それとこれとは……」
 たじろぎ、ガルナスは後ずさる。
「騎士に二言無し! よもや一度吐いた言葉を取り消し、約束を反故にするなどという恥知らずな真似はすまいな? 数多き古代魔王の中にあって唯一無二の騎士、ガルナスよ!」
 エイユンの言葉と視線がガルナスに浴びかけられた。
 エイユンから放たれた見えない何かがガルナスに突き刺さる。
「っ……ぐぐぐぐぅぅ…………くっ……わ、我の……………………負けだ」
 搾り出すようなガルナスの声を聞いて、ふらふらしていたジュンがようやく立ち直った。
 ふらふらしていても話は聞いていたので、展開は解っている。古代魔王相手に議論、というか豪快なハッタリというか無茶な屁理屈を叩きつけて、言い負かしてしまったのだ。
『や、やっぱりこの尼さんは、俺の常識の枠外で生きてる人だった』
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