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第36話 僕の切り札
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大走竜は走蜥蜴の大群の最後尾をゆっくり歩いてきている。
以前より少し大きくなったような気もするが、問題はそこではない。
「変化してる……!」
魔法の鞄に手を突っ込んだまま、僕は思考を加速させる。
まさかこの短時間で、魔物としての在り方を変えるとは思っていなかった。
「どうしたんだ? ノエル君」
「大走竜が現れました。でも、以前とは別物と考えたほうがいいかもしれません」
【モノクル】に映る大走竜の姿は、まるで警戒色のような赤と紫の体色をしており、その瞳は爛々と金色に輝いていた。
前回、僕が補足した姿とはまるで違う。
「なんにせよ、姿を現したなら仕留めれば終わりだろう」
「あ、アウスさん!」
前線に駆け出していくアウスを呼び止めようとしたが、そのまま行ってしまった。
いや、彼の言う事は正しい。
これが“溢れ出し”だと仮定すれば、はぐれ迷宮主である大走竜を討てば現象は終わる。
だが、あの禍々しい体色。そして、特徴的な金色の瞳。
大走竜は蜥蜴から竜に変性したのかもしれない。
走蜥蜴の中でも、竜の素質を宿すものが大走竜となるとする賢人もいる。
それが正しい推察だとすれば、あれはまさに迷宮の力を受けて竜に変貌しているのかもしれない。
前線にいる姉やチサには、もうアレが見えているはずだ。
おそらく、このまま大走竜との戦闘に突入するだろう。
……これは僕も前に出るしかないな。
幸い、五十基の【ターレットマン三号】と【盾でまもる君】は今のところ一基も停止せずに防衛線を維持してくれているし、前線でなければできない支援もある。
なにより、自分だけ安全位置で観測するというのは性に合わない。
前線に向かいながらも【鉄の猟犬】の引き金を絞って走蜥蜴の頭数を減らす。
ここで、魔法の鏃を使い切ったってかまいやしない。今は、全力で戦う。
なにせ、僕という奴は脆弱な『一ツ星』で、戦闘下手な魔技師なのだ。
使える手段は何でも使わないと、ここにいる意味を失くしてしまう。
「ノエル様!」
「チサ、無事?」
僕の進行に気が付いたチサが隣に姿を現す。
さすがにこの乱戦で無傷とはいかないらしく、ところどころに小さな傷を作っていた。
そんな彼女に、【治癒の魔法薬】を振りかけて、強化魔法の【魔法の巻物】を発動させる。
「ありがとうございます、ノエル様」
「僕にできる事なんてこのくらいだよ。それより、見えてるよね?」
「はい。どういたしましょう」
「四人で落とせるかな?」
僕の問いから、やや間をとってからチサは頷く。
「可能だと思います。ただ、総力戦になるかと」
「わかった。僕も全部出し切るよ」
【プロト番天印】だけが隠し球ってわけじゃない。
対大走竜の事だってちゃんと考えている。
あれに有効かどうかは、やや不透明だけど。
「てぇぇぇッ!」
最前線では姉が【灰色硝子】をフルパワーで振り回しながら、魔法も放っている。
その鮮烈さに思わず惚れ惚れとしながら、僕は気を取り直して『準備』をはじめる。
同じ〝英雄〟の子として、僕自身が〝出涸らし〟の呪縛を脱せるかどうかはこの一戦にかかっていると言っても過言ではない。
「チサ。あのでかいのと戦う時、僕を守ってくれる?」
「もちろんです。今度はどんな魔法を見せてくださるのか、楽しみにしていますよ」
そう告げて駆け出すチサ。
魔法ではないんだけどな……と苦笑しつつも、僕は魔法の鞄の中身をまさぐる。
このあと必要になるのは純粋な火力だ。
であれば、アレを出すしかない。
三本目の魔力回復薬をごくりと飲み込んで、それを魔法の鞄から引き出す。
