レトロミライ

宗園やや

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中編

第32話

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「妹社隊、戦闘を開始しました」
 オペレーターの渚トキが、戦闘指揮車の壁に貼られた街の地図を見ながら報告する。そこにマグネットの駒をくっ付け、妹社隊と戦車隊、そして敵の位置を表した。
 長い髪をポニーテールにして青いセーラー服を着ている明日軌は、扇子で顔を扇ぎながら地図の様子を睨んでいる。
「それにしても、異様に暑いですわね、装甲車は」
 赤い顔を歪ませる明日軌。汗が止まらない。
 明日軌が乗っている戦闘指揮車は鉄の箱の様な形をしている。そんな車体が夏の陽射しをまともに受ければ、巨大な蒸し器の様になってしまう。
 しかも、遠距離に電波を飛ばす無線の機械が電力を大量に消費する為、発電機も搭載している。その発電機も膨大な熱を発しているので、良い感じに乗員を熱している。
 車の窓が小さいので、全てを全開にしてもほとんど風が入って来ない。
「戦闘指揮車より狭い戦車も、きっと暑いでしょうね。頑張って戦ってらっしゃる皆さんも大変だわ。何か良い案が有れば良いけれど」
 明日軌は立ち上がり、戦闘指揮車の天窓から頭を出す。
 周囲は一面の田園。青々とした稲が風を受けて揺れている。
 そんな田んぼを編み目の様に囲んでいる農道に、無数の戦車が犇めいている。全ての車体が熱せられ、農道の空気が揺らいで見える。
「この熱で敵も弱れば好都合ですけど……そんなに甘いはずはありませんよね」
 明日軌は双眼鏡を目に当てる。
 戦車隊の更に先に、異形の怪物が三体居る。体長三~五メートルの亀が直立した様な形の、敵。
 その内の一体に、キラキラと光る小さい物がふたつ取り付いている。
「ただいま戻りました」
 姿を消していた黒衣のメイドが、大きな麻袋を背負って戻って来た。
 双眼鏡を下ろした明日軌は、戦闘指揮車の横に立っているメイドを見下ろす。
「これで少しは涼しくなるかと」
 メイドは大きな桶を車内に乗せ、その中で麻袋を立てた。
 紐で結ばれた麻袋の口を解くと、大きな氷柱が顔を出した。
「おお。素晴らしいです」
 その氷柱を団扇で扇ぐコクマ。明日軌の脚や渚トキのショートカットのうなじを涼しい風が撫でる。
「中型甲一、倒れました」
 普段通りの調子で渚トキが報告する。
 明日軌は再び双眼鏡で現場を見る。敵が甲のみなので、特に心配する事は無い。
「十時方向観測隊から報告。中型甲一、乙一が発見されました」
「何ですって?」
 渚トキの報告に驚き、頭を車内に引っ込める明日軌。
「初の二方向同時攻勢ですね」
 氷柱を扇いでいるコクマは他人事の様に言う。
「やはりそうなってしまいますか……」
 明日軌は難しい顔で腕を組む。
 地図には妹社を表す二個の駒と敵を表す二個の駒が有る。
 戦車隊を表す駒は街を護る形で扇状に配置されている。
 敵が甲のみなら半分に減らしても大丈夫か。
「戦車隊に連絡。妹社を一人後退させ、戦闘指揮車と共に十時方向に向かいます。この場の指揮は大隊長に任せます」
 渚トキが戦車隊大隊長に命令を伝えると同時に司令用マイクの白いボタンを押す明日軌。
「ハクマ、別の場所に敵が現れました。蜜月さんを下がらせてください。バイク兵を向かわせます」
『了解』
「ハクマとのじこさんをこの場に残します。大丈夫ですね?」
『勿論です』
「トキさん、迎えに行ったバイク兵はそのまま十時方向へ。第二戦車中隊も全車そちらへ。雛白邸からも対乙用戦車を向かわせてください」
「了解」
「コクマ、戦闘準備。蜜月さんの援護です」
「了解」
「私達も向かいましょう。最高速で」
「了解」
 運転手の市川次郎が短く返事する。
