レトロミライ

宗園やや

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前編

第30話

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『繰り返します。各隊は速やかに戦闘配置についてください。中型甲一体、並びに中型乙二体が、八時方向観測隊により発見されました』

 妹社の二人はほぼ同時に車庫に入り、一分弱で着替え終わった。
 蜜月は、並んでカーテンから出た少女を横目で見る。相変わらずの澄まし顔で鏡の鎧の装着具合を確かめてたのじこは、ひょいとジーブに飛び乗った。
 彼女の気持ちが読めない蜜月は、ついつい話し掛けるのを躊躇ってしまう。
 広田が亡くなった一昨日は悲し過ぎて動けなかった。
 しかし昨日はギプスが取れたので、意を決して、のじこ、コクマの三人で約束のケーキ造りをした。そこでものじこは無表情で調理をし、出来上がったケーキをみんなで食べている時はニコニコとしていた。
 前回ケーキを作った時もそうだったので、それが彼女の常態なのだろうが、未だに彼女とはギクシャクしている。それは蜜月がそう思っているだけだとケーキを食べた後にハクマの助言を貰っているので、意を決して口を開く。
「あ、あの、のじこちゃん?」
「ん?」
 ジープの後部座席に座り、つまらなさそうに発進を待っていたのじこは、呼び掛けた蜜月に赤い瞳を向けた。
 無表情なので不機嫌に見えるが、それは気のせいだと自分に言い聞かせる。
「えっと、怪我が治ってすぐの出撃だから、もしかすると動きが悪くて迷惑掛けるかも。そうなったらごめんね?」
「迷惑?」
 キョトンとした顔をしたのじこは、それから薄く笑った。
「蜜月は強いから大丈夫だよ」
 コクマだったらバカにしてんのかと怒り出しそうな表情と言葉だったが、人を疑う事を知らない純情な蜜月は素直に安心した。
 のじこに認められている。そう受け取った蜜月は、照れ笑いをしながらのじこの隣りに座った。
 それでもまだちょっと不安なのか、歩兵銃をしっかりと胸に抱いてしまう。
「明日軌に言われた。目が赤くなった時の蜜月は無意識だったって」
 のじこは、正面を見ながら無表情で言う。
「あんな暴走をする様な作戦は、余程切羽詰まらない限りはしないって明日軌が約束してくれたから、もう蜜月は怖くないよ」
「そ、そっか。ありがとう」
 暴走と言われた事にどんな反応をしたら良いのか分からなかったので、取り敢えず礼を言った。
 明日軌に言われたから、のじこは怖がるのを止めた、と言う事か。
 何にせよ、これで完璧な仲直りかな。今日はいつもの様に戦えるだろう。
「さぁ、今日も頑張りましょう」
 双子の忍者を従えた青いセーラー服の明日軌が早足で車庫に入って来て、久しぶりに鏡の鎧を着た蜜月を見て微笑んだ。
「あ、あの」
 蜜月の呼び掛けは少しタイミングが悪かったらしく、明日軌は気付かずに指揮車に乗り込んで行った。
 忍び装束に着替えたハクマもジープに乗り、二台の車両は雛白邸を出る。
 仕方無く、蜜月はヘッドフォンのスイッチを入れる。
「あの、ちょっと良いですか? 明日軌さん。蜜月です」
 しばらく間が有ってから、明日軌の声がヘッドフォンから聞こえて来た。
『どうしました?』
「えっと、私が居るせいで丙がまた来るみたいなんですけど、私はここに居ても良いんですか? もう出撃してしまいましたけど。なかなか訊く機会が無かったもので」
 通信を通して、明日軌がウフフと笑った声が聞こえて来た。
『勿論、居て貰わなければ困りますわ。大切な戦力ですもの。丙への対策も植杉に指示済みです。それに』
 またうふふと笑う明日軌。
『近日中にもう一人、妹社が雛白部隊に配属される事が決定しました。恐らく女性でしょうけど。蜜月さんが丙の的らしいと言って、政府に無理矢理納得させました』
 蜜月さんのお陰ですわ、と明日軌は嬉しそうに言った。
『正体不明の丙でも退治出来る妹社と言う事で、実戦経験の有る妹社が来る事になっています。丙がこちらに集中すれば偉い人も安心でしょうしね』
 話が途切れ、明日軌とコクマが何か喋っている小さな声がした。
『これから乙二匹を相手にしなきゃいけないってのに、妹社のあんたが何腑抜けた事言ってるのよ!』
 明日軌と代わったコクマの声は、甲高過ぎて音が割れていた。
 ハクマとのじこはこっそり通信を聞いていたのか、揃った動きでヘッドフォンを耳から浮かせた。
 その姿が面白くて、蜜月は思わず吹き出してしまった。
『何笑ってるのよ』
「いえ、音が割れています。落ち付いてください、コクマさん」
 マイクから口を離したコクマは、咳払いをしてから声を落として語る。
『いい? 蜜月。あんたとのじこが頑張らなきゃ、自警団に死人が出るんだからね? あんたは死人が出るのが嫌なんでしょ?』
「はい」
『じゃ、気合入れなさい。私と兄様は普通の人間なんだから、あんまりサポートを期待しないでよね』
 想像を絶する修行の末に妹社以上の身体能力を持った忍者が良く言う。
 頬が緩む蜜月。
「……はい。がんばります」
 気の強い妹が他人の名を呼んで励ましていると言う初めての成り行きに、ハクマの頬も緩む。
 彼女なりに広田の死を気にしているせいだろうから、本当は笑える事ではない。非情にならなければならない忍が死人を気にするのは間違いだ。
 しかし、兄は笑んだ。間違いだが、今の時代、この街で生き残るには、恐らく悪い事じゃないだろう。生きている人間が心をひとつにしなければ、神鬼には勝てない。
 現場に着いたジープが川原で止まる。妹社隊の三人はジープを降り、夏の太陽を受けてキラキラと輝いている川を見詰める。
 間を開けずに後退して行く妹社隊のジープ。
「ここでは川を挟んでの戦いです。神鬼の状況報告を待ちます」
 ヘッドフォンの電源は入っていますか? と少女達を見ながら訊くハクマ。
 蜜月とのじこは揃って頷く。
「では、待機しつつ、戦闘準備に入ってください」
 そう指示したハクマは、狙撃ポイントに身を隠す為にこの場から消えた。
 いつも通りの手筈。
 久しぶりの戦場。
 のじこはぼんやりと川の向こう側に視線を向けている。
 蜜月は深く深呼吸し、流れる水の清浄な薫りを肺一杯に吸い込んだ。
 ハクマからの通信が入る。
『神鬼の進軍が遅い様です。敵は川を渡らずに回り道を探しています。そのまま川を渡り、敵の背後を取りましょう。その川は浅い場所が有るので、そこを渡ってください』
「了解。行きましょう、のじこちゃん」
「うん」
 蜜月は歩兵銃を構え、のじこと一緒に川に足を踏み入れた。
 そして十数分後、被害ゼロで今日の戦闘を終えた。怪我や不安の影響が全く無かった事に安堵した蜜月は、のじこと一緒にジープに戻った。
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