一瞬だけ実体化したそれは稼働準備状態を維持したまま周辺の環境魔力へ溶け込んだ。
今は見られていなかったろうが、アウスにこれを見せるのは少しまずいかもしれない。
父が魔法道具を顕現稼働させるために創り出した、この『エーテル空間収納』という技術は当然四十年前のこの世界には存在せず……なんなら僕の時代だって、ごく少数の人間にしか伝承されていない。
少しばかり特殊な技術なのだ。
「ノエル、今のは?」
「僕の研究の集大成で、僕が今後〝賢人〟になるための真理の架け橋。きっとまだ誰も知らない新しい技術。まだ、父さんにも母さんにも……姉さんにだって見せたことがないんだ」
「ノエルだけの、力……!」
僕の言葉に、チサが目を輝かせる。
これに応えることができるだろうか。いや、応えてみせなくてはならない。
「──グゥォォオオッ!」
咆哮と共に大走竜が姿を現す。
「こいつッ、ちょっと硬い!」
「おそらく竜になってる! 地竜だと思ったほうがいい!」
「地竜より硬いわよ!」
周辺の走蜥蜴はもうほとんどいない。
散り散りに走っていくそれらを【ターレットマン三号】が狙い打って仕留めているので、後方の小集落は安全なはずだ。
多少抜けたって、最悪防衛に回っているらしい狩人が何とかするだろう。
「これは、こわいな……ッ!」
傷だらけのアウスが、ゆっくりと弓を引き絞る。
戦いを見ていたが、この狩人が相当できるというのは確かだった。
姉の隣に並んだって遜色ないほどに。
そんな彼は、しっかりと相手を評価しているようだ。
僕も、怖い。あの金色の瞳が、この魔物がドラゴンであることを示しているから。
「は~ん……じゃ、これの首を落とせばあたしも竜殺しね! いいじゃない、箔が付くわ」
「エファ様、油断なさらぬよう」
「するわけないじゃない。それで? ノエル……なんかやるのよね?」
そう振り返る姉に頷いて、僕は祈るようにして呟く。
「【偽計魔導経典】──……〝起動〟!」
以前より少し大きくなったような気もするが、問題はそこではない。
「変化してる……!」
魔法の鞄に手を突っ込んだまま、僕は思考を加速させる。
まさかこの短時間で、魔物としての在り方を変えるとは思っていなかった。
「どうしたんだ? ノエル君」
「大走竜が現れました。でも、以前とは別物と考えたほうがいいかもしれません」
【モノクル】に映る大走竜の姿は、まるで警戒色のような赤と紫の体色をしており、その瞳は爛々と金色に輝いていた。
前回、僕が補足した姿とはまるで違う。
「なんにせよ、姿を現したなら仕留めれば終わりだろう」
「あ、アウスさん!」
前線に駆け出していくアウスを呼び止めようとしたが、そのまま行ってしまった。
いや、彼の言う事は正しい。
これが“溢れ出し”だと仮定すれば、はぐれ迷宮主である大走竜を討てば現象は終わる。
だが、あの禍々しい体色。そして、特徴的な金色の瞳。
大走竜は蜥蜴から竜に変性したのかもしれない。
走蜥蜴の中でも、竜の素質を宿すものが大走竜となるとする賢人もいる。
それが正しい推察だとすれば、あれはまさに迷宮の力を受けて竜に変貌しているのかもしれない。
前線にいる姉やチサには、もうアレが見えているはずだ。
おそらく、このまま大走竜との戦闘に突入するだろう。
……これは僕も前に出るしかないな。
幸い、五十基の【ターレットマン三号】と【盾でまもる君】は今のところ一基も停止せずに防衛線を維持してくれているし、前線でなければできない支援もある。
なにより、自分だけ安全位置で観測するというのは性に合わない。
前線に向かいながらも【鉄の猟犬】の引き金を絞って走蜥蜴の頭数を減らす。
ここで、魔法の鏃を使い切ったってかまいやしない。今は、全力で戦う。