 テキパキと指示を下す明日軌を乗せた戦闘指揮車は、新たな戦場を目指して走り出した。
 そして十分以上走った後、川原に停まる戦闘指揮車。
 同時に大型バイクも到着する。
「どうしたんですか? 明日軌さん」
 バイクの後ろに乗っていた少女がそこから降りる。両耳の上の髪を縛り、毛の長い外国の犬みたいな髪型にしている。身体の線が出る黒い上下を着て、胸、腕、脛を覆う鏡の鎧を着けている。その鎧は、敵が発射する光線を受け流す効果が有る。直撃したら全く役に立たないが、掠る程度なら防御出来る。
 その光線を発射する敵を乙と呼び、発射しない敵を甲として区別している。
「こちらにも敵が現れました。初の二方向同時攻勢です」
「え?」
 ヘッドフォンを装着した明日軌も指揮車を降りる。
 バイクはすぐに後方へ下がって行った。
「戦車中隊もこちらに向かっていますが、足が遅いので、蜜月さんとコクマの二人で戦って貰います」
「わ、私とコクマさんで? コクマさんとの戦闘訓練はした事無いんですけど……」
 不安を顔に出す、明日軌と同い年の少女。
 その手には歩兵銃が握られ、腰に日本刀を下げている。腰のベルトには無数の弾倉。
「コクマの動きはハクマと同じですので、いつもと同じ様に戦ってください。指示は私が出します」
 黒いメイド服の女性はツインテールの頭にヘッドフォンを着け、長い銃身の狙撃銃の点検をしている。
 そのコクマとアイコンタクトを取った後、蜜月に真顔を向ける明日軌。
「頑張ってください、蜜月さん。妹社の貴女が頼りなのです」
 妹社《いもしゃ》。
 敵と同時期にこの世界に生まれた、人の形をした人ではない者達の苗字。
 人以上の筋力を持ち、大怪我をしても死ぬ事がない。
 この蜜月も、十四才の少女ながら、屈強な兵士並みの体力を持っている。
 しかし心と身体は少女そのものなので、不安そうな表情で川の向こうに視線を送っている。
 ここからでは敵は見えない。
「行くわよ。戦車隊が居ないので、まず私が小型の数を減らすわ」
 そう言ったコクマは狙撃銃を背負い、両手に無数の手榴弾を持った。
「では、戦闘開始」
 明日軌がそう言うと、コクマは一瞬で姿を消した。
 コクマとハクマは双子の忍者だ。戦闘馴れした二人は、妹社以上の戦闘能力を持っている。
 しかし普通の人間なので、負傷したら戦えなくなる。
 なので、前に出るのは妹社でなければならない。
『蜜月さん、前進してください』
「あ、はい」
 ヘッドフォンから聞こえる明日軌の指示に従い、歩兵銃を胸に抱いて走る蜜月。その先には涼しげな川。
「よっ」
 蜜月は、水溜りを飛び越える様な調子でジャンプした。妹社の身体能力は凄まじく、ひとっ飛びで十メートルの川幅を飛び越えた。
 対岸に立った蜜月は、休まずに土手に駆け上がる。
 土手の向こうにも田園が広がっていて、農道に二体の中型神鬼が居た。
 その二体の中型の足下には数百匹の小型神鬼。体長一メートル程で、地獄絵図の餓鬼みたいな貧相な見た目だが、腕だけは異様に太い。この小型は装甲を持たず、上手く急所を狙えば拳銃の一発で倒せる程弱い。しかし動きが速く、妙に数が多いので、中型よりやっかいな場合も有る。
 普段の戦闘なら最初に戦車隊が先制攻撃をして小型の数を減らすのだが、今回はそれが無い。なので、最初にコクマが敵中に突っ込み、手榴弾をばら撒いた。
 数秒後、大爆発。
『コクマ下がりました。被害無し』
 農道に犇めいている小型が爆発にやられ、半分以下に減った。
 それでもまだ百匹は居る。
『蜜月さん、戦闘開始。乙を優先。コクマは甲を』
「了解」
 明日軌の指示を受けた蜜月は、歩兵銃を構えながら土手を下り、農道をダッシュする。
 不思議な事に、行軍中の敵はきちんと農道を歩く。決して田んぼを踏み荒らしたりはしない。
 なので、人は街の回りに田んぼを広げ、敵の行軍を遅らせている。
