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第四章:犠牲の国・ポルタ
第101話
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凄まじい勢いで地表へ向かったエリーは右手を握りしめ振りかぶり、飛翔のスピードをそのままにカーミラへ向かって拳を突き出した。カーミラはそれを確認すると身をひるがえし避ける。
轟音と共にエリーの拳が大講堂の床へ突き立てられた。石の床材を粉々に粉砕したエリーの右手は見るも無残な事になっている。原形を留めない拳に骨の突き出した腕に肘、常人なら痛みで叫びだしてもおかしくない。
しかしエリーはその拳に見向きもしなかった。何故なら次の瞬間には、エリーの右手は元通りの形状に戻っていたのだから。そこには傷一つもなく、先ほどの負傷が嘘のようだ。
エリーはどうやら初めから攻撃を当てるつもりはなかったらしい。攻撃を避けたカーミラを一瞥すると、つかつかとクロエの下へ歩み寄り突き刺さった白の十字架、「光十字《リュミエール》」を引き抜いた。
「ハァイ、久しぶりねクロエ。アンタのせいであらぬ疑いをあの二人でかけられたわ。後で責任取ってもらうわよ?」
笑みを浮かべた表情で茶化した挨拶を送るエリー。その言葉にクロエは苦笑を浮かべると立ち上がり礼を言った。
「ありがと、エリー。危ないところだったよ。」
「本当よ。さっきのあのアイアンメイデン、アイツの得意技なの。あれに入れられたが最後、アイツしか知らない特別な場所に転送させられていたでしょうね。間に合ってよかったわ。」
光十字《リュミエール》を肩に担ぎ、エリーはあっけらかんと言った。軽く言っているがまさに間一髪だったのだろう。
「それにしても、本当にこの国にいるなんてね。ようやく見つけたわよ、カーミラ!」
肩に担いでいた光十字《リュミエール》を突きつけ、鋭い視線でエリーは声を上げた。その槍の切っ先、エリーの方を不機嫌な様子で見ているカーミラがいる。
「なんでエリーちゃんがここにいるのよ。あーもー、ほんと最悪! せっかくクロエが手に入りそうだったのに!」
「残念でした。どう? 欲しいものが手に入らなかった気分は。アタシの気持ち、少しは分かるんじゃない?」
エリーの言葉にカーミラは一層気分を害したようだ。イライラしたように頬を膨らませると、右足を少し浮かせそのまま床材を踏み割った。
「って言うか、エリーちゃんなにアタシの事呼び捨てにしてるの!? あぁ、イライラする! お姉ちゃんの事邪魔するなら、お仕置きしちゃうんだから!」
「やってみなさいよ。アタシはアンタの事なんか姉なんて思ったことないわ。少なくとも、あの時からね。」
「……なーにー? エリーちゃんまだあの事根に持ってるの? 別におやつ横取りしたぐらいじゃない。それくらい許してよ。」
エリーが口を曲げて言った言葉、それはどうやらエリザベートにとって逆鱗だったらしい。眉間にしわを寄せその鋭い犬歯をむき出しにすると、猛然果敢に光十字《リュミエール》を振り上げカーミラに攻撃を仕掛けた。
「あの子は、ルナはご飯なんかじゃない……ッ!! アタシの、大切な友達だったのよ!!」
「――ッ!?」
光十字《リュミエール》の一撃は相当に重かったのか、カーミラは大講堂の巨大扉を突き破って外へと吹き飛んでしまった。
「――クロエ!」
険しい表情のままのエリーは、カーミラが吹き飛んだ方向を睨みつけながらクロエへと言葉を送った。
「アイツはアタシに任せなさい。だから、そっちはそっちの問題を片付けとくのよ。」
「……分かった、気を付けてね。」
振り返りもせず、しかして頷きを送ってクロエの言葉を受け取ったエリーはカーミラの後を追って巨大扉に空いた穴から出ていった。大講堂の中に再び静寂が戻る。
ふとサラがクロエの方を見た。色々なことがあったが、とりあえずクロエの身に迫る危機を脱することが出来た。もうそろそろ、再会を喜んでも良いだろう。
サラは森林の旋風を元の宝珠形態に戻すと、涙ぐんだ表情でクロエの下へ駆け寄った。
「クロエさん!」
「あぷっ! フフ、苦しいよサラさん。」
クロエは言葉の上では苦言を上げながらも、しかしその表情は嬉しそうな様子だった。力強くクロエを抱きしめるサラに優しく腕を回す。
