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第一章:始まりの国・エルフの郷
第6話
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家を出たクロエとサラの二人は郷の中心部に来ていた。ほぼ円形の形をしているこのエルフの郷の中心部は、いわゆるこの国の中枢機能が集中している。とは言え高度な法治社会が発達しているわけでもない。この国での決めごとは大長老を始めとする長老会で決定される。それだけ聞くと実に閉鎖的な空間に思えるが、実際それで何も不満が起きないほど郷は平和なのだ。長寿であるエルフ達は犯罪を滅多に起こさない。小さな郷で犯罪を起こそうものなら、その後の生活は悲惨なものだろう。一応裁判所のようなものは置かれているがここ数十年は使われていない。更には警察の役割を果たす集団もいるが、彼らは本業の国境警備や郷全体の警備以外の業務を行った経験がない。
サラと歩く道のりでそのようなことを聞いたクロエ。日本生まれの日本育ちには信じられない事実だった。そんな話をしながら数十分。サラの家周辺は主に木を使った家が多かったのだが、中心部に近づくにつれ石などを使った家が増えてきた。その事に気がついたクロエはサラに尋ねる。
「ああ、それは単純に郷の中心部の方がお金を持っていたり、高い地位の人が多く住んでいたりするからですわ。石などは木材と違って加工が難しいですもの。それに材料自体この郷周辺ではなかなか採れないのですわ。木材は周りにいっぱいありますし、最悪自分で家を作れますもの。」
サラはそう言った。ファンタジー異世界とは言え、そう言った階級や差などは逃れ得ぬ物であるらしい。なんとなく牧歌的な世界であると思い込んでいたクロエには相当な衝撃だった。
(当たり前か……誰かが暮らすからには、そこには社会があって、階層がある。いろいろな問題がある。当たり前、なんだろうけど……気づかなかった。)
一人、こっそりと考えるクロエ。隣で歩くサラは気づかない。
(サラさんが、ボクの滞在許可を取ってくれたらしいけど、この郷は移民を許可してない。つまり、ボクはいつか出て行かなくちゃいけないんだ。その時、ボクは一人で生きていけるのかな……?)
「クロエさん? どうしたんですの?」
「え!? あ、いや、何でも無いです。ど、どうしたんですか?」
「いえ、大長老の邸宅に到着したんですけど……」
そう言ってサラが指し示したのは、木を基調とするものの要所要所に石や、この郷ではとても貴重であろう金属がふんだんに使われた一目で分かる大豪邸だった。大きな門とその前に二人のダークエルフが番に当たっている。
(な、何だろ……この、見た目エルフだけど、あり得ないくらいムキムキな黒い人は……?)
クロエが初めて会うダークエルフに怯えていると、サラは用件を伝えるでもなくダークエルフの二人を軽く見上げ「ご苦労様です。」とだけ言って、さっと門をくぐって中に入ってしまった。
「クロエさーん? どうしましたのー?」
「あ、は、はい! い、今行きます!」
ダークエルフがクロエに向かって訝しげな視線を向ける。その視線に怯えながらも、只でさえ小さい身体を更に小さくさせて門をくぐる。まるで寿命が縮んだかのような思いを得たクロエを余所に、サラは何も臆したところはない。
「さ、クロエさん。中に入りましょう。」
「は、はい……」
サラに導かれ共に大長老宅に入るクロエ。だが、その胸中は一つの疑問で占められていた。
(……サラさんって、一体何者だろう?)
屋敷の中に入ると、そこはサッパリとした清潔感ある空間だった。金持ちによくある高価な芸術品やらをゴテゴテと無駄に飾ったりもしていない。むしろとても簡素な空間だった。
クロエの視線で何を疑問に思っているか分かったのか、サラが自ら疑問に答えた。
「あの人、大長老はあまり派手な装飾品を好まないんですの。前代の頃はこの廊下にも美術品や希少な品々が置かれていたそうなんですけど、今の大長老の代になってそれらはみんな郷の学校などに寄贈してしまいましたわ。」
「へぇ、珍しい人なんですね。」
その精神は実に立派なものであろう。だが、クロエは長い廊下を歩くに連れて、一つの既視感を得ていた。
(なんだろ、大きさとか違うはずなのに、何かサラさんの家を思い出すなぁ……デジャヴにしてははっきりしすぎてるけど……)
長い廊下を歩く中、クロエとサラは途中何度か大長老に使えているであろう使用人とすれ違った。彼女らは欠かさずクロエ達にお辞儀をしていく。だが、それは来賓に対するものよりはいくらか親しみが込められていたようだ。
たっぷり五分以上は歩いただろうか。サラはとある重厚な雰囲気の扉の前で立ち止まった。クロエも続く。
「はい、到着ですの。ここが大長老の部屋ですわ。」
「そ、そうですか……緊張してきました……」
「フフッ、そんな緊張しなくても大丈夫ですわよ。」
(ノックって、何回すればいいんだ?)
