レトロミライ

宗園やや

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前編

第24話

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 重力に捕えられている二人の少女は、白いエイに向かって落下した。
 数秒後、二人は目標を外れる事無く白い足場に着地する。
「ひゃ!」
 エイの背中は雨で濡れている上に思ったより柔らかくて、足を滑らせた蜜月が腹這いに転倒してしまう。そのせいで落下スピードを殺し切れず、頭を下にして緩やかな傾斜を滑り落ちる。
「うわっ、うわうわ!」
 段々と傾斜が急になって行くので、何とかしないとエイから滑り落ちてしまう。
「くっ」
 柔らかくてザラザラしている白い皮膚を鷲掴みにして、ようやく滑落が止まった。
 カエルの様な格好でエイにしがみ付いている蜜月の足首を掴んだのじこは、力任せに仲間の身体を引っ張り上げる。
「あ、ありがとう」
 ほっと一安心して立ち上がる蜜月を無視し、ヘッドフォンに語り掛けるのじこ。
「二人共大型に乗れたよ。これから攻撃する」
『了解。ハクマとコクマは戦車隊の援護に向かいます』
 ハクマの返事を聞いたのじこは、両手両足の武器を覆っていた黒い布を取り、黒い帽子も取って捨てた。もみあげ以外短い銀髪が風で広がる。
「どこから――やろうかな」
 のじこはエイの白い背中を見渡す。ちょっとした家を庭付きで建てられそうな広さが有る。小さな山の様なこの身体の中に光線のエネルギーが詰まっているのか。かなり危険だ。
 絶対に落とさなければ。
 蜜月は背負っていた歩兵銃を構える。
「取り敢えず中心に行きましょう。一番高い所」
「うん、そうしよう」
 二人で緩やかな坂を登る。
 そして頂点だと思われる場所に立つ。
 上空からの攻撃を想定していないのか、背中はまるっきり無防備だ。神鬼の弱点とされる目の様な穴も見られない。攻撃されないので鏡の鎧を着なかった事は正解だったが、攻撃目標の手掛かりが無い。
「無闇に撃ったら危ないかなぁ。ちょっとでも傷を付けたら暴れるだろうし。暴れたら振り落とされるかも」
「でも、やらないと倒せない」
 風が強いので目の前ののじこの声も聞こえないが、常にオン状態のヘッドフォンで会話が出来る。
 ハクマとコクマの方からの音声も常にオンになっているはずだが、双子は一言も喋らない。代わりに、微かに爆発音や悲鳴が聞こえて来ている。向こうは大変な事になっている様だ。
「そうね。私達がこいつを倒さなきゃ。適当に撃ってみます」
 蜜月は片膝立ちになり、白くザラザラの皮膚を左手で握った。皮膚が厚くて鈍いのか、それとも神経が通っていないのか、爪を立てて思いっきり握っても反応が無い。
 そして右腕だけで歩兵銃を構える蜜月。
 のじこもよつんばいになり、予想される衝撃に備える。
「撃ちます」
 銃弾が白い皮膚に銃創を刻み、赤い血が噴出す。
 思った通り、大型は暴れ出した。しかし地震の様に揺れるだけで、横になったり逆さになったりはしなかった。これならのじこでも攻撃出来そうだ。
 蜜月は怯む事無く射撃を続け、歩兵銃に込めた二十六発を全て撃ち尽くした。なるべく一ヶ所に集中して撃ったので、大怪我を与えたと言える量の出血が有る。ただ、敵の身体は大きいので、そこから考えると大したダメージにはなっていないかも知れない。
『大丈夫ですか? 二人共』
 ハクマからの通信が来た。
「大暴れで弾倉の交換が出来ません。手を離したら振り落とされそうです。そちらから大型はどう見えてますか?」
 蜜月に応えたのはコクマだった。
『釣り上げられた魚みたいね。上へ上がっているわ。落ちちゃダメよ』
「はい。のじこちゃん、続きお願い」
「うん」
 よつんばいののじこは右手を掲げ、篭手に付いたスコップの様な武器を白い背中に突き刺す。
「やめて」
「え?」
 蜜月は、普段の戦いの時と同じ様に返り血を受けて真っ赤になっているのじこを見る。夢中で白い皮膚を切り裂いている。
