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第二章:光の国・オーラント
第14話
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勇者は迷っていた――このままで良いのだろうか。
勇者は望んでいた――この現状を打破したい。
勇者は知っていた――それは正しくないものだ。
勇者は諦めていた――自分の力ではどうしようもない。
勇者は決めていた――この国を、愛する人を守りたい。
だからこそ勇者は――××××××××××××。
世界最大の陸地面積を誇る大陸・イグナシアラントには、実に様々多種多様な気候地帯が存在する。
雨も降らず砂塵が宙を吹きすさぶ砂漠地帯から、常に身を切るような寒さと降りしきる豪雪が支配する永久凍土・ツンドラ気候。果てには、原理は不明だが、常に闇に覆われた正に常闇の世界まであると言う。
しかし、このジーフ樹海周辺は少なくともそのような極限地帯よりはとても快適な環境であるようだ。適度な雨と豊かな土壌は樹海周辺に広がる草原を育んでいる。重力を軽減する浮遊石を多く含んだ土地一帯が浮かんで出来た浮島の作る影が涼やかな一時をもたらす。時折生えている木々と、まるで緑の絨毯が敷き詰められているような広大な草原に生える草花が快い風にその身を揺らしているかのようだ。
そして、この広大な草原を歩くどこか奇妙な3つの影があった。
先頭を歩くのは、その背丈から年の頃にして10歳前後頃の少女であろう。腰よりも長く伸びたその髪は真っ白に日の光を反射させていた。フワフワとしたその髪は時折吹く風にその身をなびかせている。端整な顔立ちはほんの少しの幼さを見せている。特徴的な赤い瞳と少しとがった耳が、彼女が普通の存在で無いことを示している。見た目相応の可愛らしい服を着れば似合うだろうが、その身を包むのはモノクロの、どこか大人びた服であった。腰に巻いたスカート風の布は人外の最大の証、尻尾を隠すのに役目を果たしている。
先頭を歩く彼女だが、その様子は少し疲れているように見える。2番目を歩く女性が話しかけた。
「どうしたんですの、クロエさん?」
クロエと呼ばれた少女は声のした方へと振り返った。
「……最初はワクワクしたけど、こうも同じ景色ばかりだと流石に飽きてきました……」
「私はむしろ飽きるとかそういうことは考えたことはありませんでしたわ。良いじゃないですの、この平和な光景。見渡す限りの開放感に満ちあふれた草原! 森の中ではまず感じられませんわ。それに、遮蔽物が見当たらないので警戒も楽で良いですわね。」
「ボクも最初の内はそんな風にポジティブに考えられていたんですけど……」
「まぁ、クロエさんの元いた世界は文明が高度に発達していたそうですし、こうも何も起こらないと暇に感じてしまうのも無理ありませんわね。」
クロエに続く彼女、サラ・エルゼアリスはそう言って笑った。肩口で切りそろえられた輝くばかりの金髪と、透き通る様な肌。そして何より、長く伸びた耳が彼女がエルフである事を証明している。自我の強そうな瞳は深緑の光をたたえてその美しい色を輝かせていた。
全身を緑を基調とした服装で包んでいるのは、森での迷彩になるからだろうか。腰元からフワリと広がるような特徴的なスカートが印象的である。
その腰には弓が装備されていた。木で出来た通常とは異なる様相の弓だ。しかし、肝心の矢が見えない。だが、それもそのはず。彼女が弓を構え放つ矢は、魔法で出来た風の矢だからである。森に親しみ風を読むエルフである彼女ならではの装備である。
「あっ……気を悪くしちゃったらごめんなさい。こっちの世界も良いですよ。ただ、ボクは前の世界では生まれたときからここまでの自然にふれあったことがなくて慣れてなくて……」
「? 別に気にしていませんわ。そんなことより、クロエさん。疲れていたりなどはしませんの? それならばすぐにでも休憩を……」
