魔王少女は反省中

宗園やや

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 お昼休みになったので、静かだった校内は一転して喧騒に包まれた。
 勇佐と終木は一旦購買に寄って昼食を買った後、生徒会室に向かう。小学生女子みたいな見た目のエインセルは、終木の言い付け通りに大人しく待っていてくれた。
「お待たせ。お昼ごはんよ」
 魔王の機嫌を取るつもりは無いとか言って、終木はあんパンとジャムパン、パックの牛乳だけを買った。パイプ机に置かれた食品を見て、窓の外を見下ろしていたエインセルはゆっくりと振り向いてから溜息を吐いた。
「スペルシンカーも完全に記憶を取り戻している訳ではないのか。それは残念な情報だ」
「どう言う事?」
 自分の弁当箱を持っている終木がパイプ机に着く。
 勇佐もサンドイッチとカレーパン、コーヒー牛乳を広げながら適当なパイプ椅子に座る。
「我は妖精族で、朝露が主食のタイプだ。ミルクと砂糖菓子も食えるが、それは嗜好品の意味合いが強い。
その様な茶色い物体は口に出来ないのだ」
「そりゃまたメルヘンな事で。中身だけなら砂糖菓子と言えるけど、そんな勿体ない食べ方はさせないわ。これは私のおやつにします」
 あんパンとジャムパン、パックの牛乳を自分の方に寄せる終木。
「でも、腹は減ってるだろ? ミルクだけでも口にしたらどうだ?」
「そうね」
 勇佐の言葉に頷いた終木は、パックの牛乳をエインセルに返した。
「これがミルクなのか?」
「魔王様には安物のミルクはお口に合わないかしら?」
 皮肉たっぷりに言う終木の表情をウザそうに見た後、白いパックに顔を近付けるエインセル。
「こちらの世界のミルクは紙の容器に入っているのか。紙を使っているのに安物なのか?」
「そちらの世界の常識や技術レベルまでは知らないわ。とにかく、こっちの世界では、ミルクは紙のパックに入っている物なの。ビンに入っている物も有るけど、学校ではそれは買えないわ」
「ほう。こちらではビンの方がレアなのか。まぁ、紙入りの方が一般的なら、試してみる価値は有るな」
 パックを手に取ったエインセルは、それを弄ぶ様にクルクルと回した。
「む、冷たいな。冬でもないのに、どう言う事だ?」
 不思議そうに言いながらもパックを回す手を止めないエインセルの様子に、勇佐がふと気付く。
「ああ、飲み方が分からないのか。貸してみろ」
「……」
 エインセルは、無言で勇佐にパックを渡した。
 パックに付属のストローを刺した勇佐は、手渡しでそれを返す。
「力を入れて持つと中身が飛び出すから、そっと持てよ」
「あ、ありがとう」
 ぎこちなく礼を言ったエインセルは、ストローに口を付けた。慎重に吸った後、オレンジ色の眉をへの字にする。
「……んん?」
「まずいか?」
「まずいとは違います。何と言ったら良いか。新鮮ではない、でしょうか。調理されている、でしょうか」
「勇佐くん相手だと言葉使いが丁寧になるのね」
 終木は、呆れながら弁当箱の蓋を開けた。女の子らしい慎ましやかな中身だった。
「では、本題に入りましょうか。――エインセル。貴女はソードベガの生まれ変わりである勇佐くんに謝りたいのよね?」
「そうだ。魔王だった時の我は世界を恨むあまり、周りが何も見えていなかった。視界に入った不要な物は即処分していた。だから、我に奇妙な言葉を投げ掛けたソードベガも即死させてしまった」
 横目で勇佐を見るエインセル。勇佐から見たら照れ臭そうな幼女の仕草だったが、魔王の本性を知っている終木から見たらスキの無い凶悪な目付きだった。実際、会話内容は物騒だし。
「生まれ変わりとは言え、こうしてソードベガと再会出来たのは奇跡だ。奇跡を与えてくれた神には感謝せねばなるまいな。許されるのなら、ソードベガと語り合いたい。なぜあの様な事を言ったのか、とな」
「ふむふむ。あの様な事、ねぇ。死の直前の会話だから記憶は曖昧だけど、多分あの発言の事よね。インパクトが有る言葉はアレだけだし」
 肉団子に箸を刺しながら言う終木。
「ま、発言内容については私は無関係だから無視するわ。で、語り合いが叶わないのなら、この世界を巻き込んでの自殺をすると。簡単に言えばそう言う事よね」
「簡単に言うならな。本来なら我は死んでるはずだった。今朝の魔力開放でな。なのに、神の奴がこうして生きながらせた」
「さっきは無意味だからと脇に置いたけど、やっぱり気になるから訊くわね。神はなぜ魔王にも祝福を与え、望みを叶える様な奇跡を起こしたのかしら。エインセルは世界を壊しちゃったんでしょ?」
「考えられる理由はふたつ。ひとつ。神は世界が壊れる事を望み、それを叶えた我を祝福した。癪な言い方をするなら、我が神が望む通りに動いたから褒美をくれたのだ」
「それはおかしいわ。神は私達勇者に祝福をくださっている。神は人間を守ろうとしてくださっていたわ」
「繁栄を望む神と破壊を望む神が居たと言うだけだ。不思議は無い」
「人の神と魔族の神の二柱が居た、と言う事かしら。人間側の宗教は一神教だったけど」
