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第二章:光の国・オーラント
第25話
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晴れた靄の向こう、堂々と立つその姿は紛れもなくクロエだった。その身体にはコーガの攻撃によってできた傷が見当たらない。
不意にコーガの両手から影が離れた。両腕が自由になる。コーガは短剣を投げ捨てながら、脱力したように地面に座り込んだ。
「……一体、どういうカラクリだ? 自慢じゃねぇが、俺の魔法は属性極大魔法よりも上の自信があったんだがな。」
コーガが苦笑いで言う。その言葉は決して過剰な物ではなかった。クロエは相変わらずの無表情で返す。
「……ボクも、転生者だったって事だよ。」
「あ?」
クロエの言葉にコーガは胡乱な声を上げた。するとクロエはコーガに近づき、自身の右手を掲げて見せた。
「おいで、【始端者】。」
その詠唱と同時に、クロエの右手からまるで水がこぼれ出るかのように黒い物体が現れた。驚くコーガの目の前でその物体は蠢き、まるで漆黒の蛇のような形を取る。そしてクロエの身体を締め付けるかのように身体の周りを漂い始めた。
「これがボクの特殊魔法だよ。闇黒特殊魔法・【始端者】。相手の魔法を吸収して自分の力に変えることができる。さっきの魔法も、ボクに当たる部分はこれで吸収したんだ。」
クロエの言葉を聞いて、コーガはポカンと驚いていた。だが、少しすると今度は「クックッ……」と声を上げ、最後には大声で笑い出した。
「ハッハッハ!! 何だそのチートは! ったく、とんだ隠し球仕込みやがって……してやられたよ。そうだよな、お前だって俺と同じように特殊魔法が使えたっておかしくないよなぁ……あ~あ、毎回毎回土壇場でミスること多いなぁ、俺は。」
「……ボクだって、狙ってたわけじゃないさ。ボクが何でこの力を使えるかもわからない。何でこんな魔法なのかも、分からないよ。」
「……いつか、わかるさ。その魔法は、間違いなくお前の望みに応じて作られてんだからな。しっかし、魔法吸収か。ククッ、ずるいったらねぇなぁ。」
その後もコーガは抑えられないという風に笑いを漏らしていた。クロエはいまだにその様子を無表情で見つめている。
ひとしきり笑って満足したのか、コーガは深呼吸を一つするとまるで自宅の居間にいるかのようなリラックスしたような表情で言った。
「……さて、俺は俺の全力を出し尽くした。悔いはねぇさ。たぶん俺が負けたことでカレンの命も大丈夫だろう。ほら、抵抗しねぇから。俺を、殺せ。」
その言葉に今まで無反応を貫いていたクロエが、初めて反応を返した。しかし、それは指先をピクンと軽く動かすといった微かな物である。それを見てコーガは満足そうな表情だった。
クロエが空中に浮かび上がった。高度をあげて城全体を見渡せる位置をとる。そこから何かを探すように眼下を見渡すが、すぐにコーガの方へ向き直るとその両手を天高く掲げた。そしてとてつもないほどの魔力を掌へ集め出す。
集めた魔力があふれ出す。その莫大な魔力は空間を歪めてみせるほどだった。クロエの背後に巨大な魔方陣が浮かび上がる。その色はコーガの展開した色と真逆、紫の燐光を伴う黒色だった。
――少し時はさかのぼり、城下では。
「――! ゴーレムの動きが!?」
フランベルジェが驚いたように声を上げた。フランベルジェ率いる反奴隷派の近衛部隊が対ゴーレム人員として加わり、押し寄せるゴーレムの猛攻を押し返しかけていた時だった。急にゴーレム達がその動きを止めたのだ。
「これは……成功したんですのね、ミーナ!」
その声と同時に、城の上階から飛び出す影があった。その影は空中で回転して体制を整えると、地上にほとんど音を立てずに着地した。白黒のメイド服に身を包んだ銀髪の麗女、ミーナ・アレクサンドリアである。
服装の乱れを直したミーナはいつものすまし顔でサラに話しかけた。
「お待たせいたしました、お嬢様。ゴーレムを操っていた魔術師らの捕縛、無力化に成功しました。おや、そちらの方は……?」
「あ、あぁ……私はこの王宮の元・近衛部隊部隊長のフランベルジェという者だ。此度の革命に王宮内の反奴隷派を率いて参加している。」
