レトロミライ

宗園やや

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後編

第58話

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 庭でまばらに生えている植木が紅葉している中、一人の男が歩いていた。
 土の地面を箒で掃いている様な音がしているので、男はそちらに向かっている。使用人が掃除でもしているのかと思っていたが、音の主は十才くらいの少女だった。足払いの様な仕草を夢中でしていて、その度に黄色の落ち葉が舞う。姿勢を低くしているので顔は見えないが、耳の後ろに撫で付けている長いもみあげが銀色なので、外国人の子供かも知れない。着ている物も、長袖の白Tシャツと膝丈黒スパッツと言う洋装だ。
 まいったな……。
 少女が男の気配に気付き、顔を上げた。赤い瞳が男を見詰める。
 お、こいつ、妹社いもしゃか。なら言葉が通じるかも。
「こ、こんにちはぁ~」
 軽薄な声と笑顔で声を掛けると、少女は背筋を伸ばし、改めて男を見詰めた。銀色の前髪はおでこが見える位短い。
「こんにちは」
 無愛想だが流暢な返事にホッと安心した男は言葉を続ける。
「俺は四国の沢井家からの先遣隊として来たんだけど、道に迷っちゃって。この街の自警団積め所はどう行けば良いのかな?」
「あっち」
 警戒しているのか、銀髪少女は男から目を離さずにとある方向を指差した。
 雛白家の敷地はとても広いが、目立つ建物は少ない。中心に五階建ての洋館が有り、そのすぐ後ろに二階建ての白い石壁洋館。少女はその二階建ての方を指差している。
「ああ、あれなのか。戦車倉庫みたいなのはいっぱい有るけど、誰も居なくて困ってたんだ。ありがとう」
 喋りながら建物を顧みた男は、少女に礼を言う。
「うん」
 興味無さそうに頷いた少女は、おもむろにその場にしゃがんで地面に両手を突いた。子供らしい仕草に微笑んだ男は、迷子になった自分の状況を棚に上げて訊ねる。
「何してるの?」
「ぎんなん拾ってる」
 コロコロとした銀杏の実を小さな掌いっぱいに握りながら応える少女。
「ああ……もう秋なんだねぇか……」
 男は感慨深げに呟き、イチョウの木を見上げる。
「のじこちゃーん。どーお? あら?」
 藤色の着物を着た女性が、小さな籠を手に歩いて来た。少女と同じくショートカットだが前髪が長く、可愛らしい顔に影が出来ている。
 男の好みの容姿でときめいたが、残念ながらお腹が大きい。臨月が近いくらいか。
「沢井自警団の結城大河であります。迷子になりまして、この子に道を訊ねていたところであります。決して怪しい者ではありません」
 男は、気合の入った敬礼をして女性に向き直る。
「迷子?」
 軍服を着た男をマジマジと見る女性。瞳が赤い。この人も妹社か。
「雛白自警団の方でも無断でこちら側に来ると懲罰の対象になります。見なかった事にしますから、早く持ち場に戻ってください」
 にっこりと笑う女性。
「銃を取るなら気を引き締めなさい。でないと……死にますよ?」
 優しげな物腰とは真逆な厳しい言葉に男は戸惑い、失礼しますと再び敬礼してからそそくさと二階建て洋館の方に駆けて行った。
「近頃、なんだか街が騒がしいね。何か良くない感じがするわ」
 不安を顔に出している女性を全く気にしていないのじこは、女性が持っている小さな籠に銀杏を入れた。
「うわ、手、臭い。凛、これ、本当に美味しいの?」
 凛と呼ばれたお腹の大きい女性は、銀杏を触った掌の匂いを嗅いでいるのじこを見て目を細めた。かわいい。
「ええ。茶碗蒸しとか、おでんとかに入ってるの、食べた事ないかな」
「どうだろ。有るのかな。――茶碗蒸しは美味しいから、それに入ってる物なら美味しいよね。みんなの分も拾わなきゃ」
 しゃがんで銀杏拾いを再開するのじこ。
 世間がどうなっているにせよ、お腹の大きい自分は何も出来ない。この大きな家の主、雛白明日軌を信用するしかない。
 そう考えている凛の赤い瞳には、爆音を轟かせて雛白家の敷地に入って来た大型バイクが映っていた。
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