レトロミライ

宗園やや

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中編

第33話

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 戦闘を終えて帰還した戦闘指揮車は、家一軒が余裕で通りそうな大きな鉄の門を潜った。
「お疲れ様でした」
 指揮車運転手の市川次郎とオペレーターの渚トキを労った明日軌は、車から降りて巨大な洋館である雛白邸内に向かう。
 素早く先回りしたコクマが両開きの玄関ドアを開けてくれたので、明日軌はポニーテールを揺らしながら中に入った。
「ん?」
 短かく声を洩らした明日軌は、玄関ホールのど真ん中に有る噴水の前で足を止めた。
「……どうしました?」
 後に控えているコクマが首を傾げる。気になる所や妖しい気配は一切無い。
「少し待ちましょう」
 この女主人が良く分からない事を言うのはいつもの事。しかし妄言は一切無いので、黙って成り行きを見守る。
 黒メイドに見詰められている明日軌は、絶えず水が流れる噴水をボンヤリと眺めている。
 揺れる水面に映る十四才少女の顔。
 日本人の顔立ち。
 黒い髪に黒い瞳。
 だが左目だけは不自然な深い緑色。
「はぁ~、今日は怖かったです」
 玄関ドアを開け、妹社隊の三人がホールに入って来た。そちらに顔を向ける明日軌。
「でも、ちゃんと敵を倒せたじゃないですか。良くやりましたよ」
 忍装束のままのハクマが、紺色の袴に着替えた蜜月を慰めている。
 それを見た明日軌も言葉を掛ける。
「本当に蜜月さんは、勿論のじこさんも、今日は良くやってくれました。お陰で今日の戦闘も死傷者ゼロです」
 感謝します、と深く頭を下げる明日軌に恐縮する蜜月。
「い、いえ。私は戦う事しか出来ませんから……」
 ホール一面に敷かれた赤絨緞の上で、蜜月も外国の犬の様な髪型の頭を深く下げた。
「で、では、自室に戻りますね。失礼します」
 そう言い残してそそくさとホールを後にする袴の少女。
 流石の妹社でも今日の戦いは疲れたのだろう。
「明日軌」
 もう一人の妹社の少女、のじこが明日軌のセーラー服の袖を引っ張った。十歳くらいの子供だが、戦闘経験は蜜月より多い。
「なぁに?」
 赤い瞳ののじこに笑みを返す明日軌。いつも通りのあどけない表情をしていたから、次の言葉を聞いた明日軌は思わず図星を顔に出してしまった。
神鬼じんきが増えてる?」
 自由な野生児みたいな子だけあって、この子の勘はなかなか鋭い。だからこそ、大きな怪我も無く生き残っている。
「……そうね。増えたわね」
「前から小型が増えていた。今日は中型も増えた。だから明日軌、悩んでる」
 明日軌は微笑みながら小さな頭を撫でる。のじこの銀色の髪はおでこが見えるくらいに切り剃ろえてあり、長いもみあげを耳の後ろに撫で付けている。襟足も短い。
「でも、のじこさんと蜜月さんが何とかしてくれるって信じてるわ。だからそんなには悩んでいないの」
「うん。頑張る」
「ふふ。心強いわ」
 人間に悪意を向ければ敵以上の脅威になる妹社だが、彼等は皆心優しい。
 特に雛白部隊に配属された二人の妹社はとても良い子だ。
 そんな少女達に頼り切った戦闘をさせている事が切ない。
「お腹空いた」
「そう。何か作って貰いなさい」
「うん」
 頷いたのじこは、玄関ホールの端に控えているメイドの方に走って行き、空腹を訴えた。
 あんなに可愛い子は、戦場ではなく、学校か公園で友達と遊んで欲しい。
 しかし妹社が神鬼と戦わなければ、人は滅んでしまう。
「のじこさんも不安なのかしら」
 明日軌の呟きに頷くハクマ。
「感情を顔に出さない子ですが、神鬼との戦いの中で色々と感じている様ですね」
 神鬼とは、人が敵に付けた名前だ。
 人を殺害すると言う目的以外、一切不明の存在。
 どこで生まれ育っているのか、何を食べて生きているのか、なぜ人を殺すのか。
 全てが謎。
 分かっている事が何も無いので、神か鬼か分からない。だからそのふたつの字をくっつけて神鬼と呼ぶ。
「良く見てあげて」
 明日軌は背の高いハクマを見上げた。
「承知しております」
 ハクマの本職は執事。それらしく女主人に頭を下げる。
「お嬢様。速達が届きました」
 一人の紺色メイドが明日軌に駆け寄って来た。
「ありがとう。それを待っていました」
 封筒を受け取った明日軌は、早速封を開けて中に入っている数枚の紙に視線を走らせる。
「……やっと書面が届きましたか」
 人類存亡の危機だと言うのに、どうして政府の動きはこんなに遅いのか。
「ハクマ。雛白自警団の隊長全員を会議室に召集。貴方も雛白妹社隊の隊長として出席しなさい」
「はい」
 政府からの書類を丁寧に畳んだ明日軌は、雛白部隊の司令としての引き締まった顔になった。
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