魔王少女は反省中

宗園やや

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「エインセルが大怪我したって?」
 携帯で連絡を受けた終木が、息を切らせて勇佐の家にやって来た。玄関の鍵は開けてあると伝えておいたので、挨拶も無しに上がって来る。
「ああ、来たか。見ての通りボロボロなんだけど、本人が平気だって言って聞かないんだ」
 リビングのソファーに寝かされているエインセルを見る終木。メイド服は土だらけだが、頬が少々腫れているだけで何ともない様に見える。
「本当に大丈夫ですから……くっ……」
 一見しただけではそれほどの怪我ではないが、言葉を発するのは辛そうだ。
 終木はソファーの前で跪き、目を凝らす。しかし、やっぱり見ただけでは良く分からない。
「何が有ったの?」
「突然の事だったから、俺にも良く分からない。エインセルが気になるって言う道に入ったら不良校の奴等が居て、終木さんみたいに頭を押さえて前世の記憶を取り戻したんだ。そしたら、いきなり殴られた」
「奴等って事は、複数?」
「二人だ。殴ったのは一人だけだが、そいつは自分の指が折れるほど思いっ切り殴った。その後、空を飛ぶほど蹴られたんだ。サッカーボールみたいに」
「状況は分かったわ。見た目より大怪我って訳ね」
「妖精だからか、血を出さないんだ。ヨダレみたいに見えるのは、多分口の中を切っていて、それが垂れてるんだと思うんだけど」
「人間で言う血は、エインセルは水なのね」
「そう言う事らしい。蹴られたのは腹だから、腰を絞ってるメイド服じゃ辛いと思うんだ。脱がせて貰えるか? 俺は向こうに行ってるから」
「着替えは?」
「そっちのソファーに。救急箱はテーブルの上だけど、人間用の薬は無意味らしい。出来て湿布くらいか」
「分かった」
「頼んだ」
 後は終木に任せ、勇佐は隣の台所に行った。
 エインセルがやたらと気にしているイワシを洗う。地面に落ちただけなので、付いた砂は簡単に落ちた。調理前の生魚の保存方法なんか分からないので、とりあえずラップに包んでチルド室に入れる。
「戻って来ても良いわよ、勇佐くん」
 終木に呼ばれたので、リビングに戻る。すると、パジャマに着替えたエインセルがソファーに座っていた。
「起きても大丈夫なのか?」
「はい。苦しんでいたのは、治癒魔法が自動で発動していたからです。魔法を使うと激痛が走るので。痛みを治す為に痛みを負うのはおかしな話ですが、治癒魔法の自動発動は制御出来ないんです」
「だったらそう言ってくれれば良かったのに」
「すみません。顎の骨が砕けていて、その上にお腹の中も何かの内臓がいくつも潰れていましたので、余裕がなかったんです」
「そ、そうだったんだ。なら喋れなくれも仕方ないね」
「魔法を使うリスクが無ければ、痛覚を遮断して一瞬で治癒、と言う芸当も出来るんですけどね。今は痛覚遮断魔法にも痛みを負うので、使う意味が有りません。なので、ゆっくりと治すしかなかったんです」
「もう大丈夫なら、何が有ったのか教えてくれるか? あの場に居なかった終木にも分かる様に」
 頷いたパジャマ姿のエインセルは、立ち上がって背筋を伸ばした。オレンジの髪にはまだ砂が少しだけ付いている。
「はい。商店街で買い物を済ませた私は、脇道にただならぬ気配を感じました。私は魔王なので人の悪意に反応するのですが、そこで感じたのは普通の悪意では有りませんでした」
「それを辿って行ったら、カツアゲしていた不良校の二人が居たって訳か。そりゃ悪意バリバリだったろうな」
「彼等が私を見たら、記憶を取り戻しました。ほまれの様に。だから、勇者の仲間かと思いました」
 驚く終木。
「不良校の奴等が私達の仲間なの?」
 エインセルは首を横に振る。顎の骨が折れていた影響か、その動きは小さい。
「いいや、違った。勇者の仲間なら一命さんの記憶を取り戻す手助けになると思ったんだが、アイツらは四天王だった。ほまれなら覚えているだろう。火のカルカンアテスと土のトルバ」
「名前だけなら聞いた事が有るわ。魔王軍幹部の、あの四天王の内の二人よね? なんでそいつらも生まれ変わってるの?」