「だ、大丈夫です!」
どこか焦ったようにクロエは返答した。
「……本当ですか?」
しかし、今まで沈黙を貫いてきた最後尾を歩く女性、ミーナ・アレクサンドリアが突然その口を開いた。草原を歩く人影の中で一番大きなシルエットと、一番違和感を抱かせる様相を持つ人物だ。クロエと似ている白と毛先が薄紫に染まった髪は束ねられ、前髪が右目を隠している。褐色の肌とサラと同じ長くとがった耳は、彼女がエルフでありながら高い闇属性の適性を持ったダークエルフである証拠だ。
だが、そこまで特徴的な見た目である彼女だが、出会った人全てに彼女の印象を聞くならばその返答は恐らく「侍女(メイド)」であろう。そう、彼女はこの草原に似つかわしくないロングのメイド服にその豊満な身を包んでいた。黒と白を基調としたメイド服が彼女の褐色の肌と白の髪とよく映えるのだが、如何せん場所との組み合わせは壊滅的であった。
ミーナは整った形の眉を少し歪め、困ったように頬に手を当てて言った。
「クロエさん、旅において多少の無茶はつきものかもしれませんが、それは過酷な状況であったり、一人での強行軍であったりする場合のみです。この様に周りに異常もなくパーティーを組んでいる場合は、むしろその無茶が全体へ迷惑を及ぼすんですよ?」
「う……」
痛いところを突かれたと言わんばかりに、クロエは口をつぐんだ。ミーナはそれを認めると一転、優しい笑みを顔に浮かべて言った。
「大丈夫ですよ。全体に迷惑を掛けまいとするそのお気持ちだけで、とても嬉しいですから。さっ、丁度お昼近いですし、そこの木陰で休憩に致しましょう。」
「はい、ごめんなさ……」
「違いますわ、クロエさん。私たちは別に誤って欲しいわけじゃないんですのよ? ねぇ、ミーナ?」
「その通りです。」
サラが少し怒ったような態度でクロエの言葉を遮った。だが、その口元は少しばかり緩んでいるように見える。本気で怒っているわけではなく、いわゆる見せかけなのだろう。クロエもそれに気がついたらしく、少し微笑みながら自分の言葉を訂正した。
「……そう、でしたね。ありがとうございます、サラ。ミーナさん。」
「~~~~~ッ! あぁ、もう! 可愛いですわねッ!!」
「わぁっ!?」
辛抱たまらないと言った様子でサラがクロエに抱きついた。そのまま首に手を絡めほおずりをする。クロエは困惑した様子で、しかし無理に引っぺがすのもためらわれると言った様子でされるがままになっていた。
「全く……」
そしてそれを一人困った様子で、ため息をつきながらミーナは眺めるのであった。
「……ふぅ……余計に疲れました……」
「も、申し訳ありませんわ……」
クロエはぐったりした様子で木にもたれかかっていた。それを申し訳なさそうな、しかしどこか満たされたような表情でサラが見ている。広大な草原に点在する木陰の下、どこから取り出したのか大きなテーブルと椅子が並び、卓上にはティーセットが並べられていた。陶器で出来たそれは一見して高価であると分かる。
「お二人とも、お茶のご用意が出来ましたよ。」
手にポットを持ったミーナが声を掛けた。声をかけられた二人は立ち上がると椅子に腰を掛け、この世界で言う紅茶に当たるものが注がれたカップを手に取った。
「? ミーナ、どうして立っているんですの?」
「えっ? あぁ、いけませんね。長年のクセはそうそう簡単に抜けきらないものです。」
サラの側に控え直立していたミーナは苦笑を漏らすと、どこからともなく椅子をもう一脚取り出し自身も席に着いた。
「しかし、やっぱり私としては違和感がもの凄いのですが……」
「ミーナ、もうここは郷ではないのですからそういったことは無しですわ。私たちは今や旅路を共にする仲間なのですから。」
「そうですよ。それに、ボクはもともとそんなお付きの人がいる生活じゃないですし、こうしてみんなと一緒にお茶をする方が好きです。」
「お二人とも……」