直前になってそんなことを考えるクロエ。異世界たるここでは日本の常識など通用しないだろう。そこで、無難に四回にしておく。すると、扉の内側から「大長老」という名に似つかわしくない、予想外の若々しい声が聞こえてきた。
『はいは~い、開いてるわよ~。入ってらっしゃい、サラちゃん。あと、お嬢ちゃん。』
「はぁ……失礼しますわ。」
「し、失礼します!」
それぞれ真逆の様子で扉を開け入室していく。広い室内はどういう原理なのか円形の形をしていた。中心にソファ二脚と長机が置かれている。その奥にまたいかにもといった感じの執務机みたいなものがあった。そして異様なのが、壁一面に配置されている本棚である。むしろ、壁に本棚が組み込まれている。びっしりと並んだそれらは重厚な雰囲気を見る物に与える。
ところでだが、クロエは「大長老」と言う言葉を初めて聞いたとき、髭をたっぷりと蓄えた、まるでサンタクロースのような人物を思い浮かべていた。だが、その想像は見事に裏切られることになる。
奥に備えられた執務机、そこに座っている人物が立ち上がってクロエ達の方に近寄ってきた。サラよりも少し高い背丈と、その豊満な身体からはあふれんばかりの母性を感じさせる。その女性はクロエの前にしゃがみ込むと目線を合わせ、ほんわかとした笑顔で話しかけた。
「は~い、こんにちは。私がこの郷の大長老のサーシャで~す。」
「……大長老? 初対面の方が相手ですのよ? もっとしっかりしていただきませんと。」
「あ~ん、つれないわねぇ……」
とてもじゃないが、一国の最高責任者と一般人の会話には到底見えない。その何かしらの関係性を匂わせるやり取りに、クロエはついつい口を挟んだ。
「あ、あの……大長老さん? さ、様?」
「え~、何でも良いのよお嬢ちゃん。できればサーシャちゃんって呼んで~?」
「じゃあ、大長老さん。」
クロエの言葉にショボンとするサーシャ。クロエは構わず言葉を続ける。
「え、えっと……ボクの名前はクロエと言います。こ、この度はボクの滞在許可を出してくださって、ありがとうございました!」
「あら~、ちゃんと挨拶出来て偉いわねぇ。サラちゃんの小さい頃を思い出すわぁ。」
「ち、ちょっと! 大長老!」
「なによ~。思い出すぐらい構わないでしょ~?」
「と、時と場所を考えてくださいっ!」
(やっぱり、何かしらの関係があるんだ。)
「あ、あの……間違ってたらごめんなさい。大長老さんって、もしかして、サラさんのお姉さんだったりしますか……?」
「あらあら! まぁ~嬉しいこと言ってくれるわ、クロエちゃん。ねぇ、聞いたサラちゃん? 『お姉さんですか?』だって~!」
「鬱陶しいですわね……クロエさん、そんな勘違いしてはダメですよ。大長老と私は赤の他人、なんですから。」
「え~、サラちゃんそんなこと言っちゃうの~? 流石にお母さん泣いちゃうわよ~?」
「え? お、お母さん……? ほ、本当なんですか、サラさん!?」
信じられないとばかりにサラに勢いづいて尋ねるクロエ。問われたサラは目線をそらし、汗を流しながら否定した。
「……な、何の事ですの? たぶん聞き間違いですわ。」
「ねぇ知ってる、クロエちゃん? この娘ったら昔『怖い夢見たの……』って私に泣きついてきたあげく、翌朝おねs――」
「この方は私の愛するお母様ですわっ!!」
「は~い! サラちゃんの母親のサーシャ・エルゼアリスで~す!」
右手を挙げて宣言するサーシャ。その言葉にクロエは驚愕する。目の前のエルフの女性は身体の成熟具合などから判断して、確かにサラよりも年上だろう。だが、クロエは目の前のサーシャがまさか母親だとは夢にも思わなかった。
クロエの驚き具合に気づいたのか、それとも普段から説明慣れしているのか、サラが諦めたように話し出した。
「エルフと言う種族は他の種族に比べてかなりの長寿なんですけど、その中でも風属性で高い適性を持つ私たちのようなハイエルフは更に寿命が長いのですわ。そして、生まれて最初の二、三十年は人類種と同じぐらいの速度で成長し、その後は見た目に大きな変化がなくなりますの。」
「そうよ~。世界中の女性の憧れなのよ~。」
「……とは言っても、大長老はその中でも何故か若く見えるんですけどね。」
その言葉を聞きクロエは改めて、目の前の二人が人外の種である事を実感した。日本でもいわゆる「美魔女」と呼ばれる人はいたが、目の前のサーシャはそんな物とは次元が違う。
クロエが驚いていると、不意にサーシャがサラの方に向き直った。
「ね~、サラちゃん。ちょっとクロエちゃんと二人っきりでお話ししたいから、悪いけど別のお部屋にいてくれないかしら~?」
「は!? そ、そんなの、了承するわけないでしょう!?」
「……ねぇ、クロエちゃん、知ってる~? あの娘ったら昔『お野菜苦い……』なんて言ってご飯残して、私に涙目で――」
「私は向こうの部屋でお茶でも頂いてきますわ! ミーナとも話したいですし! では、クロエさん、ごきげんよう!!」
半ばやけくそになりながらサラは部屋から出て行った。おそらく昔から同じような手口で丸め込まれてきたであろう事が、容易にうかがえる。
「んふふ~、さぁ、クロエちゃん。そこのソファに座ってね~。」
サーシャに促されクロエはソファに腰掛ける。対面する形でサーシャも座った。
「……さて、ここからは少し真面目な話をします。」
「――! は、はい……」
不意にサーシャの態度、喋り口、そして纏う雰囲気がすべてガラッと一変した。今までのどこか抜けた様な、ポワンとした雰囲気は一転。厳かなたたずまいとその視線は、このエルフの隠れ里を統べるエルフの長に相応しい美しさと気迫があった。
クロエはその変貌に居住まいを正した。背筋を伸ばしまっすぐにサーシャ、いや、大長老を見つめる。
「私は、この郷を治めこの郷を守護する義務を負った大長老です。故に、この郷に降りかかる火の粉には注意を払い、時に非常な手段を取ることを厭いません。嫌な役目ではありますが、実の娘が信用する相手だろうが、それが幼い少女の姿であろうが、全てを疑うのです。わかりますか?」
「は、はい。」
「よろしい。では、まずはこの紙にサインしていただきましょう。どうぞ。」
大長老の差し出すペンを、おずおずと言った様子で受け取るクロエ。その有無を言わせない雰囲気にただ従うしかなかった。
(……待てよ、ボクは文字が書けるのか?)