「のじこちゃん、何か言った?」
「ガ……ん……ザーー」
 返り血のせいでのじこのヘッドフォンが壊れたらしく、雑音が入った。ヘッドフォンを包んでいる水を弾く布が、強い風のせいで取れてしまったらしい。
 顔を顰めたのじこは耳に手を当て、ヘッドフォンを無造作に放り投げた。
「のじこちゃんのヘッドフォンが壊れた様です。今、捨てちゃいました」
『了解』
「えっと、ハクマさん。今、何か言いました?」
『いいえ?』
 ハクマとコクマは、妹社の気を逸らさない為に、極力喋らない様にしていると言う。
「蜜月ちゃんね?」
「!」
 また聞こえた。
 女性の声。明らかに少女の声じゃないので、血の海の中で大型の肉を掘っているのじこの声じゃない。
「こっちよ」
「誰!? どこに居るの!?」
 弱って来たのか、痛みで暴れる大型の動きが小さくなって来ている。
 蜜月は皮膚を抓んでいた左手を離し、歩兵銃の弾倉を交換する。
 再び皮膚を摘み、周囲を警戒する。
 どんな身体の構造をしているか分からないが、近い内にのじこの武器は内蔵か骨に達するだろう。そうなれば大型は終わりだ。身体に溜め込んでいる光線のエネルギーが爆発するから。
「蜜月ちゃん」
 風が吹き荒ぶ中でも、耳元で囁いているかの様にハッキリと聞こえる不思議な声。しかしここにはのじこと蜜月以外に人は居ない。
「こっちよ」
 エイの背中の一部が捲れ上がった。背骨の様な形の尻尾がブンブンと振られている方向とは逆なので、頭の方か。
 歩兵銃を構えた蜜月は中腰でそちらに進む。
 そこに弱点の穴が有れば攻撃の手掛かりになるが、光線で攻撃されるかも知れない。
 だが、この状況で迷っても無意味。
 かさぶたの様に剥がれ掛けている白い皮膚を左手で掴んだ蜜月は、バランスを崩さない様に気を付けながら一気に剥がす。
「!」
 かさぶたの下には凹んでいる空間が有り、そこに一人の女性が居た。胸から下がピンクの柔肌に埋っていて、血管の様な物が人の肌とエイの肌を繋ぎ止めている。
 どう見ても化物の有り様だ。
 しかし乳房から上は、蜜月の良く知っている形をしていた。
「……お母さん?」
「そうよ。お母さんよ」
 幼い頃に行方不明になった母親が、そこに居た。
 記憶の中では擦れてしまい、思い出し難くなっていた顔。
 たが、目の当たりにしたその顔は間違い無く母親の物だった。
「どうして、こんな事に……?」
「貴女を迎えに来たのよ、蜜月ちゃん」
「私を?」
 蜜月の視線は母親に釘付けとなり、構えていた歩兵銃が自然と下がって行く。
「そう。蜜月ちゃんは特別な子なの。一緒に帰りましょう?」
「特別? 帰るって、どこに?」
『蜜月さん? どうしました? 誰と話しているんですか?』
 ヘッドフォンから聞こえるハクマの声が邪魔だった。
 だから蜜月はヘッドフォンをかなぐり捨てる。
「帰るって、どこに行くの? いえ、そんな事より。お母さん、どうして、そんな姿に……?」
「私はただの人だから、こうしなければ人とは戦えないの。でも蜜月ちゃんは違う。貴女は樹の一族の姫なのよ。神様のお嫁になる運命なの」
 母親の形をした物は、細い腕を蜜月に差し伸べた。
「何を言ってるの? お母さん。分からないよ」
 母親の顔に血の雫が滴り落ちた。一滴、二滴と母の頬に赤い水が落ちる。
 蜜月が顔を上げると、返り血で真っ赤になったのじこが母親の背後に立っていた。おじぎをする様な格好で、後ろから母親の顔を覗き込んでいる。
「貴女は樹の眷属ね。蜜月ちゃんの下僕なのだから、控えなさい」
「目が腐ってる。お前、死人だな」
 母親の言葉を無視し、右手を掲げるのじこ。
 スコップの先端が母親を狙っている。
「待って、のじこちゃ――」
 蜜月は歩兵銃を捨て、のじこを止めようと飛び掛かる。
 しかし一瞬遅く、のじこのスコップは母親の延髄に突き刺さった。
 蜜月の母親の形をした物が、身も凍る様な断末魔の悲鳴を上げた。
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