二人の言葉に、ミーナは嬉しそうに微笑んだ。爽やかな風が草原を抜け、うららかな日差しと共に平和な時間を紡ぎ上げていく。
「しかし、クロエさん。」
しばらくの談笑と休憩の後に、ミーナが何か気づいたかのように言葉を発した。
「やはり身体小さいので少し椅子の大きさが合っていませんね。」
「なっ……!?」
痛いところを突かれたような表情でクロエが驚いた。確かに彼女の体躯だと、机から見える彼女の姿が少ない。
「……確かに、普段からボクもそう思っていました……けどっ! それを言ってしまったらボクが小さいことを自身で認めてしまうような気がして……ッ!」
恥ずかしさからだろうか、プルプルと小さく震えうつむくクロエ。本人には言えないだろうが、その姿こそが彼女の幼さをより強調してかわいらしさを引き立てている。自覚がないからこそのかわいらしさは時に大きな破壊力を生む。今も隣に座るサラが自身の顔を両手で覆っている。
ミーナも少し口の端が緩み掛けたが、おそらくニヤケ顔を隠しているだろうサラを見ると、自身が最後の良心だと言わんばかりに表情を引き締めた。
「……ゴホンッ……お嬢様?」
「……だ、大丈夫ですわ……」
「とにかく、次の国に行ったら家具屋を覗いてみましょう。丁度良い物があれば購入すれば良いですしね。」
「……そう言えば、聞いてませんでしたけど、今向かっている国ってどんなところなんですか?」
気持ちを立て直したのか、クロエがミーナに尋ねた。
「今向かっているのは、エルフの郷から一番近い国、通称光の国と呼ばれる所です。エルフの郷とわずかながら交流のある唯一の国ですね。」
「光の国、ですか……何というか奇妙な名前ですね。」
不思議そうにクロエは首をかしげた。今彼女の脳内に思い浮かんでいるのは、某光の巨人の国である。
「あぁ、クロエさんは知りませんでしたね。あの国はかつて世界を救ったとされる『|光の女神(アテナ)』が産まれた国なんですよ。国自体はそこまで大きくないんですが、彼女の生まれた国としていまだに世界中からいろんな人が訪れているんですよ。」
「へぇ……」
クロエが納得したようにうなずいた。すると、ようやく表情を立て直したのか、サラが言葉を続けてきた。
「……そう言えば、ちょっと前にあの国に勇者が現れたって話を聞きましたわね。」
「えっ、勇者ってそんなモンスターが現れるような感覚で現れるんですか?」
「いえ、どうやら転生者だったみたいですわ。事情を聞いて、色々確認してみたら本当に勇者だったみたいで……これは大魔王復活の兆しなのでは、と言う説も飛び出したらしいですわ。」
「……実際、大魔王は復活しちゃったようなものですけどね……でも、勇者、か……」
表情を暗くして、考え込むような素振りをした。それを見たサラは、慌てたような顔をして言葉を続けた。
「あ、あの! べ、別にクロエさんを責めてるわけじゃないんですのよ!? ただこういった説もあったと言う例示をしただけでして……その……ごめんなさいですわ……」
「お嬢様……」
「な、何ですの! そんな責めるような目で見ないでくださいます!?」
「今のは配慮に欠けますよ。全く……」
「これ見よがしにため息まで!? あぁ、もう! 何なんですの!?」
一人ヒートアップしたサラをからかうように相手するミーナ。サラ本人からしてみたらたまった物ではないだろうが、外から見ている分には微笑ましいものである。ただ、そこに一人取り残されたクロエは居心地悪そうに二人を見ていた。
「さて、お嬢様をからk……もとい、お相手するのはここまでにしまして――」
「今! 私を! からかうって! 言いましたわね!?」
サラの悲痛な叫びを華麗に無視する。
「何か考えていらっしゃる様子でしたが、クロエさん? 何か気になる事でも?」
「えっ!? えぇと……」
急に話を振られて驚いた様子をみせたクロエ。だが、すぐに思い出したように話し出した。
「……転生者の勇者って言葉が引っかかりまして……」