「フランベルジェ様ですね。私、エルフの郷出身のミーナ・アレクサンドリアと申します。この度はギルドから『黒紙』を頂戴いたしまして、参加させていただいております。」
「おぉ! 直前に解放戦線の方からギルドのAランクメンバーの派遣があると聞いていたが、もしや貴女がそうだったのか!」
「違いますよ。」
「……な、何? いや、無礼を承知で言うが、こちらの方は恐らく私と同じくらいの強さだろう? だとすれば貴女以外いないのではないか?」
フランベルジェが混乱したように言った。あまりの混乱ぶりにポロッと失言を漏らしている。
「謙遜でも何でもありませんよ。私はランクで言えばB+です。ギルドカードもありますよ。ご覧になりますか?」
胸元のボタンを外し、その谷間からギルドカードを取り出す。フランベルジェはその行動に突っ込みを入れる事無くカードを受け取り、「ほ、本当だ……」と呟いていた。ツッコミの不在にミーナは少し寂しそうにしていた。
「疑って済まなかった。では、その例のAランクのお方はどちらに……?」
フランベルジェがミーナのカードを返しながら尋ねた。
「クロエさんなら、革命の最初の方に勇者足止めのため、飛び去って行かれましたが。」
その言葉を聞いてフランベルジェが「しまった!」と言う顔をした。一方のサラはその表情を曇らせる。ミーナだけが一人眉をひそめている。
「……? どうされたんですか?」
「その……」
フランベルジェが言いにくそうに口ごもる。視線を、それはもう盛大に泳がせていた。
「……先ほどの莫大な魔力は、感じませんでしたの?」
顔をうつむかせたまま、サラが暗い声で質問をした。その疑問にミーナは答える。
「確かに、途中で凄まじい魔力の波を感じましたね。しかし、それが何か……?」
「あの魔力、フランベルジェさんが言うには勇者の放つ魔法らしいですの……そして、その勇者と対峙しているのは、クロエさん……あ、あんな魔力を放たれては……いくらクロエさんだって……!」
そこまで言うと、サラは限界とばかりに両手で顔を覆った。その頭の中では最悪の事態を思い描いているのだろう。
その様子を見たミーナは少し考える様子を見せると、口元に笑みを浮かべた。サラの肩に手を置く。
「お嬢様、ご安心ください。ほら、よく集中して探ってみてください。先ほどの魔力の余波なのか、少しわかりにくいですけれども……」
「――! ほ、本当ですわ! クロエさんの魔力ですわ!」
サラの表情が一気に明るくなった。まるで靄がかかったかのように感知しづらいが、確かにクロエの魔力を感じ取れたのだ。
「ふむ……あの魔法をどうやってかいくぐったのか、是非とも聞いてみたいものだ。」
フランベルジェはしきりに感心していた。そして二人の方に話しかけようと顔を上げると、当の二人は何故だか表情を曇らせている。
「ど、どうしたんだ?」
「あっ、申し訳ありません。ここから感じるクロエさんの魔力が少々おかしいようでして……」
ミーナが眉をひそめながら答える。サラも同じような表情だ。フランベルジェは一人取り残されたような気持ちだった。
「私は魔法適正値が低いからな……その魔力とやらもよくわからん……」
「こればかりはどうしようもありませんわね……あっ、あれは……!」
サラが空高くを指さした。薄明の夜空に小さく白い人影が見える。
「クロエさんですね。やはり無事でしたか。しかし、あのように飛び上がって何をするつもりなんでしょう? それにこの、尋常ではない魔力……」
ミーナが安心半分、不安半分と言った様子で呟いた。その間にもクロエは高度を上げる。ある段階で上昇を止めた。そして、すこし下を見回した後、一点を見つめながら両手を上に掲げた。
「一体何をしてるんでしょう……?」
サラが不審そうな声を上げたその時、空中高くにいるクロエ周辺の空間が歪んだ。同時に今まで感じていた魔力が桁違いに跳ね上がる。
「な、なんだアレは……!?」
魔力を感じ取れないはずのフランベルジェさえ、その異様な雰囲気を感じ取った。クロエの生み出した空間の歪みは、やがて黒色の巨大な魔方陣を展開させた。地上からでもよく分かるその巨大さは異常さを感じさせる。
フランベルジェとサラは空中の魔方陣をただ不思議そうに見ていたが、ミーナだけがその魔方陣を正しく認識していた。
(あ、あの魔方陣は……!!)
