ココロハミ ココロタチ

宗園やや

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「綴!」
 いつも通りに学校へ行こうとしていたつづるは母に呼び止められた。
 玄関で茫然と立ち尽くすつづる。
 あれ?
 私、今まで何してたっけ。
 何だか、凄い悪夢を見ていた様な気がする。
「夏休みに制服着てどこに行くの?」
 母が心配そうな目で呆けている娘を見ている。
「あ、あ、もう夏休みだっけ? うっかりしてた。アハハ」
 無理に笑いながら部屋に戻るつづる。
 ベッドに腰掛け、TVを点ける。朝のニュースで夏休みの開始を報じていた。
 本当に夏休みだった。
 ヤバイ、ここ最近の記憶が無い。長い話がかったるくて嫌な気分になれる、かなり印象が強いはずの終業式に出席した記憶も無い。母に止められなければ、誰も居ない教室で、1人で授業を受けるところだった。
 TVを消し、落ち着いてみる。
 自分が着ているスカートが短めのお嬢様学校の制服には綺麗にアイロンが掛っていて、パリッとしていた。中学生の時は、終業式の日の制服は、毎日着ていたせいでヨレヨレになっていたと思うんだけど……。
 本当に夏休みなのか?
 どうなっているのか分からず、頭の上にハテナマークを何個も浮かばせるつづる。
「ん?」
 ポケットの中に何かが入っていた。
 細長い、袈裟みたいな柄の布袋。
 一気に現実に引き戻されるつづる。
 色んな光景が脳裏に蘇る。
「――をみ!」
 それでも夢だと思いたいつづるはスマホを取り出し、親友に電話を掛ける。
 しかし、無機質な声で使われていない番号だと言われた。
 をみの携帯が解約されている。
 彼女は、つづるの腕の中で息絶えたから。
 つづるが心臓を貫いたから。
「ああ……」
 絶望と後悔の溜息を吐き、両手で顔を覆うつづる。
 でもまぁ、今更ウジウジしてもしょうがない。お互いに覚悟を決めて、納得して迎えた結末だもんな。
 切り替えの早さもつづるの長所だ。
 そう言えば、心絶ちはどうなったんだろう。
 必死に思い出してみる。
 をみが事切れてすぐに、廃工場に大勢の人が入って来た。真っ白な宇宙服みたいな物を着た怪しい人達と、黒服の男2人。
 白い宇宙服の人達がをみの遺体に手を掛けたので、抱き締めて抵抗するつづる。
 をみをどうするつもりかと訊いたら、黒服の男が応えた。
 心食みの正体を探る為、色々と調べたい。親御さんにも了承を得ている、と。
 それでもつづるはしぶとく抵抗した。その時はただ単に反抗しただけだったと思うけど、今考えれば理由が有る。どう考えても、をみは怪しい人達に解剖される。謎だらけだから、きっと、隅から隅まで。
 どうしてをみの親は了承したんだろう。普通の親なら、自分の娘がそんな事をされるとしたら、絶対反対する。何も知らされていない、って事はないだろう。理由も知らずに子供の遺体を他人に渡す親は、いくらなんでも居ないと思う。
 いや、待てよ。
 をみが言ってた様に、娘に興味が無いのなら有り得るのか?
 もしそうなら許せない。
 でも、黒服の男が言った。
 君が遺体を抱いていても、どうにもならない。明日には腐り始めるだけだ。友人の死を無意味にしない為にも、今後の心食み対策の為にも、我々に彼女を渡して貰いたい、と。
 彼等の主張は正しい。
 だから渡した。10数年後、また心食みが現れるだろうから。
 結局奴等にをみを渡したつづるもをみの親と同罪だ。つづるのこの判断は、友人としては罪だけど、心絶ちを持つ者としては間違っていないはずだ。
 そして、心絶ち所持許可証と黒い携帯も返した。
 ここまでは覚えているけど、心絶ち自体をどうしたのか、全く記憶が無い。
 白い宇宙服の人達は、をみの遺体と、地面に広がっていた血にしか関わっていなかった。
 黒服の男も、つづるに新しい制服を持って来ただけで、長い棒状の物は持っていなかった。
 あ、をみの血で汚れていた制服と交換したから制服がシャキッとしていたのか。何度か洗濯したりちょっとしたでっぱりに引っ掛けたりした服じゃないなら縒れていないのは当たり前だ。
 あれから何日も経っているだろうから、をみはもう自分の家に帰ってるのかな。
 もうお墓に入っているのかな。
 それとも、まだどこか知らない所で解剖が続いているのだろうか……。
 知りたい。
 そうだ、情報通が居るじゃないか。
 つづるはスマホで噂好きの友人に電話を掛けた。
『もしもし。やっと正気に返ったのかな?』
 開口一番、そう言われて面食らうつづる。
「やっぱり、私変だった?」
『夢遊病だった』
「そっか。で、ちょっと訊きたい事が有るんだけど、良いかな」
『良いよ』
「知らなかったら別に良いんだけど、をみ、もう家に帰ってるのかな? って」
『ん~……。どう言う意味?』
「あ、えーっと、ニュースとかで言う、無言での帰宅って意味で」
『覚えてないの? クラス全員で海瀬さんのお葬式に行ったじゃん』
「……覚えてない。全員でって事は、私も行ったんだよね」
『本当に覚えてないんだねぇ。つづるは行かなかったよ。海瀬さんの事は耳に入らないって感じで、ガン無視された。1人で教室に居座って、先生も困ってたんだよ』
「うわぁ……私、マジで壊れてたんだなぁ。ちゃんと学校行ってたよね?」
『来てたよ』
「そっか。でも、をみはちゃんと家に帰ってたんだね。良かった……」
『納骨はされてないけどね』
「え?」
『遺体が無いのか、家の墓に入る資格が無いのかは分からないけど、海瀬家の菩提寺では供養されてない。葬式の棺桶も空だったって』
「そんな……」
『私も気になるから情報収集してるんだけど、肝心な部分が分からないんだよね。猟奇事件の被害者って事になってるけど、対応が変なんだよ。情報を隠しているって言うより、警察でさえ詳細を知らされていないって感じ』
「じゃ、をみが今どこに居るかも分からないの?」
『鬼籍に入ってる事は確かだけどね。海瀬の家も特に動いてない』
「をみ……」
『何か分かったら教えるよ』
「ん……。ありがと。あとひとつ、訊いて良い?」
『うん』
「私の噂、何か聞いてる?」
『この流れでそれを訊いたらダメじゃん。私、確信しちゃうよ?』
「良いよ、別に。私から明かしていなんだから、私のせいじゃないもん。バレたところでどうにもならない事だし」
『子供の言い訳ね。まだ壊れてるのかよ。――うーん、つづるの噂ねぇ』
「何でも良いから教えて」
『そうね。有るとも無いとも言えないね。つづるが友達じゃなかったら予想なり想像なり無責任に言えるけど、本人からそれ当たりって言われるのも嫌な話だし』
「そっか。そうだよね。でもまぁ、ありがと。をみの事は、多分調べても分からないと思うよ」
『もう事件は終わってるしね。安心して外に遊びに行けるよ。ああ、数日中に委員長から遊びの誘いが行くと思う。都合が悪くないなら受けてよね。彼女もつづるを心配して誘うんだから』
「分かった。じゃ、切るね。突然変な事訊いて、ごめんね。ありがとう」
『良いって事よ。じゃーねん』
 向こうが電話を切った。
 そっか。
 世間では、もう事件が終わってるのか。