文字を書く前に、ふと手が止まった。クロエは悩む。文字は習得したものだ。それは転生に反映されるのだろうか。
「……どうしました?」
「い、いえ! 何でも無いです……」
(ええい! こうなったら、なるようになれだ!)
クロエは思い切って紙の上に自分の名前を書いた。すると不思議なことに、自分では日本語で書いたつもりであるのに、そこに書かれた言葉は見たこともない文字になっていた。
(え? な、なんで?)
「はい、確かに。これは『誓約書』と呼ばれる紙です。ここにサインを書いた者は、この紙を消去するまで嘘をつけなくなります。もし、嘘を吐いた場合は契約に従い、この紙に封じられた呪いが貴女の命を奪います。」
そう言うと、大長老はその紙を懐にしまった。その上でクロエの方を見る。
「さて、クロエさん。先ほどの誓約書にサインをしたと言うことを忘れないで聞いていてください。貴女がこの郷へたどり着くまでの経緯を、私に嘘偽りなく話しなさい。いいですか、もし嘘を吐くようなら先ほどの誓約書の呪いが発動しますよ。」
クロエはゴクッと喉を鳴らした。汗が一筋頬を伝う。やましいことは何もないのだが、緊張はしてしまうのだろう。
(どうしよう、話しても良いのかな? でも、誓約書にサインしちゃったし、何よりサラさんも話して大丈夫って言ってたし……良いよね?)
「実は……」
クロエが口を開いた。そしてこの郷へやってくるまでの経緯を話し出すのだった。
「……そう、だったんですか。そのようなことが……にわかには、信じがたい事ですね。」
クロエの長い話を聞き終えて、大長老は頷きながらそう言った。少し考え込むように腕を組んでいる。その様子に自分の話を疑われたと思ったクロエは慌てて弁明し始めた。
「い、いや、本当なんです……」
「いえ、疑っているわけではないんです。先ほど見せて貰った紙も、信用性のあるものでした。ただ、突拍子がなくて信じられないだけで……」
話の最中でクロエから渡された紙に目を落とす大長老。そして再びクロエに目を向ける。
「この紙に書いてある『役割』がどういったものなのかは分かりませんが、クロエさんの話と合わせて考えるにその人自身の『本質』みたいなものなのでしょう。ただ、この郷の中においては迂闊に『魔王』と口にしない方が賢明です。」
「そ、それは、どうしてなんですか……?」
クロエの疑問に大長老は立ち上がると、壁の本棚から一冊の書籍を取り出した。そしてまたソファに座り直し、ページを開きながら話し出す。
「その疑問にお答えする前に、この世界の簡単な歴史と魔王という存在について説明しましょう。」
ページをめくる指を止め、大長老は語り出すのであった。
――この世界、イグナシアラントは人類種が半数以上を占めるも、その他の種族も数多く暮らす多種多様な世界だった。彼らは時に協力し時に争いながらも、全体的に見れば平和な歴史を歩んでいた。
そして、この世界には魔王という存在があった。彼らは莫大な魔力を持ち、従える者たちからの畏敬の念を受けていた。そして一番の特徴として、彼らにはそれぞれ人類種の考える原罪の性質を色濃く発現しているというものがあった。
彼らは合わせて「大罪」と呼ばれていた。彼らの右目には「罪の証」と呼ばれる紋章があった。高ぶる魔力に合わせて気炎を上げるそれに、人々は畏れを抱いた。そして彼らは彼らを魔王たらしめる能力、「大罪魔法」の使い手であった。人類種の考える原罪の性質を帯びたそれは、他の魔法とは一線を画す特別なものだった。
彼らは常に七人だった。ある魔王がいかな理由であれ死んだとしても、その後継者が立ち上がった。先代の魔王が死ぬと時代に相応しい者に「罪の証」が浮かび上がるのだ。それこそが先代魔王死亡の証であったし、そして新しい魔王の誕生の証でもあった。
だが、数百年前。突然第八の魔王が誕生した。かの魔王の詳細は明らかになっていないが、その魔王は特別な存在であった。「大罪」の誰よりも強く、彼ら全員分の大罪魔法を使うことが出来た。そして、「大罪」の誰もが不思議と逆らうことが出来なかったのである。かの魔王は傲慢であり強欲、誰よりも怠け者であり誰よりも嫉妬深かった。またかなりの大食漢であり、気に入らないことに関してはすぐさま激怒したという。そして何より、この世の美の粋を集めたかのような美しさであった。
「大罪」を含めた全ての魔物は、すぐにかの魔王の力を認めた。「大罪」を統べる存在、魔王を統べる魔王、「大魔王」であると。
大魔王は「大罪」が独自に築いていた国家などをすべて統一し、その枠に収まらない魔物魔族全てを統一した。従わない者は皆滅ぼされた。人類種以外の存在における有史以降初めての出来事であった。それは世界平和に向けた一歩であると誰もが確信していた。だがそれは、災厄の序章であったのだ。
当初全ての政治を「大罪」に任せていた大魔王は、あるとき急に宣言した。「人類種に宣戦布告する」と。魔族側の多くが反対するも、政治を取り仕切る「大罪」が逆らえない以上誰も逆らえなかった。
そして、人類種対魔族の全面戦争が始まったのである。
その戦いは最初こそ五分の争いを見せていたものの、すぐに魔族側の有利になっていった。人類種滅亡の時か。誰もがそう思ったとき、人類種に希望の光が差したのだ。それこそ、「勇者」と呼ばれる存在である。高い戦闘能力と高い魔法適正値。それらは皆人類種の基準を軽く超えていたという。その適合属性が光であった事から、彼女は「光の女神」と呼ばれた。彼女は人類種の中でも強大な力を持つメンバーを選別、パーティーを結成し大魔王討伐へ旅立った。様々な冒険を経た彼女は、その途中に出会った「大罪」を説得、協力して大魔王を見事討伐したのである。だが、彼女自身その戦いでの負傷が原因で、勝利を認めた瞬間、彼女もまた息を引き取った。
この大戦の反省を踏まえ、魔族側では統一国家を作らないこととなった。「大罪」は同一の権力を持ち、誰かが暴走すれば他六人がそれを抑えるという相互監視システムが構築された。
大戦終結から数百年経つ今、魔族と人類種は互いに世代交代が進みつつあり、過去の遺恨はかなり薄れている。大魔王の存在すら知らない世代がほとんどであり、その逸話の多くが昔語りとなっている――
「――以上が、簡単な歴史の概略です。分かりましたか?」