駆け寄ってきたサラの後ろから、ゆっくりとミーナも歩み寄ってきた。クロエはそれに気が付くとサラの肩を優しく叩いて体を離す。
「ミーナさん、心配かけてごめんなさい。迎えに来てくれてありがと。」
「本当に、クロエさんといると刺激的過ぎます。でも、それを嫌と思わないあたり私もたいがいなのでしょうね。……おかえりなさいませ。ご無事で、何よりでした。」
優し気な笑みを浮かべるミーナ。気丈に、冷静にふるまっていた彼女だったが、やはりクロエの事は心配であったらしい。その笑顔は言葉少ない彼女の代わりに多くの気持ちをクロエに届けていた。
二人の思いを受け止めたクロエは、一人残されたロバートの方を見た。ロバートはクロエが無事であることを確認すると、心から安心したような笑みを浮かべた。
「良かった。ワシら聖騎士が言えた立場でないことは百も承知じゃが、本当に良かった……!」
人の好さそうな笑みを泣きそうなものに変えながら、ロバートは笑っていた。聖騎士と言う道に身を置いているものの、その性根はお人好しなのだろう。クロエはその声を聞き、とあることを思い出していた。
「あ……! もしかして、ボクの牢の前で孫娘がいるって話していた人ですか?」
クロエの言葉にロバートはとても驚いた表情を浮かべた。そして同時に、してやられたと言わんばかりの苦笑を浮かべる。
「参った……あの時点で既に気が付いておったのか。ポルタの守護騎士とまで呼ばれたこのロバートも、もう歳じゃのう。」
「アハハ……でも、おかげでここまで来ることが出来ましたし。」
その時、大講堂の外から何かが壊れるような破壊音が聞こえてきた。大講堂のどこかが壊されたのだろうか。吸血姫とエリーの戦いは熾烈を極めているらしい。
「これ、放置しているのはマズいんじゃありませんの? はやく加勢に行かなくては!」
「それもそうじゃが、まずはこっちの問題を片付けてしまおう。幸い、あなた方が侵入した時点で大講堂の外には強力な結界が張られておる。いかに吸血姫と言えど容易には抜け出せまいよ。」
老騎士はそう言うと、何もかもに絶望したようにうずくまり身動きを取らない司祭の下へ近寄った。膝をつき、司祭の身体を起こす。司祭の身体には一切の力がこもっていなかった。上体を起こしても安定せずにフラフラする。老騎士が何とかバランスを取ると、司祭の顔が明かりの下にさらされた。
司祭の表情には、表情と呼べる物がなかった。それは最初にサラ達三人が見た表情に酷似している。しかし違う点があるとするならば、それは今の司祭の顔には秘められた狂気すらもないと言うところだろうか。まさに全てを失った、自暴自棄も極まれり、腹部の傷すら物足りぬと言うかのようである。
ロバートは司祭の手を取ると、焦点の合わぬ瞳ヘ無理に視線を合わせ言葉をかけていく。
「司祭様、起きてくだされ。」
「……」
「終わりました。あなたの企みは、潰えましたのじゃ。事件は終わりました。しかし、ワシらにはまだやるべきことが残っております!」
ロバートの言葉に司祭は何も答えない。いや、答えることが出来るのかどうかも怪しい。しかしロバートは諦めない。司祭の心へ届けと、言葉をぶつけていく。
「明かしましょうぞ、謝りましょうぞ! そして、罪を認め償いましょうぞ。失われた命は戻っては来ませぬ。そしてその責任はワシら聖騎士にもありますのじゃ。あなたを止めることが出来なんだ。これでは、神に仕える聖騎士として、失格じゃ。」
「命……神……」
ロバートの言葉に司祭が小さく言葉を呟いた。閉じられぬ瞼に晒された眼球が、ヒクヒクと蠢きだす。ロバートはその反応を見て、自分の言葉が届いていることを確信する。
「司祭様、呆けている場合ではありませぬぞ! このままではレイア様に顔向けできませぬ。レイア様が死してしまわれたことは悲しい事ですが、それを乗り越え懺悔の道を歩きましょうぞ。そうせねば、あの世でレイア様に会わす顔がありませぬ。」
「レ、レイア……? 死……!?」
司祭は突如、ロバートの両腕を掴んだ。驚くロバートだが、その腕を振りほどけずにいる。司祭は一体どこにそんな力があったのか、鎧が軋むほどの力でロバートの腕をつかんでいたのだ。
「痛ッ!? し、司祭様!?」