「そう言えば、クロエさんは前の世界でのご友人方と共に転生されたと仰ってましたね。」
「はい。その中の一人が、確か勇者だったと思うんです。」
「そうですか……確かに勇者が現れたという知らせを聞いたのも、お嬢様がクロエさんを森で保護した時期と近かったと思います。恐らくですが、十中八九その方が次代の勇者でしょう。」
「やっぱり、そう思いますか。」
「ええ。しかし、どうしますか? 相手は勇者ですよ? クロエさんが近づくのは些かマズい気がしますが……」
転生者であるクロエは転生の際に「魔王」というジョブを与えられていた。それだけでも勇者と会うべきではなかろうが、その身体には大魔王と思われる存在すらも封じられているのだ。常識で考えれば勇者の下へ行くべきではないだろう。
「でも、転生する前にそいつもボクが魔王だって事を知っているはずなんです。ボクと同じように記憶を保持したままなら、いきなり斬りかかってくる何てことはないはずです……たぶん。」
「そうですか。まぁ、あの国へ行く最大の目的はまた別にあるので、余裕があればお会いするのも良いと思いますよ。」
ミーナが優しく微笑んだ。そして二人の話がまとまったと感じ取ったサラが口を開いた。
「さっ、これからの方向性も決まったようですし、今日はもう少し進みますわ。クロエさん、身体の疲れは大丈夫ですの?」
「はい、おかげさまで。」
クロエとサラが立ち上がった。ミーナはそれを認めると、目にもとまらぬ早さで設置していた机と椅子を収納してしまう。そこにあったのは周りと変わらない草原の木陰の風景だった。
「お待たせいたしました。」
「お疲れ様、では行きましょうか。」
今度はサラを先頭にして一行は歩き出した。相変わらず空は青く澄み渡り、雲は遙か高く白く浮かんでいた。足に感じる草原の感触と吹き抜ける涼やかな風が髪を揺らす。足を踏み出す三人の表情はとても明るいものだった。
―続く―
勇者は望んでいた――この現状を打破したい。
勇者は知っていた――それは正しくないものだ。
勇者は諦めていた――自分の力ではどうしようもない。
勇者は決めていた――この国を、愛する人を守りたい。
だからこそ勇者は――××××××××××××。
世界最大の陸地面積を誇る大陸・イグナシアラントには、実に様々多種多様な気候地帯が存在する。
雨も降らず砂塵が宙を吹きすさぶ砂漠地帯から、常に身を切るような寒さと降りしきる豪雪が支配する永久凍土・ツンドラ気候。果てには、原理は不明だが、常に闇に覆われた正に常闇の世界まであると言う。
しかし、このジーフ樹海周辺は少なくともそのような極限地帯よりはとても快適な環境であるようだ。適度な雨と豊かな土壌は樹海周辺に広がる草原を育んでいる。重力を軽減する浮遊石を多く含んだ土地一帯が浮かんで出来た浮島の作る影が涼やかな一時をもたらす。時折生えている木々と、まるで緑の絨毯が敷き詰められているような広大な草原に生える草花が快い風にその身を揺らしているかのようだ。
そして、この広大な草原を歩くどこか奇妙な3つの影があった。
先頭を歩くのは、その背丈から年の頃にして10歳前後頃の少女であろう。腰よりも長く伸びたその髪は真っ白に日の光を反射させていた。フワフワとしたその髪は時折吹く風にその身をなびかせている。端整な顔立ちはほんの少しの幼さを見せている。特徴的な赤い瞳と少しとがった耳が、彼女が普通の存在で無いことを示している。見た目相応の可愛らしい服を着れば似合うだろうが、その身を包むのはモノクロの、どこか大人びた服であった。腰に巻いたスカート風の布は人外の最大の証、尻尾を隠すのに役目を果たしている。
先頭を歩く彼女だが、その様子は少し疲れているように見える。2番目を歩く女性が話しかけた。
「どうしたんですの、クロエさん?」
クロエと呼ばれた少女は声のした方へと振り返った。
「……最初はワクワクしたけど、こうも同じ景色ばかりだと流石に飽きてきました……」
