魔王少女は反省中

宗園やや

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「失礼します」
 気絶した終木を背負っている勇佐が保健室に入ると、状況を察した保険医の先生が立ち上がった。
 その後ろに明らかに生徒じゃない少女が居るのを見て首を傾げる。
「どうしたの?」
「終木さんが突然気絶しちゃって」
「突然気絶? 取り合えずベッドに」
 保険医の先生は、首を傾げながらベッドの用意をした。
「生徒会長に持病が有るなんて聞いてないから、貧血かしら」
 終木を寝かせた後、小学生くらいの少女を指差す保険医の先生。
「で、この子は?」
「エインセルです」
 保険医の疑問に応えたのは、横になったままの終木だった。顔をしかめているが、顔色は悪くない。
「気が付いたのね。大丈夫なの?」
「大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました。勇佐くんも。――貴女、エインセルで間違い無いのよね?」
「間違いない。我の名前を知っているお前は何者だ?」
 偉そうに応えたオレンジ髪の少女にキツい視線を向けて数秒睨んだ終木は、仕方無さそうな溜息をひとつしてからベッドを降りた。よろめきながらも姿勢良く立つ。
「その話は、ここでは出来ないわね。生徒会室に移動しましょうか」
「フラフラじゃない。本当に大丈夫なの?」
 保険医が訊くと、終木は生徒会長らしく凛々しく頷いた。
「はい。ご心配をお掛けしました。勝手に校内に入って来たこの子を穏便に帰す為に、話し合いをする必要が有ります。それが終わったら教室に戻ります」
「お薬出そうか?」
「いえ。頭痛の原因も分かっていますので、自分で何とか出来ます。失礼します」
 一礼した終木は、勇佐と少女に顎で付いて来いと指示した後、保健室を出た。
「どこへ行く。お前は何者だと訊いているんだが?」
「だから、話し合いをする場に行くのよ。魔王だのなんだのって話は、普通は人前では出来ないの」
「どうしてだ」
「喋らないで。周りは静かでしょ? 静かにしなきゃならない時は、静かにしないといけないの。それがルールなの。従う気が無いのなら今すぐ帰りなさい」
 終木は、視線を真っ直ぐ前に向けながら囁き声で言う。
「もう帰る場所など無い。あんなクソ世界、綺麗さっぱり消してやったわ」
 終木は少女の言葉には反応せず、二階に有る生徒会室に向かう。
 訳が分からない勇佐も黙って付いて行くしかない。

