レトロミライ

宗園やや

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後編

第57話

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 ああ、これは夢だ。
 夢だと分かって、しかし現実感が有るこの感じは、いつもの予知夢。
 だが、内容はあの悪夢ではなかった。
 高い壁に周りを囲まれている風景は見慣れた雛白邸の庭だが、全く様相が違う。敷地の中心に立っている巨大な家も、雛白邸とはまるっきりデザインが変わっている。人が住む場所には見えない、石壁の箱。
 他にも様々な建物が出来ていて、運動場まで有る。
 まさか、あの悪夢の後の時間が見えている?
 少なくとも過去の映像ではない。箱の様な洋館の造りが洗練されている。
 その玄関は異様に広く、侵入者を全く警戒していないガラス張りの玄関。そこに大勢の子供達が入って行く。年齢はバラバラだが、全員が同じ服を着ている。男の子は詰襟。女の子はセーラー服。
 いきなり一人の女の子に視点が近付く。
 みんなと同じ赤とピンクのセーラー服を着ているのに、妙に目立つ子だ。地面に付くくらい長い髪をコクマの様なツインテールにしていて、大股でズンズン歩いている。可愛らしい顔だが、その眼差しは力強く真っ直ぐ前を見据えている。
 誰かに似ているな。
 そうだ、凛さんだ。青井邸で見た過去の映像の中の凛さんそっくりだ。
 凛さん似の子は、長い髪の毛をパッツンに切り揃えている小さな女の子を見付けた。その小さな子の左目は、明日軌と同じ、深い緑色。
 二人の女の子は何かを話す。龍の目を使った予知夢は例外無く無音なので、何も聞こえない。
 凛さん似の子は豪快に口を開けて大笑いし、左目が緑色の子は困った様に苦笑する。
 そんな二人を見て、周りの子供達も釣られて笑む。
 死の恐怖が無い、平和な笑い。
 素敵な時間が永遠に続く様な、幻想に似た確信。

「……」

 そこで目が覚めた。真っ暗な自室に居る事が残念に感じる、そんな良い夢だった。
「良かった。悪夢で終わりじゃない」
 布団から起きた明日軌は、縁側に出て正座をした。
 そして背筋を伸ばして目を瞑り、今見た夢を反芻する。思い出すだけで胸が幸せで暖かくなる。
「明日軌様?」
 寝巻きのまま正座をしている女主人を見て、ハクマが不思議そうに声を掛けた。明らかにいつもと様子が違う。
「ハクマ」
 目を瞑ったまま、右手で床をトントンと叩く明日軌。
 様子がおかしいと思いながらも、指示に従って明日軌の隣りで正座をする白い執事服のハクマ。
「沢山の子供が出て来る夢を見たわ。凛さんに似た子も居た」
「それは――良い夢ですね」
「龍の目を持った子も居た。その子は私の子であるはずがないけれど、もしかしたら私の子かも。だったら良いな」
「きっと明日軌様の子ですよ」
「ふふ……」
 明日軌は身体を横に倒し、ハクマに肩を寄せる。
「貴方との子だったら良いな」
「……明日軌様」
「分かってる。貴方は忍。私は雛白の跡取り。でも、身分違いなんて時代遅れ。言いたい言葉が言えないなんておかしいと思う」
 黙って明日軌の温もりを受け止めているハクマ。
 彼は私をどう思っているのかを知りたい。私の恋心を彼に伝えたい。
 でも、そんな希望を口にする事は出来ない。神鬼との戦いは、もう少し続くから。
「今のはただの寝言よ。忘れて」
 ハクマから離れる明日軌。
 明日軌の自宅を囲む雛白邸の壁から朝日が差し込み始めている。
「さて。コクマに殺される前に目を覚まさないとね。布団に戻るわ」
 柱の影に隠れ、双子の兄に寄り添う女主人を殺気の篭った目で見ていたコクマは、慌てて姿を消した。
 寝室に戻った明日軌は、布団に入り掛けたところでアッと声を上げて思い出した。
 本棚に向かい、お気に入りの恋愛小説を手に取る。身分違いの男女が駆け落ちする悲劇物。これをエンジュに読んで貰おう。
 本を袱紗に包み、枕元に置く。次の出撃に持って行かなければ。
 これを読んでエンジュが恋愛に興味を持ってくれたら、どちらかが全滅するまで続く、なんてバカげた戦い方を改めてくれるかな。
 そんな事にはならないか。
 昨日、左目で蛤石を見てみたが、三本の人面樹が生えた謎の風景は変わっていなかった。
 どう足掻いても未来は変わらないのかも知れない。
 でも、良い未来が待っている。
 明日軌は二度寝に入る。悪夢は外れ、良い夢が現実になります様にと願いながら。
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