「お嬢様、フランベルジェ様!! 一刻も早くここから退避を!!」
平生の彼女からは考えられない、とても焦った様子でこの場からの退避を進言してきた。その様子にサラは無論のこと、出逢って間もないフランベルジェまでもが疑問を抱いた。
「ミーナ? そんなに慌ててどうしたって言うんですの?」
「クロエさんの展開しているあの魔法、あれは極大魔法の魔方陣です! しかも、通常の何倍もの魔力を込めている様です! このままでは、ここら一帯はこの城ごと消え去ります!!」
「何だと!? まだ革命は決していない! カレン様だって救出できていないんだぞ!!」
「それはクロエさんも分かっているはずです……なぜあのような事を……!?」
事情を理解した三人が周囲に撤退を指示し始める。だが、ほぼ体勢が決していた状況において、撤退指示は上手く浸透しなかった。その間にも魔力はどんどん高まっていく。
魔力を高めながら空高くに浮かぶクロエを見つめながら、ミーナは心の中で葛藤していた。
(マズい。このままでは、この城の中にいる全ての命が消え去ってしまう……! いや、城だけでは済まない! どうする? 私ではどうしようもできない、少なくとも今の私では……!)
魔方陣を観察する。とうとう込められた魔力が限界値に達しようとしていた。もはや放たれるのも、時間の問題であろう。
(こうなったら、何振り構っていられない。ギリギリまで粘り、寸前まで待とう。しかし、最後の瞬間には、封印を解くしか……!)
ミーナが普段は髪の下に隠している仮面に手を掛ける。だが、誰もその様子を見た者はいなかった。
――時を同じくして。
クロエの様子を注視している存在がもう一人いた。彼はじっと勇者を中心にその場を監視していた。革命が始まる前から勇者の様子を監視していた。
そう、コーガの危惧していた監視者である。
彼は魔法の才能に恵まれなかった。魔法を行使できるギリギリの適正値を持ちつつ、木っ端仕事を生きる糧にしてきた。だが、そんな彼にも唯一と言って良い取り柄があった。
それこそ、彼自身が悩んでいた「魔法が使えるギリギリの適正値の低さ」であった。
彼はその適正値の低さ故に、魔力を気取られなかった。そしてほんの僅かな魔法の才のすべてを、気配を消したり気取られないようにしたりという魔法に特化させた。
その結果、彼は王宮で召し抱えられる事になった。ただし、王に仇為す者を見つける監視者として、だ。かれは自身の取り柄と魔法を駆使して王に反逆する者を数多くあぶり出してきた。そして、数え切れないほどの汚れ仕事も行ってきた。
そして何時しか、その不確かな存在を恐れてこう呼ばれるようになった。
「不視者」と――
(先ほどは危なかった……まさか勇者があの魔法を使うとは。念のため離れていて正解だったな。)
彼は現在、勇者とその知人らしき少女の戦いの場面を少し離れた空中で監視していた。勇者に何か不審な行動があれば、すぐにでもカレン王妃を殺しに行けるように待機していた。
彼の魔力では空を飛ぶことができない。彼をインビジブルたらしめる魔法の展開に全ての魔力を注ぎ込んでいるからだ。そもそもそんな魔法すら覚えてはいなかった。彼を支えているのは、王が「蒸奇の国」と言う国の、とある業者から大量の戦闘ゴーレムを輸入した際に共に仕入れた、魔力を一切使用しない空中浮遊装置である。
(しかし、先ほどからアイツらは聞いたこともない言葉で話す……おかげで何を話しているか分からないではないか。)
彼には勇者と少女の操る言葉が理解できなかった。人類共通語を含め、ある程度の言語を収めていたが、彼らの話す言語は聞いたこともなかった。故にその行動で判断するしかない。行動の上では彼らは互いに戦っているようにしか見えなかった。
(だが、勇者の切り札は少女には通じなかった。そして今、彼女は勇者にトドメを差すべく魔力を高ぶらせている。この魔力量、尋常ではない……一体何者だ? だが、おそらくこれで勇者は死ぬだろう。そうなれば、無理にカレン王妃を殺すこともない。私とて好き好んで殺しはしたくない。)
彼はインビジブルとして恐れられ数多くの人物を暗殺してきたが、実は心の底では殺すことを拒んでいた。できれば殺したくない。だが、それでも彼が数多くの血でその両手を汚してきたのは、ひとえにその心臓にかけられた呪いのよるものだった。
彼は王によって心臓にある呪いを掛けられていた。王の命に逆らう、王に嘘を吐く。そう言った行動を取った瞬間、彼の心臓にしかけられた魔法が彼の心臓に穴を開けるのだ。彼はその呪い故に望まぬ仕事に身をやつすことになったのだ。
(さぁ、どうなる――?)