「私はむしろ飽きるとかそういうことは考えたことはありませんでしたわ。良いじゃないですの、この平和な光景。見渡す限りの開放感に満ちあふれた草原! 森の中ではまず感じられませんわ。それに、遮蔽物が見当たらないので警戒も楽で良いですわね。」
「ボクも最初の内はそんな風にポジティブに考えられていたんですけど……」
「まぁ、クロエさんの元いた世界は文明が高度に発達していたそうですし、こうも何も起こらないと暇に感じてしまうのも無理ありませんわね。」
クロエに続く彼女、サラ・エルゼアリスはそう言って笑った。肩口で切りそろえられた輝くばかりの金髪と、透き通る様な肌。そして何より、長く伸びた耳が彼女がエルフである事を証明している。自我の強そうな瞳は深緑の光をたたえてその美しい色を輝かせていた。
全身を緑を基調とした服装で包んでいるのは、森での迷彩になるからだろうか。腰元からフワリと広がるような特徴的なスカートが印象的である。
その腰には弓が装備されていた。木で出来た通常とは異なる様相の弓だ。しかし、肝心の矢が見えない。だが、それもそのはず。彼女が弓を構え放つ矢は、魔法で出来た風の矢だからである。森に親しみ風を読むエルフである彼女ならではの装備である。
「あっ……気を悪くしちゃったらごめんなさい。こっちの世界も良いですよ。ただ、ボクは前の世界では生まれたときからここまでの自然にふれあったことがなくて慣れてなくて……」
「? 別に気にしていませんわ。そんなことより、クロエさん。疲れていたりなどはしませんの? それならばすぐにでも休憩を……」
「だ、大丈夫です!」
どこか焦ったようにクロエは返答した。
「……本当ですか?」
しかし、今まで沈黙を貫いてきた最後尾を歩く女性、ミーナ・アレクサンドリアが突然その口を開いた。草原を歩く人影の中で一番大きなシルエットと、一番違和感を抱かせる様相を持つ人物だ。クロエと似ている白と毛先が薄紫に染まった髪は束ねられ、前髪が右目を隠している。褐色の肌とサラと同じ長くとがった耳は、彼女がエルフでありながら高い闇属性の適性を持ったダークエルフである証拠だ。
だが、そこまで特徴的な見た目である彼女だが、出会った人全てに彼女の印象を聞くならばその返答は恐らく「侍女(メイド)」であろう。そう、彼女はこの草原に似つかわしくないロングのメイド服にその豊満な身を包んでいた。黒と白を基調としたメイド服が彼女の褐色の肌と白の髪とよく映えるのだが、如何せん場所との組み合わせは壊滅的であった。
ミーナは整った形の眉を少し歪め、困ったように頬に手を当てて言った。
「クロエさん、旅において多少の無茶はつきものかもしれませんが、それは過酷な状況であったり、一人での強行軍であったりする場合のみです。この様に周りに異常もなくパーティーを組んでいる場合は、むしろその無茶が全体へ迷惑を及ぼすんですよ?」
「う……」
痛いところを突かれたと言わんばかりに、クロエは口をつぐんだ。ミーナはそれを認めると一転、優しい笑みを顔に浮かべて言った。
「大丈夫ですよ。全体に迷惑を掛けまいとするそのお気持ちだけで、とても嬉しいですから。さっ、丁度お昼近いですし、そこの木陰で休憩に致しましょう。」
「はい、ごめんなさ……」
「違いますわ、クロエさん。私たちは別に誤って欲しいわけじゃないんですのよ? ねぇ、ミーナ?」
「その通りです。」
サラが少し怒ったような態度でクロエの言葉を遮った。だが、その口元は少しばかり緩んでいるように見える。本気で怒っているわけではなく、いわゆる見せかけなのだろう。クロエもそれに気がついたらしく、少し微笑みながら自分の言葉を訂正した。
「……そう、でしたね。ありがとうございます、サラ。ミーナさん。」
「~~~~~ッ! あぁ、もう! 可愛いですわねッ!!」
「わぁっ!?」