「は、はい……完璧じゃないですけど……」
「この本はお貸ししますので、また空いた時間にでも読み直すと良いでしょう。」
そう言うと大長老はクロエに持っていた本を手渡した。受け取るクロエ。ずっしりとした重さが腕に伝わる。
「それで、ようやく何故この郷で『魔王』の名を出さない方が良いかと言うことです。我々エルフも分類で言えば魔族であり、過去大魔王の治める統一国家に所属していました。ただ、長寿である我々の立ち位置は少し特殊で、半ば独立国家の体を表していました。それは過去の大戦においても同じでした。しかし、大戦に加わらない我々エルフを邪魔に思ったのか、大魔王によるエルフの排斥運動が統一国家内で起きたのです。」
そこまで話すと、大長老はまたも立ち上がり一冊の本を取り出してきた。ページをめくりながら話す。
「それはとても酷いものでした。エルフはその国家内で権利を認められず、その扱いはまさに奴隷でした。虐殺される者、慰み者にされる者。それはそれは酷いものでした。そしてその恨みの矛先は当然それを命令した大魔王、そしてその部下たる『大罪』に向かいました。」
大長老があるページで指を止めた。話はまだ続いている。
「それまで統一国家内でバラバラに暮らしていたエルフは、団結して統一国家を脱出しました。人類種からの迫害も受けながら、ようやくこのジーフ樹海の地にたどり着いたのです。そして、その迫害の数々を受けていた世代は、今も生きているのです。郷のおよそ十分の一程でしょうか。」
そして大長老はクロエに開いた本のページを見せた。そこには大きな文字でとある一文が書いてあった。その一文は手書きであるらしく、書いた者の強い気持ちが伝わってくる。
『我々の痛みを、忘れるな。』
「これで、理解できたでしょうか。この郷で『魔王』の名を出さない方が良い理由を。」
「はい……」
暗い表情で頷くクロエ。自分が行った訳でもないのに、謎の罪悪感が彼女を襲う。それを見て大長老は微笑んだ。
「そう暗くならないでください。なにもクロエさんが行った訳でもありませんし、何よりクロエさんは魔王ではないのですから。『罪の証』もないですしね。」
大長老の言葉にクロエは少し表情を明るくさせた。それを見て大長老は言葉を続ける。
「さて、クロエさんの事情は分かりました。改めてこの郷への滞在許可を出します。この郷でこの世界のことを学ばれると良いでしょう。この郷は外との交友をあまり行っていませんが、数少ない外交で多くの書物を輸入しています。それに、過去に世界を旅した経験を持つ者もいます。後で紹介しましょう。」
「すみません、何から何まで……」
「いえいえ。私にも、少し気になることもありますし……」
「え?」
「いえ、何でも。では、改めて……」
そう言うと大長老は立ち上がった。そして右手をクロエに向けて差し出し、微笑みながら言った。
「エルフの郷へようこそ、クロエさん。我々は貴女を歓迎し、同時に貴女を保護します。」
「あっ、は、はい! よ、よろしく御願いします!」
慌てて立ち上がり、差し出された右手を握り返すクロエ。大長老は満足そうに二、三度握り返すと、手を離し両手をパンッと合わせた。同時に今までの威厳あふれる雰囲気が霧散し、先ほどまでのポヤンとした雰囲気が戻る。
「あ~、疲れた~。じゃあ、サラちゃんの所に行きましょっか、クロエちゃん?」
「……なんでそうも違うんですか?」
クロエが呆気にとられたように言う。問われた大長老、いや、サーシャは眉尻を下げた表情で言った。
「だってぇ~、あの真面目モードは疲れるんだもん~。さっきのは大長老としての私。今はサーシャ・エルゼアリスとしての私なの。オンとオフの切り替えって大事よね~。」
「はぁ……」
納得したようなしていないような表情で頷くクロエ。それを見たサーシャは懐から先ほどの誓約書を取り出した。
「あ、それ……」
「そう~、クロエちゃんこれのこと信じてたけど、実はこれ只の紙なのよ~?」
「え?」
「信じちゃったでしょ~? それもすべて真面目モードの私の雰囲気あってのことなのよ~。だから、別に嘘を吐こうがどうしようがクロエちゃんには何も起きなかったのよ? フフッ、怯えるクロエちゃん可愛かったわ~。」
その言葉を聞き、顔を真っ赤にするクロエ。涙目になりながらサーシャに詰め寄る。
「な、なんて事するんですかっ!! ボ、ボクはてっきり……!」
「フフッ、ごめんね~?」
「もう……! ボクは大長老さんのことがよく分かりません……」
「偉くなるってこんな物なのよ~? それにね……」
そう言うとサーシャは上体をかがめ、クロエと視線をあわせた。顔の後方、豊かな胸が重力に下がり、更に両腕で挟まれてその存在をこれでもかとばかりに誇示する。クロエは思わず「うっ……」と身体を退いた。だがサーシャは笑いながらクロエの腰に手を回し抱き寄せ、その耳元に口を寄せて囁くように言った。
「女は秘密が多い方が魅力的なのよ?」
―続く―
サラと歩く道のりでそのようなことを聞いたクロエ。日本生まれの日本育ちには信じられない事実だった。そんな話をしながら数十分。サラの家周辺は主に木を使った家が多かったのだが、中心部に近づくにつれ石などを使った家が増えてきた。その事に気がついたクロエはサラに尋ねる。
「ああ、それは単純に郷の中心部の方がお金を持っていたり、高い地位の人が多く住んでいたりするからですわ。石などは木材と違って加工が難しいですもの。それに材料自体この郷周辺ではなかなか採れないのですわ。木材は周りにいっぱいありますし、最悪自分で家を作れますもの。」
サラはそう言った。ファンタジー異世界とは言え、そう言った階級や差などは逃れ得ぬ物であるらしい。なんとなく牧歌的な世界であると思い込んでいたクロエには相当な衝撃だった。
(当たり前か……誰かが暮らすからには、そこには社会があって、階層がある。いろいろな問題がある。当たり前、なんだろうけど……気づかなかった。)
一人、こっそりと考えるクロエ。隣で歩くサラは気づかない。
(サラさんが、ボクの滞在許可を取ってくれたらしいけど、この郷は移民を許可してない。つまり、ボクはいつか出て行かなくちゃいけないんだ。その時、ボクは一人で生きていけるのかな……?)
