35 / 86
中編
第35話
しおりを挟む
『繰り返します。各隊は速やかに戦闘配置についてください。中型甲二体が、五時方向観測隊により発見されました』
館内放送が雛白邸に響く。
即座に青いセーラー服に着替えて長い髪をポニーテールにした明日軌は、コクマを従えて正面門脇の車庫に走った。
車庫の中では、すでに妹社隊の三人がジープに乗り込んでいた。
「エルエルって本名なんですか?」
「いいえ。色々有って、名前を捨てたんです」
後部座席に乗っている蜜月とエルエルが雑談している。
エルエルは、波打った金髪を明日軌と同じポニーテールにしている。
のじこと蜜月は鏡の鎧をキチンと着ているが、エルエルは黒の鎧下着しか着ていない。
「エルエルさん、鎧は間に合わなかったのですか?」
戦闘経験が有るエルエルは、訓練無しで実戦に出られる。装備も揃っているはず。
それでも着ていないって事は、彼女なりの理由が有ると思う。明日軌はそれを分かっているが、雛白部隊に来てすぐの初出撃なので、確認の意味を込めてわざわざ足を止めて訊く。
「いいえ。鎧は重いので邪魔です」
「そうですか。分かりました」
身体の大きなエルエルの鎧は、それなりの重量になるか。納得は出来る理由だ。
本人が不必要と思っているのなら、無理に着せる必要も無いだろう。
「では出発しましょう」
助手席に乗っている忍装束のハクマの指揮に従い、妹社隊を運ぶジープが車庫から出て行った。
明日軌とコクマは鉄の箱の様な形の戦闘指揮車に乗り、自分の席に座ってヘッドフォンを装備する。
発進後、マイクオフの状態で口を開く明日軌。
「トキさん。現場に着いたら妹社隊の音声を聞きます。開きっ放しでお願いします」
「了解。ハクマさんの回線を繋ぎます」
「前回の様に二手に分かれる可能性も有るので、私も聞いて良いですか?」
「許可します」
珍しく積極的なコクマに頷く明日軌。自分も状況を知っていた方が良いだろうとの判断だろう。
そして現場に着く戦闘指揮車。
散開している戦車の数は普段より少ない。今後は複数方向からの神鬼の侵攻が予想される為、半分以上の戦車を雛白邸で待機させている。そうしておけば、前回の様に妹社だけの戦闘になる事は避けられるだろう。
「ヘッドフォンの電源を入れます」
明日軌とコクマが耳当ての様な機械を操作する。
『――と言う作戦で行きます』
ハクマの声。妹社が三人になった事で変更になった戦い方の確認をしている様だ。
その声を聴きながら戦闘指揮車の天窓から顔を出す明日軌。緑色の左目で見る限り、現場に怪しい気配は無い。
『ダイジョーブ。あれっぽっちの敵、私一人で倒せます』
複数の『あ』と言う声が重なった後、物凄い銃声。一秒に二発のペースで弾丸が撃ち出されている。
「何かしら、この音」
戦闘指揮車の中に戻って来た明日軌の疑問にコクマが応える。
「植杉さんが改良した、エルエルさん専用武器です」
植杉義弘。
雛白部隊が使う武器防具の開発を行う部門の責任者。
「ガトリングガンを小脇に抱えて撃てる様にした武器、と聞いています」
「ああ、そんな報告書が来てましたね」
ヘッドフォンの向こうでは、その銃声が遠ざかって行っている。
『どうしましょう、ハクマさん』
『蜜月さんはエルエルさんの援護をする様に前進してください』
『はい』
『のじこは行けない』
『困りましたね』
マイクに口を近付けた明日軌は、白いボタンを押してハクマに声を届ける。
「明日軌です。どうしました?」
『エルエルさんが指示を待たずに先行してしまったんです。作戦通りではあるんですが、のじこさんが戦えません』
「大丈夫?」
『物凄い弾幕で、小型がバタバタと倒れています。中型には効いていません』
「分かりました。以上」
白いボタンから指を離す明日軌。緊迫はしていないので、心配は要らないか。
「何なんでしょう? 彼女。仲間の命が掛かっている事を分かっているのかしら」
黒いメイド服姿のコクマは、腰に手を当てて呆れ顔をしている。
「エルエルさんの母国は自由を象徴とする国ですから。しかし……」
腕を組む明日軌。
ヘッドフォンからは、ハクマが必死にエルエルと蜜月に指示を出している声が聞こえて来ている。
一応のじこも前進させているが、銃を撃ち続けるエルエルと蜜月の前に出られない様だ。中型と肉薄する格闘術を得意とするのじこは、弾幕が有ると戦えない。
「自由過ぎますね」
『エルエルさん、下がってください。蜜月さんも撃ち方止め。のじこさん』
『うん』
「エルエル、弾切れ後退。のじこが前進、蜜月その場で待機。いつも通りの作戦に切り替わっています」
電子機器を見ながら報告する渚トキ。
「三人になった意味が無いわね」
コクマは肩を竦める。
戦闘終了を待ち、明日軌は白いボタンを押す。
「ハクマ。帰還したら、エルエルさんを司令室に連れて来てください」
『了解』
明日軌はやれやれと溜息を吐きながらヘッドフォンを頭から外す。
「年長で経験豊富だから隊長になれるかとも思ったのですが……」
「無理ですね」
コクマのキッパリとした言葉に、明日軌は再び溜息を吐いた。
館内放送が雛白邸に響く。
即座に青いセーラー服に着替えて長い髪をポニーテールにした明日軌は、コクマを従えて正面門脇の車庫に走った。
車庫の中では、すでに妹社隊の三人がジープに乗り込んでいた。
「エルエルって本名なんですか?」