「……そうだ、戻らぬのだよ。レイアはもう戻らない。レイアのあの笑顔はもう二度と見られないんだ! 何故だ!? 私はただもう一度あの笑顔が見たかった! 死に際のあの子の、弱り切ったあんな笑顔じゃない、あの花咲くような笑顔が見たかっただけなんだ! それなのに私は多くの国民の命を犠牲にした! 無駄だったのに、もう戻らない命の為に! あぁ無駄だったよ、無駄だったさ! 分かっていた、死者が蘇らぬこと位。それこそ私がレイアと同じ年の頃から知っていた。でも知っていただけだった! 信じられなかったんだ。私の愛するレイアが死ぬだなんて! アハハッ! そうだ、レイアが蘇らないのは生贄が足りないんだ。まだまだ必要なんだ。アハハハハッ! なんで分からなかったんだ!? あんな吸血姫とか言うバケモノじゃない、神に仕える私こそが……いや?」
満面の笑みで一人話し続けていた司祭は、突如として立ち上がった。そのまま大講堂のステンドグラスの向かい側、巨大な扉の脇に飾られた宗教画を見上げた。
「……そうだ、お前だ。お前が悪いんだ! 私からレイアを奪ったお前が悪いんだよ! 私はこの生涯をお前にささげて来たじゃないか! それなのに、何故!? 何故私から愛する娘を奪う!? 一度は許したじゃないか! 妻を奪ったお前を、私は許した! 二度目だ! もう散々だ、もう許せない! 無能なお前に娘はやらない。レイアは私の物だ! 奪い返してやる、おまえから、娘をォッ!!」
司祭の口が、裂けんばかりに開かれて、神に対する怨嗟の声を吐き出した。もはや満面の笑みとも言えるかもしれないその表情、その口からは泡が。その目からは、どす黒い血が流れていた。
「あぁ呪いあれ! 死ね神よ! レイアの代わりに死ぬがいい! 死なぬと言うなら私が殺そう! 今や多くの命を犠牲にした私だ、この際もっと多くの命を道連れにしてやろう! 愉快だ、愉悦だ、だが足りぬ! 神よ、私はお前を、否定するッ!!」
司祭がひと際高く神への怨嗟を吐き出したその時、司祭の身体がビクリと痙攣した。顔は満面の笑みのままである。
不意にその場の全員が怖気のような物を感じた。根源的な嫌悪感とでも言うのだろうか、とっさに目をそらしたくなるような心情である。その発生源は、狂った笑みを浮かべる司祭からだった。
「――グハッ! ……あ?」
ロバートの腹部から、真っ黒な爪のような物が飛び出ていた。
―続く―
轟音と共にエリーの拳が大講堂の床へ突き立てられた。石の床材を粉々に粉砕したエリーの右手は見るも無残な事になっている。原形を留めない拳に骨の突き出した腕に肘、常人なら痛みで叫びだしてもおかしくない。
しかしエリーはその拳に見向きもしなかった。何故なら次の瞬間には、エリーの右手は元通りの形状に戻っていたのだから。そこには傷一つもなく、先ほどの負傷が嘘のようだ。
エリーはどうやら初めから攻撃を当てるつもりはなかったらしい。攻撃を避けたカーミラを一瞥すると、つかつかとクロエの下へ歩み寄り突き刺さった白の十字架、「光十字《リュミエール》」を引き抜いた。
「ハァイ、久しぶりねクロエ。アンタのせいであらぬ疑いをあの二人でかけられたわ。後で責任取ってもらうわよ?」
笑みを浮かべた表情で茶化した挨拶を送るエリー。その言葉にクロエは苦笑を浮かべると立ち上がり礼を言った。
「ありがと、エリー。危ないところだったよ。」
「本当よ。さっきのあのアイアンメイデン、アイツの得意技なの。あれに入れられたが最後、アイツしか知らない特別な場所に転送させられていたでしょうね。間に合ってよかったわ。」
光十字《リュミエール》を肩に担ぎ、エリーはあっけらかんと言った。軽く言っているがまさに間一髪だったのだろう。
「それにしても、本当にこの国にいるなんてね。ようやく見つけたわよ、カーミラ!」
肩に担いでいた光十字《リュミエール》を突きつけ、鋭い視線でエリーは声を上げた。その槍の切っ先、エリーの方を不機嫌な様子で見ているカーミラがいる。
「なんでエリーちゃんがここにいるのよ。あーもー、ほんと最悪! せっかくクロエが手に入りそうだったのに!」
「残念でした。どう? 欲しいものが手に入らなかった気分は。アタシの気持ち、少しは分かるんじゃない?」
エリーの言葉にカーミラは一層気分を害したようだ。イライラしたように頬を膨らませると、右足を少し浮かせそのまま床材を踏み割った。