「クロエさん? どうしたんですの?」
「え!? あ、いや、何でも無いです。ど、どうしたんですか?」
「いえ、大長老の邸宅に到着したんですけど……」
そう言ってサラが指し示したのは、木を基調とするものの要所要所に石や、この郷ではとても貴重であろう金属がふんだんに使われた一目で分かる大豪邸だった。大きな門とその前に二人のダークエルフが番に当たっている。
(な、何だろ……この、見た目エルフだけど、あり得ないくらいムキムキな黒い人は……?)
クロエが初めて会うダークエルフに怯えていると、サラは用件を伝えるでもなくダークエルフの二人を軽く見上げ「ご苦労様です。」とだけ言って、さっと門をくぐって中に入ってしまった。
「クロエさーん? どうしましたのー?」
「あ、は、はい! い、今行きます!」
ダークエルフがクロエに向かって訝しげな視線を向ける。その視線に怯えながらも、只でさえ小さい身体を更に小さくさせて門をくぐる。まるで寿命が縮んだかのような思いを得たクロエを余所に、サラは何も臆したところはない。
「さ、クロエさん。中に入りましょう。」
「は、はい……」
サラに導かれ共に大長老宅に入るクロエ。だが、その胸中は一つの疑問で占められていた。
(……サラさんって、一体何者だろう?)
屋敷の中に入ると、そこはサッパリとした清潔感ある空間だった。金持ちによくある高価な芸術品やらをゴテゴテと無駄に飾ったりもしていない。むしろとても簡素な空間だった。
クロエの視線で何を疑問に思っているか分かったのか、サラが自ら疑問に答えた。
「あの人、大長老はあまり派手な装飾品を好まないんですの。前代の頃はこの廊下にも美術品や希少な品々が置かれていたそうなんですけど、今の大長老の代になってそれらはみんな郷の学校などに寄贈してしまいましたわ。」
「へぇ、珍しい人なんですね。」
その精神は実に立派なものであろう。だが、クロエは長い廊下を歩くに連れて、一つの既視感を得ていた。
(なんだろ、大きさとか違うはずなのに、何かサラさんの家を思い出すなぁ……デジャヴにしてははっきりしすぎてるけど……)
長い廊下を歩く中、クロエとサラは途中何度か大長老に使えているであろう使用人とすれ違った。彼女らは欠かさずクロエ達にお辞儀をしていく。だが、それは来賓に対するものよりはいくらか親しみが込められていたようだ。
たっぷり五分以上は歩いただろうか。サラはとある重厚な雰囲気の扉の前で立ち止まった。クロエも続く。
「はい、到着ですの。ここが大長老の部屋ですわ。」
「そ、そうですか……緊張してきました……」
「フフッ、そんな緊張しなくても大丈夫ですわよ。」
(ノックって、何回すればいいんだ?)
