レトロミライ

宗園やや

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中編

第44話

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 馬車に乗った一行が木造平屋の駅に着いた時には、もうすでに蒸気機関車が煙を噴いて待っていた。
 神鬼が高確率で出現する名失いの街は、全てが終着駅扱いになっている。危険な地域なので、観光客の立ち入りを禁止しているからだ。
 なので、ここでの出発は始発となる。
 蒸気機関車は水や燃料を大量に補給しないといけないので、かなり長い時間待機している。
「汽車に乗るのなんて幼い頃以来ですわ」
 馬車を降りた明日軌は、青い空に向けて真っ直ぐ登る蒸気機関車の煙を見上げた。
「相変らず、駅前は寂しいですね」
 布袋に入った日本刀を持つ蜜月も馬車を降りる。
 旅行者は来ないが仕事を求める人は良く訪れるので、汽車の運行本数は朝昼晩の三便と多い。そのはずなのに、周りには人影はおろか野良犬さえ居ない。汽車が煙を上げていなかったら寂しくて不安になる風景だ。
 続いて地面に降りる黒メイドのコクマと三人の紺色メイド。
「もうそろそろ汽車が出る時間です。乗りましょう」
 六枚の切符を買った黒いメイドが先導して改札を通る。
 客車には乗客が一人もおらず、どこに座っても良い状態だった。
「じゃ、真ん中に座りましょう」
 蜜月がそう言うと、明日軌はそうですねと微笑んだ。
 そして向かい合って窓際に座る二人。
 コクマは蜜月の隣りの通路側の席に、大荷物を持った三人の紺色メイドは離れた出入り口近くに座る。蜜月と明日軌の着替え等の荷物を持った二人のメイドは良いが、蜜月の装備を持ったメイドは大変そうだ。鏡の鎧一式に予備の日本刀が入った鞄を背負い、歩兵銃と入るだけの弾倉が詰まったもうひとつの鞄を両手で持っている。何十キロ有るか分からないが、超重量だろう。
 しかし本人は平気な顔をしている。それには理由が有って、雛白家に仕えるメイド達は、全員が衛生兵としての訓練を受けているからだ。有事の際は怪我人一人くらいなら余裕で抱えて走れる様、身体を鍛えている。それでもあの荷物は多い。
 それ程危険な所に行くのかと思いながら明日軌を見る蜜月。明日軌は黒眼鏡を掛けていた。空色の着物に似合っていない。
 そう思っている蜜月の視線に気付く明日軌。
「街の外に出るので、左目で変な物を見ない様に、です。この眼鏡の左は透けていないのです」
「ああ、なるほど。大変ですね」
「生まれ付きですし。妹社のみなさんよりは気楽な物です」
 汽笛が鳴り、ゆっくりと汽車が動き出す。
 住み慣れた街を離れるのは少しの不安が有る。
 明日軌は、気を紛らわせる為に口を開いた。
「これから向かうのは、東北の名失いの街です。まずそこで情報収集をします」
「はい」
「その街には妹社が二人しかいらっしゃいませんし、イモータリティも一人なので、彼等の援助は受けられないでしょう」
「は、はい。気合を入れて、私がみなさんを守ります」
 布袋に入った日本刀を両手で握った蜜月は、緊張で全身を強張らせる。
「あんたに守られる程、私は落ちぶれていないわよ。妹社は神鬼に集中しなさい。明日軌様、駅弁です。はい、蜜月にも」
 呆れ顔のコクマから二人に渡される弁当。
「まぁ、これが駅弁ですか。初めて見ます」
 明日軌は嬉しそうな顔になる。
 出鼻を挫かれて唇を尖らせた蜜月は、竹の皮に包まれた弁当を開いてすぐに機嫌を直した。
 五目ご飯御握りに沢庵。
「私も駅弁を食べるのは初めてです」
「まぁ、蜜月さんも?」
 明日軌は、田園のみの風景に顔を向けて御握りを頬張る。味だけなら雛白邸で食べる料理の方が断然上だが、窓の外で流れる風景を見ながら食べる御握りは妙に美味しい。
「美味しいですね!」
 日本刀を脇に置いている笑んでいる無邪気な蜜月。筒袖に袴と言う格好なので、見た目は剣道を始めたばかりの少女と言う感じだ。
「ええ。美味しい」
 コクマが家から持って来た水筒の冷たいお茶を飲み、最後の一口を食べる明日軌。