 終わったんだ。

「はぁ……」
 夏休みなんだから制服を脱いだ方が良いんだけど、何もする気がおきなくて、ただただボーっとした。
 まだ頭の中が真っ白だ。
 何十分もそうしていると、急にスマホが鳴った。
 噂好きの子から連絡が行った委員長からのお誘いかと思ったが、知らない相手からだった。
 無視しようかと思ったけど、呼び出し音がしつこく鳴り続けるので渋々出る。
「もしもし」
『もしもし。初めまして、宇多原綴さん。私は心食み対策室の者です』
 返って来たのは大人の女性の声だった。予想範囲外の言葉に、理解するのに数秒の時間が必要だった。
「え? 事件は終わったんじゃ? って言うか、どうして今更?」
『私は心絶ち所持者のカウンセリングを担当させて頂いています。例によって名前は明かせませんが。食欲が無いとか、夜眠れないとかは有りませんか?』
 カウンセリング、か。
 そうだよな。
 あんな事をしたんだから、心に傷を負うのは当然だよな。実際に数日間壊れてたみたいだし。
「いえ、そう言うのは無いです。多分……。あ、そうだ。訊きたい事が有るんですが、良いですか? をみの遺体の行方なんですけど」
 微かな間。
『それは……。ごめんなさい。私にはお友達の情報は知らされていないの。私もつづるさんにそれを伝えたいのだけれど』
 何だかウソに慣れてる大人みたいな言い方だな。心絶ちを持ってないせいか、どうしてそう思うかまでは頭が回らないけど。
「あ、じゃ、心絶ちはどうしましたか? 私、アレの事、すっかり忘れてて」
『次に刀を受け取る少女を待つ為に、何処かに飛んで行ったそうよ。その時が来るまでは人目の無い場所で休んでいるんだと思います』
「そうですか……。私の想いもアレに込められたのかな。この数日の意識不明は、その影響なのかな」
 電話の向こうで紙を捲っている音がする。
『意識不明だったの? 学校は休んでいませんよね?』
 どう言う意味だ?
 もしかすると監視されてるのか? 正気に戻って噂好きの子に電話したら掛って来たし。まぁ、正気に返る前に何度も電話して来ていて、私が無視し続けていたのかも知れないけど。
『心配だわ。詳しく健康状態を調べたいので、病院に行きましょうか。明日、つづるさんのお家に伺っても宜しいかしら』
「私もをみみたいに解剖されちゃうのかな」
『そんな事は絶対にしませんよ』
 返しが早い。をみの事、かなり知ってるかも。
 そして、私の予想が当たっている確率が上がった気もする。
「をみのご両親には、をみの事を話したそうですね。私の事も両親に話すんですか?」
『つづるさんがそれを望まないのなら、決して話しません。じゃ、お家に伺うのは止めておきましょうか。待ち合わせしましょう。約束しても良い?』
 声のトゲを察したのか、いきなり譲歩した。
 油断は出来ないと思うが、警戒し過ぎるのもつづるの損になるだろう。
「そう……ですね。私も事件について色々とお聞きしたいので、答えてくれるのなら。以前、警察の方で貸し切りにした喫茶店。分かりますか? あそこで」
『えーっと、はい。分かりました。今回も貸し切りにしましょうね』
「それは――」
 そんな派手な動きをして、それにつづるが関わってるとなると、噂好きのあの子が聞き付けて来るぞ。
 そう忠告しようと思ったけど、別につづるが気にする事じゃないか。
「それはそちらにお任せします。明日、で良いですよね。何時頃向かえば宜しいでしょうか」
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