直前になってそんなことを考えるクロエ。異世界たるここでは日本の常識など通用しないだろう。そこで、無難に四回にしておく。すると、扉の内側から「大長老」という名に似つかわしくない、予想外の若々しい声が聞こえてきた。
『はいは~い、開いてるわよ~。入ってらっしゃい、サラちゃん。あと、お嬢ちゃん。』
「はぁ……失礼しますわ。」
「し、失礼します!」
それぞれ真逆の様子で扉を開け入室していく。広い室内はどういう原理なのか円形の形をしていた。中心にソファ二脚と長机が置かれている。その奥にまたいかにもといった感じの執務机みたいなものがあった。そして異様なのが、壁一面に配置されている本棚である。むしろ、壁に本棚が組み込まれている。びっしりと並んだそれらは重厚な雰囲気を見る物に与える。
ところでだが、クロエは「大長老」と言う言葉を初めて聞いたとき、髭をたっぷりと蓄えた、まるでサンタクロースのような人物を思い浮かべていた。だが、その想像は見事に裏切られることになる。
奥に備えられた執務机、そこに座っている人物が立ち上がってクロエ達の方に近寄ってきた。サラよりも少し高い背丈と、その豊満な身体からはあふれんばかりの母性を感じさせる。その女性はクロエの前にしゃがみ込むと目線を合わせ、ほんわかとした笑顔で話しかけた。
「は~い、こんにちは。私がこの郷の大長老のサーシャで~す。」
「……大長老? 初対面の方が相手ですのよ? もっとしっかりしていただきませんと。」
「あ~ん、つれないわねぇ……」
とてもじゃないが、一国の最高責任者と一般人の会話には到底見えない。その何かしらの関係性を匂わせるやり取りに、クロエはついつい口を挟んだ。
「あ、あの……大長老さん? さ、様?」
「え~、何でも良いのよお嬢ちゃん。できればサーシャちゃんって呼んで~?」
「じゃあ、大長老さん。」
クロエの言葉にショボンとするサーシャ。クロエは構わず言葉を続ける。
「え、えっと……ボクの名前はクロエと言います。こ、この度はボクの滞在許可を出してくださって、ありがとうございました!」
「あら~、ちゃんと挨拶出来て偉いわねぇ。サラちゃんの小さい頃を思い出すわぁ。」
「ち、ちょっと! 大長老!」
「なによ~。思い出すぐらい構わないでしょ~?」
「と、時と場所を考えてくださいっ!」
(やっぱり、何かしらの関係があるんだ。)
「あ、あの……間違ってたらごめんなさい。大長老さんって、もしかして、サラさんのお姉さんだったりしますか……?」
「あらあら! まぁ~嬉しいこと言ってくれるわ、クロエちゃん。ねぇ、聞いたサラちゃん? 『お姉さんですか?』だって~!」
「鬱陶しいですわね……クロエさん、そんな勘違いしてはダメですよ。大長老と私は赤の他人、なんですから。」
「え~、サラちゃんそんなこと言っちゃうの~? 流石にお母さん泣いちゃうわよ~?」
「え? お、お母さん……? ほ、本当なんですか、サラさん!?」
信じられないとばかりにサラに勢いづいて尋ねるクロエ。問われたサラは目線をそらし、汗を流しながら否定した。
「……な、何の事ですの? たぶん聞き間違いですわ。」
「ねぇ知ってる、クロエちゃん? この娘ったら昔『怖い夢見たの……』って私に泣きついてきたあげく、翌朝おねs――」
「この方は私の愛するお母様ですわっ!!」
「は~い! サラちゃんの母親のサーシャ・エルゼアリスで~す!」
右手を挙げて宣言するサーシャ。その言葉にクロエは驚愕する。目の前のエルフの女性は身体の成熟具合などから判断して、確かにサラよりも年上だろう。だが、クロエは目の前のサーシャがまさか母親だとは夢にも思わなかった。
クロエの驚き具合に気づいたのか、それとも普段から説明慣れしているのか、サラが諦めたように話し出した。
「エルフと言う種族は他の種族に比べてかなりの長寿なんですけど、その中でも風属性で高い適性を持つ私たちのようなハイエルフは更に寿命が長いのですわ。そして、生まれて最初の二、三十年は人類種と同じぐらいの速度で成長し、その後は見た目に大きな変化がなくなりますの。」
「そうよ~。世界中の女性の憧れなのよ~。」
「……とは言っても、大長老はその中でも何故か若く見えるんですけどね。」
その言葉を聞きクロエは改めて、目の前の二人が人外の種である事を実感した。日本でもいわゆる「美魔女」と呼ばれる人はいたが、目の前のサーシャはそんな物とは次元が違う。
クロエが驚いていると、不意にサーシャがサラの方に向き直った。
「ね~、サラちゃん。ちょっとクロエちゃんと二人っきりでお話ししたいから、悪いけど別のお部屋にいてくれないかしら~?」
「は!? そ、そんなの、了承するわけないでしょう!?」
「……ねぇ、クロエちゃん、知ってる~? あの娘ったら昔『お野菜苦い……』なんて言ってご飯残して、私に涙目で――」
「私は向こうの部屋でお茶でも頂いてきますわ! ミーナとも話したいですし! では、クロエさん、ごきげんよう!!」
半ばやけくそになりながらサラは部屋から出て行った。おそらく昔から同じような手口で丸め込まれてきたであろう事が、容易にうかがえる。
「んふふ~、さぁ、クロエちゃん。そこのソファに座ってね~。」
サーシャに促されクロエはソファに腰掛ける。対面する形でサーシャも座った。
「……さて、ここからは少し真面目な話をします。」
「――! は、はい……」
不意にサーシャの態度、喋り口、そして纏う雰囲気がすべてガラッと一変した。今までのどこか抜けた様な、ポワンとした雰囲気は一転。厳かなたたずまいとその視線は、このエルフの隠れ里を統べるエルフの長に相応しい美しさと気迫があった。
クロエはその変貌に居住まいを正した。背筋を伸ばしまっすぐにサーシャ、いや、大長老を見つめる。
「私は、この郷を治めこの郷を守護する義務を負った大長老です。故に、この郷に降りかかる火の粉には注意を払い、時に非常な手段を取ることを厭いません。嫌な役目ではありますが、実の娘が信用する相手だろうが、それが幼い少女の姿であろうが、全てを疑うのです。わかりますか?」
「は、はい。」
「よろしい。では、まずはこの紙にサインしていただきましょう。どうぞ。」
大長老の差し出すペンを、おずおずと言った様子で受け取るクロエ。その有無を言わせない雰囲気にただ従うしかなかった。
(……待てよ、ボクは文字が書けるのか?)
文字を書く前に、ふと手が止まった。クロエは悩む。文字は習得したものだ。それは転生に反映されるのだろうか。
「……どうしました?」
「い、いえ! 何でも無いです……」
(ええい! こうなったら、なるようになれだ!)