「いいえ。色々有って、名前を捨てたんです」
後部座席に乗っている蜜月とエルエルが雑談している。
エルエルは、波打った金髪を明日軌と同じポニーテールにしている。
のじこと蜜月は鏡の鎧をキチンと着ているが、エルエルは黒の鎧下着しか着ていない。
「エルエルさん、鎧は間に合わなかったのですか?」
戦闘経験が有るエルエルは、訓練無しで実戦に出られる。装備も揃っているはず。
それでも着ていないって事は、彼女なりの理由が有ると思う。明日軌はそれを分かっているが、雛白部隊に来てすぐの初出撃なので、確認の意味を込めてわざわざ足を止めて訊く。
「いいえ。鎧は重いので邪魔です」
「そうですか。分かりました」
身体の大きなエルエルの鎧は、それなりの重量になるか。納得は出来る理由だ。
本人が不必要と思っているのなら、無理に着せる必要も無いだろう。
「では出発しましょう」
助手席に乗っている忍装束のハクマの指揮に従い、妹社隊を運ぶジープが車庫から出て行った。
明日軌とコクマは鉄の箱の様な形の戦闘指揮車に乗り、自分の席に座ってヘッドフォンを装備する。
発進後、マイクオフの状態で口を開く明日軌。
「トキさん。現場に着いたら妹社隊の音声を聞きます。開きっ放しでお願いします」
「了解。ハクマさんの回線を繋ぎます」
「前回の様に二手に分かれる可能性も有るので、私も聞いて良いですか?」
「許可します」
珍しく積極的なコクマに頷く明日軌。自分も状況を知っていた方が良いだろうとの判断だろう。
そして現場に着く戦闘指揮車。
散開している戦車の数は普段より少ない。今後は複数方向からの神鬼の侵攻が予想される為、半分以上の戦車を雛白邸で待機させている。そうしておけば、前回の様に妹社だけの戦闘になる事は避けられるだろう。
「ヘッドフォンの電源を入れます」
明日軌とコクマが耳当ての様な機械を操作する。
『――と言う作戦で行きます』
ハクマの声。妹社が三人になった事で変更になった戦い方の確認をしている様だ。
その声を聴きながら戦闘指揮車の天窓から顔を出す明日軌。緑色の左目で見る限り、現場に怪しい気配は無い。
『ダイジョーブ。あれっぽっちの敵、私一人で倒せます』
複数の『あ』と言う声が重なった後、物凄い銃声。一秒に二発のペースで弾丸が撃ち出されている。
「何かしら、この音」
戦闘指揮車の中に戻って来た明日軌の疑問にコクマが応える。
「植杉さんが改良した、エルエルさん専用武器です」
植杉義弘。
雛白部隊が使う武器防具の開発を行う部門の責任者。
「ガトリングガンを小脇に抱えて撃てる様にした武器、と聞いています」
「ああ、そんな報告書が来てましたね」
ヘッドフォンの向こうでは、その銃声が遠ざかって行っている。
『どうしましょう、ハクマさん』
『蜜月さんはエルエルさんの援護をする様に前進してください』
『はい』
『のじこは行けない』
『困りましたね』
マイクに口を近付けた明日軌は、白いボタンを押してハクマに声を届ける。
「明日軌です。どうしました?」
『エルエルさんが指示を待たずに先行してしまったんです。作戦通りではあるんですが、のじこさんが戦えません』
「大丈夫?」
『物凄い弾幕で、小型がバタバタと倒れています。中型には効いていません』
「分かりました。以上」
白いボタンから指を離す明日軌。緊迫はしていないので、心配は要らないか。
「何なんでしょう? 彼女。仲間の命が掛かっている事を分かっているのかしら」
黒いメイド服姿のコクマは、腰に手を当てて呆れ顔をしている。
「エルエルさんの母国は自由を象徴とする国ですから。しかし……」
腕を組む明日軌。
ヘッドフォンからは、ハクマが必死にエルエルと蜜月に指示を出している声が聞こえて来ている。
一応のじこも前進させているが、銃を撃ち続けるエルエルと蜜月の前に出られない様だ。中型と肉薄する格闘術を得意とするのじこは、弾幕が有ると戦えない。
「自由過ぎますね」
『エルエルさん、下がってください。蜜月さんも撃ち方止め。のじこさん』
『うん』
「エルエル、弾切れ後退。のじこが前進、蜜月その場で待機。いつも通りの作戦に切り替わっています」
電子機器を見ながら報告する渚トキ。
「三人になった意味が無いわね」
コクマは肩を竦める。
戦闘終了を待ち、明日軌は白いボタンを押す。
「ハクマ。帰還したら、エルエルさんを司令室に連れて来てください」
『了解』
明日軌はやれやれと溜息を吐きながらヘッドフォンを頭から外す。
「年長で経験豊富だから隊長になれるかとも思ったのですが……」
「無理ですね」
コクマのキッパリとした言葉に、明日軌は再び溜息を吐いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あやかし吉原 ~幽霊花魁~
菱沼あゆ
歴史・時代
町外れの廃寺で暮らす那津(なつ)は絵を描くのを主な生業としていたが、評判がいいのは除霊の仕事の方だった。
新吉原一の花魁、桧山に『幽霊花魁』を始末してくれと頼まれる那津。
エセ坊主、と那津を呼ぶ同心、小平とともに幽霊花魁の正体を追うがーー。
※小説家になろうに同タイトルの話を置いていますが。
アルファポリス版は、現代編がありません。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる