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前編
第25話
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気が付くと、のじこはうつ伏せで寝転がっていた。
ここはどこだろう。
「う……」
全身が痛い。
骨折はしていない様だが、身体が起こせない。
かろうじて動く赤い瞳を周りに向ける。
土の地面。
雨が降っていて、目の前の水溜りにいくつもの波紋が描かれている。
「のじこちゃん」
背中の方から声を掛けられた。蜜月の声。
のじこは痛みを堪えて寝返りを打つ。
空が燃えていた。
いや、燃えているのは木だ。今居るのは森の中で、その森が燃えているのだ。
木の数本に渡って背骨の様な物が引っ掛かって燃えている。あれは大型の尻尾だった物。
萎んだパラシュートも木に引っ掛かって燃えていた。
「大型、落ちたんだ。作戦成功……だ」
安堵の笑みを零したのじこだったが、蜜月からの返事が無い。
炎を背にして立っている蜜月の顔は影になっていて、表情が全く見えなかった。
何か雰囲気がおかしい。
「どうして、殺したの?」
一歩のじこに近付く蜜月。その足が泥を踏み、ビチャリと音を立てる。
「あれは私のお母さんだった。どうして殺したの?」
もう一歩近付く蜜月。
影になっている顔の中で、その瞳が赤く輝いていた。
のじこの様に。
だが、のじこを見下ろす蜜月の瞳には、感情が全く篭っていなかった。それが逆に怖かった。
まるで蛇に睨まれたカエルの様に動けなくなったのじこは、しかし気丈に答えた。
「敵だから。あの人はもう死んでいた。きっと、丙に取り付かれていたんだ」
「敵だったら、人でも殺すの?」
蜜月は腰の刀を抜いた。白刃が炎に煌き、雨に濡れる。
「だって、大型を倒さなきゃ明日軌が危ないもん。それがのじこの戦う理由だから」
本能的な恐怖から思考を巡らせたのじこは、以前言っていた蜜月の言葉で返す。
「戦う、理由」
蜜月の足が止まる。
大型の残骸や周りの草木が燃える黒煙が呼び水になったのか、雨が本降りになって来た。
「私の戦う理由は、無くなった。お母さん、死んじゃった。のじこちゃんが殺しちゃった」
刀を上段に構える蜜月。明らかにのじこを斬ろうとしている。
逃げようとするのじこだったが、思う様に身体が動かない。無理に腕を動かしてもぬかるみで滑ってしまう。
「止めてよ、蜜月。のじこは神鬼じゃない。斬らないで」
無反応。雨に濡れる蜜月の赤い瞳は、まっすぐのじこを見下ろしている。
「いや……助けて……」
命乞いするのじこ。体中が痛くて大声が出せない。
唐突に周囲が明るくなった。
眩しさに目を瞑るのじこ。
「……邪魔しないで」
目を開いたのじこの前に、蜜月の黒く焦げた背中が有った。敵の光線が当たったらしい。直撃は避けた様だが、酷い火傷。黒い鎧下着と外国の犬の様な形の髪の先端が燃えていたが、雨ですぐ消えた。
「邪魔しないでよ!」
数匹の中型神鬼が迫って来た。敵の全ての目が煌々と輝き、光線を連射している。大雨のせいで威力や命中精度が落ちているが、蜜月は目にも止まらない動きでそれを避けた。
「はぁッ!」
一呼吸の間で中型神鬼の全てを切り伏せる蜜月。
元々が甲だったせいなのか、神鬼は死んでも爆発しなかった。
「……まだ、来るのね」
中型神鬼の援軍が迫っている事を知らせる無数の重い足音。
「どうして、お前達が、お母さんをッ! お母さぁんッ! うわああぁぁッ!」
炎と雨の中、舞う様に刀を振る蜜月。
その全てをのじこは目撃していた。
数分後、黒い忍び装束のハクマとコクマがのじこの前に現れた。
「大丈夫ですか? のじこさん」
仰向けに寝転がっているのじこの顔を覗くハクマ。呆然とした表情のまま反応が無いので、コクマが怪我の具合を確かめる。大型と共に墜落したので、普通なら死んでいてもおかしくない。
「命に別状は無いわ」
素早く診断したコクマの言葉に安心するハクマ。
「のじこさん、蜜月さんは?」
ハクマがそう訊くと、のじこはビクリと身体を強張らせた。
「蜜月――」
「え?」
雨の中にも係わらず水気の無くなった小さな唇に耳を近付けるハクマ。
「蜜月……怖い」
そう呟いたのじこは、そこで意識を失った。
「のじこさん!」
「兄様、あれ……」
勢いが弱くなっている炎を指差すコクマ。
大雨に晒されているのにしぶとく燃えている炎の中に、折れた刀を持った蜜月が居た。幽鬼の様に脱力して立っている蜜月は、山の様に積み重なっている中型神鬼の甲羅と砂を黒い瞳で見詰めながら、意識を失っていた。
ここはどこだろう。
「う……」
全身が痛い。
骨折はしていない様だが、身体が起こせない。
かろうじて動く赤い瞳を周りに向ける。
土の地面。
雨が降っていて、目の前の水溜りにいくつもの波紋が描かれている。
「のじこちゃん」
背中の方から声を掛けられた。蜜月の声。
のじこは痛みを堪えて寝返りを打つ。
空が燃えていた。
いや、燃えているのは木だ。今居るのは森の中で、その森が燃えているのだ。
木の数本に渡って背骨の様な物が引っ掛かって燃えている。あれは大型の尻尾だった物。
萎んだパラシュートも木に引っ掛かって燃えていた。
「大型、落ちたんだ。作戦成功……だ」
安堵の笑みを零したのじこだったが、蜜月からの返事が無い。
炎を背にして立っている蜜月の顔は影になっていて、表情が全く見えなかった。
何か雰囲気がおかしい。
「どうして、殺したの?」
一歩のじこに近付く蜜月。その足が泥を踏み、ビチャリと音を立てる。
「あれは私のお母さんだった。どうして殺したの?」
もう一歩近付く蜜月。
影になっている顔の中で、その瞳が赤く輝いていた。
のじこの様に。
だが、のじこを見下ろす蜜月の瞳には、感情が全く篭っていなかった。それが逆に怖かった。
まるで蛇に睨まれたカエルの様に動けなくなったのじこは、しかし気丈に答えた。
「敵だから。あの人はもう死んでいた。きっと、丙に取り付かれていたんだ」
「敵だったら、人でも殺すの?」
蜜月は腰の刀を抜いた。白刃が炎に煌き、雨に濡れる。
「だって、大型を倒さなきゃ明日軌が危ないもん。それがのじこの戦う理由だから」
本能的な恐怖から思考を巡らせたのじこは、以前言っていた蜜月の言葉で返す。
「戦う、理由」
蜜月の足が止まる。
大型の残骸や周りの草木が燃える黒煙が呼び水になったのか、雨が本降りになって来た。
「私の戦う理由は、無くなった。お母さん、死んじゃった。のじこちゃんが殺しちゃった」
刀を上段に構える蜜月。明らかにのじこを斬ろうとしている。
逃げようとするのじこだったが、思う様に身体が動かない。無理に腕を動かしてもぬかるみで滑ってしまう。
「止めてよ、蜜月。のじこは神鬼じゃない。斬らないで」
無反応。雨に濡れる蜜月の赤い瞳は、まっすぐのじこを見下ろしている。
「いや……助けて……」
命乞いするのじこ。体中が痛くて大声が出せない。
唐突に周囲が明るくなった。
眩しさに目を瞑るのじこ。
「……邪魔しないで」
目を開いたのじこの前に、蜜月の黒く焦げた背中が有った。敵の光線が当たったらしい。直撃は避けた様だが、酷い火傷。黒い鎧下着と外国の犬の様な形の髪の先端が燃えていたが、雨ですぐ消えた。
「邪魔しないでよ!」
数匹の中型神鬼が迫って来た。敵の全ての目が煌々と輝き、光線を連射している。大雨のせいで威力や命中精度が落ちているが、蜜月は目にも止まらない動きでそれを避けた。
「はぁッ!」
一呼吸の間で中型神鬼の全てを切り伏せる蜜月。
元々が甲だったせいなのか、神鬼は死んでも爆発しなかった。
「……まだ、来るのね」
中型神鬼の援軍が迫っている事を知らせる無数の重い足音。
「どうして、お前達が、お母さんをッ! お母さぁんッ! うわああぁぁッ!」
炎と雨の中、舞う様に刀を振る蜜月。
その全てをのじこは目撃していた。
数分後、黒い忍び装束のハクマとコクマがのじこの前に現れた。
「大丈夫ですか? のじこさん」
仰向けに寝転がっているのじこの顔を覗くハクマ。呆然とした表情のまま反応が無いので、コクマが怪我の具合を確かめる。大型と共に墜落したので、普通なら死んでいてもおかしくない。
「命に別状は無いわ」
素早く診断したコクマの言葉に安心するハクマ。
「のじこさん、蜜月さんは?」
ハクマがそう訊くと、のじこはビクリと身体を強張らせた。
「蜜月――」
「え?」
雨の中にも係わらず水気の無くなった小さな唇に耳を近付けるハクマ。
「蜜月……怖い」
そう呟いたのじこは、そこで意識を失った。
「のじこさん!」
「兄様、あれ……」
勢いが弱くなっている炎を指差すコクマ。
大雨に晒されているのにしぶとく燃えている炎の中に、折れた刀を持った蜜月が居た。幽鬼の様に脱力して立っている蜜月は、山の様に積み重なっている中型神鬼の甲羅と砂を黒い瞳で見詰めながら、意識を失っていた。
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