クロエは思い切って紙の上に自分の名前を書いた。すると不思議なことに、自分では日本語で書いたつもりであるのに、そこに書かれた言葉は見たこともない文字になっていた。
(え? な、なんで?)
「はい、確かに。これは『誓約書』と呼ばれる紙です。ここにサインを書いた者は、この紙を消去するまで嘘をつけなくなります。もし、嘘を吐いた場合は契約に従い、この紙に封じられた呪いが貴女の命を奪います。」
そう言うと、大長老はその紙を懐にしまった。その上でクロエの方を見る。
「さて、クロエさん。先ほどの誓約書にサインをしたと言うことを忘れないで聞いていてください。貴女がこの郷へたどり着くまでの経緯を、私に嘘偽りなく話しなさい。いいですか、もし嘘を吐くようなら先ほどの誓約書の呪いが発動しますよ。」
クロエはゴクッと喉を鳴らした。汗が一筋頬を伝う。やましいことは何もないのだが、緊張はしてしまうのだろう。
(どうしよう、話しても良いのかな? でも、誓約書にサインしちゃったし、何よりサラさんも話して大丈夫って言ってたし……良いよね?)
「実は……」
クロエが口を開いた。そしてこの郷へやってくるまでの経緯を話し出すのだった。
「……そう、だったんですか。そのようなことが……にわかには、信じがたい事ですね。」
クロエの長い話を聞き終えて、大長老は頷きながらそう言った。少し考え込むように腕を組んでいる。その様子に自分の話を疑われたと思ったクロエは慌てて弁明し始めた。
「い、いや、本当なんです……」
「いえ、疑っているわけではないんです。先ほど見せて貰った紙も、信用性のあるものでした。ただ、突拍子がなくて信じられないだけで……」
話の最中でクロエから渡された紙に目を落とす大長老。そして再びクロエに目を向ける。
「この紙に書いてある『役割』がどういったものなのかは分かりませんが、クロエさんの話と合わせて考えるにその人自身の『本質』みたいなものなのでしょう。ただ、この郷の中においては迂闊に『魔王』と口にしない方が賢明です。」
「そ、それは、どうしてなんですか……?」
クロエの疑問に大長老は立ち上がると、壁の本棚から一冊の書籍を取り出した。そしてまたソファに座り直し、ページを開きながら話し出す。
「その疑問にお答えする前に、この世界の簡単な歴史と魔王という存在について説明しましょう。」
ページをめくる指を止め、大長老は語り出すのであった。
――この世界、イグナシアラントは人類種が半数以上を占めるも、その他の種族も数多く暮らす多種多様な世界だった。彼らは時に協力し時に争いながらも、全体的に見れば平和な歴史を歩んでいた。
そして、この世界には魔王という存在があった。彼らは莫大な魔力を持ち、従える者たちからの畏敬の念を受けていた。そして一番の特徴として、彼らにはそれぞれ人類種の考える原罪の性質を色濃く発現しているというものがあった。
彼らは合わせて「大罪」と呼ばれていた。彼らの右目には「罪の証」と呼ばれる紋章があった。高ぶる魔力に合わせて気炎を上げるそれに、人々は畏れを抱いた。そして彼らは彼らを魔王たらしめる能力、「大罪魔法」の使い手であった。人類種の考える原罪の性質を帯びたそれは、他の魔法とは一線を画す特別なものだった。
彼らは常に七人だった。ある魔王がいかな理由であれ死んだとしても、その後継者が立ち上がった。先代の魔王が死ぬと時代に相応しい者に「罪の証」が浮かび上がるのだ。それこそが先代魔王死亡の証であったし、そして新しい魔王の誕生の証でもあった。
だが、数百年前。突然第八の魔王が誕生した。かの魔王の詳細は明らかになっていないが、その魔王は特別な存在であった。「大罪」の誰よりも強く、彼ら全員分の大罪魔法を使うことが出来た。そして、「大罪」の誰もが不思議と逆らうことが出来なかったのである。かの魔王は傲慢であり強欲、誰よりも怠け者であり誰よりも嫉妬深かった。またかなりの大食漢であり、気に入らないことに関してはすぐさま激怒したという。そして何より、この世の美の粋を集めたかのような美しさであった。
「大罪」を含めた全ての魔物は、すぐにかの魔王の力を認めた。「大罪」を統べる存在、魔王を統べる魔王、「大魔王」であると。
大魔王は「大罪」が独自に築いていた国家などをすべて統一し、その枠に収まらない魔物魔族全てを統一した。従わない者は皆滅ぼされた。人類種以外の存在における有史以降初めての出来事であった。それは世界平和に向けた一歩であると誰もが確信していた。だがそれは、災厄の序章であったのだ。
当初全ての政治を「大罪」に任せていた大魔王は、あるとき急に宣言した。「人類種に宣戦布告する」と。魔族側の多くが反対するも、政治を取り仕切る「大罪」が逆らえない以上誰も逆らえなかった。
そして、人類種対魔族の全面戦争が始まったのである。
その戦いは最初こそ五分の争いを見せていたものの、すぐに魔族側の有利になっていった。人類種滅亡の時か。誰もがそう思ったとき、人類種に希望の光が差したのだ。それこそ、「勇者」と呼ばれる存在である。高い戦闘能力と高い魔法適正値。それらは皆人類種の基準を軽く超えていたという。その適合属性が光であった事から、彼女は「光の女神」と呼ばれた。彼女は人類種の中でも強大な力を持つメンバーを選別、パーティーを結成し大魔王討伐へ旅立った。様々な冒険を経た彼女は、その途中に出会った「大罪」を説得、協力して大魔王を見事討伐したのである。だが、彼女自身その戦いでの負傷が原因で、勝利を認めた瞬間、彼女もまた息を引き取った。