「って言うか、エリーちゃんなにアタシの事呼び捨てにしてるの!? あぁ、イライラする! お姉ちゃんの事邪魔するなら、お仕置きしちゃうんだから!」
「やってみなさいよ。アタシはアンタの事なんか姉なんて思ったことないわ。少なくとも、あの時からね。」
「……なーにー? エリーちゃんまだあの事根に持ってるの? 別におやつ横取りしたぐらいじゃない。それくらい許してよ。」
エリーが口を曲げて言った言葉、それはどうやらエリザベートにとって逆鱗だったらしい。眉間にしわを寄せその鋭い犬歯をむき出しにすると、猛然果敢に光十字《リュミエール》を振り上げカーミラに攻撃を仕掛けた。
「あの子は、ルナはご飯なんかじゃない……ッ!! アタシの、大切な友達だったのよ!!」
「――ッ!?」
光十字《リュミエール》の一撃は相当に重かったのか、カーミラは大講堂の巨大扉を突き破って外へと吹き飛んでしまった。
「――クロエ!」
険しい表情のままのエリーは、カーミラが吹き飛んだ方向を睨みつけながらクロエへと言葉を送った。
「アイツはアタシに任せなさい。だから、そっちはそっちの問題を片付けとくのよ。」
「……分かった、気を付けてね。」
振り返りもせず、しかして頷きを送ってクロエの言葉を受け取ったエリーはカーミラの後を追って巨大扉に空いた穴から出ていった。大講堂の中に再び静寂が戻る。
ふとサラがクロエの方を見た。色々なことがあったが、とりあえずクロエの身に迫る危機を脱することが出来た。もうそろそろ、再会を喜んでも良いだろう。
サラは森林の旋風を元の宝珠形態に戻すと、涙ぐんだ表情でクロエの下へ駆け寄った。
「クロエさん!」
「あぷっ! フフ、苦しいよサラさん。」
クロエは言葉の上では苦言を上げながらも、しかしその表情は嬉しそうな様子だった。力強くクロエを抱きしめるサラに優しく腕を回す。
駆け寄ってきたサラの後ろから、ゆっくりとミーナも歩み寄ってきた。クロエはそれに気が付くとサラの肩を優しく叩いて体を離す。
「ミーナさん、心配かけてごめんなさい。迎えに来てくれてありがと。」
「本当に、クロエさんといると刺激的過ぎます。でも、それを嫌と思わないあたり私もたいがいなのでしょうね。……おかえりなさいませ。ご無事で、何よりでした。」
優し気な笑みを浮かべるミーナ。気丈に、冷静にふるまっていた彼女だったが、やはりクロエの事は心配であったらしい。その笑顔は言葉少ない彼女の代わりに多くの気持ちをクロエに届けていた。
二人の思いを受け止めたクロエは、一人残されたロバートの方を見た。ロバートはクロエが無事であることを確認すると、心から安心したような笑みを浮かべた。
「良かった。ワシら聖騎士が言えた立場でないことは百も承知じゃが、本当に良かった……!」
人の好さそうな笑みを泣きそうなものに変えながら、ロバートは笑っていた。聖騎士と言う道に身を置いているものの、その性根はお人好しなのだろう。クロエはその声を聞き、とあることを思い出していた。
「あ……! もしかして、ボクの牢の前で孫娘がいるって話していた人ですか?」
クロエの言葉にロバートはとても驚いた表情を浮かべた。そして同時に、してやられたと言わんばかりの苦笑を浮かべる。
「参った……あの時点で既に気が付いておったのか。ポルタの守護騎士とまで呼ばれたこのロバートも、もう歳じゃのう。」
「アハハ……でも、おかげでここまで来ることが出来ましたし。」
その時、大講堂の外から何かが壊れるような破壊音が聞こえてきた。大講堂のどこかが壊されたのだろうか。吸血姫とエリーの戦いは熾烈を極めているらしい。
「これ、放置しているのはマズいんじゃありませんの? はやく加勢に行かなくては!」
「それもそうじゃが、まずはこっちの問題を片付けてしまおう。幸い、あなた方が侵入した時点で大講堂の外には強力な結界が張られておる。いかに吸血姫と言えど容易には抜け出せまいよ。」
老騎士はそう言うと、何もかもに絶望したようにうずくまり身動きを取らない司祭の下へ近寄った。膝をつき、司祭の身体を起こす。司祭の身体には一切の力がこもっていなかった。上体を起こしても安定せずにフラフラする。老騎士が何とかバランスを取ると、司祭の顔が明かりの下にさらされた。