(あ~あ、アイツマジで殺しに来てるよ……)
コーガは空中に浮かぶクロエを見てそう考えていた。魔法に詳しくない彼でもクロエが放とうとしている魔法が強力なのはわかる。一種の野性的勘、生存本能のような物だろう。
(それにしても、ちょっと強すぎやしないか? あの威力だとこの辺全域が吹っ飛ばねぇか? まぁ、アイツなら大丈夫だろ……)
不思議とそんな考えが浮かんできた。再開してほんの数日だが、クロエとは前世からの腐れ縁である。彼女になってしまった元・彼ではあるが、クロエのことはよく知っている。信じるには十分だ。
とうとう魔力がたまったようだ。クロエから感じる魔力は国ひとつを滅ぼして尚余力を残すようなほどである。
「【暗黒極大魔法】。」
クロエが言葉と共に巨大な魔力球が魔方陣より生み出される。そしてそれはそのままコーガへ向けて放たれた。
「……じゃあな、クロエ。」
―続く―
不意にコーガの両手から影が離れた。両腕が自由になる。コーガは短剣を投げ捨てながら、脱力したように地面に座り込んだ。
「……一体、どういうカラクリだ? 自慢じゃねぇが、俺の魔法は属性極大魔法よりも上の自信があったんだがな。」
コーガが苦笑いで言う。その言葉は決して過剰な物ではなかった。クロエは相変わらずの無表情で返す。
「……ボクも、転生者だったって事だよ。」
「あ?」
クロエの言葉にコーガは胡乱な声を上げた。するとクロエはコーガに近づき、自身の右手を掲げて見せた。
「おいで、【始端者】。」
その詠唱と同時に、クロエの右手からまるで水がこぼれ出るかのように黒い物体が現れた。驚くコーガの目の前でその物体は蠢き、まるで漆黒の蛇のような形を取る。そしてクロエの身体を締め付けるかのように身体の周りを漂い始めた。
「これがボクの特殊魔法だよ。闇黒特殊魔法・【始端者】。相手の魔法を吸収して自分の力に変えることができる。さっきの魔法も、ボクに当たる部分はこれで吸収したんだ。」
クロエの言葉を聞いて、コーガはポカンと驚いていた。だが、少しすると今度は「クックッ……」と声を上げ、最後には大声で笑い出した。
「ハッハッハ!! 何だそのチートは! ったく、とんだ隠し球仕込みやがって……してやられたよ。そうだよな、お前だって俺と同じように特殊魔法が使えたっておかしくないよなぁ……あ~あ、毎回毎回土壇場でミスること多いなぁ、俺は。」
「……ボクだって、狙ってたわけじゃないさ。ボクが何でこの力を使えるかもわからない。何でこんな魔法なのかも、分からないよ。」
「……いつか、わかるさ。その魔法は、間違いなくお前の望みに応じて作られてんだからな。しっかし、魔法吸収か。ククッ、ずるいったらねぇなぁ。」
その後もコーガは抑えられないという風に笑いを漏らしていた。クロエはいまだにその様子を無表情で見つめている。
ひとしきり笑って満足したのか、コーガは深呼吸を一つするとまるで自宅の居間にいるかのようなリラックスしたような表情で言った。
「……さて、俺は俺の全力を出し尽くした。悔いはねぇさ。たぶん俺が負けたことでカレンの命も大丈夫だろう。ほら、抵抗しねぇから。俺を、殺せ。」
その言葉に今まで無反応を貫いていたクロエが、初めて反応を返した。しかし、それは指先をピクンと軽く動かすといった微かな物である。それを見てコーガは満足そうな表情だった。
クロエが空中に浮かび上がった。高度をあげて城全体を見渡せる位置をとる。そこから何かを探すように眼下を見渡すが、すぐにコーガの方へ向き直るとその両手を天高く掲げた。そしてとてつもないほどの魔力を掌へ集め出す。