 稲を踏んで広がって行軍すれば被害は減るだろうに、と思うのだが、敵の有利になる様な事を口に出す程蜜月はノンキではない。
「大丈夫。いつもと同じ感じで大丈夫」
 謎の爆発に戸惑って足を止めていた敵が、鏡の鎧を着た少女を見付けて行軍を再開させた。
 仲間をやられた怒りが少女に向かい、蜜月の肌をピリピリと刺激する。
「敵と接触します!」
 不安を吹き飛ばす様に大声で報告した蜜月は、左右にジャンプして身体を揺らしながら前に進む。こうして撃たれる前に避けていないと、乙の光線が避けられないのだ。
 避けながらも小型を撃つ蜜月。狙いを定められないが、小型は数が多いので、運の悪い敵に何発か当たる。
 歩兵銃に込めた二十六発を全て撃ち尽くし、走りながら弾倉の交換をする。
 その隙を狙ったかの様に、甲の目から赤い血が吹き出した。コクマの狙撃だ。
 自分を撃った者を探し、身体を横に向ける甲。
 乙は蜜月に向かって光線を撃ち始めた。
 二体の中型がそれぞれ別の方向に身体を向けた所で、蜜月は小型の群れの先頭に肉薄した。
「ほっ」
 川を飛び越えた時と同じ要領で小型の群れを飛び越える蜜月。
 数の多い小型の相手をしていたら、無限の体力を持った妹社でも疲労してしまう。それに、腰のベルトに下げた弾数では倒し切れない。なので無視。
 乙の後方に降り立った蜜月は、振り向き様に歩兵銃を撃つ。
 小型はすぐに蜜月に向かって来るが、身体が大きく、亀の甲羅の様な装甲を持つ中型はすぐに振り向けない。
 そんな中型の膝の裏に銃弾を畳み込む。
 足をやられた中型は自らの体重を支え切れず、うつ伏せに倒れた。
 蜜月は迫り来る小型を再び飛び越え、倒れた中型の首元に銃口を向ける。
 直立した亀の様な姿の中型は全身が銃弾を跳ね返す甲羅に覆われているので、防御力に優れている。しかし、人が着る鎧と同じく、関節部分が柔らかい。
 また、乙は目や口から光線を発射するのだが、皮膚が進化した鎧部分のせいで、頭を真横に向けられない。
 なのでこうして転がしてしまえば簡単に倒せるのだ。
 蜜月は、小型をジャンプで避けながら中型の首を撃つ。戦車による先制攻撃が無いから無傷なので、なかなか頑丈だ。
 再び弾倉を交換し、それも打ち尽くしそうになった時、中型の傷口から火が吹き出した。
 蜜月は反射的に後方にジャンプして逃げる。
 同時に乙が木っ端微塵に吹き飛んだ。乙は体内に光線のエネルギーを溜め込んでいるので、死ぬと爆発するのだ。
「中型乙一、倒れました」
 空中でそう報告した蜜月は、田んぼのど真ん中に降り立った。泥に足が埋り、腰まで伸びた青い稲を踏み潰す。
「うげ」
『どうしました? 蜜月さん』
 蜜月のうめきに明日軌が素早く反応する。
「いえ、田んぼの泥に足を取られて……」
『爆発で甲が転んだわ。急いで止めを』
 コクマの不機嫌な声。
「了解。うー」
 鏡の鎧の重量のせいか、脛まで泥に埋っている。
 しかしモタモタしてたらコクマに怒られてしまう。
 蜜月はなるべく急いで農道に上がり、転んでもがいている甲に駆け寄りつつ銃弾を首に撃ち込んだ。光線を撃たない甲は爆発しないので、歩兵銃の連射に集中出来る。
 甲のもがきが止まると、主戦力を失った小型達が撤退を始めた。その背を撃つ蜜月。餓鬼の様な生き物が一匹ずつ倒れて行く。
『蜜月さん、追撃は無しにしましょう。戦車隊が間に合わなかったので。残念ですが、戦闘終了です』
「了解。――ふう」
 空になった歩兵銃を肩に担いだ蜜月は、逃げる小型達を見送った。
 自身の無事に胸を撫で下ろしたら、両足が泥だらけなのを思い出した。
 泥は意外に重くて歩き難かったので、田んぼに沿う様に流れる用水路で足を洗った。
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