「勇佐くんは、この子を見ても何も思い出せない?」
 生徒会室に入った終木は、ドアを閉めた途端そう言った。
「全然」
「私は思い出しちゃったわ。私の前世が、神の祝福を受けたスペルシンカーだったからかしら。そのせいで激しい頭痛に襲われ、気絶しちゃったのね」
「はぁ。良く分かんないけど、なるほど。え? 前世?」
「この子も神の祝福を受けているから、その神気とこの子自身の悪のオーラで前世の記憶が刺激され、蘇ったんでしょうね」
 いきなり怒りの表情になる終木。
「何でお前が神の祝福を受けてるのよ、魔王」
「スペルシンカー。そうか、お前、あの時の勇者の一人か」
「そうよ。勇佐くんと一緒に転生したんだけど、記憶を失っていたみたいね。まぁ、前世の記憶を保っている方が珍しいから、覚えていない方が自然なんだろうけど」
「勇者? 転生? 魔王? ゲームの話?」
 話に付いて来れていない勇佐が戸惑っていると、終木は少し考えてから生徒会室の中心に有るパイプ机を指差した。その周囲に無数のパイプ椅子が置かれてある。
「取り合えず座りましょう」
 三人はバラバラの位置に座った。
 そこが定位置なのか、終木は上座に。
 勇佐は適当に入口に一番近い椅子に。
 少女は二人の中間あたりに。
「記憶を取り戻していない勇佐くんに説明するから、エインセルはちょっと待ってて。貴女もその方が好都合でしょ?」
「任せる」
 少女は偉そうに頷く。
「良い? 勇佐くん。分かり易く言うと、この子は世界を滅ぼそうとした魔王エインセルなの。そして、私と勇佐くんはそれを阻止しようとした勇者だったの」
「何言ってるの?」
「訳が分からないだろうけど、まず聞いて。異世界に生まれた私達は、神の祝福を受けた勇者だったの。私はスペルシンカー。ゲーム風に言うなら魔法使いね。勇佐くんはソードベガ。剣士」
「俺が剣士? って事は、俺が勇者のリーダー?」
「そうだけど、なんでそう思うの? 何か思い出したの?」
「いや、ゲームとかだと大体そうだし。ファンタジー物のポスターとかって、大体剣士が目立った位置に居るだろ?」
「そっか。勇佐くんの記憶は全然蘇る気配も無いのかな?」
「多分」
「なんで勇佐くんの記憶は蘇らないのかしら。まぁ良いわ。私達の前世は、魔王と戦う勇者だったの。だけど、魔王との戦いに負けて死んでしまった」
「負けたのか」
「そう。私達を殺したのは、そのエインセル」
 終木は、オレンジ髪の少女を指差した。
「その後、私達はなぜかこの世界で生まれ変わった。その事をついさっき思い出したって訳」
「年齢的に、我が殺した直後にこの世界で生まれた様だな」
 エインセルが言うと、終木は不機嫌そうにパイプ椅子の背凭れに体重を任せた。
「貴女は知っているの? どうして私達が生まれ変わったのかを」
「世界を護ろうとした特別な魂にご褒美、って事だろうな」
「なら、貴女も特別な魂って事? この世界で生まれ変わっているって事は」
「我は死んでいない。生きたままこの世界に来た」
 驚く終木。
「なぜ」
「神の都合や慈悲を語っても無意味だ。神は何も言わないのだから」
「確かにそうね。なら魂うんぬんについては神のせいって事で脇に置いておくわ。――エインセルは死んでいないって事は、向こうの世界の身体のままなの? 魔王のまま?」
「確信は無いが、特別な変化は無いから、恐らく生きたままこの世界に来たと我は思っている」
「変化が無いと思えているって事は、もしかして魔法が使えるの?」
「使えるが、使おうとすると全身に激痛が走る。神のせいか、この世界の特性のせいか、それ以外か。原因は分からない」
「そう言えば、さっき教室で痛がってたな」
勇佐の言葉に頷くエインセル。
「邪魔な奴を殺そうとしましたが、痛くて無理でした。忌々しい」
「って事は、さっき先生を殺そうとしたのか。あぶねぇなぁ」
「細かい話は後回しにしましょう。今は授業中だから。一番肝心な事を聞くわね。エインセルは、何をしにここに来たの?」
 終木が額に手を当てる。大丈夫と言っていたが、本当はまだ頭痛が残っている様だ。
「魔王は、勇者であるお前達を殺した後、邪魔者が居なくなった世界を支配した。世界は魔族の天下になった。――と、お前は思っているだろう」
 エインセルは、ニコリともせずに終木を見た。
 終木は頷く。
「だが、我はあのクソみたいな世界の住人を皆殺しにする事が目的だった。だから、唯一我に抵抗出来る勇者が居なくなった後、我はそれを実行した」
「まさか、何億人もの人間を殺し尽くしたと言うの? 本当に?」
「人間だけじゃない。魔族も、動物もだ。我は満足した。夢が叶ったんだから。だが、最後の最後。大地を消そうとした時に、ふと思い出してしまった」
 勇佐に虹色の瞳を向けるエインセル。こうして近くで良く見てみると、明らかに人間の色ではない。
「あの世界で唯一、我を我として見てくれたソードベガを、話も聞かずに殺してしまった事を」
「さっきも言ったけど、一応補足するわね。ソードベガとは、勇佐くんの前世の事よ」
 終木の言葉に自分の顔を指差す勇佐。
「俺か」
「後悔しても、ソードベガは蘇らない。だから、我は未練を吹っ切って世界を壊した。それで我も死ぬはずだった。なのに、次の瞬間、私はソードベガの前に居た」
「それは今朝の事か? 校門前で俺達を見てたよな。あの時にこの世界に来たって事か?」
「そうです。我は夜明けと共に世界を壊したから、時間はほとんど動いていません。何はともあれ、我は後悔を解消する機会を得た。神の気紛れか温情かは分からないが、チャンスはチャンスだ。だから我はソードベガに詫びたかった」
「詫び?」
「そうです。詫びです。ですが、ソードベガは記憶を失っているご様子。この状態で詫びても意味がありません。魔法で記憶を甦らそうとしても、痛みでそれも出来ません。何より魔法による強制では正常な人格を保てる自信がありません」
 悔しそうに顔を歪める少女に意地の悪そうな笑みを向ける女子高生。
「最悪の殺戮者に与えられた神罰よ」
「かも知れない。だから、我はソードベガの記憶が蘇るまで、ソードベガのそばに居たい」
「だ、ダメよそんなの!」
 鼻息荒く立ち上がる終木。
「折角平和な世界で生きているのに、魔法が使える魔王がそばに居たらとんでもない事になるわ!」
「スペルシンカーには関係無い。お前も他の奴らと同じく、我を魔王としか見てくれなかった。お前には詫びない」
「詫びなんかいらないわ! 前世の事も思い出したくなかった! 魔王なんかいらないって言ってるの!」
「お前がどう思っているかは我の知るところではない。ソードベガの記憶が重要なのだ」
「もしも俺の記憶が蘇らなかったら?」
 勇佐が訊くと、エインセルは即答した。
「蘇るまで待ちます」
「俺がお前の詫びを拒否したら?」
 勇佐を見詰めて少し考えたエインセルは、おもむろに口を開いた。
「目的が絶対に達成出来ないのなら、今度こそ私は死にましょう。有り余る魔力のせいでほぼ不死身になっていますので、この世界ごと私の身体を壊す事になるでしょうが。世界が無くなれば不死身でも絶対に死にますから」
「な!?」
 驚く勇佐と終木。
 エインセルは、二人の様子を平然と眺める。
「当然だ。我は世界を壊すその為に魔王となったのだ。神がこの世界に魔王を魔王のまま寄こしたのなら、それも神の意志なのだろう。神によってソードベガの記憶が封印されているのなら、この世界の命も、かの世界と同じく神に見捨てられているのかも知れないな」
 勇佐は、終木と視線を合わせて溜息を吐いた。困った事になった、と。
「貴女の目的は分かったわ。私も記憶が蘇ったばかりで混乱しているの。少し時間を貰えないかしら」
「構わぬ。我も突然の異世界転移に戸惑っている。一人になって考えたい」
「では、そう言う事で。私達は教室に戻るわ。エインセルはこの部屋から出ない事。勝手に動いて迷子になっても、
魔法が使えない私達はエインセルを探せないんだからね」
「承知した」
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