集めた魔力があふれ出す。その莫大な魔力は空間を歪めてみせるほどだった。クロエの背後に巨大な魔方陣が浮かび上がる。その色はコーガの展開した色と真逆、紫の燐光を伴う黒色だった。
――少し時はさかのぼり、城下では。
「――! ゴーレムの動きが!?」
フランベルジェが驚いたように声を上げた。フランベルジェ率いる反奴隷派の近衛部隊が対ゴーレム人員として加わり、押し寄せるゴーレムの猛攻を押し返しかけていた時だった。急にゴーレム達がその動きを止めたのだ。
「これは……成功したんですのね、ミーナ!」
その声と同時に、城の上階から飛び出す影があった。その影は空中で回転して体制を整えると、地上にほとんど音を立てずに着地した。白黒のメイド服に身を包んだ銀髪の麗女、ミーナ・アレクサンドリアである。
服装の乱れを直したミーナはいつものすまし顔でサラに話しかけた。
「お待たせいたしました、お嬢様。ゴーレムを操っていた魔術師らの捕縛、無力化に成功しました。おや、そちらの方は……?」
「あ、あぁ……私はこの王宮の元・近衛部隊部隊長のフランベルジェという者だ。此度の革命に王宮内の反奴隷派を率いて参加している。」
「フランベルジェ様ですね。私、エルフの郷出身のミーナ・アレクサンドリアと申します。この度はギルドから『黒紙』を頂戴いたしまして、参加させていただいております。」
「おぉ! 直前に解放戦線の方からギルドのAランクメンバーの派遣があると聞いていたが、もしや貴女がそうだったのか!」
「違いますよ。」
「……な、何? いや、無礼を承知で言うが、こちらの方は恐らく私と同じくらいの強さだろう? だとすれば貴女以外いないのではないか?」
フランベルジェが混乱したように言った。あまりの混乱ぶりにポロッと失言を漏らしている。
「謙遜でも何でもありませんよ。私はランクで言えばB+です。ギルドカードもありますよ。ご覧になりますか?」
胸元のボタンを外し、その谷間からギルドカードを取り出す。フランベルジェはその行動に突っ込みを入れる事無くカードを受け取り、「ほ、本当だ……」と呟いていた。ツッコミの不在にミーナは少し寂しそうにしていた。
「疑って済まなかった。では、その例のAランクのお方はどちらに……?」
フランベルジェがミーナのカードを返しながら尋ねた。
「クロエさんなら、革命の最初の方に勇者足止めのため、飛び去って行かれましたが。」
その言葉を聞いてフランベルジェが「しまった!」と言う顔をした。一方のサラはその表情を曇らせる。ミーナだけが一人眉をひそめている。
「……? どうされたんですか?」
「その……」
フランベルジェが言いにくそうに口ごもる。視線を、それはもう盛大に泳がせていた。
「……先ほどの莫大な魔力は、感じませんでしたの?」
顔をうつむかせたまま、サラが暗い声で質問をした。その疑問にミーナは答える。
「確かに、途中で凄まじい魔力の波を感じましたね。しかし、それが何か……?」
「あの魔力、フランベルジェさんが言うには勇者の放つ魔法らしいですの……そして、その勇者と対峙しているのは、クロエさん……あ、あんな魔力を放たれては……いくらクロエさんだって……!」
そこまで言うと、サラは限界とばかりに両手で顔を覆った。その頭の中では最悪の事態を思い描いているのだろう。
その様子を見たミーナは少し考える様子を見せると、口元に笑みを浮かべた。サラの肩に手を置く。