「そんな単純な話ではないが、結果から見ればそうなるな。同じ様にこの世界にも滅亡を望む神が居るのなら、きっと我に力を貸すだろう。勿論、その逆もしかり」
 牛乳を飲み干したエインセルは、パックをそっと置いた。
「もうひとつ。神は価値の有る魂を好む。無残に殺されたはずのソードベガとスペルシンカーが即座に平和な国に生まれ変わったのもそれが理由だ」
「価値の有る魂とは何?」
「世界を変える天才。歴史を動かす英雄。そう言った、普通の人間では成し得ない偉業を行う者を指す。それを育み進化させる事を目的として世界を見守っていると考えれば、神の行動には合点が行くと思う」
「育み進化させたいから、私や勇佐くんを生まれ変わらせた、と」
「うむ。二人はきっと他の人間から見ると恵まれた立場に居るはずだ。魂の成長に苦労が無い様にな。それは我も同じ事だ。巨大な魔力を持てる類稀なる恵まれた存在など、神が世界を守りたいなら産まれさせるはずがない」
「確かに」
「繁栄を望む神と滅亡を望む神の争いは、価値の有る魂の奪い合いと言う側面も有る。だから神は魂を持つ全ての存在を祝福するのだ」
「なるほど」
「ちょっと待ってくれ。何の話かさっぱり分からん」
 放っておくとどんどんファンタジーな話になって行きそうだったので、勇佐が間に割って入った。
「簡単に言うと、私達が生まれ変わったのと、エインセルがここに現れたのは、神様のせいって事よ」
 終木が箸を噛みながら言った。
「私達が記憶を失っていたのは、さしずめ神のイタズラってところかしらね。もしくは、神の試練。世界を壊した魔王に課せられた、反省の試練」
「反省の試練か。その考えは無かった」
「エインセルの目的である勇佐くんの記憶が蘇らないのがその証拠って考えれば、無い話じゃないと思うわ」
「同意する」
「そこで、私は考えました。エインセル。貴女、勇佐くんの近くに居たいよね? 彼の記憶が蘇ったら、すぐに話し合いがしたいでしょ?」
「したいな」
「勇佐くん。貴方、今は一人暮らしなのよね? だから毎朝コンビニ弁当を食べている」
「そうだ」
「夕飯はどうしているの?」
「大体は外食だな。折角の自由だし、色々な店に食いに行っている」
「やっぱり。それじゃお金は大変でしょ? だから、こうしましょう」
 終木はエインセルを指差した。
「エインセル。貴女、勇佐くんの家でメイドをしなさい」
「はぁ? なんでそうなる」
 疑問の声を上げたのは勇佐。
「エインセルを放っておくと世界を壊すわ。勇者の生まれ変わりである勇佐くんは、それを阻止しなければならない義務が有ると私は思う」
「しかし……。女の子と二人っきりになるのは、ちょっと……」
「見た目は小学生だよ? え? そっちの趣味が?」
「違う! 一般的な意味で、男女の二人で暮らすのは問題が有るって言ってるの! 友達に知られたら、絶対に冷やかされる!」
 必死に否定する勇佐の様子を見て、終木とエインセルは視線を合わせた。その目配せには何らかの意味が有った様だが、勇佐には何も感じる事は出来なかった。
「細かい事はともかく、家事をしてくれる人が居たら楽でしょ? 自炊無しは身体に悪過ぎだし。――どう? エインセル」
「メイドか。下女の事だろう? 知っているぞ。――お前の意図は分かる。我が嫌がる事をあえて条件とし、我とソードベガを引き離すつもりだろう」
「それは考え過ぎだけど、間違ってるとは言えないかな。働かざる者食うべからず。朝露が主食のファンタジーな生き物でも、誰かの世話になるのなら、その人の役に立たないといけないの」
「むぅ。面倒だな」
「円滑な話し合いをしたいのなら、勇佐くんと仲良くなった方が得よ。魔王として人の上に立っていたんだから、そうするメリットくらい承知してるでしょ?」
「言っている事自体には同意出来る。分かった。お前の思惑に乗ってやろう。妖精族だから人間向けの調理技術は無いが、ソードベガの近くに居られるのなら努力して覚えよう」
「勇佐くん。大変だろうけど、エインセルの面倒を見てください。私が思い出した記憶が気の迷いでなかったら、エインセルは本当に危険なの。簡単に人を殺せる子なの。だって人間じゃないから」
「魔王だからなぁ」
「どうしてもダメって言うのなら私が引き取るけど。女同士なら問題無いし、勇者の仲間ならエインセルも納得するだろうし」
 悩んだ勇佐は、エインセルの顔を見た。幼さが残る丸顔には魔王らしい恐ろしさは無い。
「まぁ、ちゃんと家事をしてくれるなら助かる。食費が掛からないみたいだから、そっちの心配も無いし。でも、見た目は小学生に掃除洗濯をさせるのは世間体的にどうなんだろう」
「だからと言って面倒見ないのも問題でしょ。こちらの世界に来ちゃった以上、誰かが保護者になるしかないんだし」
 終木は、壁に掛かっている時計を見上げた。そして食べ終わった弁当箱を片付ける。
「では、そう言う事で。続きは放課後にしましょう。エインセル。もう二、三時間、ここで待ってて。学校が終わったら勇佐くんの家に行きましょう」
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