 掌に沢山付いたご飯粒。どうした物かと悩んだ明日軌だったが、蜜月が自身の掌をペロペロと舐めていたので、その真似をする。こんな行儀の悪い事をするのは初めてだったので、つい笑ってしまった。
「? どうしました?」
「いえ。旅って楽しいなと思って」
「……?」
 小首を傾げる蜜月。矢面に立たなければならない妹社には汽車の旅を楽しむ余裕は無いか。
「しかし暑いですね。窓を開けましょうか」
「あ、私が開けます」
 コクマから無言で渡された手拭いで手を拭いている明日軌が言うと、蜜月が立ち上がって窓を開けた。汽車が吐き出す煤を含んだ風が明日軌の黒髪を揺らす。
「あー、涼しいー」
 座り直した蜜月の外国の犬みたいな形の髪も風にそよいでいる。
「そうですね。早く冬が来て欲しいですね」
「冬ですか? 明日軌さんは寒い方がお好きですか?」
 蜜月の無知に驚く明日軌。
 だが、蜜月は幼い頃から妹社の研究所に閉じ込められていたので、何も知らなくても当たり前か。
「神鬼はですね、冬になると出現しなくなるのです。低気温が苦手の様ですね」
「へぇ~、そうだったんですか。戦う方もそれは楽ですね。冬に鏡の鎧で表に出る、って想像するだけで寒いです」
「ふふ。そうですね。夏が一番活発なので、早く涼しくなって欲しい、と言う意味で冬が来て欲しいと洩らしたのです」
 明日軌は再び窓の外を見る。黒眼鏡を通して見る山と田んぼしかない長閑な風景は平和でしかない。黙って見ていると、思わず現実逃避したくなる。自然と行われなくなった夏祭りを復活させ、甘い物を食べながら神輿を見たい。
 しかし、明日軌にそれは許されない。龍の目を持つ者は、見える物がどう言う意味を持つかを常に考えなければならない。人類が生き残る為に。
「……蜜月さん」
「はい?」
 明日軌は、窓の外を見ながら会話を始める。
「現場に呼ばれているのは私ですので、前線に出る事は有りません。多分、私達には戦闘は無いでしょう」
「はい」
「ですが、万が一戦闘になった場合、恐らく蜜月さんは蝦夷の妹社と戦うでしょう。妹社同士の戦いになります」
「え……あ、そ、そうですよね。敵に寝返っているんですもんね」
「そうなったら、十中八九その敵妹社の命を奪わなければなりません。……出来ますか?」
 逃避しそうな自分を抑える為に、あえて厳しい現実を言う明日軌。気持ちの整理方法としては少し卑怯かも知れないが、敵になった妹社と対峙する可能性の有る蜜月には伝えておかなければならない事だろう。
「……それって、人殺し、ですよね」
 一段低くなる蜜月の声。
 明日軌は蜜月に顔を向けて黒眼鏡を外した。
 緑色の左の瞳に、喉を切られて息絶えているメイドが映る。
 これは今現在蜜月が思い出している光景。こんなにクッキリ見えると言う事は、蜜月の共生欲はまだ彼女に向いているのか。
「ええ。妹社殺し、ですね」
 黙って見詰め合う十四歳の少女二人。
「丙なら切ります。のじこちゃんも、きっとそうするでしょうし、それが私の役目ですし。それが、私がここに居る理由、ですし」
 ようやくそう言う蜜月。無表情は決意の現れだろう。
「丙ではなく、自分の意思で人と敵対していたらどうしますか?」
「……分かりません、と言いたいですけど、それじゃ私がやられるんですよね……」
 蜜月は日本刀が入った布袋を強く握る。迷い、悩んでいる。
「――話し合って、ダメなら」
 目を伏せる蜜月。
 明日軌は視線だけをコクマに向ける。現場で蜜月が迷ったら、非情なくのいちに頼るか。蜜月が明日軌を嫌ってしまう様な強引な手は使いたくはないが、蜜月を失うよりはマシだ。
「あ、そろそろ窓を閉めなきゃ」
 一転、蜜月の声が軽くなる。
「何故ですか?」
「もうすぐトンネルだからですよ」
 立ち上がった蜜月は、全身を使って窓を閉めた。
 きちんと閉まったのを確認してから、キョトンとしている明日軌に笑顔を向ける。
「トンネルに入ると、汽車の煙が客車に入って来ますでしょ?」
 蜜月は、紺の袴を捌きながら得意気に言った。
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