辛抱たまらないと言った様子でサラがクロエに抱きついた。そのまま首に手を絡めほおずりをする。クロエは困惑した様子で、しかし無理に引っぺがすのもためらわれると言った様子でされるがままになっていた。
「全く……」
そしてそれを一人困った様子で、ため息をつきながらミーナは眺めるのであった。
「……ふぅ……余計に疲れました……」
「も、申し訳ありませんわ……」
クロエはぐったりした様子で木にもたれかかっていた。それを申し訳なさそうな、しかしどこか満たされたような表情でサラが見ている。広大な草原に点在する木陰の下、どこから取り出したのか大きなテーブルと椅子が並び、卓上にはティーセットが並べられていた。陶器で出来たそれは一見して高価であると分かる。
「お二人とも、お茶のご用意が出来ましたよ。」
手にポットを持ったミーナが声を掛けた。声をかけられた二人は立ち上がると椅子に腰を掛け、この世界で言う紅茶に当たるものが注がれたカップを手に取った。
「? ミーナ、どうして立っているんですの?」
「えっ? あぁ、いけませんね。長年のクセはそうそう簡単に抜けきらないものです。」
サラの側に控え直立していたミーナは苦笑を漏らすと、どこからともなく椅子をもう一脚取り出し自身も席に着いた。
「しかし、やっぱり私としては違和感がもの凄いのですが……」
「ミーナ、もうここは郷ではないのですからそういったことは無しですわ。私たちは今や旅路を共にする仲間なのですから。」
「そうですよ。それに、ボクはもともとそんなお付きの人がいる生活じゃないですし、こうしてみんなと一緒にお茶をする方が好きです。」
「お二人とも……」
二人の言葉に、ミーナは嬉しそうに微笑んだ。爽やかな風が草原を抜け、うららかな日差しと共に平和な時間を紡ぎ上げていく。
「しかし、クロエさん。」
しばらくの談笑と休憩の後に、ミーナが何か気づいたかのように言葉を発した。
「やはり身体小さいので少し椅子の大きさが合っていませんね。」
「なっ……!?」
痛いところを突かれたような表情でクロエが驚いた。確かに彼女の体躯だと、机から見える彼女の姿が少ない。
「……確かに、普段からボクもそう思っていました……けどっ! それを言ってしまったらボクが小さいことを自身で認めてしまうような気がして……ッ!」
恥ずかしさからだろうか、プルプルと小さく震えうつむくクロエ。本人には言えないだろうが、その姿こそが彼女の幼さをより強調してかわいらしさを引き立てている。自覚がないからこそのかわいらしさは時に大きな破壊力を生む。今も隣に座るサラが自身の顔を両手で覆っている。
ミーナも少し口の端が緩み掛けたが、おそらくニヤケ顔を隠しているだろうサラを見ると、自身が最後の良心だと言わんばかりに表情を引き締めた。
「……ゴホンッ……お嬢様?」
「……だ、大丈夫ですわ……」
「とにかく、次の国に行ったら家具屋を覗いてみましょう。丁度良い物があれば購入すれば良いですしね。」
「……そう言えば、聞いてませんでしたけど、今向かっている国ってどんなところなんですか?」
気持ちを立て直したのか、クロエがミーナに尋ねた。
「今向かっているのは、エルフの郷から一番近い国、通称光の国と呼ばれる所です。エルフの郷とわずかながら交流のある唯一の国ですね。」
「光の国、ですか……何というか奇妙な名前ですね。」
不思議そうにクロエは首をかしげた。今彼女の脳内に思い浮かんでいるのは、某光の巨人の国である。
「あぁ、クロエさんは知りませんでしたね。あの国はかつて世界を救ったとされる『|光の女神(アテナ)』が産まれた国なんですよ。国自体はそこまで大きくないんですが、彼女の生まれた国としていまだに世界中からいろんな人が訪れているんですよ。」
「へぇ……」
クロエが納得したようにうなずいた。すると、ようやく表情を立て直したのか、サラが言葉を続けてきた。
「……そう言えば、ちょっと前にあの国に勇者が現れたって話を聞きましたわね。」