「お嬢様、ご安心ください。ほら、よく集中して探ってみてください。先ほどの魔力の余波なのか、少しわかりにくいですけれども……」
「――! ほ、本当ですわ! クロエさんの魔力ですわ!」
サラの表情が一気に明るくなった。まるで靄がかかったかのように感知しづらいが、確かにクロエの魔力を感じ取れたのだ。
「ふむ……あの魔法をどうやってかいくぐったのか、是非とも聞いてみたいものだ。」
フランベルジェはしきりに感心していた。そして二人の方に話しかけようと顔を上げると、当の二人は何故だか表情を曇らせている。
「ど、どうしたんだ?」
「あっ、申し訳ありません。ここから感じるクロエさんの魔力が少々おかしいようでして……」
ミーナが眉をひそめながら答える。サラも同じような表情だ。フランベルジェは一人取り残されたような気持ちだった。
「私は魔法適正値が低いからな……その魔力とやらもよくわからん……」
「こればかりはどうしようもありませんわね……あっ、あれは……!」
サラが空高くを指さした。薄明の夜空に小さく白い人影が見える。
「クロエさんですね。やはり無事でしたか。しかし、あのように飛び上がって何をするつもりなんでしょう? それにこの、尋常ではない魔力……」
ミーナが安心半分、不安半分と言った様子で呟いた。その間にもクロエは高度を上げる。ある段階で上昇を止めた。そして、すこし下を見回した後、一点を見つめながら両手を上に掲げた。
「一体何をしてるんでしょう……?」
サラが不審そうな声を上げたその時、空中高くにいるクロエ周辺の空間が歪んだ。同時に今まで感じていた魔力が桁違いに跳ね上がる。
「な、なんだアレは……!?」
魔力を感じ取れないはずのフランベルジェさえ、その異様な雰囲気を感じ取った。クロエの生み出した空間の歪みは、やがて黒色の巨大な魔方陣を展開させた。地上からでもよく分かるその巨大さは異常さを感じさせる。
フランベルジェとサラは空中の魔方陣をただ不思議そうに見ていたが、ミーナだけがその魔方陣を正しく認識していた。
(あ、あの魔方陣は……!!)
「お嬢様、フランベルジェ様!! 一刻も早くここから退避を!!」
平生の彼女からは考えられない、とても焦った様子でこの場からの退避を進言してきた。その様子にサラは無論のこと、出逢って間もないフランベルジェまでもが疑問を抱いた。
「ミーナ? そんなに慌ててどうしたって言うんですの?」
「クロエさんの展開しているあの魔法、あれは極大魔法の魔方陣です! しかも、通常の何倍もの魔力を込めている様です! このままでは、ここら一帯はこの城ごと消え去ります!!」
「何だと!? まだ革命は決していない! カレン様だって救出できていないんだぞ!!」
「それはクロエさんも分かっているはずです……なぜあのような事を……!?」
事情を理解した三人が周囲に撤退を指示し始める。だが、ほぼ体勢が決していた状況において、撤退指示は上手く浸透しなかった。その間にも魔力はどんどん高まっていく。
魔力を高めながら空高くに浮かぶクロエを見つめながら、ミーナは心の中で葛藤していた。
(マズい。このままでは、この城の中にいる全ての命が消え去ってしまう……! いや、城だけでは済まない! どうする? 私ではどうしようもできない、少なくとも今の私では……!)
魔方陣を観察する。とうとう込められた魔力が限界値に達しようとしていた。もはや放たれるのも、時間の問題であろう。
(こうなったら、何振り構っていられない。ギリギリまで粘り、寸前まで待とう。しかし、最後の瞬間には、封印を解くしか……!)