この大戦の反省を踏まえ、魔族側では統一国家を作らないこととなった。「大罪」は同一の権力を持ち、誰かが暴走すれば他六人がそれを抑えるという相互監視システムが構築された。
大戦終結から数百年経つ今、魔族と人類種は互いに世代交代が進みつつあり、過去の遺恨はかなり薄れている。大魔王の存在すら知らない世代がほとんどであり、その逸話の多くが昔語りとなっている――
「――以上が、簡単な歴史の概略です。分かりましたか?」
「は、はい……完璧じゃないですけど……」
「この本はお貸ししますので、また空いた時間にでも読み直すと良いでしょう。」
そう言うと大長老はクロエに持っていた本を手渡した。受け取るクロエ。ずっしりとした重さが腕に伝わる。
「それで、ようやく何故この郷で『魔王』の名を出さない方が良いかと言うことです。我々エルフも分類で言えば魔族であり、過去大魔王の治める統一国家に所属していました。ただ、長寿である我々の立ち位置は少し特殊で、半ば独立国家の体を表していました。それは過去の大戦においても同じでした。しかし、大戦に加わらない我々エルフを邪魔に思ったのか、大魔王によるエルフの排斥運動が統一国家内で起きたのです。」
そこまで話すと、大長老はまたも立ち上がり一冊の本を取り出してきた。ページをめくりながら話す。
「それはとても酷いものでした。エルフはその国家内で権利を認められず、その扱いはまさに奴隷でした。虐殺される者、慰み者にされる者。それはそれは酷いものでした。そしてその恨みの矛先は当然それを命令した大魔王、そしてその部下たる『大罪』に向かいました。」
大長老があるページで指を止めた。話はまだ続いている。
「それまで統一国家内でバラバラに暮らしていたエルフは、団結して統一国家を脱出しました。人類種からの迫害も受けながら、ようやくこのジーフ樹海の地にたどり着いたのです。そして、その迫害の数々を受けていた世代は、今も生きているのです。郷のおよそ十分の一程でしょうか。」
そして大長老はクロエに開いた本のページを見せた。そこには大きな文字でとある一文が書いてあった。その一文は手書きであるらしく、書いた者の強い気持ちが伝わってくる。
『我々の痛みを、忘れるな。』
「これで、理解できたでしょうか。この郷で『魔王』の名を出さない方が良い理由を。」
「はい……」
暗い表情で頷くクロエ。自分が行った訳でもないのに、謎の罪悪感が彼女を襲う。それを見て大長老は微笑んだ。
「そう暗くならないでください。なにもクロエさんが行った訳でもありませんし、何よりクロエさんは魔王ではないのですから。『罪の証』もないですしね。」
大長老の言葉にクロエは少し表情を明るくさせた。それを見て大長老は言葉を続ける。
「さて、クロエさんの事情は分かりました。改めてこの郷への滞在許可を出します。この郷でこの世界のことを学ばれると良いでしょう。この郷は外との交友をあまり行っていませんが、数少ない外交で多くの書物を輸入しています。それに、過去に世界を旅した経験を持つ者もいます。後で紹介しましょう。」
「すみません、何から何まで……」
「いえいえ。私にも、少し気になることもありますし……」
「え?」
「いえ、何でも。では、改めて……」
そう言うと大長老は立ち上がった。そして右手をクロエに向けて差し出し、微笑みながら言った。
「エルフの郷へようこそ、クロエさん。我々は貴女を歓迎し、同時に貴女を保護します。」
「あっ、は、はい! よ、よろしく御願いします!」
慌てて立ち上がり、差し出された右手を握り返すクロエ。大長老は満足そうに二、三度握り返すと、手を離し両手をパンッと合わせた。同時に今までの威厳あふれる雰囲気が霧散し、先ほどまでのポヤンとした雰囲気が戻る。
「あ~、疲れた~。じゃあ、サラちゃんの所に行きましょっか、クロエちゃん?」
「……なんでそうも違うんですか?」
クロエが呆気にとられたように言う。問われた大長老、いや、サーシャは眉尻を下げた表情で言った。
「だってぇ~、あの真面目モードは疲れるんだもん~。さっきのは大長老としての私。今はサーシャ・エルゼアリスとしての私なの。オンとオフの切り替えって大事よね~。」
「はぁ……」
納得したようなしていないような表情で頷くクロエ。それを見たサーシャは懐から先ほどの誓約書を取り出した。
「あ、それ……」
「そう~、クロエちゃんこれのこと信じてたけど、実はこれ只の紙なのよ~?」
「え?」
「信じちゃったでしょ~? それもすべて真面目モードの私の雰囲気あってのことなのよ~。だから、別に嘘を吐こうがどうしようがクロエちゃんには何も起きなかったのよ? フフッ、怯えるクロエちゃん可愛かったわ~。」
その言葉を聞き、顔を真っ赤にするクロエ。涙目になりながらサーシャに詰め寄る。
「な、なんて事するんですかっ!! ボ、ボクはてっきり……!」
「フフッ、ごめんね~?」
「もう……! ボクは大長老さんのことがよく分かりません……」
「偉くなるってこんな物なのよ~? それにね……」
そう言うとサーシャは上体をかがめ、クロエと視線をあわせた。顔の後方、豊かな胸が重力に下がり、更に両腕で挟まれてその存在をこれでもかとばかりに誇示する。クロエは思わず「うっ……」と身体を退いた。だがサーシャは笑いながらクロエの腰に手を回し抱き寄せ、その耳元に口を寄せて囁くように言った。
「女は秘密が多い方が魅力的なのよ?」
―続く―
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