「えっ、勇者ってそんなモンスターが現れるような感覚で現れるんですか?」
「いえ、どうやら転生者だったみたいですわ。事情を聞いて、色々確認してみたら本当に勇者だったみたいで……これは大魔王復活の兆しなのでは、と言う説も飛び出したらしいですわ。」
「……実際、大魔王は復活しちゃったようなものですけどね……でも、勇者、か……」
表情を暗くして、考え込むような素振りをした。それを見たサラは、慌てたような顔をして言葉を続けた。
「あ、あの! べ、別にクロエさんを責めてるわけじゃないんですのよ!? ただこういった説もあったと言う例示をしただけでして……その……ごめんなさいですわ……」
「お嬢様……」
「な、何ですの! そんな責めるような目で見ないでくださいます!?」
「今のは配慮に欠けますよ。全く……」
「これ見よがしにため息まで!? あぁ、もう! 何なんですの!?」
一人ヒートアップしたサラをからかうように相手するミーナ。サラ本人からしてみたらたまった物ではないだろうが、外から見ている分には微笑ましいものである。ただ、そこに一人取り残されたクロエは居心地悪そうに二人を見ていた。
「さて、お嬢様をからk……もとい、お相手するのはここまでにしまして――」
「今! 私を! からかうって! 言いましたわね!?」
サラの悲痛な叫びを華麗に無視する。
「何か考えていらっしゃる様子でしたが、クロエさん? 何か気になる事でも?」
「えっ!? えぇと……」
急に話を振られて驚いた様子をみせたクロエ。だが、すぐに思い出したように話し出した。
「……転生者の勇者って言葉が引っかかりまして……」
「そう言えば、クロエさんは前の世界でのご友人方と共に転生されたと仰ってましたね。」
「はい。その中の一人が、確か勇者だったと思うんです。」
「そうですか……確かに勇者が現れたという知らせを聞いたのも、お嬢様がクロエさんを森で保護した時期と近かったと思います。恐らくですが、十中八九その方が次代の勇者でしょう。」
「やっぱり、そう思いますか。」
「ええ。しかし、どうしますか? 相手は勇者ですよ? クロエさんが近づくのは些かマズい気がしますが……」
転生者であるクロエは転生の際に「魔王」というジョブを与えられていた。それだけでも勇者と会うべきではなかろうが、その身体には大魔王と思われる存在すらも封じられているのだ。常識で考えれば勇者の下へ行くべきではないだろう。
「でも、転生する前にそいつもボクが魔王だって事を知っているはずなんです。ボクと同じように記憶を保持したままなら、いきなり斬りかかってくる何てことはないはずです……たぶん。」
「そうですか。まぁ、あの国へ行く最大の目的はまた別にあるので、余裕があればお会いするのも良いと思いますよ。」
ミーナが優しく微笑んだ。そして二人の話がまとまったと感じ取ったサラが口を開いた。
「さっ、これからの方向性も決まったようですし、今日はもう少し進みますわ。クロエさん、身体の疲れは大丈夫ですの?」
「はい、おかげさまで。」
クロエとサラが立ち上がった。ミーナはそれを認めると、目にもとまらぬ早さで設置していた机と椅子を収納してしまう。そこにあったのは周りと変わらない草原の木陰の風景だった。
「お待たせいたしました。」
「お疲れ様、では行きましょうか。」
今度はサラを先頭にして一行は歩き出した。相変わらず空は青く澄み渡り、雲は遙か高く白く浮かんでいた。足に感じる草原の感触と吹き抜ける涼やかな風が髪を揺らす。足を踏み出す三人の表情はとても明るいものだった。
―続く―
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実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
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