 またもや驚く終木を冷めた横目で見るエインセル。
「それは神に訊け。とにかく、異様な悪意はそいつらの物だった。四天王の悪意なら異様で当然だ。悪意の塊の様な生物である魔族のトップなのだから。その事に気付けなかった我が間抜けだった」
「魔王軍の幹部って言うと、魔王、つまりエインセルの部下なんだろ? それが何でいきなり殴り掛かって来たんだ?」
「それはですね、一命さん。魔王自らが、世界征服成功の戦勝会で彼等を皆殺しにしたからです」
 真顔で何でもない事の様に言うエインセル。
「占領した街ごと全部吹き飛ばしたので、弱い魔族は一瞬で即死しました。ですが、火のカルカンアテスと水のロイケートの二人はしぶとく生き残った。なので、個別に止めを刺す必要が有りました。その時の記憶が残っていたんでしょう」
「そ、そんな事をしたのか。そりゃ怒るのも当然だ」
「私もそう思います。だから、彼等にも謝った方が良いのかと悩んでしまい、彼の攻撃を避けられなかったんです」
「つまり、勇者の生まれ変わりかと思ったら部下の生まれ変わりだったので、どうしようかと考えていたらブチギレられて殴られた、と」
 終木が簡潔に纏める。
「そう言う事だ」
 エインセルは憂鬱そうに目を伏せ、お腹を擦った。まだ痛みが残っている様だ。
「まぁ、私と勇佐くん以外にも勇者の生まれ変わりが居てもおかしくはないわね。居たら会いたいけど、前世の記憶を取り戻すトリガーがエインセルしかないのなら探すのは難しいでしょうね」
「ちなみに、勇者って何人居たの?」
 勇佐に訊かれた終木は、斜め上を見ながら思い出す。
「神に祝福され、王から魔王討伐支援を受けたのは二十二人よ。エインセルに戦いを挑んだ時は三人まで減ってたけど。負け確だったけど、散った仲間の為に引く事は出来なかったの」
「そうか……。俺も記憶を取り戻したら、そう言う事も思い出すんだろうな」
「思い出すでしょうね。思い出してくれたら、私のこの記憶が気の迷いじゃないって確定するんだけど。――で。どうするの? エインセル。そいつらに謝るの?」
 終木に訊かれたエインセルは力無く俯いた。
「あの様子だと許されないだろうな。どうしようか考え中だ」
「そっか。どちらにせよ、私と勇佐くんが勇者の生まれ変わりだって事は四天王には言わない方が良いわね。なにせ、土のトルバを殺したのは私達だからね。そいつの記憶が蘇ったのなら、私達も恨まれるかも」
「む。確かにそうだな。助言に感謝する、ほまれ」
「どういたしまして。もう帰るけど、本当に大丈夫? お腹、結構な騒ぎになってたけど」
「余計な事は言わなくて良い。内臓は魔法で再生したから、もう問題は無い。帰っても良いぞ」
「腹の方は目で見て分かるほど悲惨だったのか? まぁ、そりゃそうか。あんだけ思いっきり吹っ飛んでいたらなぁ」
「一命さんが心配なさる事はありません。まだ完治はしていませんが、後は長い時間を掛けて魔法で直していきます。少量の魔力消費なら痛みも小さいですし。――では、夕飯の支度を始めますね」
「いや、今日はもう休め」
「折角のイワシが無駄になっちゃいますし。乱暴に扱ってしまったので、今日の内に調理しないと」
 そのやり取りを見た終木は、汚れたメイド服を小さく丸めて持った。
「勇佐くんを心配させたくないのなら、このメイド服のほつれが直るまで休んでなさい。明日、これを作った子に直して貰うから、明後日くらいまで」
「だが――」
「メイド服を着てない子はメイドじゃないわ。ただの妖精よ」
「むむ」
「明後日までに四天王をどう扱うかを決めなさい。それまで外出禁止よ。構わないよね? 勇佐くん」
「ああ、そうしてくれ。じゃないと俺も心配だ。あいつ、マジでやばかったからな。外で偶然出会ったら、絶対また殴り掛かって来る」
「――分かりました。そうします。では、しばらく自室で治癒に専念します」
 小さな身体を更に小さくしてションボリしたエインセルは、一礼してからリビングを出て行った。
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