なにせ、僕という奴は脆弱な『一ツ星』で、戦闘下手な魔技師なのだ。
使える手段は何でも使わないと、ここにいる意味を失くしてしまう。
「ノエル様!」
「チサ、無事?」
僕の進行に気が付いたチサが隣に姿を現す。
さすがにこの乱戦で無傷とはいかないらしく、ところどころに小さな傷を作っていた。
そんな彼女に、【治癒の魔法薬】を振りかけて、強化魔法の【魔法の巻物】を発動させる。
「ありがとうございます、ノエル様」
「僕にできる事なんてこのくらいだよ。それより、見えてるよね?」
「はい。どういたしましょう」
「四人で落とせるかな?」
僕の問いから、やや間をとってからチサは頷く。
「可能だと思います。ただ、総力戦になるかと」
「わかった。僕も全部出し切るよ」
【プロト番天印】だけが隠し球ってわけじゃない。
対大走竜の事だってちゃんと考えている。
あれに有効かどうかは、やや不透明だけど。
「てぇぇぇッ!」
最前線では姉が【灰色硝子】をフルパワーで振り回しながら、魔法も放っている。
その鮮烈さに思わず惚れ惚れとしながら、僕は気を取り直して『準備』をはじめる。
同じ〝英雄〟の子として、僕自身が〝出涸らし〟の呪縛を脱せるかどうかはこの一戦にかかっていると言っても過言ではない。
「チサ。あのでかいのと戦う時、僕を守ってくれる?」
「もちろんです。今度はどんな魔法を見せてくださるのか、楽しみにしていますよ」
そう告げて駆け出すチサ。
魔法ではないんだけどな……と苦笑しつつも、僕は魔法の鞄の中身をまさぐる。
このあと必要になるのは純粋な火力だ。
であれば、アレを出すしかない。
三本目の魔力回復薬をごくりと飲み込んで、それを魔法の鞄から引き出す。
一瞬だけ実体化したそれは稼働準備状態を維持したまま周辺の環境魔力へ溶け込んだ。
今は見られていなかったろうが、アウスにこれを見せるのは少しまずいかもしれない。
父が魔法道具を顕現稼働させるために創り出した、この『エーテル空間収納』という技術は当然四十年前のこの世界には存在せず……なんなら僕の時代だって、ごく少数の人間にしか伝承されていない。
少しばかり特殊な技術なのだ。
「ノエル、今のは?」
「僕の研究の集大成で、僕が今後〝賢人〟になるための真理の架け橋。きっとまだ誰も知らない新しい技術。まだ、父さんにも母さんにも……姉さんにだって見せたことがないんだ」
「ノエルだけの、力……!」
僕の言葉に、チサが目を輝かせる。
これに応えることができるだろうか。いや、応えてみせなくてはならない。
「──グゥォォオオッ!」
咆哮と共に大走竜が姿を現す。
「こいつッ、ちょっと硬い!」
「おそらく竜になってる! 地竜だと思ったほうがいい!」
「地竜より硬いわよ!」
周辺の走蜥蜴はもうほとんどいない。
散り散りに走っていくそれらを【ターレットマン三号】が狙い打って仕留めているので、後方の小集落は安全なはずだ。
多少抜けたって、最悪防衛に回っているらしい狩人が何とかするだろう。
「これは、こわいな……ッ!」
傷だらけのアウスが、ゆっくりと弓を引き絞る。
戦いを見ていたが、この狩人が相当できるというのは確かだった。
姉の隣に並んだって遜色ないほどに。
そんな彼は、しっかりと相手を評価しているようだ。
僕も、怖い。あの金色の瞳が、この魔物がドラゴンであることを示しているから。
「は~ん……じゃ、これの首を落とせばあたしも竜殺しね! いいじゃない、箔が付くわ」
「エファ様、油断なさらぬよう」
「するわけないじゃない。それで? ノエル……なんかやるのよね?」
そう振り返る姉に頷いて、僕は祈るようにして呟く。
「【偽計魔導経典】──……〝起動〟!」
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