ミーナが普段は髪の下に隠している仮面に手を掛ける。だが、誰もその様子を見た者はいなかった。
――時を同じくして。
クロエの様子を注視している存在がもう一人いた。彼はじっと勇者を中心にその場を監視していた。革命が始まる前から勇者の様子を監視していた。
そう、コーガの危惧していた監視者である。
彼は魔法の才能に恵まれなかった。魔法を行使できるギリギリの適正値を持ちつつ、木っ端仕事を生きる糧にしてきた。だが、そんな彼にも唯一と言って良い取り柄があった。
それこそ、彼自身が悩んでいた「魔法が使えるギリギリの適正値の低さ」であった。
彼はその適正値の低さ故に、魔力を気取られなかった。そしてほんの僅かな魔法の才のすべてを、気配を消したり気取られないようにしたりという魔法に特化させた。
その結果、彼は王宮で召し抱えられる事になった。ただし、王に仇為す者を見つける監視者として、だ。かれは自身の取り柄と魔法を駆使して王に反逆する者を数多くあぶり出してきた。そして、数え切れないほどの汚れ仕事も行ってきた。
そして何時しか、その不確かな存在を恐れてこう呼ばれるようになった。
「不視者」と――
(先ほどは危なかった……まさか勇者があの魔法を使うとは。念のため離れていて正解だったな。)
彼は現在、勇者とその知人らしき少女の戦いの場面を少し離れた空中で監視していた。勇者に何か不審な行動があれば、すぐにでもカレン王妃を殺しに行けるように待機していた。
彼の魔力では空を飛ぶことができない。彼をインビジブルたらしめる魔法の展開に全ての魔力を注ぎ込んでいるからだ。そもそもそんな魔法すら覚えてはいなかった。彼を支えているのは、王が「蒸奇の国」と言う国の、とある業者から大量の戦闘ゴーレムを輸入した際に共に仕入れた、魔力を一切使用しない空中浮遊装置である。
(しかし、先ほどからアイツらは聞いたこともない言葉で話す……おかげで何を話しているか分からないではないか。)
彼には勇者と少女の操る言葉が理解できなかった。人類共通語を含め、ある程度の言語を収めていたが、彼らの話す言語は聞いたこともなかった。故にその行動で判断するしかない。行動の上では彼らは互いに戦っているようにしか見えなかった。
(だが、勇者の切り札は少女には通じなかった。そして今、彼女は勇者にトドメを差すべく魔力を高ぶらせている。この魔力量、尋常ではない……一体何者だ? だが、おそらくこれで勇者は死ぬだろう。そうなれば、無理にカレン王妃を殺すこともない。私とて好き好んで殺しはしたくない。)
彼はインビジブルとして恐れられ数多くの人物を暗殺してきたが、実は心の底では殺すことを拒んでいた。できれば殺したくない。だが、それでも彼が数多くの血でその両手を汚してきたのは、ひとえにその心臓にかけられた呪いのよるものだった。
彼は王によって心臓にある呪いを掛けられていた。王の命に逆らう、王に嘘を吐く。そう言った行動を取った瞬間、彼の心臓にしかけられた魔法が彼の心臓に穴を開けるのだ。彼はその呪い故に望まぬ仕事に身をやつすことになったのだ。
(さぁ、どうなる――?)
(あ~あ、アイツマジで殺しに来てるよ……)
コーガは空中に浮かぶクロエを見てそう考えていた。魔法に詳しくない彼でもクロエが放とうとしている魔法が強力なのはわかる。一種の野性的勘、生存本能のような物だろう。
(それにしても、ちょっと強すぎやしないか? あの威力だとこの辺全域が吹っ飛ばねぇか? まぁ、アイツなら大丈夫だろ……)
不思議とそんな考えが浮かんできた。再開してほんの数日だが、クロエとは前世からの腐れ縁である。彼女になってしまった元・彼ではあるが、クロエのことはよく知っている。信じるには十分だ。
とうとう魔力がたまったようだ。クロエから感じる魔力は国ひとつを滅ぼして尚余力を残すようなほどである。
「【暗黒極大魔法】。」
クロエが言葉と共に巨大な魔力球が魔方陣より生み出される。そしてそれはそのままコーガへ向けて放たれた。
「……じゃあな、クロエ。」
―続く―
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異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~
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仲間には使えないと蔑まれ、ギルドには落第勇者の烙印を押され、現地人には殺害されかけ、挙句の果てに大事な人を亡くし、見ず知らずの土地の最底辺で生きていくことになった真緒だったが、彼女はまだ〝ステータスオープン〟の可能性に気づいていないだけだった。
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※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。
※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。
※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。
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