レトロミライ

宗園やや

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後編

第64話

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 明日軌は稲穂色の着物を身に纏い、雛白邸一階に有る応接間内の皮張りソファーに座っている。左右斜め後ろそれぞれにハクマとコクマを立たせている。
 両目を閉じ、静かに背筋を伸ばしていると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
 応えると、紺色メイドがドアを開けた。
 二人の中年男性が入室したので、目を開けて立ち上がる明日軌。
「ご無事でなによりです。小倉様、沢井様」
 明日軌がきっちりと髪を編み上げた頭を下げると、二人の男性はそれぞれ特徴的な対応をした。
 軍服姿で見事な敬礼をしてみせたのが、九州の小倉。頬の大きな古傷と鍛え上げられた身体が魅力のナイスミドルで、想い人が居る明日軌もつい見惚れてしまった。
 恰幅が良くて上質なスーツを着ているのが、四国の沢井。商売をしている家の主人なので、えびす様の様な笑顔で頭を下げた。
「では、早速本題に入りましょう」
 明日軌がそう言いながら座ると、中年男性二人もそれぞれ適当なソファーに座った。
「数日中に、ここ、越後の名失いの街防衛戦が始まります」
「防衛戦? 撤退ではなく?」
 驚きながらもえびす様の様な笑顔のまま言う沢井。
「もう逃げ場は有りませんよ。外国の状況は音信不通で分かりませんし、東京も全滅します」
 明日軌が断言すると、沢井から笑顔が消えた。チラリと明日軌の緑色の左目を見る恰幅の良い沢井。
「言い切りますな。龍の目の能力、と言う奴ですかな?」
「ええ。人類滅亡の瀬戸際です。失礼だとは思いますが、安全の為にお二人の事も龍の目で見させて頂きます」
 龍の目で順繰りに小倉と沢井を見ると、二人は居心地が悪そうに身動ぎした。
「――ッ」
 片手で頭を抱えて前屈みになる明日軌。
「明日軌様」
 白い執事服のハクマが素早く女主人の身体を支える。
「ありがとう、ハクマ。すみません、小倉様、沢井様。少しお時間をください」
 ハクマが差し出した水筒の水を喉を鳴らせて飲む明日軌。
 その間に白いメイドが男性二人に緑茶と栗羊羹を出した。
「具合がお悪いのですか?」
 軍服の小倉が、娘を心配する様な声の調子で訊く。
「いえ。龍の目は膨大な量の情報が一気に見られるので、頭が爆発しそうになるのです。もう大丈夫です」
 一息吐いてから顔を上げる明日軌。微かに顔に油汗が浮かんでいるが、構わず話を再開させる。
「敵は東京に主力を集中させます。お二人の街で起こった蛤石から大量の中型が涌き出ると言う現象が同じ様に起こりますが、東京の場合は四方からも大型神鬼に攻められるので、逃げる事は出来ないでしょう」
 蛤石とは、銀水晶のこの国での別名だ。蜃気楼を吐くと言う伝説を持った蛤に例えて、神鬼を吐き出す銀水晶をそう呼んでいる。
「同時にこの街でも同様の事態が起こりますが、こちらでは蛤石から小型が沸きます。なので、きちんと対処すれば被害は最小限に留められると思います」
「なぜこの街と東京を同時に攻めるのでしょう? 私は、我々は避難させられたと思っています。一ヶ所に集め、一気に我々を叩く。そう思っていました」
 背凭れに凭れずにキビキビと続ける小倉。
「――そう思っても抵抗出来ずに撤退したのですが。敵は何故最後の最後で戦力を分断させるのでしょう?」
「それは冬が近いからでは? ここから更に東京へ移動となると、確実に雪の季節になります。敵は寒くなると現れなくなりますから」
 沢井がそう言ったが、小倉は異議を唱える。