司祭の表情には、表情と呼べる物がなかった。それは最初にサラ達三人が見た表情に酷似している。しかし違う点があるとするならば、それは今の司祭の顔には秘められた狂気すらもないと言うところだろうか。まさに全てを失った、自暴自棄も極まれり、腹部の傷すら物足りぬと言うかのようである。
ロバートは司祭の手を取ると、焦点の合わぬ瞳ヘ無理に視線を合わせ言葉をかけていく。
「司祭様、起きてくだされ。」
「……」
「終わりました。あなたの企みは、潰えましたのじゃ。事件は終わりました。しかし、ワシらにはまだやるべきことが残っております!」
ロバートの言葉に司祭は何も答えない。いや、答えることが出来るのかどうかも怪しい。しかしロバートは諦めない。司祭の心へ届けと、言葉をぶつけていく。
「明かしましょうぞ、謝りましょうぞ! そして、罪を認め償いましょうぞ。失われた命は戻っては来ませぬ。そしてその責任はワシら聖騎士にもありますのじゃ。あなたを止めることが出来なんだ。これでは、神に仕える聖騎士として、失格じゃ。」
「命……神……」
ロバートの言葉に司祭が小さく言葉を呟いた。閉じられぬ瞼に晒された眼球が、ヒクヒクと蠢きだす。ロバートはその反応を見て、自分の言葉が届いていることを確信する。
「司祭様、呆けている場合ではありませぬぞ! このままではレイア様に顔向けできませぬ。レイア様が死してしまわれたことは悲しい事ですが、それを乗り越え懺悔の道を歩きましょうぞ。そうせねば、あの世でレイア様に会わす顔がありませぬ。」
「レ、レイア……? 死……!?」
司祭は突如、ロバートの両腕を掴んだ。驚くロバートだが、その腕を振りほどけずにいる。司祭は一体どこにそんな力があったのか、鎧が軋むほどの力でロバートの腕をつかんでいたのだ。
「痛ッ!? し、司祭様!?」
「……そうだ、戻らぬのだよ。レイアはもう戻らない。レイアのあの笑顔はもう二度と見られないんだ! 何故だ!? 私はただもう一度あの笑顔が見たかった! 死に際のあの子の、弱り切ったあんな笑顔じゃない、あの花咲くような笑顔が見たかっただけなんだ! それなのに私は多くの国民の命を犠牲にした! 無駄だったのに、もう戻らない命の為に! あぁ無駄だったよ、無駄だったさ! 分かっていた、死者が蘇らぬこと位。それこそ私がレイアと同じ年の頃から知っていた。でも知っていただけだった! 信じられなかったんだ。私の愛するレイアが死ぬだなんて! アハハッ! そうだ、レイアが蘇らないのは生贄が足りないんだ。まだまだ必要なんだ。アハハハハッ! なんで分からなかったんだ!? あんな吸血姫とか言うバケモノじゃない、神に仕える私こそが……いや?」
満面の笑みで一人話し続けていた司祭は、突如として立ち上がった。そのまま大講堂のステンドグラスの向かい側、巨大な扉の脇に飾られた宗教画を見上げた。
「……そうだ、お前だ。お前が悪いんだ! 私からレイアを奪ったお前が悪いんだよ! 私はこの生涯をお前にささげて来たじゃないか! それなのに、何故!? 何故私から愛する娘を奪う!? 一度は許したじゃないか! 妻を奪ったお前を、私は許した! 二度目だ! もう散々だ、もう許せない! 無能なお前に娘はやらない。レイアは私の物だ! 奪い返してやる、おまえから、娘をォッ!!」
司祭の口が、裂けんばかりに開かれて、神に対する怨嗟の声を吐き出した。もはや満面の笑みとも言えるかもしれないその表情、その口からは泡が。その目からは、どす黒い血が流れていた。
「あぁ呪いあれ! 死ね神よ! レイアの代わりに死ぬがいい! 死なぬと言うなら私が殺そう! 今や多くの命を犠牲にした私だ、この際もっと多くの命を道連れにしてやろう! 愉快だ、愉悦だ、だが足りぬ! 神よ、私はお前を、否定するッ!!」
司祭がひと際高く神への怨嗟を吐き出したその時、司祭の身体がビクリと痙攣した。顔は満面の笑みのままである。
不意にその場の全員が怖気のような物を感じた。根源的な嫌悪感とでも言うのだろうか、とっさに目をそらしたくなるような心情である。その発生源は、狂った笑みを浮かべる司祭からだった。
「――グハッ! ……あ?」
ロバートの腹部から、真っ黒な爪のような物が飛び出ていた。
―続く―
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