レトロミライ

宗園やや

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中編

第31話

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 雛白邸内に囲まれている明日軌宅は夜の静寂に包まれていた。
 そんな中で、苦しげな吐息が長い間続いていた。
「……っ!」
 何かに追われる悪夢から目覚めた少女は、数秒止まっていた呼吸を再開させた。
「また、あの夢……」
 額に浮かんだ脂汗を寝巻きの袖で拭う。
「明日軌様」
 襖の裏から安心を誘う男性の声。
「いつもの夢よ、ハクマ……」
 明日軌は上半身を起こす。
 部屋の中は真っ暗だが、障子の向こうは微かに明るい。時刻は夜明け前後くらいか。
「まだ違うみたい。ハクマ。何度も手間を掛けさせて申し訳無いけれど、アレを時計回りに少しだけずらして頂戴」
 言いながら、乱れた長い黒髪を手櫛で整える明日軌。
「畏まりました」
 襖の向こうの気配が消える。
 明日軌は布団から起き上がり、襖を開けて縁側に出た。表の風景は、木の壁に囲まれた殺風景な物。上空にも天井が有り、木の板と太い梁で覆われている。
「コクマ」
「はい」
 呼び掛けに応えて突如現れる黒いメイド服の女性。ツインテールに黒いヘッドドレスが可愛い。
「入浴します」
「承知しました。湯が沸くまで、少々お待ちください」
 コクマは姿を消す。
 もうすでに湯船には水が張られ、薪がくべられているだろう。悪夢に起こされ、風呂に入る事は良く有る事だから。
 有能な二人。最小限の言葉で完璧に仕事をこなしてくれる。
 失いたくない。
 右の瞼を閉じ、視力の無い緑色の左目だけで庭を見る。当然何も見えない。
「もっと戦え、か……」
 明日軌は縁側に腰掛け、乱れた襟元を正す。
 気分を落ち着かせようと。両目を閉じて深呼吸をする。
 無心になろうとしたが、全身に掻いた脂汗が気持ち悪くて肩から力が抜けない。
 自宅全体を囲む木の壁の向こうから聞こえるセミの声も気になる。
 季節は夏。今はまだ涼しいが、日が昇れば茹だる様な暑さになるだろう。
 人も獣も植物も、そして敵も活発になる。
「明日軌様。湯が沸きました」
 黒衣のメイドが頭を下げる。
「ありがとう」
 両目を開けた明日軌は、胸を張って立ち上がった。
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