「冬の間に人口が倍以上に増えるのなら話は別ですが、数か月の間如きで戦況がひっくり返るとは思えません。今叩くのも来年の春に叩くのも大差無いかと思います」
 言ってから、お茶を一口啜る小倉。
 頷く明日軌。
「東北の黒沢様も、敵に襲われる前に避難していらっしゃいます。敵が決着を急いでいるのなら、北から攻められてもおかしくないですからね」
「蝦夷はすでに敵地ですしね」
 小倉の言葉に再び頷く明日軌。
「今更他家を気遣っても意味が無いので、包み隠さずに明かします。――敵の狙いは、妹社隊を持った家をふたつに分ける事です。私、小倉様、沢井様、そして黒沢様には共通点が有ります」
「共通点、とは?」
「それは、敵の誘いを断わった事です。我々に寝返れば命を助けると言う、甘言に。東京に避難された私達以外の家の当主は、自分の命だけは助かると思っているでしょう」
「そう言えば怪文書が届いた事が有りましたな。不快な内容なので破って捨てましたが、今思えばあれは寝返りを求めていたのか」
 腕を組む小倉。
「……蟹江。バカが……」
 沢井が苦虫を噛み潰した様な顔になると、龍の目に蟹江と思われる男の顔が映った。蟹江とは、四家有る九州の名失いの街を守る家の内の一人。彼と沢井は幼馴染みの様だ。
「九州が敵の攻撃を受けてからの避難行動が比較的速やかだったのは、そう言った裏の取り決めが有ったからです。東京に逃げれば助かるのだから、無意味に抵抗して燃料弾薬を使うのは勿体無いですしね」
 フウ、と溜息を吐く明日軌。
「敵は寝返りを受け入れる様な信用ならない人間を根絶やしにします。東京が彼等の最終地と言う事は、政府も潰す気でしょう。この情報はすでに東京に送っております。私を信じるか敵を信じるかは彼等に任せましょう」
「我々は自身の身を守る事に集中しよう、と言う事ですな」
 さすが小倉様、分かってらっしゃる。
「4つの名失いの街の自警団の混合隊は十万人を超える予定です。その指揮は小倉様にお任せしたいと思うのですが、如何でしょうか?」
「かなり数が減ったと思っていたのですが、十万人を超えますか」
「半分は大切な人を失って復讐を誓う素人です。私はそう言った人達の扱いが分かりません。短時間の訓練で使い物になりますでしょうか?」
「言い方は悪いですが、使い道は有ります。しかし……」
「ええ。龍の目にも素人隊の全滅が見えます。憎しみに囚われて単身敵に突っ込む男や、恐怖に囚われて闇雲に銃を撃ち、同士討ちをする女。しかし、それは私の指揮での未来。先祖代々武家をなされていた小倉様なら被害を減らせるのでは?」
 頬に古傷を持つ小倉の顔をじっと見詰める明日軌。窺いを立てているのではなく、被害を減らせと言う無言の命令が篭った視線。十四才の子供にそんな目をされて面食らった小倉だったが、考えてから頷く。
「……やってみましょう」
 大軍を指揮出来るのは、この三人の中では自分しかいないだろう。
 雛白明日軌と言う小娘はただのワガママ娘と言う噂も耳に入っていたが、それは間違いだった。不思議な左目で見た事をズバズバと言って相手に反論の機会を与えないから、そんな噂が立つんだろう。
 龍の目とは恐ろしい物だなと思いながらお茶を飲む小倉。
「沢井様には、黒沢様と共に避難民や負傷兵の誘導をお願いします。沢井様の避難誘導はお見事でした。その裁量を見込んで、是非お願いします」
「分かりました。自分は戦闘が苦手ですしね。適材適所ですな。――で、雛白様は?」
 商売人らしく、えびす顔で少女に話を合わせる沢井。
「私は龍の目を使い、妹社隊を指揮します。彼等は人数が少ないので、先読みで配置を決める必要が有ります」
 頷く中年男性二人。
「――では、越後の名失いの街防衛作戦を練りましょう。コクマ」
 頭を下げた黒メイドが、三人が見易い壁に街の地図を貼った。
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